第4話前編 聖王ルイ9世と歴史談話

第4話前編 聖王ルイ9世と歴史談話

第1章 ロードスの会談


 再びやってきたロードス島。既に、聖王ルイ9世率いる十字軍の大軍が到着していた。確か、ソフィアからの情報だと兵数は2万人と聞いていたけれど、もっと多いような気がする。
「イレーネ、十字軍の兵士数を数えてみてくれる?」
 僕は、随行員の1人であるイレーネに、例のイレーネにしか使えない便利な術で兵士数の検索を頼んでみた。イレーネはちょっと杖を振り上げて、機械的に検索の結果を読み上げる。
「戦闘員の兵士数は、合計28,569人。非戦闘員は合計5,578人。戦闘員のうち騎士は7,190騎、石弓兵は5,720人。残りの戦闘員は歩兵で、歩兵には騎士に従う馬丁や従士も含まれる」
「ソフィアから聞いていた数より、結構多いね」
「彼女が報告していたのは、フランシアの王ルイ9世の傘下にある兵士の数。実際には、ルイ9世の傘下にないフランシアやイングランドの諸侯も加わったため、人数が増えている」
 そういうことか。いよいよ、敵に回したらえらいことになるな。

 次いで、僕へ挨拶に来たのは、例のジェノヴァ人、フルコーネ・ザッカリアだった。
「これはこれは殿下、お久しゅうございます」
「ザッカリア殿、こちらこそご無沙汰しておりました。お国の方はお変わりないですか?」
「いろいろありましたが、本当に殿下様々でございますよ。一時期、本国の政権がローマ教皇の手を借りたフィエスキ家とグリマルディ家に乗っ取られたときはどうなるかと思いましたが、テオドラ様のご活躍で無事政権を奪還できました。また、十字軍出航の拠点とするため、エーグモルトの漁村を急遽港として大改造することになりまして、その工事でも一儲けさせて頂きましたし、こうして十字軍の輸送も我々ジェノヴァが一手に引き受けることになりまして、・・・まあ、商売としては大繁盛でございます」
「何か含みがある言い方ですね。何か嫌なことでもあったのですか?」
「まあ、急に3万人を超える数の人員を輸送することになりましたから、船や人をかき集めるのも大変でございました。私を含むドーリア家やスピノラ家に属する一族だけでは手が足りないものですから、結局ピサの商人や、憎きフィエスキ家やグリマルディ家にも仕方なく声を掛けて、ようやく必要な数の船や人員が集まったのでございます。それに、指揮官の問題もありまして」
「指揮官?」
「ルイ9世陛下は、我々の海軍も十字軍の一員と考えており、ご自分の許に指揮系統を統一するため、フランス人の武将を海軍の提督として送り込んで来たのですが、この提督が海のことを全く知らない人物で、我々は何とかこの提督を宥めつつ、安全に航行することを心掛けるしかございません。海軍自体も寄せ集めですし、何とかエジプトまで陛下と十字軍の兵士たちを輸送できれば良い方ですな。海軍としてはとても戦力になりません」
「・・・まあ、それは大変ですね。ところで、先程エーグモルトの漁村を港に改造したというお話がありましたが、十字軍はマルセーユから来られたのではないのですか?」
「マルセーユは、プロヴァンス伯の支配下にありまして、フランス王の領有下にはないのです。そのため、十字軍のうち国王陛下自ら率いる軍は、フランス領内にあるエーグモルトから出発されまして、その後プロヴァンス伯が十字軍への参加を決めたこともあり、マルセーユにも寄港致しました。その後、ジェノヴァとパレルモに順次寄港致しまして、新たに参加を決めた十字軍諸侯の軍と合流し、次いでこのロードスに寄港することになったわけでございます。ですから、マルセーユから来たというのも、全くの誤りというわけではございません。なにしろ、エーグモルトよりはマルセーユの方が、港町としてははるかに有名でございますからな」
 スパイ網からソフィアにもたらされる情報も、フランスのような遠隔地になると、どうやら100%正確というわけには行かないらしい。この点についてはスパイ網の更なる整備が必要みたいだ。
「そうでしたか。ところで、国王陛下との謁見は叶いますでしょうか?」
「その点については、既に陛下とも話を付けてあります。早速お伺い下さいませ。ただし、ラテン人の宰相ヴィラルドワンも先日到着しておりますから、陛下との謁見はヴィラルドワンと同時ということになります。何卒お気をつけ下さいませ」

 こうして、僕たちはフルコーネ・ザッカリアに伴われて、フランス王ルイ9世と謁見することになった。主な随行員は、内宰相のアクロポリテス先生、パキュメレス、イレーネ、そしてテオドラである。
「・・・テオドラ、なんで急いで戻ってきたの? もう少しイタリアで暴れ回っていても、何も問題は無かったのに」
「何言ってるのよ! あの聖王ルイ9世に会える絶好のチャンスなのよ? こんな絶好の機会を逃す手はないわ!」
「テオドラは、ルイ9世のファンなの?」
「ファンというより、フランシアの王ルイ9世と言えば、国王なのに愛人の1人も持たず、高潔で敬虔な人柄で知られた、いわばキリスト教世界のスーパースターね。一度でも会っておけば、きっと神様のご利益があるに違いないわ。フェデリコスなんかとは全然違うわよ!」
「・・・さいですか」
「ところでみかっち、フェデリコスのときに比べると今回はすいぶん冷静ね。フェデリコスのときは、サインが欲しいとか言ってわくわくしてたのに。ルイ9世って、みかっちの世界だとあんまり有名じゃないの?」
「いや、ルイ9世もそれなりに有名だよ」
「有名人なのに、今回はサイン欲しいとか言わないの?」
「別に。特にファンというわけじゃないから」
 テオドラとそんな会話を交わしながらも、僕たちはかつてロードス島の僭主ヨハネス・ガバラスが居宅としていた豪華な屋敷に逗留している、フランス王ルイ9世と謁見することになった。

「国王陛下、ロマーニアの地を統治するローマ人の帝国摂政ミカエル・パレオロゴスと、フランス人の帝国宰相ジョフロワ・ド・ヴィラルドワンをお連れ致しました」
「左様であるか。ザッカリアよ、ご苦労であった」
 そう答えたのは、一番立派な席に座っている、おそらく国王のルイ9世。年の頃は30代くらいで、フリードリヒ2世よりはだいぶ若いが、さすがに聖王を呼ばれるだけのことはあって、国王としての気品に全く欠けるところはない。その隣に座っている高貴な女性は、おそらくマルグリット王妃だろう。その他、身分の高そうな騎士たちが20人近く、礼装で国王の周りを固めている。
 僕は、ルイ9世の側近から促されて、まず挨拶を行った。
「偉大なるフランスの国王陛下、お初にお目にかかります。私はローマ帝国のデスポテースにして、帝国摂政を務めております、ミカエル・パレオロゴスと申します。十字軍遠征という壮挙でお忙しい中、こうしてご拝謁の機会を賜りましたこと、まことに恐悦至極でございます」
「そなたが、ミカエル・パレオロゴスであるか。その令名は朕も聞き及んでいる。何でも、わずか2年の間に、2度も異教徒トルコ人と戦って大勝利を挙げ、トルコ人の王を2人も敗死させたそうではないか。まだ若いのに、大したものであるのう」
「もったいないお言葉でございます。お褒めにあずかり、恐悦至極に存じます」
 どうやら、ルイ9世の僕に対する心証はかなり良いようだ・・・と思ったが、側近の中から口を出すものがいた。
「兄上、このようなどこの生まれとも分からぬ黄色い猿などに、そのような御言葉を掛ける必要はございません。ロマーニアの民は、ローマ教皇の支配を受け容れぬ瀆神の異端者でございます。この機会に踏み潰してしまいましょう」
「シャルル、そのような事を申すでない! ロマーニアの民とて、我らと同じキリストの教えを共にする者たちである。それに我らはボニファッチョやヴェネツィア人たちと異なり、エルサレムの奪還という十字軍の聖なる使命を果たすために、はるばるこの地へやってきたのだ。シャルル、ミカエル殿に対し、今の暴言を撤回し謝罪せよ。さもなくば、そなたには聖なる十字軍への参戦を許さぬ!」
 国王ルイ9世に叱りつけられ、国王の弟シャルルというらしい若い貴族は、渋々という感じで僕に向き直り、こう謝罪した。
「・・・ミカエル殿。このアンジュー伯シャルル、先程の発言は身の程を弁えぬ失言であった。撤回する故、どうかお許し願いたい」
「シャルル殿。ご丁寧な挨拶痛み入ります。私としては、もう気にしておりませぬゆえ、どうぞお心を安らかにしてくださいませ」
 僕は、アンジュー伯シャルルにこう挨拶を返したが、どうやら十字軍幹部の中でも、この20代くらいになる勇敢そうな若い貴族は、内心ローマ帝国に敵意を持つ要注意人物のようだ。

 続いて、ラテン人の帝国宰相、ジョフロワ・ド・ヴィラルドワンが挨拶する番となった。ヴィラルドワンと会うのはこれが初めてだが、彼は40代くらいの勇壮な軍人である。ラスカリス将軍からは有能な人物と聞いているが、ここでどんな手腕を見せるかな?
「国王陛下、お久り振りにお目にかかります。私めは元シャンパーニュ伯の家令にして、現在はロマーニアの皇帝アンリ陛下より、アカイア公の爵位を与えられ帝国宰相に任じられております、ジョフロワ・ド・ヴィラルドワンでございます。国王陛下にはご機嫌麗しゅう・・・」
「ヴィラルドワン、取るに足りぬ身分の生まれの分際で、何がロマーニアの帝国宰相か。十字軍の精神を穢した瀆神の輩が、朕に何用で参ったのだ?」
 国王ルイ9世のヴィラルドワンに対する態度は、僕に対する態度とは打って変わって、最初から喧嘩腰であった。
「ははっ。我が主君アンリ・ド・エノーは、ローマ教皇インノケンティウス4世猊下の許可を得まして、ロマーニアの皇帝を名乗っております。然るに、この場におりますミカエル・パレオロゴスを初めとするローマ人たちは、教皇猊下の威光を受け容れぬ瀆神の輩でございます。どうか、偉大なる国王陛下のお力をもって、彼ら瀆神の輩を打ち破って頂きたく・・・」
 ヴィラルドワンが最後まで言い終える前に、僕が素早く彼の言葉を遮った。
「ヴィラルドワン殿、そのお言葉は聞き捨てなりませんな。我らがローマ帝国は、風習こそ違えど同じキリストの教えを共にする者。十字軍の名を騙って、・・・」
 僕がそこまで言い掛けたところで、いきなりテオドラが大爆笑し始めた。
「テオドラ、何がおかしいんだよ! 今、大事な会談の途中だから黙ってて!」
「だって、自分で『第六天魔王』とか言ってるみかっちが、キリスト教の教えを共にする者って、一体何の冗談・・・むぐぐっ!?」
 僕は、すかさずテオドラの口を抑え、イレーネの術でしばらくテオドラの口を利けなくしてもらい、声が出ないながらもまだ腹を抱えて笑っている様子のテオドラを下がらせた。
「ミカエル殿、一体あの娘は何がおかしくて笑っていたのか?」とルイ9世。
「さあ。あの年頃の娘は、フォークが転がっただけで笑うというくらいですから、何か面白い事でも思い出してしまったんでしょう。えーと、どこまでお話しましたっけ?」
「十字軍の名を騙って、というところまでであろう。話を続けよ」とルイ9世。
「そうでした。では話を続けさせて頂きます。ヴィラルドワン殿、十字軍の名を騙って、同じキリスト教国の都である聖なる都を欲望のままに劫略し、キリスト教徒の建物どころか、教会や修道院まで容赦なく略奪して焼き払い、多くの聖職者を殺し修道女まで手籠めにした瀆神の徒とは、むしろあなた方のことではありませんか。それに、今の国王陛下に対するご発言は、不可侵協定を結んでいるわが国への重大な侮辱であり、実質的な宣戦布告とも解し得るものです。ラテン皇帝アンリ殿は、不可侵条約を一方的に破棄し、わが国と一戦交えるお積もりと解して宜しいのですかな?」
「い、いや、そこまで申す積もりは・・・」
 僕の発言にヴィラルドワンがしどろもどろになると、ルイ9世が言葉を発した。
「2人とも止めよ。同じキリスト教徒同士が相争うのは、朕の望むところではない。むしろ両国ともこの場で仲直りして、朕と一緒に十字軍の聖なる戦いに参加されてはいかがかな?」
 十字軍のお誘いか。だが、僕の率いるビザンティン帝国は、交易のためエジプトのスルタンとも友好関係を築いている最中である。僕は適当に逃げを打つことにした。
「国王陛下、キリスト教徒として十字軍の聖なる戦いに従軍したい気持ちは私にもございますが、あいにくわが国は異教徒のトルコ人と境を接し、これからもトルコ人と戦わなければなりません。既に、アンリ殿とは互いに不可侵条約を締結している間柄でございますから、私からこれを破る積もりは全くございません」
「左様であるか。高名なミカエル殿が軍を率いて参戦してもらえば心強いところであったが、今後も異教徒との戦いを控えているというのであれば致し方あるまい。では、皇帝アンリの方はどうされるお積もりかな?」
 ルイ9世の問いに、ヴィラルドワンが応じた。
「国王陛下、わが国も十字軍の聖なる戦いに参加したい気持ちはございますが、わが国も暴虐なブルガリア王カロヤン・アセンとの戦いを控えており、とても十字軍に参加する余裕は・・・」
 この発言に、僕はすかさず横槍を入れた。
「ヴィラルドワン殿、国王陛下に嘘を付かれるのは宜しくありませんな。ブルガリア王カロヤン・アセンは、何者かの手によって既に暗殺されており、ブルガリアは次期国王の座をめぐって混乱状態にあるため、今のアンリ殿にとって脅威にはならないはずです。それに、ブルガリア人は異教徒ではなく、同じキリスト教徒です。同じキリスト教徒と戦うために十字軍への従軍を拒否されるとは、元十字軍戦士の仰ることとは思えませんな」
「ヴィラルドワン、ミカエル殿の申すとおりである。世俗の欲望に塗れ十字軍の精神を穢したそなたたちは、むしろその罪を償うため、朕の率いる十字軍に参加すべきである。ブルガリアとの和平が必要であれば、朕がその仲介を務めようぞ。それでも十字軍に参加せぬというのであれば、十字軍精神を穢した瀆神の徒として、朕自らアンリを討伐することもやむを得まい。そちの国はどうするのだ?」
「・・・そのように重大なことは、とても私の一存では決められませぬ。急ぎ主君アンリと協議の上、できる限り陛下の御意に従えるよう取り計らいまする」
 そう言い残して、ヴィラルドワンは急ぎ退出して行った。これは想定以上に大きな外交的成果だ。アンリ配下のラテン人が十字軍に参加してくれれば、アンリの帝国は更に弱体化する。だが、ルイ9世との会談はそれで終わりにはならなかった。
「ところで、ミカエル殿。貴国が十字軍に参加できない理由は承知したが、朕がエジプトへの十字軍を起こすにあたり、かつては貴国の領土であったが、今ではイサキオス・コムネノス・ドゥーカスなる者が皇帝を名乗って統治しているキプロス島を、十字軍の拠点として使わせてもらいたい。異存はあるか?」
 ・・・キプロス島は、遠隔地にあるため今まで放置していたが、これからはエジプトやシリアとの交易拠点としても重要な島になる。手放してルイ9世に渡すには惜しい。
「お言葉ではございますが、キプロス島はわが国固有の領土であります故、わが国としても手放すわけには参りませぬ。その代わり、私も軍を率いてキプロス島まで随行し、イサキオス・コムネノス・ドゥーカスを討伐した上、十字軍の作戦中はキプロス島を陛下の基地としてお使いできるよう取り計らいましょう」

第2章 キプロス討伐

 こうして、僕は急遽直属軍の中から5千の兵を集め、ジェノヴァに船を提供してもらい、ルイ9世の軍に同行してキプロス討伐に赴くことになった。
「殿下、フランス王との外交はお見事でございました。正直なところ、このアクロポリテスが随行する必要はございませんでしたな」
「いや、事前に先生たちが集めておいてくれた情報のおかげですよ。アクロポリテス先生には、ニュンフェイオンで留守居役をお願いします」
 兵士5千の内訳は、ダフネ率いるクマン人弓騎兵が約1千騎、ティエリ率いる騎士隊が約500騎、テオドロス・ラスカリスとイサキオス・ラスカリスの兄弟が率いるヴァリャーグ近衛隊が約1500人、アレス率いるファランクス隊が約1500人。これに、キジコス総督ヨハネス・コセスの手勢500人が加わった。
 ちなみに、ヨハネス・コセスは今まで名前を出さなかったが、現プルサ総督のヨハネス・カンタクゼノスや、スミルナ総督のアレクシオス・ローレスとほぼ同時期に僕に帰順し、キジコスの総督を務めてきた軍人肌の人物であり、征服地ロードスの総督として送り込むには、忠誠・能力共に申し分のない人選だった。なお、現在のキジコスは敵地にも接しておらず特に問題のない領地なので、後任の総督には若手の官僚を任命している。キジコスの統治で実績を挙げれば、彼もまた後に名前が出て来るかも知れないが、いちいち個人名を出すのは止めておこう。既に10人以上もいる各地の総督や、帝国の高官や軍人でまだ名前を出していない人物は山ほどいるのだ。

「いよいよ戦争ね。あたしの出番ね!」
「今回は宜しく頼むよ、テオドラ。キプロス島の領有権はあくまでローマ帝国にあると主張する以上、あまり十字軍の力は借りたくない」
 僕は、このビザンティン世界に来て4年目になる、世界暦6756年の10月、軍を率いてキプロス島の港リマソールに上陸した。大軍に怖れをなしたリマソールの住民は戦わずに降伏したが、キプロスの自称皇帝イサキオス・コムネノス・ドゥーカスは、傭兵も雇いありったけの戦力で僕の軍に立ち向かってきた。
「ミカエル殿、どうやら敵軍の方が数は多いようだが、朕の助けは必要ないのか?」
 ルイ9世は、戦いにあたり僕にそう尋ねて来たが、僕はこう答えた。
「陛下は、我々の戦いぶりを後ろでご覧になっているだけで結構です。あの程度の敵であれば、我々だけで充分です」

「敵軍の数は、騎兵1195騎、弓兵1278人、歩兵4254人、合計6727人」
 例によって、イレーネが敵軍の数を報告する。
「敵に騎士隊や弓騎兵はいる?」
「いない」
「敵に術士はいる?」
「いない」
「なら楽勝だな。このビザンティオンの聖戦士、テオドロス・ラスカリス様が、久しぶりにその腕を見せてやるぜ!」
 他のメンバーも、概ねテオドロスと同様の見解であった。
 キプロス島の中心都市ニコシアの近郊で行われることになったこの戦いは、歴史上『ニコシアの戦い』と呼ばれることになったが、例によってダフネ率いる弓騎兵隊が弓を射ながら偽装退却で敵軍をおびき寄せた。敵将イサキオスは、特に作戦らしい作戦は考えていなかったらしく、ほぼ全軍でダフネの軍を追いかけてきた。そして、ダフネの軍が後方に下がり、代わってアレス率いるファランクス隊が前に出る。
「さあ行くわよ! 世界一強く美しい太陽の皇女様、テオドラの力を思い知りなさい!」
 テオドラが、そんな決め台詞と共に、敵軍が密集している中に例のエクスプロージョンを3発ほど撃ち込んだ。それを合図に、正面からはアレスのファランクス隊、ラスカリス兄弟のヴァリャーグ近衛隊、ヨハネス・コセスの部隊が、右翼からはティエリの騎士隊が、左翼からは回り込んだダフネの弓騎兵隊が一斉に攻撃を掛ける。この事態に驚いた敵将イサキオスが真っ先に逃げ出してしまったため、敵軍は総崩れとなった。特に、ダフネは最近覚えたばかりの『神速』の術で、ただえさえ速いクマン人弓騎兵隊の移動速度を更に速めているため、ダフネ隊の働きは目覚ましいものがある。
 だが、確実に完全勝利を狙うためには、敵将イサキオスを逃がすわけには行かない。僕は馬に乗って敵軍を追撃しつつ、例のシンカーで逃げるイサキオスの馬の足を狙った。僕の投げたナイフは見事イサキオスの馬の足に刺さり、イサキオスは落馬した。そこへ追いついたアレスが手早くイサキオスを討ち取り、その首を掲げてこう叫んだ。
「敵将イサキオス・コムネノス・ドゥーカス、このアレスが討ち取ったり!」
 総大将の戦死を聞いた敵軍は、次々と戦意を喪失して降伏していった。戦闘は半日もかからずに決着し、味方の負傷者もわずかで、それもイレーネがすぐに治療したため、味方に戦死者が出た様子はない。
「イレーネ、結果報告お願い」
「敵兵の死者3578人、捕虜3149人、逃走に成功した者ゼロ。味方の死者ゼロ」
「聞いたか! 我々の完全勝利だ! 聖なる都への道がまた1つ開けたぞ!」
 僕の声を聞いて、ビザンティン軍の全軍が「エスティンポリ! エスティンポリ!」と鬨の声を挙げた。なお、言語も宗教も異なる兵士たちが混ざっているビザンティン軍の間では、せめて鬨の声くらいは統一しようということで、掛け声は「エスティンポリ!」、すなわち「あの町へ!」に統一することになった。
 こうして、ニコシアの戦いは見事星3つの完全勝利に終わり、僕は神聖結晶2つをイレーネから授けられた。これで、適性82まであと1個。兵の全滅を知った首都のニコシアやその他の都市は戦わずに降伏したため、半月もかからずにキプロス全土の併合は成った。ただ、テオドロスは見せ場をアレスに取られたことを悔しがり、当のアレスに「あんなこと誰にでも出来ますから」と慰められていた。
 後方で戦いぶりを見ていたルイ9世や十字軍戦士たちは、僕たちの戦いぶりを見て呆気に取られていたようだった。

 その後、キプロス島の内陸部にある中心都市ニコシア、主要な港町ファマグスタとリマソールには移動拠点が設置され、キプロスの総督に就任したヨハネス・コセスの手引きで、十字軍への補給が行われた。僕はその間、十字軍の作戦会議にも出席する機会があり、キプロス島には約5千のラテン人兵士を率いたヴィラルドワンのほか、中東における十字軍国家の幹部も集まっていた。
「フランス王陛下、陛下は実に良い時期にいらっしゃいました。現在、エジプトを統治しているスルタンはサーリフという人物ですが、彼は一族間の内紛に悩まされており、今も内乱鎮圧のためにシリアへ出兵中でございます。この好機を活用し、サーリフかこれに反対する諸侯と同盟を結べば、エルサレムの奪還は容易に達成できましょう」
 中東から来た諸侯の1人がそう発言すると、他の諸侯やテンプル騎士団、ホスピタル騎士団の団長、そしてヴィラルドワンも相次いでこの意見に賛意を示した。しかし、話を聞いていたマルグリット王妃は、ルイ9世に何やら目配せをしていた。
「あなた、分かっていますね?」
「マルグリットよ、分かっている」
 何やら、アイコンタクトでそんなやり取りをしている様子であった。その後、ルイ9世は集まっている諸侯たちを黙らせた後、厳かにこう告げた。
「諸君たちは、どうやら十字軍の崇高な使命を勘違いされているようだ。かつてフリードリヒ2世が行ったように、戦わずに外交交渉でエルサレムを奪回するようなことをされても、神はお喜びにならない。不信仰の徒に対し正々堂々と戦いを挑み、不信仰の徒たちを多く殺してエジプトを制圧し、エルサレムを奪回することこそ、神が我々に与えた使命である。諸君は、そのことを忘れてしまったのか」
 そして、ルイ9世と同様の考えを持つフランスやイングランドから来た諸侯たちに加え、なぜかジェノヴァ人のフルコーネ・ザッカリアもルイ9世に賛同し、まずはエジプトの拠点ダミエッタを攻略するよう勧めたため、中東諸侯らの賛同する外交作戦は一蹴され、ルイ9世率いる十字軍は、エジプトのダミエッタを攻略することになった。
 あの様子を見る限り、ルイ9世に一番大きな影響力を持っているのは、どうやらマルグリット王妃のようだ。ルイ9世は、最初のうちこそ同盟を結ぶ案に乗り気だったように見えたが、王妃に睨まれると途端に態度が変わってしまった。また、ルイ9世とマルグリット王妃はロードスやキプロスに逗留中、ヴェネツィア商人が持ってきた茨の冠だとか聖骸布だとかいう正体不明の聖遺物なるものを、とんでもない高値で購入していた。あんなものに一体何の価値があるのか、キリスト教徒でない僕には全く理解できなかった。

 作戦会議が終わった後、僕はフルコーネ・ザッカリアにこう質問した。
「ザッカリアさん、どうしてダミエッタ攻略をルイ9世に勧めたのですか?」
「殿下、これは商売の為ですよ」
「商売?」
「ヴェネツィア人は、エジプトのスルタンと古くから友好関係を結び、エジプトのダミエッタやアレクサンドリアにも多くの商業拠点を築いており、このままでは我々に付け込む余地はありません。我々がヴェネツィア人に勝利するには、十字軍を利用してヴェネツィアの拠点を叩いてもらう必要があるのです」
「・・・そういう事ですか。でも、失敗したらどうするんですか?」
「その時はその時です。我々ジェノヴァ人は伝統的に西方での貿易に力を入れており、東方貿易におけるサラセン人のスルタンや商人たちとの信頼関係では、我々はヴェネツィア人に大きく後れを取っています。仮に失敗したとしても、またゼロから始めるだけのことです」

 どちらにせよ、僕たちは十字軍そのものに参加する気は無かったので、ルイ9世に別れを告げると、ちょうどキプロス島のファマグスタに寄港し、エジプトに向かう途中だというあるヴェネツィア商人と密会して金を贈り、サーリフ宛の書状を届けてもらうことにした。アラビア語の出来る書記官に代筆してもらったその手紙の中には、ルイ9世が率いる十字軍の兵力や主な参加諸侯、ルイ9世がダミエッタ攻略を目論んでいることが書かれており、またローマ帝国は十字軍と一切無関係であり、スルタンとは引き続き友好的な通商関係を築いていきたい、という趣旨のことが書かれていた。

 一方、ルイ9世との外交では、会話中にいきなり爆笑を始めたくらいで、あまり問題らしい問題を起こさなかったテオドラだが、しきりにルイ9世をベタ褒めしていた。
「やっぱり聖王様ね。卑怯な策略を使わず、異教徒と正面から正々堂々と戦う、これが真の王者というものよ。王妃様をきちんと尊重しているところもポイント高いわね。みかっちも、卑怯な策略ばかり使ってないで、少しは聖王様を見習いなさい!」
 ちなみに、本来『聖王』とは死後50年くらい経ち、教会から聖人と認定されることで初めて正式な称号になるものだが、ルイ9世の場合は敬虔さで評判が非常に高く、死後に聖人認定されることはほぼ確実ということで、既に『聖王』のあだ名で呼ばれている。
「ふーん。じゃあ、テオドラは、ルイ9世の十字軍が成功すると思っているの?」
「何言ってんのよ。大成功するに決まってるじゃない。きっと、あの大軍でエジプトを占領して、その勢いに乗って聖地エルサレムまで奪還して、意気揚々とフランシアに帰って行くのよ。もう、その姿が目に見えるようだわ!」
「ふーん」
「何よ、その態度。みかっちは失敗するとでも思ってるの?」
「たぶん失敗するだろうね」
「何でよ!」
「イレーネに聞いたんだけど、エジプトって世界屈指の先進地域で、人口も1000万人くらいいるらしいよ。現地の人間と協力することもなしに、異教徒は皆殺しと言わんばかりの姿勢で、たかが3万人か4万人くらいの軍勢で、1000万人もの人口を相手に戦えるわけがない。人口が1000万人もいれば、兵力もかなりのだろうし、仮に勝てたとしても統治のしようがない。元からシリアに棲みついている諸侯たちはその現実が分かっているけど、ルイ9世は遠くフランスから来て現実を分かっていないから、おそらく痛い目を見るだろうね」
「ずいぶん自信満々ね。それじゃあ賭けでもしてみる?」
「どんな賭け? お金を賭けるのは良くないと思うんだけど」
「お金なんか賭けてもしょうがないわよ。じゃあ、ルイ9世が見事エルサレムの奪回に成功したら、あたしはみかっちの身体を一生おもちゃにしてやるわ。その代わり、みかっちの言うとおりルイ9世が失敗したら、みかっちはあたしの身体を一生おもちゃにしていいわ。これでいい?」
「・・・別に構わないけど」
「それじゃあ決まりね! ふふふ、みかっちの身体をどういう風におもちゃにするか、今から考えておかないと。楽しみだわ♪」

 ・・・どうやら、テオドラはルイ9世の勝利を信じて疑わない様子だけど、逆に僕はルイ9世の敗北を確信していた。なぜなら、史実のルイ9世は、第7回十字軍を率いてエジプトに侵攻したものの、マンスーラの戦いで大敗して、ルイ9世自身まで敵の捕虜になるという、どうしようもない大失敗をしているのだ。もちろん、この世界で同じように事が運ぶとは限らないけど、現実を分かっていないあの態度を見る限り、おそらく史実と同じような結果に終わる可能性が高いだろう。

 

第3章 コンスタンティノス勲章

 移動拠点を使って、キプロスからニュンフェイオンに戻った僕を、まずマリアが出迎えてくれた。
「ご主人様! お帰りなさいなのです!」
「ただいま、マリア。思ったより時間がかかったけど、ようやく帰ってこれたよ」
 やっぱり、この世界では可愛くて無邪気なマリアの笑顔を見ている時が、一番幸福である。最近は慣れ切ってしまったとはいえ、やはり人を殺したり陥れたりする仕事は、そんなに気持ち良いものでは無いのだ。一方,マリアはバーネットが産んだ子猫たちに一応名前を付けたようだが,子猫の数が多くなり過ぎて,ついにマリア本人でさえも猫の名前を把握しきれなくなってしまったようである。
「えーと、この子はミーシャちゃんでしたっけ、アイシャちゃんでしたっけ・・・よく分からなくなってしまったのです・・・」
「僕に聞かれても。確かミーシャというのは、バーネットが最初に産んだ子猫の一匹に付けた名前だから、少なくともこの子ではないと思うけど、それ以外のことは僕だって分からないよ」
「うう、マリアは子猫ちゃんの名前も覚えられないのです・・・。メイド失格なのです・・・。」
「そんなこと誰も評価の対象にしないから、気にしないで」
 変なことで落ち込んでいるマリアを適当になだめていると、話題が変わった。
「そういえばご主人様、ソフィア様がご主人様に、報告したいことがあるそうなのです」
「ソフィアが? それじゃあ、悪いけどすぐソフィアを呼んできてくれない?」
「畏まりました、ご主人様、なのです」
 ソフィアは、間もなく僕の許にやってきた。
「殿下、お帰りなさいませ。只今、ラテン人の国とブルガリアに関する最新情報が入りました」
「聞かせてくれ」
「まず、ラテン人の国からです。皇帝アンリに仕えているラテン人の多くは、自ら総主教に就任したオットボノ・フィエスキの影響もあり統治が覚束ない現状に絶望し、自分から十字軍への参加を志願したそうです。そして、宰相のヴィラルドワンを十字軍の司令官として送り出した結果、もはや皇帝アンリに直接仕えるラテン人は1000人程度にまで減ってしまったそうです」
「そうか。そろそろ次の策を講じる好機だな。そちらは僕の方でやっておく。ブルガリアの方は?」
「次に、ブルガリアの情勢ですが、ブルガリア王カロヤン・アセンは、どうやら配下の将軍に暗殺されたようです。その後、ブルガリアではカロヤンの暗殺に加わっていたカロヤンの甥ボリルと、初代の王イヴァン・アセンと同名の息子、すなわちイヴァン・アセン2世が王位を争い、内紛状態に陥っているようです。現状ではわが国の脅威にはなりませんが、今のブルガリアと国交を結ぶとなると、ボリルとイヴァン・アセンのどちらに付くかを決めなければなりません」
「ソフィアは、どちらに付いた方が有利だと思う?」
「非常に微妙なところです。ボリルは、軍の多くを味方につけているため、軍事力では今のところ有利ですが、ブルガリア王家の中ではカロヤン王の姉の子に過ぎず、しかも実質的にはカロヤン王を殺して王位に就こうとしている王位簒奪者ですから、国内でも反発が強いようです。一方、イヴァン・アセンは本来であれば王位継承権は亡きカロヤン王よりも上であり、国内でも人望があるようなのですが、軍事力では劣勢にあるため、パンノニア王家の娘を妻に迎え、外国勢力の力でボリルから王位を奪還しようとしているようです。最終的にどちらが勝つかは非常に微妙な情勢であり、勝った側に味方すればその後の外交が有利になりますが、負けた側に味方すれば不利になってしまいます。安全策を採るならば、決着が付くまで様子を見るという方法もなくはありません」
「そうか。それは悩みどころだな・・・」

(どれを選びますか?)
A 軍事力で勝っているボリルの側に付く。
B 正統な王であり人望のあるイヴァン・アセンの側に付く。
C どちらにも付かず、決着が付くまで様子を見る。

 僕は暫し悩んだ後、Bを選択した。
「我が国は、正統な王であるイヴァン・アセンを支持する。王を暗殺して自ら王位に就こうとするボリルのような男は信用できない。イヴァン・アセンの許には、ヨハネス・ペトラリファスを使者として送り、攻守同盟を提案しよう。攻守同盟の締結に応じる場合、状況的に可能となれば、わが国からもボリルを打倒するための兵を送ると伝えてくれ」
「宜しいのですか? かなり大きな賭けになりますが」
「軍事力で勝っているボリルの側に就いても、大した貸しにはならないし、信頼できる同盟国にもならない。むしろ、軍事力で劣勢にあるイヴァン・アセンに付いた方が、勝てば大きな貸しを作れるし、信頼できる同盟国にもなる。それに、強引に王位を簒奪したボリルは、おそらく国内の基礎も十分固まっていないだろう。軍事力で勝っているとしても、調略で突き崩すチャンスはおそらく沢山ある」
「では、ペトラリファスには、イヴァン・アセンへの使者に赴く一方、ボリル派を含む国内の情勢を詳しく調査させることになりますね」
「そうだな。まだ若いペトラリファスには初めての大仕事だ。あと、現在トルコ人相手の調略を担当しているニケフォロス・スグーロスも、仕事が一段落着いたら、西方のエピロス方面の仕事に回ってもらおう。アルタで独立政権を築いているテオドロス・コムネノス・ドゥーカスという人物の動向も気になる。トルコの方は、当面引き抜けそうな人材はあらかた引き抜いたから、その後の情報収集はマウロゾメスだけで十分だろう」
「承知致しました。殿下のご意向に従い、必要な指示を私の方で出しておきます」
「宜しく頼む。君のおかげで、いちいち細かい指示まで出さなくて済むから助かるよ」
「お褒めに与り恐縮でございます。お褒めのついでに、そろそろ私の処女ももらって頂けませんか?」
「・・・それは駄目!」

 ソフィアとの不毛な子作り問答が過ぎた後、僕は密かにユダを呼んだ。
「殿下、俺に何の用だ?」
「ついに、君に働いてもらう時がやってきた」
「そうか。それで、俺は誰を殺せばいいんだ?」
「ラテン人の皇帝、アンリ・ド・エノーだ。かなりの大物だが、彼の周りにはこちらの支援者も付いている。ラテン人の大半が十字軍に随行していなくなった今が最大の好機だ」
「・・・分かった。俺はこのときのために、今日まで修行を重ねてきた。もし俺が失敗したら、妹のことは宜しく頼む」
「そのことは心配するな。それと、出来れば生きて戻って来い。無理に暗殺を実行しようとしてお前が敵に捕まるよりは、失敗して戻ってきた方がまだ良い」
「分かった。だけど、失敗して戻って来るよりは、やっぱり成功して戻ってくる方がいいな。それじゃ行ってくる」
 こうして、僕は暗殺者として養成していたユダを、皇帝アンリの暗殺に送り出した。暗殺を成功させるために可能な限りのことはしたが、果たしてうまく行くかどうか・・・。

 こんな腹黒い謀略が行われる一方、普通に喜べるニュースもあった。僕がキプロス島から戻る少し前、ネアルコスとプルケリアの率いる交易船団が、無事にスミルナまで戻ってきていたのだ。交易の成果について、僕はアクロポリテス先生から報告を受けた。
「エジプトとの交易は大成功でした。先年テオドラ様がヴェネツィアの交易船団を全滅させたこともあり、シリアやエジプトでは西欧からの輸入品が品薄状態となっており、私が想定していたよりも高く売れたそうです。そのため、今回の交易による利益額は、私が想定していた額のおよそ3割増しになる見込みです」
「それは何より。送った甲斐があったね」
「そして、今回の交易船団では、他の誰よりもプルケリア様の活躍が目覚ましいものであったと、ネアルコスを始め主だった乗組員は口々に申しております。プルケリア様は、船団がイスラム海賊の襲撃を受けると、自らの術を駆使してこれを撃滅され、捕虜となった海賊からアジトの場所を聞き出すと、わが国やジェノヴァ艦隊と協力して容赦なく海賊のアジトを襲撃し、海賊どもにかなりの打撃を与え、その後イスラムの海賊たちは、わが国の艦隊を恐れて現れなくなったそうです」
「それは凄いね」
「それだけではございません。プルケリア様は、シリアにある十字軍国家やイスラム国家との親善交渉にも活躍され、ローマ帝国にはこのように素晴らしい皇女がいると評判になったそうです。エジプトでは、スルタン・サーリフの妃シャジャル・アッ=ドゥールとの会見も実現させ、これが両国間の関係改善に大きく寄与しました」
「スルタンの妃との会見が、そんなに効果的だったの?」
「シャジャルは、奴隷身分の生まれではございますが、美しい上に大変頭も良く、スルタン・サーリフの統治を陰で支えている女性だそうです。プルケリア様とは女性同士ということもあり、会見では意気投合され、ローマ人の商人にはヴェネツィアと同程度の通商特権も認められました。これは、東方貿易に関しては同盟国のジェノヴァを上回る特権を手中にしたことを意味します」
「初めて送った船団でそこまでの成果を挙げるとは、まさにプルケリア様々だね」
「いえ、この背景には殿下のご決断もございまして、殿下は多くのトルコ人をイスラム教徒のまま支配下に組み入れられ、イスラム教徒の間では尊敬の対象となっているフェデリコス帝とも友好的な関係を構築なさいました。そのため、エジプトやシリアでは殿下に対する印象がもともと良かったのです。アラビア語の出来るトルコ人などの家臣も増えて参りましたゆえ、今後は交易に加えて文化交流も積極的に行い、イスラムの先進技術をわが国に取り入れましょう」
「それは僕も考えていたところです。先生のお考えでどんどん進めてください」
「そして、シリアやエジプト以外の方面でも、通商活動は進んでおります。黒海方面では、聖なる都が陥落するまではわが国の商人が交易を独占しておりました関係で、わが国がヴェネツィア人やジェノヴァ人より優位を維持しております。もっとも、ヴェネツィア人はラテン人の国から関税免除の特権を受けており、わが国の商人にだけ関税を掛けると競争力が低下しますので、わが国が出資した積み荷の輸送を合わせて引き受けた商人には、関税を免除することに致しました。黒海方面では、モンゴル帝国のハーンも外国の商人を歓迎するようになり、通商ルートは黒海からドニエプル川を越えて北はノヴゴロドにまで達し、東方からの貿易品も入っております。西欧方面では西ローマとの通商条約により、パレルモやナポリとの交易が可能となり、同盟国ジェノヴァとの合弁事業により更なる西へ通商ルートを拡大しようとしている商人もおります。交易における我が国のシェアは、交易立国であるヴェネツィアやジェノヴァに比べるとまだまだ低いですが、今後更なる成長と増収が期待できます」
「この勢いで増収が進めば、海軍力も強化できるし、上手く行けば聖なる都の奪還もそう遠い話ではなくなりそうですね。先生、これからも宜しくお願いします」

 僕は、将兵たちの士気を高めるため、功績のあった者に与える『コンスタンティノス勲章』制度を創設していた。勲章は今のところ3段階あり、金賞が副賞として金貨30枚、銀賞が副賞として金貨10枚、銅賞が副賞として金貨3枚となっている。授与式の内容もそれぞれ異なり、最高級の勲章である金賞の受賞者に対しては、群臣たちが居並ぶ中で僕が自ら受賞者の功績を読み上げ表彰することになっている。
 銀賞は、交易船団を指揮したネアルコス、ニコシアの戦いで活躍したダフネなどに与えることが決まっているが、東方への交易船団を成功に導き、ネアルコス以上の活躍を見せたプルケリアについては金賞が相当だろう。僕がそう考えて授賞式の準備を指示したところ、テオドラが文句を言ってきた。
「なんで、あの乳牛に金賞なんかあげるのよ!? 別に、海賊をやっつけたとかいうだけで、全然大したことはしてないじゃない!」
「海賊をやっつけたこと自体も大きな功績だし、プルケリアは外交面でもかなり活躍してくれたんだよ」
「そんなのが功績だって言うんなら、あたしにも金賞寄越しなさいよ! あたし、あの乳牛なんかとは比較にならないくらい活躍したわよ! パルマもミラノもジェノヴァもあたしの力で落としたし、ニコシアの戦いでも活躍したし」
 ・・・そう言われてみれば、結果的に見ると確かにテオドラも結構活躍してるな。その大半は、単なる気まぐれの行動が偶然良い結果に繋がったに過ぎないけど。
「分かった。テオドラにも金賞を授与することにするよ」
「それならいいけど、授与式は乳牛よりあたしの方が先よね!? あたしの方がプルケリアより一杯活躍してるんだから、当然そうよね!?」
「・・・はいはい」
 テオドラとしては、どうやら長年のライバルであるプルケリアには、絶対負けたくないという思いが強いらしい。別に、授賞式の順番で序列が変わるわけではないので、テオドラの言うとおりにした。

「・・・ローマ帝国皇女テオドラ・アンゲリナ・コムネナ。貴殿は、わが国の敵国であったヴェネツィア共和国の大交易船団をただ1人の力で撃沈し、ローマ帝国の国威を大いに高めるとともに、ヴェネツィア共和国との間で有利な講和を締結するにあたり大きな役割を果たした。そして、わが国の同盟国である西ローマの皇帝フェデリコス2世によるイタリア征服を助け、西ローマ軍が攻めあぐねていたパルマ、ミラノの征服に大きな役割を果たし、教皇派の支配下にあったジェノヴァ共和国を、わが国やフェデリコス2世と友好的なドーリア家、スピノラ家の支配下に取り戻す戦いでも大きな役割を果たし、もって西ローマやジェノヴァ共和国との外交関係改善にも大きく寄与した。さらに、わが国が謀反人イサキオス・コムネノス・ドゥーカスからキプロス島を取り戻したニコシアの戦いでも、その術をもって敵軍に大きな打撃を与え、我が軍の勝利に大きく貢献した。ローマ帝国摂政ミカエル・パレオロゴスは、このように大きな貴殿の功績に鑑み、貴殿にコンスタンティノス勲章『金賞』を授与するものとする」
 僕が表彰文を読み上げると、あらかじめ定められていた儀式どおり、左右に並んでいる帝国官僚と軍の幹部たちが、テオドラに拍手を送る。そして、多くの兵士たちや群衆が集まっているニュンフェイオンの閲兵場で、僕が自ら勲章と表彰状、そして副賞の金貨が詰まった袋をテオドラに手渡した。
 もっとも、本来の儀式に従えば、テオドラはこの場で僕に対し感謝の言葉を述べるはずなのだが、あのテオドラがそんなことをするはずもない。テオドラは僕の方を無視し、群衆に向かって勲章を掲げ、『拡声』の術を使ってこう言い放った。
「見なさい! 世界で最も美しく、最も強い術士は、あの乳牛とかじゃなくて、『太陽の皇女』こと、あたしテオドラ・アンゲリナ・コムネナ様なんだからね! この勲章がその証よ! よく覚えておきなさい!」
 僕や、アクロポリテス先生、ラスカリス将軍をはじめとする幹部たちは、どうせテオドラが定められた儀式を守ることはないだとうと思っていたので、そんな様子を苦笑いしながら見守っていた。

 続いて、プルケリアが授賞式を受ける番になった。
「・・・ローマ帝国皇女プルケリア・アンゲリナ。貴殿は、わが国の命運をかけたシリア・エジプト方面の交易船団に随行し、交易船団を襲撃したサラセンの海賊たちを次々と打ち破り、ローマ帝国海軍の威信を高めるとともに、交易船団の安全を確保することに成功した。それに加え、寄港先であるキリキア・アルメニア王国、アンティオキア王国、エルサレム王国、そしてエジプトのスルタンといった諸国の王や諸侯たちに対する外交使節としても活躍し、通商協定の締結に大きく加功し、来年以降もわが国の交易船団が安全にこれらの諸国を訪れることができるよう取り計らったことで、わが国に測り知れない額の富と、先進国の高い技術をもたらす基礎を築き上げた。ローマ帝国摂政ミカエル・パレオロゴスは、このように大きな貴殿の功績に鑑み、貴殿にコンスタンティノス勲章『金賞』を授与するものとする」
 そして、テオドラの時と同様、プルケリアに対する大きな拍手が沸き起こった。
「私プルケリアは、殿下に仕える術士として、そしてローマ帝国の皇女として当然のことをしたまでのこと。このプルケリアには、過ぎたるほどの栄誉でございます。これからも、殿下には誠心誠意お仕えさせて頂きます」
 かなり謙遜したプルケリアの謝辞が終わった後、プルケリアに対する大きな歓声が沸き起こった。その歓声は、テオドラに対するものよりはるかに大きなものだった。

 こうして授賞式は無事終わったのだが、例によってテオドラが、ぶつくさ文句を言っていた。
「なんであたしより、あの乳牛の方があんなに拍手が大きいわけ!? あたしの方がよっぽど美しいし、よっぽど大きな手柄を立てたのに!」
「・・・そこまでは責任持てないよ。皇女様としての礼儀作法をきちんと守っているかどうかの違いじゃない?」

第4章 法典整備と歴史

 この1年間は、キプロスを征服したくらいであまり大きな戦いは無かったが、皇帝アンリに暗殺者を送り込んだ以上、ラテン人の帝国とは大きな戦争になる。また、ブルガリア王イヴァン・アセン2世の支持を表明した以上、ブルガリアの僭主ボノスとの戦争になる可能性も高い。僕は長期戦となった場合に備え、大量の保存食を用意させることにした。初め、この仕事はゲルマノス政務官に任せるつもりだったのだが、元ロードス僭主のヨハネス・ガバラスが是非とも自分にやらせて欲しいと言うので、とりあえず彼に任せることにした。まあ、その程度の仕事なら彼にも出来るだろう。
 僕は、冬の戦間期を利用して、帝国を統治するための法制度の整備に着手することにした。最近流行し始めた賭博行為の取り締まりや、こじれている訴訟の審理を指示するといった仕事もあったが、僕が考えているのはもっと大きな、ローマ帝国憲法の制定と、新たな法典の編纂作業である。その準備に着手するため、僕は第1回の勉強会を開催した。まず、アクロポリテス先生が、帝国法をめぐる現状について説明を行った。
「現在、わが国で使われております法典は、レオーン賢帝時代に編纂された『バジリカ法典』でございますが、この法典は300年以上も前に編纂されたものでございまして、当然ながら法典の内容と社会の現実には大きなずれがございます。そうした法典の内容と社会の現実とのずれは、主に小バシレイオス帝の時代に活躍した法律家エウスタティオス・ローマイオスをはじめとする著名な法律家たちが、解釈によって補って参りましたが、訴訟などに従事する法律家の間では、そろそろバジリカ法典に代わる新法典を編纂した方が良いのではないか、という意見もございます」
「アクロポリテス先生、どうして300年以上の長きにもわたり、この帝国では新たな法典が編纂されなかったのですか?」
「すべての帝国法を網羅する新たな法典の編纂には、莫大な時間と労力がかかるためです。もともと、バジリカ法典の編纂は、マケドニア王朝の開祖である大バシレイオス帝の命令で始められたのですが、編纂作業が終わったのはその息子であるレオーン賢帝の時代です。『バジリカ法典』の編纂にあたっては、その準備段階の作業を含めると、約30年の年月を要したと考えられます。そのため、その後の歴代皇帝は誰も、敢えて莫大な時間と労力がかかる新法典の編纂には踏み切ろうとしなかったのです」
 その後、西ローマから大使兼法律顧問として送られてきた法律家、ロレンツォ・モンテネーロが発言した。
「ミカエル殿下が、ローマ帝国憲法の制定と新法典の編纂に意欲を示しておられることは、この私も事前に聞いておりましたので、東ローマの法をめぐる現状については、あらかじめアクロポリテス内宰相や、主要な判事職にある者と協議して、おおよそのことは理解できました。我が主君フェデリーコ帝は、東ローマ帝国のユスティニアヌス1世時代に編纂された『ローマ法大全』をモデルとして、西ローマの法整備を行われたのですが、『ローマ法大全』と『バジリカ法典』の最も大きな違いは、正文がラテン語かギリシア語かの違いではなく、キリスト教の影響が大きく入っているか否かにあります。実際、東ローマ帝国にも、『ローマ法大全』のギリシア語版は現在でも保存されており、法制度の整備状況自体は、決して東ローマ帝国がわが国より劣っているわけではございません」
「では、モンテネーロ先生のお考えでは、新たな法典編纂は特に必要ないとのお考えですか?」
「そうではございません。わが国が東ローマの『バジリカ法典』ではなく、古い『ローマ法大全』をモデルとして法整備の事業を行ったのは、『ローマ法大全』の時代には、あまり法制度にキリスト教の影響力が入り込んでおりませんでしたため、結果的にキリスト教とローマ教皇の影響力をできるだけ排した、新しい法制度を整備したいというフェデリーコ帝のご意向に沿うものであったことが主たる理由でございます。殿下は、フェデリーコ帝と同じく、法制度にキリスト教の影響力をあまり及ぼしたくないというご意向と承っておりますので、わが国の例を参考に法整備を行う意義は十分あると思われます」
「なるほど。しかし、モンテネーロ殿のお考えどおり、わが国でもフェデリコス帝に倣った法整備を行うとすれば、いわば法の在り方を、700年も前のユスティニアヌス大帝以前の状態にまで戻し、その一方でわが国の現状にも合わせるということになります。これは、大変な作業になりますぞ」とアクロポリテス先生。
 なお、人によってフェデリーコとかフェデリコスとか呼び方が違うけど、これらはすべて皇帝フリードリヒ2世のことである。モンテネーロはイタリア人なので、イタリア語読みのフェデリーコと呼び、ギリシア語を母語とするアクロポリテス先生などは、フェデリコスと呼んでいる。
「私も、発言させて頂いて宜しいですかな?」
 続いて発言の機会を求めたのは、イスラム教徒関係の法律顧問をしている、イスラム法学者(ウラマー)のチャンダルル・ハリルである。
「どうぞ」
「わが国では、殿下の御計らいにより、既にムスリム同士の紛争についてはシャリーアに基づいて裁くことが認められておりますが、シャリーアに詳しい法律家はまだ多くございません。また、トルコ人はシャリーアだけではなく独自の法慣習を有しており、単純にシャリーアに基づいて裁けば良いというものでもございません。さらに、ムスリムと異教徒との争いについてはローマ法が適用されることになっておりますが、ローマ法にはシャリーアや、トルコ人の法慣習に対する理解が全く無く、正教徒と異端者、異教徒との紛争にあたっては、正教徒に不利な証言ができないという法までございます。こうした、異教徒を差別する法については、今のところ殿下の御計らいによって施行停止になっておりますが、本格的な法典の再整備を行われるのであれば、我々のようなムスリムのトルコ人の考え方も、ある程度は反映させて頂きたいというのが、正直なところでございます」
「なるほど。既に、帝国内におけるトルコ人の割合は2割を超えるまでになっていますから、ハリル先生の言われるように、トルコ人の法慣習も無視するわけには行かないですね」
「殿下、それを仰るのであれば、ユダヤ教徒やボゴミール教徒の扱いも同様に問題となりますぞ。彼らも独自の宗教やそれに基づく法思想のようなものを持っており、正教を基礎とした現在のローマ法に対する反感を抱いております。一方で、あまり異教徒を優遇するような法制度を定めれば、今度は正教側の反発も避けられません。最近は異教徒の割合が増えてきたとはいえ、ローマ人の間で最も信者の数が多いのはなお正教であり、正教の教会や聖職者も依然として力を持っております」とゲルマノス政務官。
 ちなみに、キリスト教から派生した異端の宗派であるボゴミール派については、正教との摩擦を避けるため、キリスト教とは異なる宗教として取り扱うことになり、最近では『ボゴミール教』と呼ぶようになっている。ボゴミール教徒も結構数が増え、今では帝国内の人口の2割弱に達している。
「そうした問題については、わが国でも国内に多くのムスリムを抱えておりますから、わが国の法制度もある程度参考になるのではないかと考えられます。ただし、わが国では東ローマのように、異端のボゴミール派を独立した宗教として公認することまではしておりませんが」とモンテネーロ。

 ・・・その後も議論は白熱したが、どうやら簡単に決着のつく問題ではないということで、参加者たちの意見は一致した。今後の勉強会では、将来の法整備に向けた論点整理を行うことになり、イスラム教に基づく法制度、すなわちシャリーアやトルコ人の法慣習に詳しいハリル先生には、異教徒にも理解できるようそれらの法慣習を明文化してまとめてもらうことにし、ボゴミール教とユダヤ教の宗教指導者にも同様の依頼をすることになった。モンテネーロとアクロポリテス先生、ゲルマノス政務官には、フリードリヒ2世が制定した法制度と、わが国で現に施行されている法制度の違いについて引き続き検討してもらうことにした。
 そのようにして今後の方針がまとまり、勉強会が終わろうとするとき、最後にモンテネーロから1つの要望がなされた。
「殿下、東ローマ帝国で憲法を作られるにあたっては、長年東ローマで培われてきた不文律の内容を整理しなければなりません。特に、帝位の継承にあたっては、聖なる都を捨てて逃亡した皇帝は退位したものとみなすであるとか、他の国では考えられないような不文律もかなりあるようでして、そのような帝位継承に関する不文律の内容を整理するには、東ローマの歴史についてもまとめる必要がございます。東ローマの歴史書には様々なものがあるようですが、全体をまとめた読みやすい通史のようなものは編纂されておらず、私のような外国人には理解しにくいものです。法典整備の準備作業と並行して、東ローマ帝国の通史についても編纂作業を行われては如何でしょうか?」
「分かった。その件についても検討しておく」
 これで、第1回の勉強会は終わったが、これは想像以上に難しい作業になりそうだ。

 その後、僕はアクロポリテス先生、パキュメレスとソフィアの4人で、ローマ帝国ことビザンティン帝国の通史をまとめる件について相談することになったが、ここでも思わぬ難題が持ち上がった。

 問題点その1。歴代皇帝の名称をどうするかである。
 通史の内容については、ロルムスとレムスの兄弟に始まるローマ建国の神話や、共和制時代のローマについては最初の第1章で簡潔に触れるにとどめ、第2章で実質的な初代皇帝とされるガイウス・ユリウス・カエサルについて触れ、第3章以降は歴代皇帝を中心とする通史とするということになったが、歴代皇帝の名前について、いくつか疑義が挙がった。

「殿下。第3代の皇帝はカリギュラというあだ名が定着しておりますが、本名はガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスでございます。帝国公認の通史である以上、あだ名ではなく本名でまとめるべきではないでしょうか?」とソフィア。
「理屈としては分かるが、そんなことをやっていたらキリがないし、通史の内容は分かりやすくするのが目的だから、カリギュラみたいにあだ名が定着している皇帝については、あだ名のままでいい。本名については、冒頭で参考程度に載せることにして」
「殿下、ヘラクレイオス帝以前の皇帝については、帝国の公用語がラテン語であった影響で、文献によってラテン語名で呼んでいるものとギリシア語名で呼んでいるものがあるのですが、どちらで統一なさいますか?」とパキュメレス。
「ややこしいから、ヘラクレイオス帝以前についてはラテン語表記で、ヘラクレイオス帝以後はギリシア語表記で統一して」
「殿下、同名の皇帝が複数いる場合には、『アレクシオス1世』といった具合に代数を付けよとのご指示がありましたが、コンスタンスと呼ばれている皇帝については如何致しましょうか?」とアクロポリテス先生。
「別に、そのままコンスタンスでいいんじゃない? 何が問題なの?」
「歴代皇帝のうちコンスタンスと呼ばれている皇帝は2人おりまして、そのうちコンスタンティヌス大帝の息子コンスタンスは、本名なのでそのままで良いのですが、もう1人、ヘラクレイオス帝の孫にあたるコンスタンスは、本名はコンスタンティノスと名乗っておりまして、同名の父と区別するために「小さなコンスタンティノス」という意味のコンスタンスというあだ名で呼ばれているのですが、殿下の仰られるようにあだ名ではなく代数で区別する方法を採られるのであれば、本名であるコンスタンティノスで呼ぶべきではないかと思われるのですが。なお、このコンスタンス帝をコンスタンティノスと呼ぶ場合、コンスタンティノス4世と表記することになりコンスタンティヌスないしコンスタンティノスを名乗る歴代皇帝の数は、全部で11名となります」
「・・・それも理屈としては分かるけど、コンスタンスのあだ名が定着して、他の史書でもそのように呼ばれているのであれば、紛らわしくなるからコンスタンス2世にしておこう。あと、コンスタンティノスは人数が多すぎて紛らわしいから、なるべく数を減らしたい」
「承知致しました」

 また、歴代皇帝の呼称については、僕の方から要望を出すこともあった。
「この、五賢帝の最後に出てくる、『マルクス・アウレリウス・アントニヌス』って、名前が長すぎじゃない? 単にマルクス帝でいいんじゃないの?」
 僕に限らず、世界史でローマ帝国の歴史を習った人は、歴代ローマ皇帝の中でも「この人だけ名前が長過ぎる」と一度は思ったのではなかろうか。かなり重要な皇帝なので飛ばすわけにも行かないし、フルネームで書けないと得点にならないので略すことも出来ない。ちなみに僕はつい最近日本で受けた、高校最初の世界史中間テストで、誤って「マルクス・アウレリウス・アントニウス」と書いてしまい、満点を逃がしてしまった苦い経験がある。省略できるものなら是非とも省略して欲しい。
「・・・確かに長いので、話すときは『マルクス帝』などと省略することもございますが、史書は揃ってマルクス・アウレリウス・アントニヌスと表記しており、この呼び名が定着しておりますし、偉大な皇帝として名の知られている人物でございますので、これを単に『マルクス帝』と略してしまうには問題がございます。本文中で何度も触れる場合は別として、少なくとも表題にはマルクス・アウレリウス・アントニヌスと書く必要がありましょう」
 アクロポリテス先生にたしなめられて、僕も略記は諦めざるを得なかった。
 こんな紆余曲折を経て、新しい通史に表記する各皇帝の名前は、結局日本で呼ばれている名前と一致することになり、以後歴代皇帝の名前を呼ぶときは、この代数表記で統一することにした。なお、歴代皇帝のうち最も同一の名称が多いのはコンスタンティヌス(コンスタンティノス)の10人、第2位がミカエルの7人、第3位がレオーンの6人、第4位がアレクシオスの5人、第5位がロマノスの4人という結果になった。なお、僕の世界で名前が出てくる一夜皇帝コンスタンティノス・ラスカリスは、この世界ではテオドロスの兄として一応実在していたものの、聖なる都の攻防戦中に戦死してしまったため、皇帝に名乗りを挙げることはなかったようである。

 問題点その2。名称の問題が片付いた後、アクロポリテス先生がこんなことを言い出した。
「このような場でしか申し上げられない事なのですが、我らのローマ帝国には、大きく分けて表の歴史と裏の歴史があるのですよ」
「何それ?」
「我が国がキリスト教を国教として以来、わが国の歴史はその多くが聖職者たちによって記録されるようになり、歴史に関する国の公式見解も、聖職者や修道士たちの意向に大きく左右されるようになりました。いわば、教会公認の歴史で国家の公式見解となっているが、表の歴史です」
「じゃあ、裏の歴史というのは?」
「そうした、教会公認の歴史観に反発する人々が、陰でこっそりと書き残した歴史です。大きな声では言えないのですが、ユスティニアヌス大帝に仕えた歴史家プロコピオスも、表ではユスティニアヌス帝を称える内容の歴史書を書きながら、裏では『秘史』という秘密のノートを残し、ユスティニアヌス帝やその皇后テオドラ、その家臣たちの悪行をこれでもかという程に書き綴っております。私の父コンスタンティノスは、こうした歴代のローマ人が書き残した史料から、教会に公認された表の歴史が隠している実態を暴くための研究を秘密裡に行っており、その研究成果は概ね、父とその仲間たちによってまとめられています」
「そんなものがあるんですか」
「はい。私も、かつてコンスタンティノス様に師事したとき、裏の歴史の概要を読ませて頂きましたが、それはもう天地がひっくり返るほどの驚きでございました」とソフィア。
「私も、お師匠様から表の歴史と合わせて裏の歴史についても教えて頂きましたが、表の歴史だけではこの国を理解することが出来ないということがよく分かりました」とパキュメレス。
 ちなみに、ソフィアは内宰相ゲオルギオス・アクロポリテスの父で、既に亡くなったコンスタンティノス・アクロポリテスの弟子。パキュメレスはアクロポリテス内宰相の弟子なので、どちらも知識人派閥の中では、アクロポリテス門下生の『改革派』と呼ばれるグループに入る。そのため、この3人が同じ秘密を共有していても、全く不思議なことではない。
「その、表の歴史と裏の歴史というのは、どのくらい違うのですか?」
「酷い例では、同じ国の歴史とは思えないほどに異なります。一番分かりやすいのは、レオーン・イサウロス帝、新しい呼び方では皇帝レオーン3世の息子にあたる、皇帝コンスタンティノス5世の扱いでございます。この話を聞いて頂ければ、表の歴史がいかに実態とかけ離れているか、そして裏の歴史を秘密にせざるを得ないか、ご理解頂けると思います」
 こうして、アクロポリテス先生による、コンスタンティノス5世に関する『裏の歴史』の説明が始まった。

第5章 悲運の『うんこ皇帝』

「コンスタンティノス5世のお話をするには、まずその父であるレオーン・イサウロス帝、新しい呼び方ですと皇帝レオーン3世イサウロスのお話をしなければなりません。かなり長い話になってしまいますが、宜しいですか?」
「どうぞ」
「皇帝レオーン3世は、元々の名をコノンといい、ローマ帝国が混乱期にある中、優秀な軍人として徐々に頭角を現してまいり、その勇敢さから『レオーン』、すなわち獅子というあだ名で呼ばれておりました。そして、マスラマと申すサラセン人が大軍を率いて聖なる都に進撃し、帝国はもはやこれまでかと思われたとき、コノンは帝位を簒奪し、その際自らのあだ名であるレオーンを正式な名前とし、皇帝レオーンを名乗ったのでございます」
「それで、皇帝レオーン3世は、サラセン人の大軍を撃退できたの?」
「はい。サラセン人の大軍は、陸と海の両方から聖なる都を封鎖し、聖なる都を兵糧攻めで屈服させようとしておりました。当時のローマ軍では、陸側を封鎖するサラセン人の大軍に対抗する力はありませんでしたが、皇帝レオーンは、帝国内に居住していたカリニコスの弟子たちを総動員し、艦隊を出撃させて、今日でいう神聖術の力でサラセン人の補給船を次々と焼き払ったのでございます。もっとも、これによって海からの封鎖を解除できたわけではありませんが、補給を絶たれたサラセン人の大軍は、冬の間ずっと飢えに苦しみ、運搬用に連れていた驢馬や駱駝、それが無くなると木の根や葉まで食べざるを得なかった、飢えのあまりある者は人肉を喰らい、あるいは自分の糞まで喰らい、病にかかって死んだ者もいたと書き残している者もおります」
「聖なる都の側には、食料の問題はなかったの?」
「レオーン3世の2代前の皇帝で、レオーンをテマ・アナトリコンの長官に取り立てた皇帝アナスタシウス2世が、すべての住民たちに3年分の食料備蓄を命じ、それが出来ない者は聖なる都を立ち去るよう命じていたため、聖なる都では食糧不足の問題は置きませんでした。また、聖なる都には大規模な貯水池もありましたので、水の問題もありませんでした。そして翌年の春、サラセン人の大海軍が大量の補給物資を運んで、聖なる都に接近して参りましたが、皇帝レオーンはサラセン人の軍隊から脱走してきた兵の知らせで艦隊接近を知り、艦隊を出撃させて、再び神聖術の力でサラセン人の艦隊を大いに破りました。そして、レオーン帝は密かにブルガリアと同盟を結び、ブルガリアからの援軍が陸側のサラセン人を背後から襲ったことで、マスラマもようやく聖なる都を落とせる見込みがないことを悟り、軍を引き揚げていったのでございます。その後、レオーン帝はこれまで異端の魔術士などと呼ばれていたカリニコスの弟子たちに、彼らが聖なる都の防衛に大きく貢献したことを理由に、彼らの術に神聖術という呼び名を与え、術士たちを神聖術士と呼ばれるようになり、以後神聖術は帝国と教会の公認を受け、ローマ帝国の国家機密として、密かに研究が進められるようになったのでございます」
「凄い業績を立てた皇帝じゃない。そのどこに問題があるの?」
「今申し上げたお話は、私の父がまとめた『裏の歴史』に記されていることでございます。聖職者が書いた『表の歴史』では、皇帝レオーン3世の功績については何も記されておらず、ただ聖なる都の守護者である『神の母』マリアのご加護により聖なる都は護られ、サラセン人は諦めて撤退していったと記されているだけでございます」
「なんでそういう扱いになったの!?」
「皇帝レオーン3世は、その後20年余りにわたって帝国を統治されましたが、聖なる都こそ何とか守り切ったものの、強力なサラセン人の軍に勝つことはなかなか出来ませんでした。そんな中、帝国には捕虜交換などを通じてサラセン人の考え方も伝わり、その影響により伝統的な正教の教えに疑義を唱える者も現れるようになりました。そして、皇帝レオーン3世自身も、その考え方に共鳴するようになったのでございます」
「どういう疑義が生じたのですか?」
「我が国の正教では、異教時代からの風習を受け継ぎ、キリストや『神の母』マリア、聖人などを絵や像に描いた『イコン』を作り、その前で明りを灯し香を焚いて祈るという風習が定着しておりました。そして教会も、そうした風習を正しいキリストの教えに基づくものとして公認しておりました。しかし、サラセン人の教えでは、モーセの十戒に定められた偶像崇拝の禁止を厳格に守り、神や預言者ムハンマドの姿を絵や像にすることは固く禁じられ、モスクにも絵や像の類は一切飾られておりません。そして、サラセン人は我々キリスト教徒のことを、自分たちと同じくモーセの十戒を守る者と表明していながら、あたかも偶像崇拝の民のごとき間違った行いをしていると非難していたのでございます」
 サラセン人の教えというのは、要するにイスラム教のことである。
「別に、同じユダヤ教から派生したといっても、キリスト教はキリスト教、イスラム教はイスラム教だから、考え方は違うんだってことで済ませればいいんじゃない?」
「話はそう簡単には参りません。どちらも、世界で唯一正しい信仰であると自負しておりますから、どちらが正しい信仰であるか決着を付けなければなりません。そして、当時サラセン人たちの勢いは目覚ましく、ローマ人の軍隊はサラセン人の軍隊と正面から争っても、到底勝ち目はありませんでした。そのため、少なくとも偶像崇拝の問題に関しては、むしろサラセン人の教えの方が正しいのではないか、自分たちは神の定められたモーセの十戒に逆らってイコンを崇拝しているために神に罰せられており、サラセン人に勝てないのはそれが原因ではないかと考える者が、聖職者の中にも現れ始めました」
「別に、戦争に勝てるかどうかは、軍事力や指揮官の才能に関する問題であって、信仰が正しいかどうかの問題では無いと思うんだけど?」
「殿下のように、宗教というものを徹底的に軽んじている御方であれば、そのようにお考えになるかも知れませんが、敬虔な正教徒の多くは、むしろ正しい信仰こそが勝利をもたらすと信じて疑わないものなのでございます。また、ローマ人の住んでいる町がサラセン人の軍隊に包囲され、町の住民はイコンに向かって祈り神の加護を願ったにもかかわらず、神の加護が起きずサラセン人に町を落とされ、住民の多くが捕虜となって連行される事態も少なからず起こりました。そのため、聖職者の中にもイコンは既に効力を失っており、イコンに対する過度な依存は危険だと主張する者が現れ始めました」
「まあ、町が敵軍に包囲されているというのに、住民たちが防衛に協力せず、ひたすら神に向かって祈りを捧げているようでは、確かに逆効果だろうね」
「皇帝レオーン3世はこうした声に押され、イコンに対する嫌悪感を公然と表明するようになり、自分と見解を同じくする人物を総主教に任命し、聖なる都にあったイコンの一部を撤去するようになりました。こうした行動は、イコン崇拝を熱烈に支持していた多くの聖職者や修道士、そして女性たちの怒りを買うようになりました。そのため、レオーン3世は優秀な軍人皇帝として多くの業績を残し、治世晩年にはアクノイロンの戦いで、サラセン人を相手に部分的ながら大きな勝利を挙げるまでになりましたが、聖職者の書く歴史書では『サラセン人ひいき』と非難され、皇帝としての業績はほとんど無視されるようになったのでございます」
「ずいぶんひどい話だね」
「しかし、レオーン3世の息子でその跡を継いだ皇帝コンスタンティノス5世に対する扱いは、その比ではございません。コンスタンティノス5世は、30年以上にわたって皇帝として在位し、タグマタと呼ばれる精鋭の中央軍団を組織し、自ら中央軍団や各地のテマ軍団を率いて東西を転戦し、東ではサラセン人を相手に、西では敵に回ったブルガリア人を相手に、数多くの勝利を収められました。ただ戦いに強かっただけではなく、兵士たちにも手厚い配慮を示されておりました。自軍の死傷者がごくわずかであった戦いを「崇高な戦い」と宣言し、別の遠征で海軍が黒海沿岸で難破してしまったときは、出来る限り多くの兵の遺体を引き揚げて埋葬しようと尽力され、埋葬が終わるまで現場を立ち去ろうとしなかったと伝えられています。そのため、兵士たちの間ではとても人望の篤い皇帝だったそうでございます」
「軍人としては、かなり有能な人だったみたいだね」
「コンスタンティノス帝の業績は、そうした軍事面のみにとどまりません。聖なる都が地震で大きな被害を受けた際にはその再建に尽力され、長年にわたって破壊されたままであった聖なる都の水道を復旧され、租税の金納化を実現して国家財政の改善を実現し、要塞の建設や住民の移住などで国境地帯の防備を固め、サラセン人に対抗するため北方のハザール人との同盟も継続されたほか、帝国に対する反乱を防止するためテマ軍団を小さな単位に分割するなど、内政面でも多くの業績を残されました」
「それだけの名君であれば、普通は『大帝』とか呼ばれて敬愛されてもおかしくないと思うけど、そうはならなかったの?」
「実際は、大帝どころか『コプロニュモス』すなわち『うんこ』という酷いあだ名を付けられ、特に修道士が書いた帝国公式の歴史書では、悪魔の手先だとかキリストの敵だとか、散々に非難されております」
「なぜに!?」
「皇帝コンスタンティノス5世は、父のレオーン3世以上にイコンを嫌い、イコンの破壊を正式に国家の政策として推進し、いわゆる聖像破壊運動を推進したのでございます。ちょうど、コンスタンティノス帝が即位された直後、父レオーン3世の片腕とされる軍人アルタヴァストスが反乱を起こし、彼は一時聖なる都を抑え、自分が皇帝になった以上はもはやイコン崇拝が否認されることはないと宣言し、イコン崇拝派の支持を集めようとしたことがございました。アルタヴァストスの反乱は、3年にも及ぶ内戦の末にようやく鎮圧されたのですが、コンスタンティノス帝はこの反乱がきっかけで、イコン崇拝を支持する者は、単なる信仰上の誤りを犯しているだけでなく、自分に反旗を翻そうとしている者だと考えるようになり、反対派にも配慮を見せていた父レオーン3世と異なり、反対派を容赦なく弾圧したのでございます」
「具体的に、どんな弾圧をしたの?」
「今後、イコンを制作する者は厳罰に処すとの勅令を発布したほか、自分の政策に反対する修道士たちを鞭打って殺したことも少なからずありました。そのうち、修道士自体が自分と帝国の敵であると考えるようになられたようで、修道士の一団をまとめて、腕に女性を抱かせながら競馬場内を引き回させたり、修道士たちの髭を強制的に剃らせたり、反抗的な修道院の財産を没収して他の目的に転用するなど、徹底的に修道士たちを弾圧する政策を採られました」
「コンスタンティノス帝は、どうしてそういう政策を採ったの?」
「これについては、コンスタンティノス帝ご本人やその側近たちの遺した史料がすべて焼き捨てられてしまった関係で、推測するしかございません。私の父やその友人たちから挙がった主な意見としては、裕福となり華美になる一方の教会を忌避し、教会を昔ながらの素朴なものに戻すべきだという信念を持っていたのではないか、当時は帝国防衛のため多くの人的資源を必要としていたため、軍役忌避のため修道士になろうとする人間たちをいかがわしく思っていたのではないか、当時の帝国では納税義務も兵役義務も無い教会や修道院の領土が約3分の1を占めるまでになっており、このような状態では帝国の再建に支障を来たすため、むしろ聖像破壊運動に名を借りて教会財産を没収するのが主たる目的ではなかったかというものもございました」
「素晴らしい! ローマ帝国の皇帝って、教会や修道院のご機嫌を取ることばかり考える人ばかりだと思っていたけど、そういうまともな考え方の持ち主もいたんだね!」
 僕は、コンスタンティノス5世の政策に深く共鳴した。今の帝国は、教会や修道院の領土が3分の1どころか、実に半分近くを占めるまでになっており、帝国再建の重大な障害になっている。そのため、戦乱で放棄された耕作地を帝国直轄領として再建したり、教会領の無い旧トルコ領を財源として活用したり、商人たちの真似をして交易活動で資金を稼いだり、財産の寄進などを求めてくる聖職者や修道士たちを片端からぶちのめしたり、帝国再建のために涙ぐましいまでの努力を余儀なくされているのだ。
「・・・殿下、まるで『その策があったか!』と言わんばかりの顔をなさっておられますが、お師匠様の話を最後まで聞かれた方が良いですよ」
 パキュメレスにそうたしなめられて、僕はアクロポリテス先生に話の続きを促した。

「・・・コンスタンティノス帝も、生前は偉大な皇帝として尊敬されており、その死も当時のローマ人に深く悼まれたことは間違いありません。しかし、コンスタンティノス帝の死後も、帝国内にイコン崇拝の復活を求める声は根強く、コンスタンティノス帝の息子レオーン4世の皇后で、その死後幼帝コンスタンティノス6世の摂政となったイレーネ様の主導により、第2ニケーア公会議の決定でコンスタンティノス帝の聖像破壊政策は覆され、イコン崇拝の復活が宣言されました。その際、イコン崇拝が偶像崇拝であるとの批判を避けるために様々な理論武装が行われ、イコンに対する礼拝は『崇拝』ではなく『崇敬』と呼ばれるようになり、制作されるイコンにも厳格な様式が定められました。その際、聖像破壊運動を推進したレオーン3世やコンスタンティノス5世は、異端の皇帝として断罪されるようになったのでございます」
「それで、コンスタンティノス5世に『うんこ』なんていうひどいあだ名が付けられたわけ?」
「いえ、そのあだ名が付いたのはもっと後の話です。イレーネ様は、イコン崇拝を復活させるにあたり、コンスタンティノス5世を深く尊敬していた軍幹部の大半が断固たる聖像破壊派であったため、それまでローマ帝国軍を支えてきた軍幹部や精鋭部隊の兵士たちの多くを罷免してしまい、その影響でローマ帝国は長きにわたり、軍隊が弱体化しなかなか戦争に勝てない国になってしまいました。イレーネ様は、その後息子のコンスタンティノス6世と対立し、結局息子の目を潰して自ら女帝となられたのですが、戦争には連戦連敗で多くの領土を失い、さらには女性が皇帝になることは認められないという理由で、時のローマ教皇がフランク人の王カールをローマ皇帝に擁立してしまい、最後は税務長官ニケフォロスに反乱を起こされて廃位されました。そうして皇帝になったニケフォロス1世も戦争には弱く、ブルガリア人との戦いで壊滅的な敗北を喫し、皇帝自身も戦死されてしまいました。再び滅亡の危機に陥った帝国では、民衆がコンスタンティノス5世の墓の前に詰め寄り、『コンスタンティノス帝よ、もう一度立ち上がって帝国の危機を御救い下さい』などと祈る者が後を絶たなかったそうでございます」
「・・・・・・」
「その結果、軍人の中にもやはり正しかったのはコンスタンティノス5世だったのではないか、自分たちは誤った信仰により神に罰せられているのではないかと考える者が現れ始め、そうした考え方の持ち主であるレオーン5世アルメニオスという者が皇帝になると、聖像破壊運動が復活することになりました。しかし、聖像破壊運動を復活させてもローマ帝国が戦争に勝てない現実は変わらず、結局幼帝ミカエル3世の母后テオドラの主導によりイコン崇拝の復活が宣言され、これによって聖像破壊運動は終焉を迎えたのですが、聖像破壊運動の復活を恐れた聖職者や修道士たちは、聖像破壊派にとって象徴的な存在であるコンスタンティノス5世の業績をそのままの形で残しては、第3次の聖像破壊運動が起こるのではないかと恐れ、コンスタンティノス5世の墓所を破壊してその遺骸を焼き払い、彼に『うんこ』という不名誉なあだ名を付け、歴史書を書いた修道士たちは、コンスタンティノス帝の名誉を徹底的なまでに傷つけたのでございます」
「どんな風に?」
「コンスタンティノス・コプロニュモスは,洗礼を受ける時に洗礼盤の中に便をしてしまい,司祭はまだ新生児であるコンスタンティノスの粗相に気付かずに儀式を続行し、赤子の頭に便で汚れた水をそそぐことになった。こうして、キリストの敵である暴君コンスタンティノスは、コプロニュモス、すなわち『うんこ』のあだ名で呼ばれるようになった。こうして、生まれながらにしてキリストの敵となる運命を背負ったコプロニュモスは、やがて皇帝になると最も神聖にして敬うべきイコンの破壊を命じ、最も敬虔な修道士たちを迫害するなど罰当たりな行為を繰り返し、その死にあたってコプロニュモスは神の罰を受け、『私は消えることのない火に生きたまま放り込まれた』と叫んだ。こうして、古の暴君のように悪の極みに達したコンスタンティノス・コプロニュモスは、その悪行に相応しい最期を遂げた。・・・まあ、要約するとこんな具合になります」
「・・・そこまでとなると、もはや歴史書とは言えないよ。ただの誹謗中傷だよ」
「もっとも、これは正教における話でございまして、従来異端とされておりましたボゴミール教は、コンスタンティノス5世の遺志を引き継ぐかのように聖像崇拝を否定し、聖職者制度をも否定しております。そして、コンスタンティノス5世と、同じく偉大な業績を挙げながら正教会では評判の良くないバシレイオス2世を聖者として崇拝の対象とし、異端でありながらローマ帝国内で相当数の信者を獲得しておりました。そして、殿下の決定により自らの教えがボゴミール教の名で公認されると、殿下も聖者として崇拝の対象とし、殿下のことを快く思っていない正教会の聖職者や修道士の多くは、殿下の手によって第3次聖像破壊運動が起こるのではないかと、戦々恐々としているようです」
「・・・別に僕は、イコン崇拝がどうなろうが関係ないけど」
「そういうお考え自体が、既に正教会にとっては脅威なのです。イコンに対する崇敬は、神に対する信仰にとって必要不可欠のものであるというのが正教会の立場ですから。正教を国教とするローマ帝国にとって、イコン崇敬を否認するボゴミール教は、たとえ武器を持って反乱を起こすことはないにせよ、帝国にとって許すことのできない異端ですから、アレクシオス1世もボゴミール派の宗教指導者を火あぶりにするなど、異端の撲滅には熱心に取り組まれたのですが、殿下はそのようなボゴミール派を新宗教として公認してしまわれ、偶像崇拝を認めない多くのイスラム教徒のトルコ人に改宗を求めることもなく家臣や臣民に加え、現在の帝国ではイコン崇拝派とイコン崇拝否認派の勢力が拮抗するまでになってしまいました。殿下は遠からず、この種の宗教紛争に巻き込まれることになると思われますが、イコン崇敬は今でも、女性を中心に多くの支持を集めております。イコン崇敬を正面から否定するような政策だけは取らないことをお勧め致します
「・・・わかった」
 そう言えばテオファノも、以前イコンに向かって熱心に祈っていたことがあったな。あれはテオファノがおかしいのではなく、この国における風習だったのか。

「それで話が戻るのですが、今回編纂される帝国の通史は、『表の歴史』を基本と致しますか? それとも『裏の歴史』を基本と致しますか?」
「アクロポリテス先生、もちろん『裏の歴史』を基本にしてまとめてください。今の話を聞く限り、『表の歴史』は偏向が強すぎて、とても歴史と呼べるような代物ではない」
「ですが、『裏の歴史』を帝国の公式文書として表に出してしまうと、教会を正面から敵に回してしまうことは避けられませんが」
「今回の通史編纂は、ローマ帝国憲法を制定するための参考資料とするためであり、当分の間公表はしません。もっとも、教会が正面から僕と敵対するような事態になれば、教会に対抗するため敢えて公表することもあり得ますが」
「畏まりました。そういう前提で編纂作業を進めることに致します」

 ・・・なんてことだ。法典の整備と歴史書の編纂という、国にとっては当たり前の事業を進めるだけでこれだけの問題が発生するとは。やっぱり、国の歴史が長いというのは、良い事ばかりではないな。
 あと、この国の聖職者はマジウザい。機会さえあれば、コンスタンティノス5世のように容赦なく弾圧してやりたい。

 

第6章 世界一の美女になるには?

 余談になるが、僕が帝国通史の編纂作業を進めているという噂を聞きつけたテオドラは、間もなく僕のところにやってきて、こんなことを言い出した。
「ローマ帝国の通史を作るんですって? それだったら、あたしがかのクレオパトラをも超える、ローマ帝国で、いや世界で一番の美女だってこともちゃんと書いておきなさい! いいわね?」
「いや、僕が作ろうとしているのは、基本的に過去の歴史に関する通史だから。僕やテオドラに関する歴史は、後世の歴史家が書くことだから、僕たちにはその内容をコントロールすることは基本的に出来ないよ。あとテオドラ、世界一と呼ばれる程絶世の美女として歴史に名を残す絶対的な条件が1つあるんだけど、教えてあげようか?」
「そんな条件があるの? まあ、生まれながらにして世界一の美女であるあたしには必要ない知識だとは思うけど、一応聞かせてもらおうじゃないの」
「絶世の美女として歴史に名を残すにはね、世間の人々から同情を惹くような、悲劇的な死に方をすることが絶対条件なんだ。そうでないと、いくら生前に美女であっても、それほど有名にはなれない」
「どういうことよ!?」
「例えば、君も名前を挙げたクレオパトラ。昔のギリシア世界には、クレオパトラという名前の女性はたくさんいたけど、最も有名で美女として知られているのは、プトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ7世だから、彼女を例に取って説明するね?」
「うん」
「クレオパトラ7世が生まれた時代、エジプトは既にローマ帝国の強い影響下にあり、国内では親ローマ派と、独立派に分かれて争っていた。クレオパトラ7世は親ローマ派で、ローマ帝国内でカエサル派とポンペイウス率いる元老院派の内戦が始まると、最初クレオパトラはポンペイウス派に付き、ポンペイウスの息子小ポンペイウスの愛人になった。もっとも、この行動に不信感を持った独立派の手により、クレオパトラはクーデターを起こされて追放されてしまった。その後、ポンペイウス派がカエサルに敗れると、クレオパトラは勝者であるカエサルに取り入ってその愛人となり、カエサルの力でエジプトの女王に返り咲いた。もっとも、カエサルにとってクレオパトラは、何百人もいるという愛人の一人に過ぎず、またエジプトを自分の傀儡とするためクレオパトラを近づけたに過ぎず、カエサルの子供を産んだものの認知はしてもらえず、カエサルにさほど愛されていたわけではなかった」
「本当のクレオパトラって、そんな人だったの? もっと素敵な人だって思ってたけど」
「そう。やがてカエサルが暗殺され、カエサルの養子であるオクタウィウスと将軍アントニウスが権力争いを始めると、クレオパトラはアントニウスに味方し、アントニウスの愛人になった。アントニウスは確かにクレオパトラに魅了されたけど、アントニウスはほとんど戦うことしか能のない剣闘士並みの男と評された人物で、大した才能の持ち主でも無かった。アントニウスは、クレオパトラと仲良くなり過ぎたせいで、ローマ人からエジプト人とみなされ、政略に優れたオクタウィウスの策略により、オクタウィウスとアントニウス・クレオパトラとの戦いは、ローマ人とエジプト人の戦いということにされた」
「・・・それで、クレオパトラはどうなったの?」
「アントニウスとクレオパトラは、アクティウムでオクタウィウスの軍と戦うことになったけど、戦闘が始まると間もなく、クレオパトラは戦争が怖くなったのか、勝手に戦場から逃げ出してしまった。アントニウスも、クレオパトラの後を追って戦場から逃げ出したため、指揮官のいなくなったアントニウスとクレオパトラの連合軍は、数では勝っていたにもかかわらず、オクタウィウスの軍に大敗を喫した。間もなくアントニウスは亡くなり、クレオパトラは堅物のオクタウィウスに自分の色仕掛けが効かないことを悟ると、コブラに自分の身体を噛ませて自ら命を絶った。これによって、プトレマイオス朝エジプトは最終的に滅亡した」
 ちなみに、オクタウィウスというのは、初代ローマ皇帝アウグストゥスのこと。彼は生涯何度も名前を変えているため、歴史家の間では『オクタウィウスだった者』と意味する「オクタウィアヌス」の名で呼ばれることが多いですが、彼自身が「オクタウィアヌス」と名乗ったことは無いそうです。
「なんか、全然良いところないじゃないの! なんで、そんな人が絶世の美女として有名になったの? そんな、誰もが驚くほどの美女だったの?」
「クレオパトラ7世は、自分の代でエジプトを滅ぼしただけのことはあって、女王として評価に値するようなことはほとんど何もやっていない。同時代の歴史家プルタルコスも、クレオパトラのことを複数の言語を操る知的な女性だとは書いているが、美貌に関しては決して比類なきものではないと言われていたと書き残している。でも、最後は毒蛇に噛まれて自殺するという悲劇的な死を遂げたことにより、その後クレオパトラを題材にした多くの戯曲などが書かれ、そういう劇でメインヒロインのクレオパトラ役を演じるのは、当代随一の美しい女優さんというのが定番になるから、明らかに実態とはかけ離れた、クレオパトラは絶世の美人というイメージだけが後世に残ったわけ」
「・・・・・・」
「僕の世界では、他にも唐の楊貴妃とか、フランス王妃マリー・アントワネットなんかが絶世の美女として取り上げられているけど、どちらも悲劇的な死に方をしたから歴史に名を残す美女になれたという点では、クレオパトラと似たようなもの。世界一の美女なんていうものは、所詮こういういい加減な評価に基づくものでしかないから、大した意味は無いんだよ」
 僕の話を聞いたテオドラは、しばらく考え込んだ後、こう言い放った。

「・・・とりあえず、みかっちがクレオパトラを馬鹿にしているってことは分かったわ。あたしは、後世の女優さんなんかに頼るんじゃなくて、あたしなりのやり方で、世界一の美女になってみせるわよ!」

 ・・・どうやら、僕の話はちょっと難しすぎて、テオドラには理解できなかったようだった。

 

第7章 シュヴァインと田中税理士

 一方、オフェリアさんから命じられた「子作りの練習」は、僕がキプロス島遠征から戻った直後あたりから、第2段階に突入していた。
「ご主人様、オフェリア様から指示があったのです。今日から、例の『ごしごし』をするのは禁止、なのです」
「・・・どうして?」
「その、お手やお口でご主人様を満足させるのは、本来やってはいけないこと、なのだそうです。ご主人様も、そろそろ女の子に慣れてきたはずだから、次の段階に移りなさい、ということなのです」
「次の段階って、もう子作りしなきゃ駄目ってこと!?」
「いえ、子作りの前に・・・もう1段階あるようなのです」
 マリアは、頬を赤く染めながら、オフェリアさんから届けられた手紙を僕に見せた。その手紙には、僕たちがやるべき『第2段階』の内容が、ご丁寧にも挿絵付きで説明されていた。詳しく説明すると18禁になってしまう内容だが、要するにお股同士をこすり合わせて2人とも気持ちよくなる、という方法らしい。
 日々エッチな欲求が高まっている上に、毎晩女の子に気持ち良くしてもらう快感に慣れ切ってしまった僕には、今更「我慢する」とか「自瀆行為で済ませる」という選択はあり得ず、結局オフェリアさんの指示どおりにやってみるしかなかった。
 実際にやってみると、確かに今までやってもらっていた方法より気持ちよく、マリアの方も気持ちよさそうな声を上げていたが、一歩間違えれば子作りになってしまいかねない危険な方法だった。
 ・・・僕も、本音を言えば、子作りをしたら気持ちよさそうな気はする。でも、マリアと子作りをするということは、マリアをお嫁さんにしてしまうということであり、マリアに僕の子を産ませるということになる。僕としては、このビザンティン帝国を立て直したい、フリードリヒ2世の意志を継ぎたいという望みもあるが、それでも必要なことが済めば、この世界を離れて日本だけの生活に戻りたいという望みも捨てていないのだ。この世界でお嫁さんを作って自分の子供まで産ませてしまっては、いざ日本での生活に戻れるという時が来ても、戻ることが出来なくなってしまう。
 ただでさえ、最近はたまに戻る日本での生活でも、マリアやイレーネがいればいいのに、などと考えてしまうことがある。これ以上の深入りは避けなければ・・・。

 ビザンティン世界で、テオドラにクレオパトラ7世の話をした次の日。僕は、貴重な日本での生活に戻っていた。日本で1日を過ごすことは、これまでにも特に書くことがなかった日を含め何度かあったが、この日は結構色々な出来事があったので、一応書いておくことにする。
 中間テストが終わった後、僕と湯川さんの会話はなかなか弾まなかった。僕も、中間テストの成績は得意の世界史で満点を逃がすなど、あまり満足できる成績では無かったが、湯川さんの成績は詳しく聞いてないけどもっと酷かったらしく、かなり落ち込んでいた。そのため、学校の勉強に関する話題はNG。
 そうなると、共通の話題になりそうなものがないので、なかなか会話のしようがないのだ。それに、今の日本で女の子に「好きだ」とか「付き合って欲しい」などと言うのは、命懸けの危険な行動でもある。小学5年のある日、僕にも一応気になる女の子がいた。その子は美人で明るく、クラスの人気者だった。
 僕より先に、別の男の子がその子に告白するというので、僕はその成り行きを見守っていたが、結果は散々だった。その男の子は女の子たちに「キモイ」などと散々馬鹿にされた上、恥ずかしい告白シーンをスマホで撮影され、SNSでそのシーンを学校中に、いや世界中に拡散されてしまったのだ。その男の子は、間もなく不登校になってしまった。今いる高校のクラスにも、佐々木さんという美人でクラスの人気者になっている女子がおり、席替えにより湯川さんのすぐ前に座っているが、当時のトラウマがあるので佐々木さんにはなるべく声を掛けないようにしている。
 湯川さんは、大人しそうな女の子なので、例の女の子のように酷いことはたぶんしないだろうと思うが、見た目だけで人の性格は判断できない。湯川さんと会話が出来ないと、湯川さんのことが気になる一方、いろんな不安がどんどん高まって行く。世の中には、見た目は大人しそうでも、裏では色んな男の人と遊びまくっている女の子もいるらしいし、あるいは憎き読売ジャイアンツのファンかも知れない。
 確かに湯川さんは可愛らしいけど、もし読売ジャイアンツのファンだったら、さすがに彼女候補としては却下だ。カープファンやベイスターズファンくらいならまだ許せるけど、さすがに読売のファンと付き合うことは絶対にあり得ない。お父さんは猛反対するだろうし、僕としても受け容れられない。

 そんな不安を抱える一方で、僕は湯川さんとの会話を弾ませるため、昼休みの食事中に話す面白そうなネタを一生懸命考えておいた。今日、そのネタを披露するときが来た。
「・・・湯川さん」
「は、はい。榊原君、何でしょう、なのです」
「・・・ただの雑談だから、そんなにかしこまって聞いてくれなくてもいいんだけど、世の中には、外国の言葉を、ただカッコいいからって理由で、味も知らずに使ってる人が結構いるんだ。例えば、英語の『クルゼイダー』は本来『十字軍』っていう意味なんだけど、例えば『クルゼイダークエスト』って名前のゲームを、十字軍関係のゲームだと思って少しやってみたら、ただのスマホ向けRPGで、十字軍とは全くと言ってよい程関係なかったり」
「・・・そうなのですか」
 効果はいまいちのようだ。でも、笑いを取るためのネタはここからだ。
「あとね、僕はやったことないんだけどね、昔のゲームで『重装機兵ヴァルケン』って言う、ロボットに乗って戦うアクションゲームがあるらしいんだ」
「・・・『ヴァルケン』なのですか。何となく、カッコいい名前なのですね♪」
「そう思うでしょう? でも、そのヴァルケンって、本当はどういう意味だと思う?」
「・・・わからないのです」
「正解は、オランダ語で『豚』って意味」
 僕の答えを聞いて、湯川さんが思わず吹き出した。
「・・・ううう、駄目なのです、お食事中なのに笑いが止まらないのです。重装機兵豚さんなのです」
 効果はばつぐんだ! ずっと暗い顔をしていた湯川さんが、お腹を抱えるくらいに笑っている。
 湯川さんがちょっと落ち着いた後、僕は話を続けた。
「あと、これと似たような話なんだけど、とあるライトノベルに登場するある女の子が、オンラインゲームで使う自分用のキャラクターをカッコいい男の人にして、そのキャラクターに『シュヴァイン』っていう名前を付けたんだけど・・・」
「はーい! 榊原君、そのお話は知ってます、なのです!」
 僕が話し終える前に、湯川さんが元気よく手を挙げた。
「知ってるの?」
「はい。ドイツ語で豚さん、なのです!」
「湯川さん、あの作品読んだことあるんだ?」
「はい。漫画で読んだことがあるのです。シューちゃんが可愛くて面白いのです」
 やっと共通の話題が見つかった僕と湯川さんは、それからしばらく、僕と湯川さんは『シューちゃん』が出てくる物語の話題で盛り上がった。何という題名の物語かは、知っている人には説明不要だろうし、知らない人に詳しく説明しても無意味だろう。知らない人でどうしても気になるという方は、『ネトゲの』というキーワードで検索してみてください。なお、『シューちゃん』というのは、作品内で使われている女の子の愛称の1つであり、本名は別途存在する。
「湯川さん、シューちゃんのファンなんだ?」
「はいなのです。シューちゃんはちっちゃくて可愛くて、何となく不器用なのです。シューちゃんは、きっとルシアンのことが好きで、それでも言い出せないのです」
 ちなみに、ルシアンというのは、その物語の主人公として出てくる男の子の愛称で、ゲーム中のキャラ名でもある。こちらも本名は別途存在する。
「じゃあ、アコちゃんのことは?」
 アコちゃんというのは、その物語のメインヒロインとして出てくる女の子のことである。可愛くてルシアンのことが大好きだけど、中身があまりにも・・・な感じの子である。
「・・・アコちゃんは、あんまり好きじゃないのです。好きな人を相手に、あんなに大胆で図々しいことが出来たら、誰も苦労しないのです」
「湯川さんは、誰か好きな人がいるの?」
「いますけど・・・。ちょっと、榊原君には言えないのです」
 ・・・そうなんだ。少なくとも僕じゃないだろうな。
「・・・ごめんね、湯川さん。変なこと聞いちゃって」
「でも、榊原君がああいう本を読んでいるのって、ちょっと意外だったのです。榊原君って、もっと難しい本ばかり読んでるイメージがあったのです」
「ああ、あれは学校で本を読んでも叱られないように、わざと難しい本を選んで持って来てるだけで、家では普通のライトノベルとか漫画とかも読んだりするよ」
 それ以外にも、僕にちょっかいをかけてくるウザいクラスメイトが寄ってこないようにするという目的もあるのだが、ここでは敢えて言わない。ちなみに、湯川さんと隣の席になるまで僕が主に読んでいた本は、ジョナサン・ハリス著・井上浩一訳の『ビザンツ帝国 生存戦略の一千年』である。
「そうなのですか。でも、あの漫画終わっちゃって、残念なのです。もっと続きの話が読みたかった、なのです」
「いや、終わったのは漫画の方だけで、ライトノベルの方はまだ続いてるよ?」
「・・・ライトノベルの方は、ほとんど読んでいないのです。難しくてよく分からない話が多くて、1巻の途中で読むのをやめちゃったのです。榊原君は、ライトノベルも読めるのですか?」
「普通に1巻から最新巻まで読んでるけど」
「・・・榊原君は、頭がいいのです。わたしは、意味の分からない言葉が多くて、小説の方は途中で挫折しちゃったのです」
「分からないなら、いつか暇があるときに、僕が読みながら解説してあげようか? あの物語は、ライトノベル版の方が、漫画では省略されているエピソードなんかもたくさんあって面白いんだよ。漫画になったのは主に第6巻までだけど、その後も物語は進んでるし。今は確か、第19巻まで出てたかな。シューちゃんが学校の文化祭で大活躍する巻なんかもあったりするよ」
「そんなにお話が続いてるのですか!? わたしも、榊原君が分からないことを教えてくれるなら、読みたい、なのです」

 こんな感じで、今日は湯川さんとの会話がずいぶん弾んだ。もっとも、湯川さんはどうやら僕のほかに好きな人がいるらしいことも判明してしまったので、湯川さんを僕の彼女にするという希望も経たれてしまい、僕は授業終了後、傷心モードで中島みゆき様の『横恋慕』を歌いながら帰路に就いた。
 帰宅した僕は、まず飼い猫のウランに出迎えられ、ウランにエサをあげた後、お父さんに挨拶しようとしたところ、今日はお父さんの顧問の田中税理士が来ていた。
「おお、雅史、今帰って来てたのか」
「雅史くん、お邪魔しております。今日は、榊原先生に大事なご相談がありまして」
 その後、お父さんと田中先生の話を聞いているうちに、田中先生はお父さんの仕事についての相談に来たのではなく、田中先生が他のお客さんから引き受けている大事な案件について、お父さんに相談していることが分かった。
 税理士の田中先生は、本名を田中浩康といい、名前がちょうど一昔前のヤクルトで活躍した某二塁手と同姓同名なので、その縁もあって僕が中一くらいの頃から、ヤクルトファンであるお父さんとは懇意にしており、僕とも面識がある。田中先生は自分の名前を売りにして、お父さん以外にもヤクルトファンの顧客を結構抱えているらしい。
 一方、田中先生はお父さんが元弁護士で、しかも並みの弁護士よりずっと法律に詳しいと分かると、自分が仕事上抱えることになった難しい法律案件について、お父さんに相談するようになった。そのため、田中先生はお父さんのことを「先生」と呼んでおり、特に相続税関係については、なぜか田中先生よりお父さんの方が詳しいらしい。
 今回の相談は、お父さんが以前手伝いを引き受けた、相続税の審査請求事件に関するものらしい。
「先生のおかげで、審査請求では我々の主張が一部通りました。ただ、例のお客様はまだ結果に満足されていないようで、訴訟についても是非先生にお願いしたいと仰っておりまして」
「あの案件は、訴訟を起こしてもこれ以上の成果は難しいと思うぞ。それに、何度も言っているが私はもう弁護士ではない。税務訴訟を起こしたいなら、以前紹介した烏飼にでも頼んだらどうだ? 税務訴訟なら、私の知っている限りあの事務所が一番のやり手だぞ」
「お客様も、一応そちらの方に相談には行かれたようなのですが、料金が高すぎる上に、どうやら受任にも難色を示されたようで、時間も無いのでやはり先生にお願いしたいと」
「あの烏飼も受任を断るような難しい案件を、弁護士でもない私にやれと言うのか? それに、私は弁護士ではないから、少なくとも自分で法廷には出られないぞ?」
「そこはそれ、例の八重樫にやらせれば問題はありませんから」
「また、あの八重樫にやらせるのか? 訴状や準備書面は実質私の方で書くとしても、あいつで大丈夫か? 以前みたいに、また私が法廷まで同席することになるんじゃないのか?」

 八重樫(やえがし)というのは、この町で独立開業している弁護士さんの名前である。司法修習を終えた後、どこかの法律事務所に就職したものの、激務に耐えかねて1年も経たずに退職し、その後はこの町で独立し『八重樫幸雄総合法律事務所』の所長を名乗っている。お父さんと違って現役の弁護士であるが、仕事はたまにしか来ず、田中先生が税務訴訟を抱えたとき、裁判所へのお使い代わりに使われている。
 八重樫さんは、年齢は30代くらい。小太りの男性で、どこか聞いたことのない名前の法科大学院を修了し、3回目の受験でようやく司法試験に合格したらしいが、弁護士業では生計を立てられず、結構なお金持ちであるらしい親のすねをかじって生活しているという。八重樫さんは、田中先生の件がきっかけでお父さんとも知り合いになったのだが、田中先生から持ち込まれた事件以外にも、何か相談案件などを受けて分からないことがあると、お父さんに事件処理の方法などを聞きに来るようになり、その度にお父さんにガミガミ怒られている。
 お父さんと八重樫さんのやり取りは、例えばこんな感じである。

 ある日。八重樫さんが、ある投資事業の法的問題点について相談を受け、自分にはどんな問題点があるか分からないということで、お父さんに相談に来た。
「八重樫! お前は、こんな危ない案件に手を出すつもりか!?」
「・・・先生、一体どこが危ないのでしょうか?」
「このパンフレットを良く見ろ! 元本全額保証で、しかも年率8%の利息も保証するなどと書いてある。こんなもの、一見して明らかに投資詐欺だし、こんな謳い文句で不特定多数の人間から金を集めるのは、それ自体出資法違反だ! 法科大学院では法曹倫理という科目もあるはずだが、こういう案件には手を出すなという弁護士にとっては常識的なことも、法科大学院では教えていないのか!?」
「・・・すみません、教わっていません」
「とにかく、そういう案件には手を出すな。下手にそういう投資詐欺集団に自分の名前を使われたら、発覚したときお前も警察に捕まって、弁護士資格も剥奪されることになりかねないぞ! 最近は、こういう投資詐欺案件に限らず、お前みたいな食っていけない弁護士を悪事に利用しようとする人間が後を絶たない。もっと気を付けないと、せっかくの弁護士バッジが飛ぶことになるぞ!」
「・・・す、すみません、先生。以後気を付けます」
 こうして八重樫さんは、「せっかくお金になる案件が来たと思ったのに・・・」としょんぼりしながら帰って行った。

 またある日。八重樫さんが、ある労働事件を受任したらしく、裁判所に提出する訴状の書き方についてお父さんに相談に来た。
「八重樫! 何だこの訴状は!? 文章的にも意味が分からないし、基本的な証拠資料すらも添付していない。こんなんじゃ、裁判所にも受理してもらえないぞ! お前は、法科大学院や司法修習で、一体何を習ってきたんだ!?」
「何をと言われても、実務的なことはほとんど何も教わっていませんので・・・」
「じゃあ、横浜弁護士会は一体何をしているんだ! バカ高い会費を取っておきながら、ろくに新人弁護士の教育もしていないのか!?」
「・・・すみません、今は横浜弁護士会では無くて、神奈川県弁護士会です。あと、私以外にも分からないことがあったときに相談できる相手のいない若手の弁護士はたくさんいるようで、弁護士会も手が回らないみたいで・・・。私も、先生以外に聞ける人がいないのです。司法修習でお世話になった先生も、高齢で既に引退してしまいまして」
「仕方がない、私が添削してやる。・・・それにしても八重樫、お前は本当に文章が下手くそだな。うちの雅史の方が、よほどまともな文章を書くぞ! 高校あたりから勉強をやり直した方がいいんじゃないのか?」
「・・・すみません」
 お父さんは、ぶつくさ文句を言いながらも、何とか八重樫さんの作ってきた訴状案を赤ペンで添削し、訴状に添付する書類や、必要な証拠書類なども八重樫さんに教えてあげた。
「まあ、訴状としては大体こんなもんだろう。だが、この事件はそんなに簡単な事件じゃないぞ。労働者側だから、書面だけではなく、証人尋問にもかなりのテクニックが必要だ。八重樫、お前にこの事件がこなせるのか?」
「・・・・・・」
「まあ、乗り掛かった舟だから仕方ない。この件について分からなくなったら私に相談に来い。下手に自分でやろうとして自爆したら、お前だけではなく依頼者にも迷惑がかかるからな」
「分かりました。よろしくお願いします、榊原先生」
 こうして、八重樫さんは帰って行ったのだが、この時僕は、落ち込んでいる八重樫さんに声を掛けた。
「八重樫さん、来られるたびにお父さんに怒られっぱなしで、しかも全然儲かっているようにも見えないのに、どうして弁護士の仕事を続けられているんですか?」
「雅史くん。私は、弁護士になるために何年もの年月を費やし、弁護士になるために何百万円も借金を抱えてしまいました。もはや弁護士であることだけが、私の存在意義なんですよ。弁護士登録を抹消されても頭の良い榊原先生などと違って、私などは、弁護士の肩書が無くなったら、多額の借金のほかには何も残らないのです。私が弁護士になるために、多額のお金を出してくれた上に借金の保証人にもなってくれた、両親にも顔向けできません」
「・・・・・・」
「それに、私は榊原先生という、厳しいですが弁護士の仕事を教えてもらえる人にも恵まれ、親のおかげで副業をしなくても済んでいるだけ、まだ幸運な方なのです。同期や後輩の中には、弁護士になってもレストランのアルバイトなんかで副業を続けざるを得ず、仕事を教えてくれる人もいないので、弁護士らしい仕事すらまともに出来ないという人もいますから」
「そういうものなんですか?」
「まあ、東京大学法学部卒で、司法試験にも一発で上位100番以内に入ったエリート層なんかであれば話は別みたいですけどね。雅史くんは、大人になったらお父さんと同じように弁護士を目指すつもりなのですか?」
「とんでもない! 目指しませんよ、そんなブラックな仕事」
「・・・安心しました。榊原先生や、雅史くんのように優秀な息子さんが弁護士になったら、私の仕事は無くなってしまいますからね・・・」
 そう言い残して帰って行った八重樫さんの背中には、何となく哀愁のようなものが漂っていた。

 八重樫さんはこんな感じの人で、お父さんも平然と「八重樫」と呼び捨てにしているので、僕も先生と呼ぶ気にはなれず、単に「八重樫さん」と呼んでいる。
 話を戻すが、結局お父さんは田中先生に懇願されて、税務訴訟の手伝いを引き受けることになった。報酬は、田中先生からコンサルタント料という名目で受け取っているので、全くの無報酬というわけではないが、それでも不動産や株の取引で結構稼いでいるお父さんとしては、ほとんどボランティアに近い金額らしい。
 帰り際、お父さんと田中先生との間で、こんなやり取りがあった。
「いっそのこと、榊原先生が弁護士に復帰されてはいかがですか?」
「何度も言っているが、私にそんな気は無い。たまにしかやらないボランティアのために、年間何十万円も払って弁護士登録なんぞやっていられるか! しかも、弁護士登録したら、意味も無い会務活動にしょっちゅう駆り出されるんだぞ! 弁護士会への強制加入制度が廃止されて会費もアメリカ並みに安くなったというなら考えるが、少なくとも現状のもとでは、私が再び弁護士になる気は全く無い」
「しかし、最近はこの町でも、榊原先生は名士として名前が広まっていますから、弁護士に復帰して独立開業されても、結構上手く行くのでは? 私としても、榊原先生と正式に業務提携できれば、大きな売りになるのですが」
「迷惑な。田中先生、勝手に私の名前を広めないでくれ。それに、弁護士として独立開業し、そこそこ仕事が入ったとしても、今より確実に仕事の量は増えて、しかも収入は減る。一体誰が、そんなくだらん仕事をやると言うんだ。田中先生が考えている程、今の弁護士業界は甘くないんだぞ」

 こんなわけで、お父さんは弁護士を辞めた後も、田中先生や八重樫さん、あるいは懇意にしている不動産業者などとの関係で、時々弁護士のような仕事もやっていたりする。ただし、儲からないのでこの種の
仕事はあまり増やしたくないらしく、基本的に知人以外の人からの相談や依頼はすべて断っている。
 お父さんが、八重樫さんの面倒を比較的よく見ているのは、名前が昔ヤクルトで活躍していた捕手と同姓同名だということ、見た目が既に亡くなったというお父さんの古い友人に似ているということらしく、八重樫さんから噂を聞いて自分の相談にも乗ってくださいと言ってくる他の若手弁護士さんのことは相手にもしない。お父さんいわく、「そんな相談にいちいち乗っていたらきりがない」とのこと。
 田中先生が帰った後、僕はお父さんにこんな相談をした。
「お父さん、法律の勉強ってどういう風にすればいいの?」
「何だ雅史、お前も八重樫みたいになりたいのか?」
「別に、弁護士になろうとは思わないけど、お父さんみたいに法律の知識自体は身に付けておいた方が便利かなって思って」
 本当は、ビザンティン帝国の法典を整備するために、日本の法制度も参考にしたいというのが目的なのだが、さすがにそれを正直には言えない。
「そうか。それで雅史は、どのくらいの法律知識を身に付けたいんだ? 日常生活に役立つ程度の法律知識なのか、それとも予備試験合格を目指すくらいのプロ並みの知識か?」
「・・・一応、プロ並みの知識の方で」
「じゃあ、初学者向けのテキストを注文しておいてやる。某予備校講師の書いた本だが、おそらくこれが一番分かりやすいだろう。全部で8冊あるが、最初は法学入門、それが終わったら憲法入門、民法入門、刑法入門を読んで、残りの4冊は後で読むと良い。あと、去年の模範六法はもう必要ないから、勉強用に雅史にくれてやる。あと、古い本だが、行政法に関する面白い本として、阿部泰隆先生が書いた『行政の法システム』という本もあるから、これも貸してやる」
「ありがとう、お父さん」
「ただし、雅史は高校の勉強もあるから、法律の勉強はほどほどにしておけ。慶應付属の高校だと、内部進学で大学の受験勉強をする必要が無いから、高校1年くらいで予備試験の勉強を始める連中もいるらしいが、雅史は公立だから、まず大学の受験勉強が優先だし、そもそも法学部に入ると決まっているわけでもないからな」
「世の中には、そんな高校生もいるんだ?」
「まあな。あと、法律に興味があるなら、さっき田中先生から話があった訴訟の仕事、訴状の下書きでもやってみるか? いつものとおり、書式と資料は用意しておくぞ」
「難しい事件みたいだから、僕に出来るかどうかわからないけど、一応やってみる」
 ・・・僕にとって、訴状や準備書面の下書きをするのは、別に今回が初めてというわけではない。中学時代から、作文の勉強になるという理由で、この種の仕事は何度かやったこともある。やるとお小遣いももらえる。お父さんが、八重樫さんより僕の方がましだと言っていたのは、八重樫さんの持ってきた書類が、本当に僕の書いた下書きより下手だったからだ。実際、後で八重樫さんの書いた書面の原案を見せてもらったところ、確かに僕の目から見ても下手くそで、何を言いたいのか良く分からず、あの書面を読んで意味の分かる文章に添削できるお父さんは凄いと思った。法科大学院とか司法試験とか、一体何のためにあるんだろうね。
 その後、僕は寝る前にお父さんから借りた『行政の法システム』を少し読んでみたが、確かに面白かった。いきなり「犬も歩けば棒に当たる、君も歩けば行政法に当たる」というキャッチフレーズから始まるこの本は、読む人を惹き込ませる何かがあった。この本で語られる行政法というのは、要するに「こういう政策目的を達成するためには、どういう内容の法律を定めるべきか」を学ぶものらしく、実際に帝国摂政として勅令を定めなければならない僕の立場としては、非常に役にたちそうな本だった。ビザンティン世界に戻ったら、イレーネに頼んでこの本も早速転送してもらおう。

第8章 表彰と処罰

 僕は、普段の政務をこなしつつ、午後は法典整備のための勉強をしたり、学校の勉強をしたり、フリードリヒ2世に贈るための『地学の書』をパキュメレスに口述筆記させたりと、結構忙しい日々を送っていた。ちなみに、『地学の書』というのは、僕が高校で使っている地学の教科書に書かれている内容を、注釈付きでギリシア語に翻訳したものであり、僕が地学の教科書に書かれている内容を読み上げ、パキュメレスがその内容をギリシア語で記録する、という形で執筆している。僕が比較的苦手としている理系科目の勉強にもなり、フリードリヒ2世との外交にも役立つという、一石二鳥の方策である。
 世界暦6756年の12月、すなわちキプロス島の征服から戻って2か月弱が経過した頃、僕の許に2つのニュースが入ってきた。1つ目は、ソフィアからの報告だった。
「只今、ラテン人の国に関する最新情報が入りました。ラテン人の皇帝アンリ・ド・エノーが、何者に暗殺された模様でございます」
「そうか」
 僕は、表向きは平静を装っていたが、心の中ではガッツポーズを決めていた。あのユダが、見事に仕事をやり遂げたようだ。
「アンリには世継ぎがおりませんでしたので、おそらくアンリの血縁者の中から次の皇帝が選ばれるものと考えられますが、アンリの血縁者は皆遠方のフランシアにおりますので、次の皇帝が決まり着任するまでには時間がかかると考えられます。アンリの死により、休戦条約もその効力を失っておりますし、攻め込むならまさに今が好機でございます」
 ちなみに、この世界の慣習では、国家間の条約は君主同士の取り決めという形になっているので、当事者のどちらかが亡くなった場合、別段の定めがないかぎり条約の効力は失効し、君主が代替わりした後も条約を継続したければ、条約の更新交渉を行わなければならない。
「分かった。季節が冬でちょっと時期は悪いが、すぐに出陣の支度をしよう。ところで、アンリを殺した犯人はどうなった?」
「アンリの護衛兵が犯人を捕まえようとし、弓矢で犯人を負傷させたものの、非常に逃げ足が速い男らしく、捕まえることは出来なかったようです」
「わかった」
 ユダは負傷したのか。何とかここまで戻って来てくれれば、僕かイレーネの力で治療してやれるんだけど。せっかく、あそこまでの腕利きに育て上げた子だ。使い捨てにするのはあまりにも惜しい。

 ユダの件はともかく、僕は出陣の準備を命じたのだが、ここでラスカリス将軍から悪い知らせが入ってきた。
「殿下、出陣にあたり、ヨハネス・ガバラスに用意させた保存食を検品してみたのですが、あの保存食は明らかに手抜きでございます。あれではすぐに腐ってしまい、保存食としては役に立ちませんぞ」
「役に立たないとは、いったいどういうことだ?」
「小麦から作る保存食は、高温で二度焼きしなければならないのですが、私が見たところ、ヨハネス・ガバラスの作った保存食は、一度しか焼いておらず、しかも低温で焼いているようです。あれでは、長期遠征用の保存食ではなく、ただのパンでしかありません」
「分かった。とりあえず、ガバラスをすぐに兵站担当から解任し、ラスカリス将軍は直ちにガバラスとその一族を逮捕し、原因の究明に当たってくれ。後任の兵站担当には、ゲルマノス政務官を充てる」

 その数日後。ゲルマノス政務官から報告があった。
「保存食の件ですが、ヨハネス・ガバラスに作らせたものは使い物になりませんので、殿下の命じられた量の保存食を揃えるには、あと3か月ほどの時間を要し、追加の費用もかかることになりそうです。ただし、保存食については移動拠点を使って随時お届けするという方法もございますので、遠征を延期する必要はないかと考えられます」
「そうか。あと、原因については何か分かったか?」
「保存食の作成にあたっていた職人たちから事情を聴取したところ、ヨハネス・ガバラスが保存食を一度だけ低温で焼けばよいと、職人たちに指示したことは間違いありません。その目的についてはまだはっきりしておりませんが、おそらく保存食作成の費用を浮かせて、その差額を着服しようとしたのではないかという噂が立っております」
 ・・・ガバラスの起用は失敗だったか。それが事実であれば、絶対に許せない。
 その後、ラスカリス将軍の取り調べにより、ガバラスの行為はゲルマノス政務官から聞いたとおり、差額を着服する目的であったことが明らかとなった。僕は直ちに、ガバラスを法廷で裁くことにした。
「ヨハネス・ガバラス。只今ゲルマノス政務官が読み上げた容疑について、何か申し開きをすることはあるか?」
「・・・確かに、私はそのような行為を致しましたが、それが何だと言うのです? かの高名なユスティニアヌス大帝も、私と同じようなことをした官僚に対し、処罰することは無く更迭だけで済まされました。ローマ帝国の官僚であれば、私と同じ程度のことは皆やっているでしょう。なぜ私だけが、このような扱いを受けなければならないのです?」
 完全に開き直ったガバラスの物言いに、僕は堪忍袋の緒が切れた。
「余を、ユスティニアヌスのような阿呆と一緒にするでない。余のやり方は、不正を行った役人は良くても斬首、悪質な者は五刑だ。既にその旨の勅令も定めている。貴様は、帝国に謀反を起こしたという前科がある上に、汚職行為によって帝国の公金を着服し、さらに帝国の遠征を妨害する利敵行為まで働いた。これらの重罪に加え、全く反省の色が見えない貴様の態度に照らし、情状酌量の余地はない。判決を言い渡す。ヨハネス・ガバラスを五刑に処し、その一族は全員斬首とする。そして、ヨハネス・ガバラスとその一族の財産は全て没収とする。直ちに刑を執行せよ」
 こうして、ニュンフェイオンの広場で、ヨハネス・ガバラスの公開処刑が行われた。処刑といっても、最も厳しい『五刑』なので、直ちに死ねるわけでは無い。十字架で磔にされた上に、両手両足の指を一本ずつ切り取られ、性器を切り取られ、目を潰され、両腕と両足を切り取られ、死なないように神聖術で生命力だけを随時回復させてから、最後に丸い串でゆっくりと串刺しにしていくのが、僕の定めた『五刑』である。
 もっとも、その妻子一族については、幼児に至るまで全員斬首する予定であったが、アクロポリテス先生に幼児まで殺すのは行き過ぎだと諫められ、一族のうち5歳に満たない幼児2人については、アクロポリテス先生が責任を持って育てるという条件で助命した。また、一族のうち5歳以上の女性については、殺すよりガバラスが着服した金をいくらかでも取り戻した方が良いということで、奴隷としてジェノヴァ商人に売り払うことになった。
 ・・・まあ、これだけやっておけば、不正を働こうとする者はそうそう出てくるまい。

 一方、皇帝アンリの暗殺に成功したユダは、片目が潰れ、満身創痍の状態で戻ってきた。
「ユダ、どうした!? その怪我は?」
「へっへ。・・・アンリを毒矢で仕留めたまでは良かったが、その護衛兵が放った矢を避けそこなっちまってな。殿下のお陰で、片腕を切られることは免れたが、代わりに片目を失っちまったってわけさ」
「ユダ。今すぐ治療してやる」
 僕は、直ちに『復活』の術を使い、その場でユダの目を治して見せた。普段はイレーネに頼むことが多いけど、既にこのくらいのことは僕でも出来る。
「・・・あれ? 俺の目が見えるようになってる。身体も一気に軽くなった。一体何が起きたんだ?」
「ユダ、ある程度高度な神聖術を覚えれば、このくらいのことは出来るようになる。お前も習ってみるか?」
「それは良いが、報酬の金貨10枚。きちんと約束は守ってくれるんだろうな?」
「確かに、ユダとはそういう約束だったな。悪いが、その件についてはだな・・・」
「何だ! 俺が命を張ってまで仕事を成し遂げたのに、俺との約束を破る気か!?」
「ユダ。話は最後まで聞け。確かにお前との約束では、報酬は金貨10枚だったが、命を張って帝国の敵を排除したお前の功績に対し、報酬が金貨10枚では申し訳ない。お前には、コンスタンティノス勲章の金賞をやろう。副賞は金貨30枚だ。そしてお前には、マヌエル・コーザス率いる特殊部隊の一員に、副隊長待遇で加わってもらう」

 こうして、ユダに対するコンスタンティノス勲章の授章式が、将兵を集めて執り行われた。
「ユダ。そなたは、瀆神の徒たるラテン人の皇帝、アンリ・ド・エノーを単独で誅殺するという極めて困難な任務を見事に成し遂げ、しかもその正体をラテン人に知られることなく、重傷を負いながらも無事に帰還することに成功した。そなたの働きにより、ラテン人はその勢力を失い、ラテン人の許で圧政と屈辱に喘いでいる多くのローマ人たちは、我が軍の手により間もなくその圧政から解放されるであろう。その功績に報いるため、貴殿にはコンスタンティノス勲章の『金賞』を授与するものとすると共に、貴殿の素早い戦いぶりにちなみ、疾風を意味する『ガーロス』の家門名を授け、将官の一員に加えるものとする。これからは、ユダ・ガーロスと名乗るがよい」
 僕の読み上げた表彰文に、会場である閲兵場から万雷の拍手が沸き起こった。ユダのような子供が、勇名高いラテン人の皇帝アンリの暗殺に成功したというのは、将兵の誰もが認める壮挙なのだ。
「殿下。このユダ・ガーロス、これからも殿下のために微力を尽くします」
 表彰を受けるユダも、感激のあまり涙ぐんでいた。2年程前までは、ニケーアの町を悩ませるだけだったスリの少年が、一躍これだけの称賛を浴びる身になったのだ。ヨハネス・ガバラスの起用は失敗に終わったが、ユダの起用は、その失敗を補って余りある大成功だったと言ってよい。なお、帝国軍の幹部でありながら家門名の無かったネアルコスについても、最近は東風を意味する「エウロス」の家門名を名乗るようになっている。
 そして、ユダの授賞式が終わった後、僕は将兵に向かって演説した。
「ユダ・ガーロスに活躍により、我らがヨーロッパ側へ進出する道は開けた。この機を逃さず、我らはガリポリからヨーロッパの地へ侵攻するものとする。ヨーロッパの地を抑えれば、聖なる都への道はあとわずかだ。総員奮起せよ!」
「「「エスティンポリ! エスティンポリ!」」」
 こうして、我が軍がヨーロッパ側へ進出する準備は整った。

第9章 コンスタンティノスとエウロギア

 ニケーアやニュンフェイオンを中心とするアジアの帝国領と、ヨーロッパ側の旧帝国領は海で隔てられているため、本来であれはヨーロッパ側へ進出するには船で海を渡らなければならない。
 しかし、今回はガリポリの領主コンスタンティノス・パレオロゴスが既に内通を約束しており、元々青学派の術士であったコンスタンティノスは、アンリが暗殺されたとの報を聞くや、直ちにガリポリに移動拠点を開設し、ユダもこの移動拠点を使ってニュンフェイオンまで帰ってきたという経緯がある。そのため、僕たちの軍勢もも船を使うことなく、移動拠点を使って直接ガリポリに上陸することになった。
 ガリポリにやってきた僕は、仲介役のヨハネス・カンタクゼノスや幹部たちを伴って、コンスタンティノスと面会することになった。何しろ、こちらは由緒正しきパレオロゴス家の家門名を、勝手に使ってしまっている身である。自分ではなくテオドラが勝手に決めたこととは言え、本家の生き残りであるコンスタンティノスには謝らなければならない。
「大丈夫かなあ。勝手にパレオロゴスの家門名を使っていること、怒ってないかなあ?」
「大丈夫でございますよ。コンスタンティノス殿には既に事情を説明し、ご納得頂いておりますし、コンスタンティノス殿は、既に多くの功績を挙げておられる殿下を非常に尊敬されているようです。何も問題は起こりますまい」
 カンタクゼノスにそう励まされるも、僕の心にはまだ不安が残っていた。

 初対面のコンスタンティノスは、年の頃10代半ば。金髪碧眼で、少し線の細い感じの美少年だった。
「お初にお目にかかります。私が、コンスタンティノス・パレオロゴスでございます。偉大なる『神の遣い』にして、ローマ帝国摂政のミカエル・パレオロゴス殿下。私は、殿下のことを・・・『兄上』とお呼びしても宜しいのでございましょうか?」
「コンスタンティノス殿。僕のことを兄上と呼んでくれるのであれば、むしろ有難い。こちらこそ、名門パレオロゴスの家門名を、色々事情こそあれ、勝手に名乗ってしまい申し訳なく思っている」
「滅相も無いことでございます。殿下のように偉大な御方が、パレオロゴス家の一員に加わって頂き、かつ私の兄となって頂けること、このコンスタンティノスにとってこの上ない栄誉でございます」
 こうして、両パレオロゴスの会談は無事成功に終わったかと思われたが、これに異を唱える者がいた。
「兄上! 私エウロギアは、このような者をパレオロゴス家の一員として認めることは出来ません! 姿も、亡きミカエル兄上とは全く違いますし、キリストの教えなど全く意に介さない、魔王のような男だと言うではありませんか! 私は断じて認めません!」
 そう言い出したのは、まだ十代前半の、剣士のような格好をした少女だった。ただし、剣を携帯しているから剣士だと分かるだけで、衣服は踊り子姿のテオドラほどではないが露出度が高く、衣服は胸と大事なところを隠しているだけ。衣服の形状としては、何となくマイクロビキニに近い。
「エウロギア、殿下に対し何てことを! 今すぐ殿下に謝りなさい!」
「兄上こそ、弱腰に過ぎるのです! このエリス派最強術士エウロギアの手にかかれば、このようにひ弱な男など一撃で叩きのめしてみせます!」
 その後、コンスタンティノスと、その妹らしいエウロギアとの言い争いがしばらく続いた。その間、僕は側にいたイレーネに、エリス派とは何かと尋ねた。
「エリス派とは、アンドロニコス帝時代に登場した、神聖術を剣術を組み合わせた異端の流派を指す。エリス派の開祖とされるのは、アンドロニコス帝に仕えた女性術士、エリス・ダラセナ。エリスは、マヌエル帝の兄イサキオスの孫にあたり、庶出の出身ではあったが、当時としては最高の神聖術適性90を誇り、赤学派の術を極め、城壁を一撃で爆破することが出来た。それだけでなく、戦闘にあたっては防御を神聖術の力に頼り、身に付ける衣服は必要最低限にして、裸同然の衣服で男性を惑わし、その隙を突いて敵を惑わすことを得意としていた。エリス・ダラセナは、アンドロニコス帝の愛人となって長年にわたりその治世を支えたが、キリスト教的な美徳からあまりにも逸脱したその戦い方は、教会人から大きな非難を浴びた。しかし、エリス・ダラセナの死後も、彼女の真似をしようとする女性の神聖術士は後を絶たず、そのような女性の神聖術士を総称してエリス派と呼ばれている。あのエウロギアも、そうしたエリス派術士の一人」
「ちょっと待ちなさいイレーネ、その説明は間違ってるわよ!」
 同じく側にいたテオドラが、イレーネの説明に待ったをかけた。
「どこが間違ってるの?」
「みかっち。エリス派っていうのはね、胸が小さくて自分の魅力じゃ勝負できない女術士が、お股をちらつかせて男を誘惑する下品な流派なのよ。それに、あのエウロギアって女はエリス派とも呼べないわ。あんな、お股をしっかりと隠している服なんて、女の着る服じゃないわ! お股の下は敢えて隠さないで、ぎりぎり大事なところが見えそうで見えないってところで勝負するのが、本物のエリス派なのよ」
 テオドラは、何か良く分からないことを言い放った後、エウロギアに喧嘩を吹っ掛けた。
「そこの、エウロギアとか言う似非エリス派女! このあたし、『太陽の皇女』ことテオドラ・アンゲリナ・コムネナ様を差し置いて最強術士を名乗るとはいい度胸ね! 最強術士を名乗るなら、このあたしを倒してからにすることね! まあ、あんたみたいなつるぺたのチビっ子じゃ話にならないだろうけど」
「ほう、そなたが『爆裂皇女』の悪名高いテオドラ皇女か。面白い。どちらが最強の術士か、決着を付けようではないか」

 こうして、ガリポリの城壁外で、エウロギアとテオドラの決闘が行われることになった。
「イレーネ、エウロギアって初めて聞いたけど、術士としてはどのくらいの強さなの?」
「エウロギアは、白学派の修士で適性は88。術士兼剣士として、速攻で勝負を付けるタイプ」
「テオドラより適性は落ちるけど、決して侮れない強さだね。テオドラは、いつもの派手な魔導士ローブ姿のままだけど、あれでエウロギアの速攻に対抗できるのかな?」

 僕の不安は的中し、勝負は一瞬で決着が付いた。開始一番、エウロギアは速攻でテオドラに剣を突き付け、不意を突かれたテオドラはこれに対抗する術を持たず、負けを認めるしかなかった。
「口ほどにも無い。最強術士の名は、このエウロギア・パレオロギナが確かにもらい受けたぞ」
 結局、パレオロゴス家は僕を支持するコンスタンティノス派と、僕を支持しないエウロギア派の2つに割れ、エウロギアとその一派はガリポリを抜け出し、僕に抵抗するようになってしまった。
「・・・油断したわ。あたしも、まともな武装をして勝負すれば、あんなちびっ子なんかに負けたりしなかったのに!」
 テオドラは地団駄を踏むようにして悔しがったが、こうなっては後の祭りである。
「兄上、申し訳ございません。エウロギアは、確かに腕は立つのですが、あんな格好をしている割には信仰心が強く強情で、他人の言うことを聞かないところがありまして」
 申し訳なさそうな顔で謝罪するコンスタンティノス。一同ため息をついているところを、移動拠点を使って後からやって来たヴァタツェス将軍が話に加わった。
「パレオロゴス一党のうち、エウロギアの側に就いたのはせいぜい500人程に過ぎませぬ。あの小娘さえ捕らえれば何とかなりましょう。また、今はまだ冬で戦闘には適しませんが、アドリアヌーポリとその近郊は、かつて我がヴァタツェス家が本拠にしていた地域でもございます。私やコンスタンティノス殿、カンタクゼノス殿、またこの地域と縁があるアンドロニコス・ギドス将軍の力も借りて、この冬の間にヨーロッパ側にある各都市を可能な限りわが国に寝返らせましょう。エウロギアとその一党は、テオドラ様のほかイレーネ様、プルケリア様などの力も借りて、冬の間に何とかエウロギアを捕まえれば、作戦に大きな支障は生じますまい」
「そうしましょう。ヴァタツェス将軍、その方向で調略工作を宜しくお願いします」

 並行して進められた2つの作戦のうち、調略作戦の方はかなり順調に進んだ。皇帝アンリを失ったラテン人の帝国は、もはや国家としての体裁を成しておらず、ヴェネツィア人トマソ・モロシーニの主導で聖なる都を死守するのが精一杯だった。トラキア地方と呼ばれるヨーロッパ側の最東部は、トマソ・モロシーニの守る聖なる都、テオドロス・ブラナスの守るアドリアヌーポリを除き、続々とビザンティン帝国に帰順を表明し、ラテン人に占領されていたリムノス島、タソス島、サモトラキ島といった島々や、西はアドリアヌーポリの南西にある港町アレクサンドルポリ、東は聖なる都の近くにあるセリュンブリア、メッセンブリアといった町まで帰順を表明したため、聖なる都とアドリアヌーポリは、たちまちのうちに陸の孤島と化した。
 しかし、エウロギアの捕縛作戦は、そう上手く行かなかった。博士号こそ取得していないとはいえ、白学派の術に精通しているエウロギアは、プルケリアの術で氷漬けにしようとしてもかわされてしまい、イレーネの術で動けなくしようとしても防御されてしまい、テオドラの術も防がれてしまう。そして、テオドロスやアレス、ティエリといった武芸自慢の将軍に、イレーネに強力な対術耐性のある結界を付けてもらってエウロギアと勝負させても、エウロギアは形勢不利と見るや物凄い速さで逃げ出してしまうので、なかなか決着は付かなかった。
「畜生、なんてすばしっこい小娘だ! 一騎討ちで負ける気はしねえが、あんなの捕まえられねえぞ!」
「あの似非エリス派、逃げ足だけは本当に速いわね! 頭にくるわ」
 エウロギアに手を焼いたテオドロスとテオドラが、揃って愚痴をこぼす。
「ところでイレーネ、テオドラってなんで、エリス派をあんなに敵視するの? テオドラだって似たようなものなのに」
「彼女は、4年ほど前まではエリスの後継者を自称し、エウロギアと同様に剣と術で戦っていた。しかし、胸が成長し過ぎて思うように剣を振るえなくなり、エリス派から普通の術士に転向した。それ以来、彼女はこれまでの態度を一転させ、エリス派を冒涜するようになった」
 なるほど。うちのお父さんが弁護士を辞めてから、散々弁護士を馬鹿にして憂さ晴らしをするようになったのと似たようなものか。
 その一方、テオドロスとコンスタンティノスの間で妙なやり取りが始まった。
「そう言えばコンスタンス、インポテンツはもう治ったのか?」
「止めてください! 結婚を完遂できずインポテンツと呼ばれたのは、私ではなく亡くなった兄ヨハネスの方です! 私は、ちゃんと子作りの練習をしていますから、インポテンツではありません!」
「・・・2人とも、何の話をしているの? 全然話が見えないんだけど」
「大将。俺は以前、パレオロゴス家に武術指南役として呼ばれたことがあってな、コンスタンティノスとは以前からの知り合いなんだよ。コンスタンスっていうのは、『小さなコンスタンティノス』っていう意味で、こいつのあだ名さ。それでな、コンスタンスは何年か前、真面目ぶって子作りの練習もせずに名門貴族の娘と結婚しようとしてな、何度試しても最初の子作りが上手く行かなくて結婚を完遂できず、当時の総主教に結婚の無効を言い渡されたんだよ。それ以来、コンスタンスは『インポテンツのコンスタンス』ってあだ名で呼ばれているってわけだ」
 なお、日本で知られている『インポテンツ』はドイツ語由来の呼び方であり、ギリシア語では全く違う言葉で呼ばれているのだが、話が分かりにくくなるのでこの物語では『インポテンツ』で統一している。
「だから、それは私では無くて兄のヨハネスの話ですってば! 私はヨハネス兄上のようにならないように、結婚に備えて子作りの練習もしているのに、どうして私がそんなあだ名で呼ばれなければならないんですか!?」
「そう言われてもなあ。誰が広めたかは知らねえが、『インポテンツのコンスタンス』ってかなり有名な話になっちまったから、今更どうしようもないぜ」
「その噂を広めたの、ひょっとしてテオドロスさんではありませんか!? テオドロスさんって前から噂好きですし、パレオロゴス家にも結構出入りされていましたし!」
「さあ、記憶にねえなあ」
 しらばっくれるテオドロスの言葉に、嘘を付いている人に特有の違和感が感じられたので、とりあえず噂を広めたのがテオドロスだということは分かった。僕に掛けられている『意思疎通』の呪法には、言語を介さずに相手の言いたいことが伝わる機能があるため、相手が嘘を付いているとすぐに分かってしまうのだ。地味だけど、裁判をするときなどにはかなり便利な機能である。
 一方、テオドラは「ぱーすけ&みかっちが鉄板の組み合わせだと思ってたけど、コンちゃん&みかっちの麗しき兄弟愛という路線もアリね」などと、何か不穏なことを呟いていたが、嫌な予感しかしなかったので、僕は聞かなかったことにした。

「コンスタンティノスの話はともかく、何とかエウロギアを捕らえる作戦を考えないと」
 僕が話を戻そうとすると、それまで黙って話を聞いていたパキュメレスが、何か面白そうな話を切り出してきた。
「・・・殿下、私はお師匠様から、帝位に就く前のアンドロニコス帝が、エリス・ダラセナを捕らえ自分の愛人にしたときのエピソードを聞いたことがあるのですが、お聞きになりますか?」
「何か、参考になりそうな話だね。是非聞かせて」
「若い時のエリス・ダラセナは、どうしようもないお転婆娘で、自分が最強の術士であるなどと言い立てて、誰の言うことも聞かず暴れ回っていたようです」
「エリスって、ちょうど今のテオドラみたいな女性だったんだね」
「その件に関するコメントは差し控えさせて頂きますが、帝国屈指の名将であると同時に、帝国屈指の女たらしとしても知られていた、帝位に就く前のアンドロニコス様は、自らエリス・ダラセナに一騎討ちを挑みました。その際、アンドロニコス様は、向こうが裸同然のとんでもない手段を用いて来るなら、こちらも同じ手段を用いてやろうと仰られ、ズボンと下着を脱いで、隆々と勃起した自らのプリアポス様をエリスに見せつける形で、一騎討ちに挑まれたそうです。未だ処女であったエリスは、アンドロニコス様の巨大なプリアポス様を見せつけられて動揺してしまい、本来の実力を発揮することが出来ず、アンドロニコス様に敗れてその場で押し倒され、アンドロニコス様の巧みな性技の虜になってしまい、それ以来エリスは、アンドロニコス様にとって最も忠実な愛人の一人になったそうです」
 ・・・何ということを。そんなんだから、アンドロニコス帝は結構活躍したにもかかわらず、反キリストとか呼ばれているんだろうな。しかし、話を聞いていたテオドロスはそのようには考えなかったらしく、その話に乗ってきた。
「それは良い! 大将自慢のプリアポスを見せつけてやれば、あのエウロギアもきっと動揺してまともに戦えなくなるぜ。そうしたら、大将もあのエウロギアを押し倒して、自分の愛人にしてしまえばいい。これで万事解決じゃねえか」
「良くないよ! 僕はエウロギアと子作りをする気は無いし、したことも無いし、そんな破廉恥な真似はできないよ!」
「でも大将、最近は毎晩『絶世の美少女』イレーネ様と、宜しくやってるじゃねえか。ああいうつるぺたのちびっ子は、大将の好みじゃねえのか?」
 ・・・バレてたのか。
「駄目! イレーネとも、まだ実際に子作りまではやったことないし、僕はアンドロニコス帝みたいな性技の達人とはほど遠いから、とにかくその方法は無理! 何とか他の策を考える」
「・・・何度も誘っているのに、私と子作りの練習をしないから、こういうことになる」
 イレーネの小言はとりあえず聞き流して、僕は自分なりの作戦を考えた。数では圧倒的に劣勢のエウロギアは、僕を倒す以外に勝つ方法はないはずだから、僕自身が囮になれば、僕を倒そうとして突撃してくるだろう。
 今までの戦いで、エウロギアとその一党はガリポリ半島の先端に追い詰められているので、エウロギアが現れる場所は大体予想が付く。僕は、以前モンモランシーとの戦いに使った四輪車と白装束を再び持ち出し、僕の前に大きな落とし穴を掘らせた。落とし穴の中には大量の粘土が張られており、イレーネの『粘着』の術により更に粘度を強化してあるので、この穴に落ちたらエウロギアと言えども、自力での脱出は不可能だろう。
 ちょうど準備が整ったところで、いつものようにエウロギアがわずかばかりの配下を率いてやって来た。エウロギアは、ちょうど諸葛孔明のように四輪車に乗って、白羽扇をパタパタやっている僕の姿を見て、案の定腹を立てた。
「ミカエル! なんだその姿は! このエウロギアを馬鹿にしているのか!?」
「逃げることしか能のないエウロギアよ。そなたごときを相手にするのに軍装など必要ない。この姿で十分だ。余が、パレオロゴス家の当主に相応しい実力の持ち主であることを、そなたに見せてやろう」
「ほざいたな! こうなったら、その首頂戴してくれる!」
 エウロギアはそう叫んで、何も考えず馬に乗ってこちらに突撃し、そして見事なまでに落とし穴にはまった。まるで、芸能人たちを落とし穴にはめて『ナイスイン!』と叫ぶ、どこかのバレエティ番組を見ているようだった。
「どうやら、上手く行ったみたいだね」
 僕は、落とし穴の中でジタバタ暴れているエウロギアの様子を見に行ったところ、どうやら紐で結んであったらしいエウロギアの衣服は暴れすぎで解けてしまい、エウロギアはほとんど生まれたままの姿になっていた。
「キャアアアアアアア!! 見ないで、見ないで~!!」
 エウロギアが必死に叫ぶ。エウロギアの裸は綺麗で、確かに僕の好みにも合致していた。
 もっとも、エウロギアの裸を衆目に晒すのはさすがに可哀そうなので、捕らえたエウロギアの後始末はイレーネとテオドラ、お付きの侍女たちといった女性陣に任せた。エウロギア配下の兵士たちも、エウロギアが捕らえられ、自分たちもダフネとシルギアネスの率いるクマン人弓騎兵隊に包囲されると、これ以上の抵抗を諦め、僕とコンスタンティノスに投降した。

 ぐるぐる巻きに縛られて、僕の前に引き出されたエウロギアは、まるで別人のようにしおらしくなっていた。
「お兄ちゃん、エウロギアが悪かったです。・・・どうか命だけは助けてください」
「分かればいいんだよ、エウロギア。僕を兄と認め、僕に仕えるというなら、命を取ろうとまでは思わない」
「分かりました、お兄ちゃん。でも、エウロギアは、まだ嫁入り前なのに、お兄ちゃんにあられもない姿を見られてしまいました。もうお嫁には行けません。ですから、お兄ちゃんのお嫁さんにしてください」
 エウロギアの爆弾発言を聞いて、テオドラとダフネが一斉に怒り出した。
「エウロギア! みかっちはあんたのものじゃなくて、あたしの奴隷なのよ! あんたは、せいぜいスケベなみかっちの娼婦で我慢しておきなさい!」
「殿下の子供を産むのは、このダフネが先なのだ! 新入りで、しかも殿下に逆らったエウロギアは、ダフネより後回しなのだ!」
「うう、それならお兄ちゃんの娼婦で我慢します・・・」
 ・・・僕を差し置いて、勝手に決めないで欲しいんだけど。

 ともあれ、エウロギアの問題がようやく片付き、間もなく春も近づいてきた。僕は、総動員によって順次集まってきた帝国軍を率い、降伏を拒否しているアドリアノポリスの攻略に乗り出すことになった。

(第4話後編に続く)

「ちょっと待ちなさい、みかっち! まだ文字数に余裕あるでしょ?」
「一応まだあるけど、何をするつもりなの?」
「あの生意気なエウロギアに、本当のあたしの強さを見せつけてやらなきゃ気が済まないわ。もう一度決闘よ!」
「別に、決闘なんて次回やればいいじゃない?」
「次回なんて、いつ投稿されるか分からないじゃない! その間に、あたしが弱いなんて評判が立ったらいい迷惑だわ。何としても今回中に決着を付けてやるわよ。それに、なんか今回、あたしの出番少なかったような気がするし」
「何というメタな理由! しかも、これだけ至る所でしゃしゃり出ておいて、まだ出番が少ないって言うの!?」
 ・・・こうして、ガリポリの城外で、テオドラとエウロギアの再決闘が行われることになった。本気を出したテオドラは、いつもの魔導士ローブではなく、胸と腰を覆っただけの、やたら露出度の高い衣装を纏い,両腕にはミスリル銀で出来た爪を装備している。剣を振るうには、例の大きなロケットおっぱいが邪魔になるので、どうやらモンクタイプにジョブチェンジしたらしい。
「また勝負ですか。私エウロギアこそが最強の術士だということを、テオドラさんとお兄ちゃんに見せつけてあげましょう!」
 前回と同じように、エウロギアは速攻で決着を付けに行くが、テオドラはミスリルの爪で、エウロギアの剣をブロックした。その後はテオドラが物凄い勢いで爪と神聖術の攻撃を連打し、エウロギアは防戦一方となった。こういう消耗戦になると、やはり最大魔力の差が物を言う。テオドラの適性は現在96。対するエウロギアの適性は88。適性が1上がると最大魔力が2倍になるので、最大魔力の差は256倍。
 しかもテオドラは、かつての対プルケリア戦のような魔力の無駄遣いはせず、全力でエウロギアを倒しに来ていた。こうなっては、エウロギアにもはや勝ち目はない。エウロギアは気絶寸前になってようやく負けを認め、テオドラは鬼の首を取ったかのように勝ち誇った。
「やーい、やーい、エウロギアのアホンダラ~、お前の母ちゃんでーべそー」
 そう言いながらあっかんべーをするテオドラに、僕を含めその場にいる誰もが「何て大人げない」という感想を抱くに至った。
「それとエウロギア、本当のエリス派ってのはこうやるのよ」
 テオドラはそう言うと、あろうことか、エウロギアのひも付きパンツを爪で引き裂いてしまった。エウロギアは、顔を真っ赤にしながら、大事なところを必死に隠している。
「うう、テオドラ様、なんでこんなことを・・・?」
「そんな、お股をしっかり隠しているような服じゃ、男は幻惑されないわよ。パンツなんて女の履くものじゃないわ。大事なところをチラ見せするくらいで勝負するのが、真のエリス派。見なさい、みかっちの反応がさっきとは全然違うでしょう?」
「・・・確かに、お兄ちゃんがかなり動揺しています」
「それに、プリアポス様もあんなに大きくなって、戦うどころじゃなくなっているでしょう? エリス派っていうのは、こうやって勝負するものなのよ。分かった?」
「分かりました、テオドラ様! こうやってお兄ちゃんを誘惑すればいいんですね?」
「テオドラ、エウロギアにおかしな知恵を付けないでよ!」
 ・・・こうして、アドリアヌーポリ攻略に先立ち、僕の頭痛の種がもう1つ増えることになった。

(今度こそ第4話後編に続く)

<後書き>

「・・・最後までお読み頂き、ありがとうございました。本編の主人公、榊原雅史ことミカエル・パレオロゴスです」
「無事最強術士の座を取り戻した、太陽の皇女テオドラで~す! みかっち、なんか元気ないわね、椎間板ヘルニアでも患ったの?」
「他人を勝手に変な病気にしないでよ! まったく、あんな理由で話の最後に割り込んでくるなんて聞いたことも無いよ! 『小説家になろう』投稿サイトには数えきれないほどいろんな小説が載ってるけど、傍若無人なヒロインランキングみたいなものがあったら、テオドラってかなりの上位に入るんじゃない? もっとも、読んでくれる人がもっと増えればの話だけど」
「別にいいじゃない。それがエンタメっていうもんよ。それにしても、あんたのお父さん、ずいぶん弁護士を馬鹿にしてるみたいだけど、あんなこと書いて大丈夫なの?」
「まあ、話自体はフィクションだけど、実際に自分の力では食べて行けなくて、悪い人のおもちゃにされてる弁護士なんかいくらでもいるし、闇金の手先みたいになっちゃってる弁護士もいるって言うから、現実と照らし合わせても、大体当たらずとも遠からずくらいじゃないかな。少なくとも、実態とかけ離れているなんて文句を言われる筋合いはないよ」
「ふーん。あと、本編には話が出て来ないけど、ローマ帝国の弁護士はどんな感じなの?」
「ローマ帝国すなわちビザンティン帝国にも、一応弁護士はいるけど、ろくな連中じゃないよ。威張っている割には大した教養も無いし、法の抜け穴を探して阿漕な金儲けをすることしか考えてないし。基本的に、裁判でも弁護士が言ってくることは無視してる。違法や不当な行為を行っている連中への対処を求める請願っていう制度もあるし、基本的に弁護士なんかいなくても国家が運営できるようにしてる」
「みかっちは、徹底的に弁護士には冷たいのね。そう言えば、この第4話は前編と後編の2話構成にする予定らしいけど、今回中編は無いの?」
「第4話の予定で残っているのは、ボリルを倒すためのブルガリア遠征と、アドリアヌーポリの攻城戦くらいだから、たぶん中編は要らないだろうって判断みたい」
「そうなの。別に、ブルガリアなんてあたしたちの敵じゃないし、このまま俺Tueeeeって感じで、聖なる都奪回まで行けちゃいそうね!」
「・・・残念だけど、そういう感じで突っ走れるのは第5話までみたい。第6話以降は、僕もテオドラも大変な目に遭うみたいだから、今のうちに人生を楽しんておいた方がいいよ」
「何よ、その不吉な予告。このあたしに敵なんているわけないじゃないの!」
「どうやら、内なる敵がいるみたいなんだよ。まあ、ネタ晴らしはこのくらいにして、今回も後編の投稿はいつになるか分からないけど、作者も他の作業の合間を縫いながら頑張って書くって言ってますので、続編を気長にお待ちください」
「ファッセ・ドッサッナ! またね~!」


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