第5話後編 『聖なる都』への道

第5話後編 『聖なる都』への道

第12章 エンツォ皇子救出作戦

「みかっち! エンツォ皇子がさらわれたって、本当なの!?」

 いきなり僕の部屋に駆け込んできたテオドラが、開口一番に放った台詞がそれだった。
「確かに、そういう情報が来てるよ。何でも、ボローニャっていう町の軍勢が、不意打ちでエンツォを捕らえて、彼を町の中に幽閉しているんだって」
「大変なことじゃないの! みかっち、今すぐ助けに行きましょ!」
「・・・テオドラ、そんなにエンツォ皇子のことが気に入ってたの?」
「エンツォ皇子は結構なイケメンで、あたしのこともいっぱい褒めてくれたのよ!」
「ふーん」

「あ。もしかしてみかっち、妬いてる?」
「・・・別に。何なら、僕との婚約解消して、そのエンツォ皇子と結婚したって構わないよ」
「そんなことしないわよ。ただ、みかっちにも、少しはエンツォ皇子を見習って欲しいだけよ」
「はあ」
 ・・・テオドラには素っ気ない返事をしたけど、内心ではエンツォ皇子に対する嫉妬心も、まあ5%くらいはあったかも知れない。

「じゃあ、さっさと行きましょ、みかっち!」
「ちょっと待って! 今回は、フリードリヒ2世から何の連絡も要請も受けていないし、しかも今のフリードリヒ2世は、魔女を使ったとか非難を受けて、政治的にまずい立場に立たされているらしいんだ。うかつに僕たちが助けに行くと、かえって迷惑をかけるおそれがある」
「魔女って、誰のことよ?」
「明らかに君のことだよ。この国では、僕が力づくで反対意見を抑え込んだけど、未だにキリスト教の諸国では、女性の神聖術士は魔女だ、生かしておくべきではないって考え方が強くて、フリードリヒ2世がテオドラの力を借りてパルマやミラノなんかを落としたことに、主に教会関係者から、反発の声が大きいらしいんだよ」

「だったら問題ないわよ。今回は、フェデリコスの要請じゃなくて、あたしが勝手にエンツォ皇子を助けに行くんだから、それだったら問題ないでしょ?」
 ・・・フリードリヒ2世については、いろんな呼び方があってややこしいので、家臣たちには『フリードリヒ2世』で統一してくれと言ってあるんだけど、テオドラは未だに『フェデリコス』と呼んでいる。ややこしくて申し訳ない。

「まあ、そういう考え方もあり得なくはないけど。エンツォ皇子は、フリードリヒ2世にとって大事な息子の1人でもあるし」
「じゃあ、行きましょ。みかっちも来なさい。今こそ、忍者の真の力を見せつける時よ!」
「僕も行くの!?」


 とりあえず、僕は暗黒騎士隊用の黒装束を着て、短めの剣と手裏剣型神具『風魔』を持参して、イレーネのアクティブジャンプで、イレーネやテオドラと共に、ボローニャの郊外までやってきた。ちょうど、時間帯は夕方になっていた。
「・・・テオドラ、何か作戦とか考えてあるの?」
「特に考えてないわ。そういうの考えるのは、みかっちの役割でしょ?」
 ・・・強制連行してきた割には、作戦は僕に丸投げかよ。

「しょうがない。イレーネ、エンツォ皇子が幽閉されている場所って分かる?」
「・・・市庁舎の最上階にいる。ただし、牢獄ではなく、普通の部屋」
「ボローニャの守備隊はどのくらい?」
「兵士数は2,124人」
「じゃあ、イレーネはここに臨時の移動拠点作って、名前はボローニャにしておいて。テオドラは、ボローニャの城門を破壊した後、教会か適当な建物を破壊して騒ぎを起こして。僕はその混乱に乗じて、エンツォ皇子を攫ってパッシブで戻ってくる。夜になったら作戦開始」
「わかったわ。みかっち、ちゃんとエンツォ皇子を連れて戻ってくるのよ」
「移動拠点は準備しておく。必要なときは、私も援護する」

 作戦は、テオドラが例のエクスプロージョンで、ボローニャの城門を爆破することでスタートした。

「あたしこそが、世界一美しく、世界一強い天才術士テオドラ様よ! あたしに勝てると思う男がいるなら、掛かってらっしゃい!」

 テオドラは、エクスプロージョンを連打しながら、『拡声』の術で名乗りを挙げ、夜のボローニャに大騒ぎを起こした。城壁の下で待機していた僕は、既に使えるようになっていた『浮遊』の術で城壁を越え、まばらに立っている警備兵を、かつてプルケリアに習った『氷の弾』で次々と倒し、ボローニャの市内に潜入した。

「一体何だ、この騒ぎは!?」
「市長、例のテオドラと名乗る魔女と、一つ目の巨人が市外に出現しました! 奴らはこの町を破壊しようとしています!」
「全軍を集めよ! その魔女と巨人を、まとめて始末するのだ!」
 ・・・ボローニャの市長と思われる人が、部下にそんな指示を出していた。テオドラの奴、サイクロプスのレオーネまで連れてきていたのか。

 僕は、兵士たちが出払った隙を見て、市長に『風魔』を投げつけた。特に属性や変化は付けていないが、一撃で市長は倒れ、『風魔』は棒型の姿になって、僕のところに戻ってきた。
 実戦使用はこれが初めてだけど、この武器すごく便利。

 その後、僕は市庁舎に突入し、邪魔な衛兵を数人始末した後、市庁舎の最上階までやって来た。部屋は結構豪華だった。
 そしてそこでは、エンツォ皇子と思われる金髪の男性が、僕の姿を見て怯えていた。
「フリードリヒ2世の息子、エンツォ皇子はそなたか?」
「・・・そうだが、私を殺しに来たのか?」
「そうではない。余は、ビザンティン帝国の摂政、ミカエル・パレオゴロスだ。故あって、そなたを救出しに来た。一緒に来てもらおう」
 そして、僕はエンツォ皇子を連れ、パッシブ・ジャンプで市外の移動拠点に無事戻ってきた。


「ああ、みかっち。ちゃんと、皇子様連れて戻って来たのね」
「それは成功したけど、なにこれ・・・」
 市外から見ると、ボローニャの町はもはや壊滅状態だった。守備隊らしき兵士たちは全滅し、市内ではサイクロプスが暴れ回り、街中の建物もほとんどが既に廃墟と化していた。

「みかっちが戻って来たなら、市庁舎も爆破していいわね」
 テオドラはそう言って、町の中心にある市庁舎の建物まで、エクスプロージョンで破壊してしまった。

「これでいいわ。レオーネ、戻って来なさい!」

 テオドラの命令で、やがてサイクロプスがこちらに戻ってきて、テオドラの術により、猫の姿に変身させられた。その光景を見たエンツォ皇子は、ただ唖然としていた。

「・・・テオドラ、騒ぎを起こしてくれとは言ったけど、別にボローニャをここまで破壊する必要はなかったんだけど」
「あたしのことを魔女とか言ってたのが、気に食わなかったのよ。さあ、エンツォ皇子、あたしがあんたを救出してあげたのよ。あたしに感謝しなさい!」
「・・・ありがとうございます、テオドラ様」
 そう答えるエンツォ皇子の声は、明らかに震えていた。
「エンツォ皇子、そなたをどこに送り届ければいい?」
「・・・とりあえず、父上はフォッジアの王宮におられると思われますので、そこまで送り届けて頂ければ」
「分かった。イレーネ、アクティブジャンプでフォッジアまでお願い」
「了解した」

 イレーネの術で、僕たちはフォッジアの王宮らしき建物の手前にたどり着いた。
「エンツォ皇子、ここで大丈夫か?」
「・・・大丈夫だ。しかし、神聖術というものは、何という恐ろしいものか・・・。ボローニャの町を一晩で破壊するのみならず、ボローニャからフォッジアまで一瞬で移動するとは」
「では、我々はこれで失礼する。皇帝陛下によろしく伝えておいてくれ」
 そう言い残して、僕たちはパッシブ・ジャンプで、ニュンフェイオンに戻ることにした。


 その翌日。
「何よ、フェデリコスの奴、お礼の一つも言ってこないじゃない!」
「・・・テオドラ、向こうは神聖術が無いわけだから、そもそも何が起こったのか、事情を把握するだけでしばらく時間がかかると思うよ」

 実際、フリードリヒ2世の許からニュンフェイオンに感謝状が送られてきたのは、その約半年後になってからのことだった。その頃には、僕もテオドラも戦争に行っており、エンツォ皇子のことなど頭から消え去っていた。
 そんなに困難な任務を成し遂げたわけでもなかったので、神聖結晶も送られてくることはなく、単なるテオドラの暇つぶしと憂さ晴らしに付き合わされるだけの結果に終わった。
 ただ、僕の知っている歴史では、死ぬまでボローニャで幽閉生活を送ることになったエンツォ皇子を、この世界では解放し、ボローニャの町が破壊されたことで、この先どのような変化が起きるのかは、僕には予想も付かなかった。

第13章 陸海の作戦

 世界暦6758年3月。僕がこの世界に来てから、約6年半になる。
 僕はスミルナで、バルセロナへ向かう交易船団と、ネアルコス率いる護衛艦隊を自ら見送った。

「ネアルコス、新兵も多い中、難しい航海にはなると思うが、頑張ってくれ」
「はい、殿下」
「特に敵国はいないはずだが、万一のことがあったら連絡してくれ。旗艦の移動拠点を使って、すぐに強力な術士を送り込むから」
「心得ております。いつでも助けを呼べるとあらば、これほど心強いものはありません」

 今回は、プルケリアを同行させることはしていない。そろそろ、エピロスの皇帝テオドロスが動き出す頃なので、主要な術士はすべて、エピロスとの戦いに備えてニュンフェイオンに待機させてある。


「ねえ、みかっち。こっちから、テッサロニケをさっさと攻め落としちゃいましょうよ。兵士たちも増えたみたいだし」
「いや、テッサロニケには、今8万もの軍勢が集結しているんだ。この段階でこちらからテッサロニケを攻撃しても、あの都市はアドリアヌーポリと同様に、クリスタルで術の攻撃が効かないところだから、8万もの軍勢でテッサロニケに籠城されると、さすがに分が悪い。
 そろそろ、敵の方が動き出すんじゃないかと思うけど・・・」

 テオドラとそんな話をしていたところ、テッサロニケに侵入していたペトラリファスから、『通話』の術で緊急連絡が入った。
「ペトラリファスです。殿下、宜しいでしょうか?」
「大丈夫だ。何があった?」
「皇帝テオドロスが、自ら8万の軍を率いて、テッサロニケを出発しました」
「セレスに攻め込んでくるのか?」
「いえ、攻略目標は、ブルガリアの首都タルノヴォで、セレスには向かわないそうです。皇帝テオドロスは、兵の数を15万と号し、自分に服従しないブルガリア王イヴァン・アセンを屈服させると檄文を発しています」
「・・・なぜ、わが国ではなく、ブルガリアなのだ?」
「正確な理由は分かりませんが、皇帝テオドロスは、殿下と自ら戦うのを恐れたのではないかと思われます。ブルガリアなら弱国なので、まずブルガリアを叩くことで、自らの勢威を回復させようと考えているのではないでしょうか」


 僕は、軍幹部を招集し、作戦会議を開いた。
「先程、ペトラリファスから報告が入った。皇帝テオドロスは、約8万の兵を15万と称して、わが国の同盟国である、ブルガリアの討伐に向かったそうだ」
「なんで、こっちじゃなくてブルガリアなのよ?」
「正確には分からない。ペトラリファスの報告だと、僕と直接戦うのを恐れたのではないかということだが、これはペトラリファス自身の想像に過ぎない」
「殿下、わが国がこれを迎え撃つとなると、タルノヴォにある移動拠点から出撃して正面から迎え撃つか、それともセレスから出撃して敵の背後を突くかの二択になると考えられますが、どちらの作戦になさいますか?」
 ラスカリス将軍の問いに、僕は即答した。
「セレスから出撃し、敵の背後を突く。その方が、敵の不意を突けるし、逃げ道も塞ぐことが出来る」


「ご主人様、行かないでください、なのです・・・」
 またもや、マリアが僕に泣きついてくる。
「大丈夫だから。負けやしないから」
「でも、今回の敵は、15万人もいると聞いたのです。危険なのです」
「マリア、戦いは兵の数じゃない。そのことを敵に思い知らせてやるよ」

 僕は、何とかマリアを宥めた後、軍をセレスに集結させた。
「・・・ヴァタツェス将軍、ちょっと具合が悪そうだね」
「いえ、殿下。大したことはございません。ただ、私も結構な歳なもので・・・」
「では、ヴァタツェス将軍には、前回と同様、諸侯たちの軍を率いてセレスの守備をお願いします。コンスタンティノス、ヴァタツェス将軍に何かあったときには、代理で指揮を頼む」
「畏まりました、殿下」

「ところでコンスタンティノス、テッサロニケに残っている守備隊は、どのくらいか?」
「約2千人のようです」
「ずいぶん少ないな」
「私の率いるセレスの守備隊が約2千人なので、それに合わせたのではないかと思われます」
「それであれば、機を見てテッサロニケを攻め落とすことも出来そうだな。城内に協力者もいるし」
「その件については、このヴァタツェスにお任せくださいませ。老骨と言えども、そのくらいの仕事は成し遂げて見せまする」
「分かりました。ヴァタツェス将軍、くれぐれも身体をお大事に」


 こうして、僕はヴァタツェス将軍とコンスタンティノスらを残し、直轄軍を率いて、皇帝テオドロス率いる軍の後を追った。軍の増強で兵士数などに変化があったので、改めて今の陣容を確認する。


 ヴァリャーグ近衛隊は、新兵の雇い入れにより、兵士数が約5千人から約8千人に増加した。
 総司令官は、マヌエル・ラスカリス将軍。今年で48歳。軍総司令官代理という肩書も持っており、僕に何かあったときは、ラスカリス将軍が僕の代理で全軍の指揮を執る。
 近衛隊は千人単位の8部隊に分かれており、第2部隊以下には千人隊長を置いている。
 副司令官兼第2部隊の隊長は、お馴染み『ビザンティオンの聖戦士』こと、テオドロス・ラスカリス。
 彼は今年で25歳になり、自分の手で皇帝テオドロスを討ち取って見せると息巻いている。プルケリアに求婚中で、独身だが既に庶子はいるらしい。
 第3部隊は、テオドロスの弟イサキオス・ラスカリス。今年で19歳。武勇では兄に若干劣るが、兵の指揮能力に問題は無く、兄と異なり青学派の神聖術も習得している。
 第4部隊は、同じくテオドロスの弟アレクシオス・ラスカリス。今年で16歳。昨年の対エピロス戦で初陣を経験しているが、部隊の指揮を任せるのは今回が初めてとなる。
 第5部隊は、バルダス。今年で30歳。
 第6部隊は、バルダスの弟ベッコス。今年で27歳。
 第7部隊は、イングランド出身のジョフロワ。今年で33歳。
 第8部隊は、ノルマンディー出身のギヨーム。今年で32歳。
 なお、500人単位の分隊制については、あまり意味が無いので廃止している。


 ファランクス隊も、新兵の雇い入れにより、兵士数が約5千人から約8千人に増加。ファランクス隊も、千人単位の8部隊に分かれている。
 総司令官は、アレスことアレクシオス・ストラテゴプルス。今年で24歳。女性にモテるが、結婚はまだ考えていないらしい。
 副司令官兼第2部隊隊長は、ロシア出身のドミトリー。今年で43歳。
 第3部隊と第4部隊の隊長は、特に目立ちそうな人物ではないので省略。
 第5部隊の隊長には、ブラナス家の生き残りであるアンドロニコス・ブラナスが就き、主にブラナス一族の残存兵を率いている。彼は今年で22歳。

 ファランクス隊の隊長には、今回から千人隊長に抜擢した人物が3人いる。
 第6部隊の隊長、ドミトリーの息子ウラジーミル。今年で18歳。
 第7部隊の隊長、ブルガリア人のヨルダン・イヴァノヴィッチ。今年で20歳。
 まあこの2人は、軍歴と戦功を重ねての昇格なので、特に不安はない。

 問題は、第8部隊の隊長にして、ニケーア総督バルダス・アスパイテスの息子、コンスタンティノス・アスパイテスである。彼はまだ14歳だが、同じ年のパキュメレスが既に各方面で活躍していることに触発され、自分も軍を率いて戦いたいと言って聞かず、結局老練の補佐役を付けた上で、隊長を任せることになった。
 彼は非常に勉強熱心で、神聖術も適性74、青学派の博士号も取得済み。武勇もそれなりに優れており能力的に問題はないと思うが、今回が実質的な初陣なので、ちょっと心配である。


 ムハンマド常勝隊も、トルコ人の投降者が加わったことなどにより、兵士数が約3千人から約6千人に増加した。千人単位の6部隊に分かれており、総司令官はメンテシェ、今年で26歳。
 副司令官はヒジール・ベイ。今年で34歳。彼は当初、若いジャラールの補佐役に付けていたが、どうやら補佐は必要ないということで、ムハンマド常勝隊の副司令官に回した。

 騎士隊も、エピロスから投降した兵や新兵雇い入れの結果、600騎から約1000騎に増加。
 司令官は、ティエリ・ド・ルース。今年で25歳。武勇ではテオドロスの良きライバルで、愛妻家としても知られている。
 騎士隊に付き従う従兵の数も、同じく1400人から約2000人に増加。
 司令官は、ティエリの腹心ティボー。今年で33歳。彼もなかなかの強者である。

 暗黒騎士隊は約1000騎。若干新人が加わった程度で、人数に大きな変化はない。
 司令官は、マヌエル・コーザス。今年で26歳。
 副司令官は、ユダ・ガーロス。今年で15歳。
 元スリだったあの少年も、今では立派な将官の1人である。

 新兵器ロングボウを導入した弓兵隊は、1500人から3000人に増加。
 司令官は、アンドロニコス・ギドス。今年で39歳。
 弓兵隊も人数が増えたので、千人単位の3部隊に分かれ、2人の千人隊長がいる。

 今年26歳のジュアン・ド・ムンタネーが率いる、カタルーニャ人石弓隊も、若干増員して約2000人に増加。副司令官が1人いる。


 弓騎兵隊は、大きく4部隊に分かれており、普段は各駐屯地で生活している。
 マイアンドロス河畔で暮らすクマン人部隊は、投降者やモンゴルから売られてきた奴隷兵、自然増などを加え、約4000騎に増えた。
 司令官はダフネ、今年で14歳。まだ少女と言って良い年齢だが、今更彼女の指揮能力を疑う者は、軍の中には誰もいない。
 副司令官はシルギアネス、今年で35歳。
 彼らの部隊も、いくつかの小隊に分かれているが、詳細はダフネに任せている。

 ブルガリアのボリルから奪った、トラキア地方に駐屯する別のクマン人部隊も、約2000騎から約3000騎に増加した。
 司令官はマナスタル、今年で27歳。彼も使ってみたところ、指揮能力に問題は無さそうである。

 アジア南西部のトルコ人弓騎兵部隊は、約2000騎から4000騎に増加。
 司令官はジャラール、今年で19歳。彼は若いながらに優れた司令官であり、バラバラだったトルコ人部族をよくまとめている。
 なお、彼の育ての親である、今年40歳のナサウィーは、もともと学究肌ということもあり、駐屯地の留守番役を務めている。

 アジア北西部のトルコ人弓騎兵部隊は、約2000騎から5000騎に増加。
 彼らを統括しているのは、今年で52歳になるエルトゥルル・ベイだが、今回も実際に指揮を執るのは彼の七男にあたるオスマン、今年で22歳。
 彼の部隊もいくつかの小隊に分かれており、部隊長は各部族の長が多い。


 合計すると47,000人になるが、端数を省略しているので、実際の総兵士数は4万8千人を若干上回るくらいである。 
 ・・・今回は、各司令官の年齢まで含めて紹介したが、どんどん人数が増えていくので、定期的に確認しておかないと、僕も理解が追いつかなくなってしまうのだ。

 あと、主な女性術士には、テオドラ、イレーネ、プルケリアの『三傑』のほか、エウロギア、ルミーナ、ソーマちゃん、そしてテオファノがいる。パキュメレスなどの年少組も随行しており、軍に随行する非戦闘員は、約1万2000人にのぼる。


「イレーネ、皇帝テオドロスの兵力を調べてくれる?」
「了解した」
 イレーネは、いつものように杖を振って、検索を始める。

「・・・皇帝テオドロスの率いる軍は、兵士数が81,686人、随行する非戦闘員が33,284人。兵士のうち騎兵は5,211騎、残りは歩兵」

「何か、非戦闘員の数がやたらと多くない? うちは騎兵が約2万もいるから、必要な非戦闘員もそれだけ多くなるんだけど、向こうの騎兵は、むしろうちより少ないよね?」
「皇帝テオドロスは、自分の妻子を同行させているほか、皇帝としての権威を示すため、多くの従者を同行させている。また、自分がブルガリアを征服することを前提に、ブルガリアを統治するための文官たちも同行させている」

「つまり、相手がブルガリアだと思って、なめてかかっているわけか」
「・・・少なくとも、皇帝テオドロスは、わが国の軍を相手にすることは想定していない」

「コーザス、ユダ。そなたたちは先行して、皇帝テオドロスの軍に紛れ込み、かねてからの打ち合わせどおり、工作活動を始めよ。そなたたちの力を見せてやるのだ」
「「畏まりました、殿下」」

 僕は、暗黒騎士隊を敵に潜入させる一方、今回は敢えて急がず、皇帝テオドロスの軍を追った。なお、移動拠点を作ってマリアの許へ戻るのは、2日に1回くらいに自制し、そうでない日の夜は、イレーネと一緒に過ごしている。

「ねえみかっち、今回は速攻で片付けちゃうんじゃないの?」
「今回は、敵の方が数が多いから、じっくりと敵を弱らせる。テオドラにも、たぶん面白いものを見せてあげられるよ」

第14章 クロコトニッツァの戦い

 皇帝テオドロスの軍は、ブルガリアの首都タルノヴォに向けて進軍していたものの、徐々に行軍速度が落ち、ブルガリア南部のクロコトニッツァというところで、ついに進軍が止まった。
 なお、ブルガリア王イヴァン・アセンから援軍要請が来たとの連絡が入ったが、既に援軍に向かっているから心配するなと伝えさせている。

「・・・そろそろ頃合いかな」
 僕は、暗黒騎士隊に帰還を命じ、工作活動の成果について報告を受けた。
 そして、皇帝テオドロスの軍から程よく離れた場所に陣を張り、軍の幹部たちを集めて、作戦会議を開いた。

「まずイレーネ、今の敵軍の数を調べてくれ」
「・・・兵士数65,967人。非戦闘員の数は24,185人」
「みかっち、最初に調べたときより、ずいぶん減ってない?」
「そう。これは、暗黒騎士隊による、様々な工作活動の成果だよ」
「・・・一体、あの連中に何をやらせたのよ」

「一言で説明するのは難しいが、まずエピロス軍のうち、皇帝テオドロス直属の兵士と呼べる存在は、もともと5千人くらいしかしない。それ以外は、国内の貴族たちに従う私兵たち、金に物を言わせてかき集めた傭兵たち、そして同盟国であるアカイア公国、アテネ公国、セルビアから集めた兵士たち。軍としての結束力は、初めから弱い」
「・・・それで?」
「面倒なので、いちいち敵将の個人名は挙げないが、皇帝テオドロスの部下で、多くの私兵を持っている有力な将軍が3人おり、それぞれ功績を争っていた。これを仮に将軍A、将軍B、将軍Cとして、何を行わせたのかを説明する。

 まず、兵士の中に、勇敢だが素行の悪い将軍Aの息子に恨みを持っている兵士がいたので、簡単な心理操作の術を使ってその兵士を唆し、将軍Aの息子を殺害させ、その一方で暗黒騎士隊は、その息子の殺害は将軍Bの仕業だとの噂を流した。
 将軍Aの部下たちは、当然将軍Bに恨みを抱き、彼を殺したいと思うようになった。その何人かに、やはり簡単な心理操作の術を使って、将軍Bを暗殺させた。暗黒騎士隊は、将軍Bの暗殺は将軍Aの仕業だと噂を流し、もはや術を使うまでも無く、将軍Bの旧部下たちは、将軍Aを惨殺した。
 そして、暗黒騎士隊は、将軍Aと将軍Bの死は、その後皇帝テオドロスの許で軍総司令官に任命された将軍Cが、すべての黒幕であるとの噂を流した。将軍Aと将軍Bの旧部下は、将軍Cに深い恨みを抱き、もはや術を使うまでも無く、将軍Cはまもなく将軍Aの旧部下によって暗殺された。

 同盟国である、アカイアやアテネ、セルビアから来た軍の司令官に対しても、もちろん同じような工作を行った。その結果、皇帝テオドロスの率いる兵士たちのうち、まともに軍の指揮を取れる司令官はほぼ全員が殺されており、兵士たちは敵と戦うより、味方同士でのいがみ合いに夢中になっている」

「・・・何よそれ?」
 説明を聞きながら、軽く震えているテオドラや他の幹部たちをよそに、僕は説明を続ける。

「工作はそれだけではない。暗黒騎士隊は、夜陰に紛れて食料の輸送隊に火を放ち、これによって皇帝テオドロスの軍は、深刻な食料不足に陥った。そして暗黒騎士隊は、放火の犯人は同盟国であるセルビア人の仕業であり、彼らは皇帝テオドロスを裏切って、同じスラブ民族であるブルガリアに寝返ろうとしているという噂を流した。
 深刻な食料不足に陥ったテオドロスの軍は、もともと貧しいブルガリアの住民から食料を徴発しようとし、ブルガリアの住民たちを敵に回し、彼らのゲリラ的な抵抗活動にも悩まされることになった。また、飢えのあまり、食料輸送用の牛や軍馬まで食べてしまい、残っている騎兵はほとんどいなくなった。

 さらに、暗黒騎士隊は、軍の兵士たちが飲み水に使っている川や井戸に毒を投げ込み、これによって兵士たちが死亡すると、犯人はラテン人の皇帝ピエール・ド・クルトネを獄死させた皇帝テオドロスに恨みを持っている、アテネやアカイアの兵士たちの仕業であるという噂を流した。
 皇帝テオドロスは、軍を崩壊させないため、これらの噂を信じないふりをしているが、部下たちの多くはその噂を信じた。彼らは、誰かがお前に矢を射かけるかと、怯えて怯えて夜も眠れない。誰かがお前に毒を盛るかもと、怯えて怯えて水も飲めないね、そんな状態に陥っている」

「・・・殿下、たしか以前歌って頂いた曲の中に、そんな歌詞がありましたね」
「ソーマちゃん、今は中島みゆき様の歌の話はいい」

「みかっち、いつもの鬼畜外道ぶりに、磨きがかかっているような気がするんだけど」

「何を言っているんだ、テオドラ。これはローマ人の伝統なんだよ」

「なんで、そんなのがローマ人の伝統なのよ!?」


「他の者たちも聞いておけ。ヘラクレイオス帝の時代以後、ローマ帝国は多くの領土を失い、残る領土は聖なる都のほかは、ほとんどアジアだけになった。そしてローマ人の軍隊は弱く、アラブ人の軍と正面から戦っても、勝つことは出来なかった。そのように絶望的な状況の下でも、ローマ人は何とか生き延びなければならなかった。

 そのため、当時のローマ人たちは、自分たちが生き残るためなら、どんなに卑怯な策略でも、ためらうことなく使った。余は、部下たちと共に帝国の歴史を調べているうちに、著者は明らかではないが、おそらくこの困難な時代に書かれたと思われる、戦術の手引書が見つかった。

 その手引書は、軍事力のみで勝つより、戦略や策略で敵を破るほうが良く、そもそも正面戦争を避けるのが最良の策であると説いていた。具体的には、敵の陣営に偽りの報告や噂をまき散らせ、それによって敵の士気を挫け。別の戦争におけるちょっとした勝利を大幅に脚色して伝え、それによって兵士たちを勇気づけよ。もし、味方の兵士たちが脱走したら、彼らは工作員であるとほのめかす手紙が敵の手に入るようにせよ。そのような策略の数々を勧められていた。

 この手引書が示しているように、ローマ人はラテン人などと異なり、自らの国家と民を守るためなら、いかなる手段も正当化する。そのようにしてローマ人は、長い困難の時代を生き抜いてきたのだ。
 そして、コーザスとユダの率いる暗黒騎士隊は、そうしたローマ人の正統なる末裔であり、さらに余の生まれ故郷に存在したニンジャの伝統、そして神聖術の力を加え、強力な特殊工作部隊となった。

 彼らは神聖術を使うが、その適性はテオドラのように高くは無く、多くの者は適性60台、高い者でも70台に過ぎない。それでも、密かに憎い相手を殺したいと思っている人間に、理性のタガを外させ、殺人を実行に移させる程度の心理操作は、適性50台の術士でも使うことが出来る。
 たとえ個人としての力は弱くとも、そうした特殊訓練を受けた術士たちが千人も集まって組織的に行動すれば、たとえ敵が8万の大軍でも、ほとんど無力化することが出来る。逆に、屈強な兵士たちが8万人集まっても、軍としてのまとまりがなければ、彼らは単なる人間の寄せ集めに過ぎず、何の力も発揮することが出来ない。

 諸君は、明日の戦いで、そうした現実を目の当たりにすることになるだろう。ただし心せよ。諸君らも、各々の立場と役割をわきまえず、勝手な行動に走れば、そのうち彼らと同じような運命を辿ることになる」

 僕がそこまで説明したところで、かつて軽騎兵不要論を唱えていたアレスとジャラールが、マヌエル・コーザスに謝罪した。
「コーザス殿、私は重大な勘違いをしておりました。ローマ人の伝統とは、本来そのようなものだったのですね。かつて、コーザス殿の部隊が不要などと暴言を吐いてしまった事、何卒お許しください」
「コーザス。俺も、真のローマ人がどんなに恐ろしいものか、知らなかったぜ。使い物にならないなんて言ってしまって申し訳ない」
「アレス殿、ジャラール殿、分かって頂ければ良いのです。・・・それに私自身も、まさかここまでの部隊になるとは、想像もしておりませんでしたから」

「和解が成ったところで、明日の作戦を説明する。敵は斥候を放つこともせず、後方にいる我が軍の存在にも、今だ気付いていないようだ。
 戦闘は、いつものとおりテオドラやプルケリアの術で敵に先制攻撃を加え混乱させた後、ヴァリャーグ近衛隊、ファランクス隊、ムハンマド常勝隊は正面から、騎士隊とその従士隊、クマン人弓騎兵隊は左側面から、トルコ人弓騎兵隊は右側面から攻撃を掛け、敵を三方向から包囲し殲滅する。
 敵には非戦闘員も多いので、戦わず降伏を選ぶものについては、みだりに殺さないように。また、相当に弱体化しているとはいえ、数ではまだ敵軍の方が多い。各部隊とも、自らの役割をしっかりと果たし、功を焦ってむやみに突出することの無いようにせよ」


 その後、僕は各部隊に具体的な指示を与え、作戦会議を終了し明日の戦いに備えた。

 そして翌日。敵は僕のいる歩兵隊の存在にようやく気付き、何やら戦闘準備のようなものを整え始めたが、その動きは鈍い。エピロス軍は食料も水も睡眠も不足し、友軍同士のいがみ合いに明け暮れ、相当に弱体化しているようだ。


「みかっち、集団の力なら、あたしたちも負けてないわよ。ようやく、あたしの四天王のメンバーが揃ったから、この場で紹介するわ」
「ああ、本当に四天王作ったんだ」
「四天王の筆頭はルミーナ、適性は87。次席はソーマちゃん、適性は85。この2人は、みかっちも当然知ってるわね?」
「まあね」
 ちなみに、テオドラは今年で21歳、ルミーナは22歳、ソーマちゃんとテオファノは今年で17歳になる。

「そして3人目は、エウドキア・カストモナイティア! あたしの又従妹にあたる子で、おじいちゃんのテオドロス・カストモナイテスは、父上の許で実質的な宰相を務めた、とっても偉い人なのよ。ちなみに適性は82で、今年で15歳になるわ」
「はあ」
「そして4人目は、アンナ・コムネナ・ドゥーカイナ・アンゲリナ・コントステファニア! 彼女の高祖父アンドロニコス・コントステファノスは、マヌエル帝の時代に活躍して『完全無欠のヒーロー』と評された名将で、曽祖父のステファノス・ドゥーカス・コントステファノスも、アンドロニコス帝の時代に軍人として活躍した人なの。
 そして、由緒正しき帝室、コムネノス家とドゥーカス家、アンゲロス家の血筋も引いているアンナは、テオドラ四天王の最後を飾るに相応しい、由緒正しき貴族の令嬢なのよ! ちなみに適性は81、今年で14歳ね」

「・・・どうでもいいけど、名前があまりにも長すぎない?」
「何言ってんのよ、みかっち。名前こそが、由緒正しき貴族の証しなのよ。ただ、エウドキアとアンナはまだ赤学派の博士号取ってないから、正確にはまだ四天王候補だけどね。それじゃあ、四天王の決めポーズ行くわよ!」

「「我ら、テオドラ皇女様四天王、ここに見参!」」
 4人は声を揃えて、テオドラの両脇に並んで、何となく戦隊モノを思わせるポーズを決めた。もっとも、ソーマちゃんはちょっと恥ずかしがっていて、四天王に入っていないテオファノは、ちょっと羨ましそうに4人を眺めていた。
「いっそのこと、テオファノも入れてあげて、五大将とかにすれば?」
「何言っているのよ! テオファノは、あたしにとって唯一の妹だから、別格よ」
「・・・もういいや。分かったから、そろそろ攻撃お願い」

 こうして、術士たちの連続攻撃が始まった。
 ルミーナのファイアー・アート、ソーマちゃんの炎の矢、そしてまだ独自の術を開発していないエウドキアとアンナのエクスプロージョン、テオファノの雷撃、そして白属性であるプルケリアとエウロギアが放つ無数の氷の弾丸が、容赦なくエピロスの軍勢に炸裂した。

「そして真打ちはこのあたし! 喰らえ、必殺のメテオストライク!」
 エピロス軍に、十数個くらいの隕石が降り注ぎ、混乱したエピロス軍は、もはや軍をしての体裁を成していなかった。
 ・・・というか、これだけで十分オーバーキルだろ。兵士たちの出番あるのか?

「全軍突撃!」
 僕が号令を発すると、これまで術の威力を見て呆然としていた僕の軍は、気を取り直して突撃を開始した。生き残った敵は逃げ惑うだけで、抵抗しようとする敵はほとんど見当たらない。
 そんな中でも、皇帝テオドロスはまだ生きていたらしく、馬に乗って逃げようとしたが、彼を狙っていたテオドロス・ラスカリスに追いつかれた。

「俺様は、ビザンティオンの聖戦士、テオドロス・ラスカリス様だ。勝手に皇帝を名乗る、・・・テオドロス何とかとやら、真のテオドロスの名を賭けて、俺と勝負しろ!」

 をい。ライバル視するなら、相手の名前くらいちゃんと覚えてやれよ。一応、フルネームでの名乗りは、テオドロス・コムネノス・ドゥーカスで、パターンさえ理解できれば、そんなに覚えるの難しい名前じゃないんだから。

・・・ちなみに、僕の言う「パターン」というのは、この国ではコムネノス家とドゥーカス家による王朝が100年以上長く続き、主だった貴族は皆コムネノス家とドゥーカス家の血を引いているので、貴族たちは皆コムネノス、ドゥーカス、またはその両方を名乗りたがるということである。
 さっき出て来たコントなんとかも、コムネノスとドゥーカスの女性型、それに現皇帝の家系であるアンゲロスの女性型を名乗りに加えていたから、あんな長い名乗りになったのである。これさえ頭に入っていれば、長い名前でも、比較的混乱することなく頭に入ってくるのである。


 僕が、心の中でテオドロスに突っ込みを入れていると、どうやら皇帝テオドロスは、一騎討ちの挑戦を受けることにしたらしい。まあ、仮に逃げたとしても、僕が『風魔』でとどめを刺すだけだが。
「お前がテオドロス・ラスカリスか。相手に不足はない。いざ勝負!」

 とは言え、皇帝テオドロスは、肉体的にも精神的にも疲れ切っていたのか、戦いはわずか3合ほどで決着が付き、皇帝テオドロスは、同じ名前のテオドロスにとどめを刺された。
 勝った方のテオドロスは、高らかにこう宣言した。

「皇帝テオドロス、このテオドロス・ラスカリスが討ち取ったぞ!」

「・・・なんか、すごくややこしいんだけど」
「テオドラ、それは仕方ないよ。この国では名前のバリエーションが少なくて、歴代皇族の中にもイサキオス・コムネノスっていう人物が3人も出てきて、与えられた爵位まで同じだから区別の付けようがないって、歴史書の編纂グループが嘆いていたくらいだから」

 そこまで言ったところで、僕は星3つの要件を満たすかどうかが気になった。これだけ大きな戦いで星3つを取れれば、結構な数の結晶をもらえそうな気がする。
「イレーネ、敵味方の死傷者数は?」
「味方の死者はいない。敵は3,589人が降伏し、残りの者は全員死亡。逃げ延びた者はいない」
「皆の者、今回も完全勝利達成だ! 聖なる都への道が、また一歩開けたぞ!」
 僕の声を聞いて、味方に「エスティンポリ!」の歓声が響き渡った。

「あと、パキュメレス。今回も戦勝の情報を流してくれ」
「はい。総勢15万の敵軍を、わずか5万足らずの我が軍が、獅子のように勇猛果敢な戦いぶりで打ち破り、皇帝テオドロスを戦死させた一方、味方の死者は1人もいなかったと触れて回れば宜しいのですね」
「パキュメレスも、だんだん分かって来たね」
「・・・それは、みかっちに毒されて来たって言うのよ」


 テオドラのナンセンスな突っ込みはともかく、僕は結晶をいくつもらえるか気になったので、その晩はマリアの許へ帰るのを我慢し、イレーネと一緒に過ごした。
「・・・あなたには、神聖結晶が6つ届いている」
「おお!」
 これで、僕の神聖術適性は、87から89に上昇。
 夢の90台まで、あともう一歩だ。

第15章 征服作戦

 世界暦6758年5月。僕たちの軍は、テッサロニケに集結していた。

 クロコトニッツァの戦いで完全勝利を収めた後、僕の軍では若干の混乱があった。
 移動拠点という便利なものがある以上、わざわざセレスまで歩いて戻る必要もないし、征服するわけでもないブルガリアに用は無いので、移動拠点を使って軍をセレスに移動させることにしたのだが、さすがに、非戦闘員を加えて6万人を超える人数を移動させるには、相当の日数がかかる。
 僕は、その間くらいはいいだろうと思って、ニュンフェイオンに戻り、いままで堪え気味だったマリアとの子作りに夢中になっていたのだが、その間に戦勝の報を聞いたヴァタツェス将軍が、皇帝テオドロスの首を持ってテッサロニケに進軍し、皇帝テオドロスの軍が全滅したとの報に恐怖したテッサロニケは、戦わずして城門を開いた。

 テッサロニケにも、直ちに移動拠点が作られ、僕の軍は急遽、セレスではなくテッサロニケに移動させることになり、その過程で若干の混乱が生じた。落ち着きを取り戻した僕は、テッサロニケへ向かおうとしたが、大軍の移動により移動拠点が大渋滞となり、僕も順番待ちをさせられることになった。
 結局、全軍がテッサロニケに集結するには、クロコトニッツァの戦いから約10日を要した。

「・・・殿下、あの大勝利に比べれば大した問題ではございませんが、殿下自ら真っ先にセレスに戻られ陣頭指揮を執っておられれば、おそらくこのような混乱は起きませんでしたぞ」
「・・・ラスカリス将軍、すまない」
「再びこのようなことが起きませんよう、殿下お気に入りの女性を、殿下専用の娼婦として2、3人ほどお召し抱えになり、戦場に同行させてはいかがでございますか?」
「いや、それは駄目! それだけは勘弁して!」
「・・・あくまでマリア1人にこだわられるのが、殿下にとって唯一の欠点でございますな」


「それでは殿下、こちらの娘はいかがでございましょう?」
 そんなことを言ってきたのは、有力貴族の1人、ヨハネス・カンタクゼノスだった。
 ・・・しばらく名前を出さなかったので、忘れた読者さんの方が多いかも知れないけど、第1話から登場している貴族で、僕の配下としてプルサとアビュドスの総督を歴任し、また自分の長女を僕に差し出そうとした人物でもある。

「・・・その娘は?」
「この者は、私の次女、マリアでございます。長女のテオドラは、既にヨハネス・ペトラリファスに嫁がせましたが、私にはまだまだ娘がおりまして、1人くらいは殿下のお側にお仕えさせたいと思っております」
 マリアという名前らしいその少女は、見た目15歳前後で、確かに結構可愛かった。
 ・・・いや、駄目! こんな誘惑に乗ったら!
「いや、カンタクゼノス、別に名前がマリアであればいいという問題じゃないから!」
「ですが、殿下の反応を見る限り、むしろお気に召されたように見えましたが?」
「確かに可愛い娘だとは思うけど、僕にとってのマリアは1人だけでいいから!」
 ・・・その後、カンタクゼノスの娘マリアを熱心に勧めてくる、カンタクゼノスや他の重臣たちの説得と、乗り気になってしまっている僕の下半身を必死に抑え、やっと彼らが諦めた後、僕は移動拠点を使って、本物のマリアの許へ駆け込む込むことになった。
 この世界で、マリア1人に貞節を尽くすのはかなり大変である。僕はこの世界で、一生こんな生活を続けられるのか、だんだん不安になってきた。


 ラスカリス将軍とカンタクゼノスのせいで話が脱線したが、問題は皇帝テオドロス亡き後の、エピロス領の接収と統治である。
 アクロポリテス先生が、現在の状況を説明してくれた。
「皇帝テオドロスは、テッサロニケの留守を息子のヨハネスに委ねる一方、弟のマヌエルに、ラリッサを中心とするテッサリア地方の統治を委ね、アルタを中心とするエピロス地方の領地を、従弟のミカエルに委ねておりました。このうち、ヨハネスについては、既にヴァタツェス将軍が始末いたしましたが、他の者はまだ健在です。
 テッサリアはともかく、エピロス地方は皇帝テオドロスの善政もあり、彼の一族を支持する者も未だ少なくありません。いきなり、エピロス地方をわが国の直接統治下に置くのは時期尚早であり、ミカエルが抵抗するのであれば致し方ありませんが、降伏してくるのであれば彼の統治権を認め、アレクシオス・コムネノスと同様に、わが国傘下の専制公として処遇するのが適当でしょう」
「まあ、確かに無理は良くないね」

「一方、皇帝テオドロスに加担した勢力のうち、セルビアについては国王ステファン・ウロシュが未だ健在であり、わが国の宗主権を認めさせれば当面は十分でございましょう。
 他方、ラテン人の支配するアテネ公国とアカイア公国については、未だ聖なる都に居座るラテン人の皇帝を宗主と認めている一方、敗戦で多くの兵を失い、支配基盤が急速に脆弱化しておりますので、この際一気に攻め滅ぼしてしまってはいかがでしょうか。

 アテネ公国とアカイア公国を攻め滅ぼせば、ヨーロッパ側におけるローマ帝国の領土は、セルビアに奪われた地方と聖なる都を除き、概ねイサキオス帝が最初に即位した時期と同水準に戻ります」


「そうすると、セルビアには使者を送って和平を打診し、兵を二手に分け、僕の軍はラリッサを経てアテネ公国とアカイア公国を攻略し、別働隊は西のアルタへ向かい、ミカエルを降伏させるという作戦になるかな」
「殿下、その方針自体に異論はございませんが、セルビアに対しては、もう少し強気に出ても宜しいのではございませんか。単にわが国の宗主権を認めさせるだけでなく、少なくとも、イサキオス帝時代に奪ったわが国の領土については、返還を要求すべきです」
 ヴァタツェス将軍の意見に、他の将校の多くも同意した。

「では、そうしよう。セルビアへの使者には、アクロポリテス先生にお願いします。別働隊の指揮官は、ヴァタツェス将軍にお願いします。アテネとアカイアの攻略には、おそらく5万もの軍勢は必要ないので、ヴァタツェス将軍には、副将としてコンスタンティノスと、直轄軍のうちアレスのファランクス隊とダフネの弓騎兵隊、術士としてエウロギアを付けます。カンタクゼノスには、テッサロニケの総督に転任してもらい、この方面の統治を固めてもらいます。以上で問題ありませんか?」
「それだけの兵力を付けて頂ければ、十分でございます」とヴァタツェス将軍。
「テッサロニケの統治はお任せください」とカンタクゼノス。

「・・・ご命令とあらば使者に参りますが、そこまで強硬な要求となりますと、セルビア側が受け容れない可能性もあると思われますが」
「分かった。では、ペトラリファスには、交渉が決裂した場合に備え、セルビア方面の内偵を進めておいてくれ。セルビアが強硬姿勢を取るのであれば、武力侵攻も辞さない」
「畏まりました。早速内偵を進めて参ります」

 こうして、今後の方針が決まった。一気に片を付けてやるぞ。


第16章 東奔西走

 その後の約4か月は、まるで嵐のように忙しく過ぎて行った。

 僕の率いる直轄軍は、行く先々で教会や貴族たちを攻め滅ぼし、彼らの領土を帝国の直轄地に変えていった。そして、ラリッサを守る皇帝テオドロスの弟マヌエルは、テッサリアの領有権を認めてくれれば降伏すると申し出てきたが、僕が無条件降伏以外は認めないと回答したため交渉は決裂した。
 マヌエルは、住民の協力も得られそうにないので、手勢を率いて僕の軍にやけっぱちの突撃を仕掛けてきたが、わずか3千あまりの軍勢では勝負になるはずもなく、彼の軍はマヌエル自身を含め、全員が壮絶な戦死を遂げた。こんな戦いでも、結晶が1個届いた。

 そして、僕がラリッサに入城した頃、バルセロナに向かっていたネアルコスから救援要請が来た。
「ネアルコス、何があった?」
「ジェノヴァの艦隊が、我々を阻止しようとしています!」
 僕は移動拠点を使って、テオドラ、イレーネ、プルケリアといった術士たちを連れ、現場に急行した。


「あの艦隊は?」
「フィエスキ家と、グリマルディ家の連合艦隊のようです。我々を、バルセロナに入港させたくないのでしょう。船の数では我々の方が多いのですが、海軍としての練度は圧倒的にジェノヴァの方が上です。我々だけでは勝ち目がありません。それに、ジェノヴァは同盟国でもありますので、私の一存で勝手に戦端を開くわけにも参りませんでした」
「何よ、あのくらい。殲滅しちゃいましょ」
 テオドラの言葉に反対する理由も無かったので、僕は攻撃を命じた。帝国海軍は、全軍でジェノヴァ艦隊に突撃し、同時にテオドラとその取り巻きが、片端からジェノヴァ船を焼き払った。
 確かに、船乗りとしての腕はジェノヴァの方が上のようであったが、かつてヴェネツィアの大艦隊を1人で沈めたことのあるテオドラに勝てるはずがなく、最初は100隻ほどいたジェノヴァ艦隊はみるみるその数を減らし、逃げようとした船はプルケリアの術で足止めされ、数で勝る我が軍に制圧された。
 この戦いで、味方の負傷者は出たが、イレーネの素早い治療が効して死者は無く、生き残ったジェノヴァ人は全員が捕虜となったので、星3つの要件を満たすことになった。

「・・・殿下、ジェノヴァ人の捕虜はいかが致しますか?」
「一応は同盟国だ。後でジェノヴァ本国に送り届けて解放してやれ。ただし、二度とわが国に逆らう気を起こさないように、100人のうち1人は片目を潰し、残りの者は両目を潰してやれ。治療を不可能にする呪法は掛けなくていい」
 後は、ネアルコスに任せて問題なさそうだったので、僕たちはラリッサの移動拠点に帰還した。

「・・・神聖結晶は2個か。これで僕も、ついに適性90の大台に乗ったね」
「あなたの結果は祝福する。ただし、適性90に達すると、奇跡の認定も厳しくなる。敵軍4千人以上の戦いでなければ、奇跡とは認定されない」
「適性を1つ上げるのに必要な、結晶の数も多くなるしね」


 ラリッサから進軍を再開した僕は、次にアテネを目指した。
「パキュメレス、今のアテネ公は何という人物だ?」
「アテネ公は、ラ・ロッシュ家に与えられたようですが、当主のオトンがブルガリア遠征に参加して戦死したため、息子のギーが後を継いだばかりのようです」
「兵力は?」
「約5千人を集めるのがやっとのようです」
 アテネ公のギーは、全軍をアテネに集めて守りを固めていたが、ジャラールに1000騎ほどで先行させると、全軍でジャラール隊を殲滅しようと突撃してきた。上手く罠にかかってくれたので、5千の軍は敢え無く全滅。アテネの住民は戦わずに門を開き、アテネ公の一族は幼児に至るまで全員処刑させた。
 一応、結晶1個ゲット。
 アテネには、パルテノン神殿をはじめ、古代からの色々な建物が残っていたのだが、僕は古代遺跡の見学に来たのではない。先を急ぐことにした。


「次はアカイアか。確か、アカイア公はヴィラルドワンだったはずだが」
「ヴィラルドワンは、十字軍に随行してエジプトへ遠征し、現在行方が分からない状態ですので、実質的には当主不在です。ただ、ペロポネソス半島は地形が複雑で、アカイア公国もその全土を掌握しているわけではないようです」
「パキュメレス。出来れば手っ取り早く片付けたいのだが、いい方法はないか?」
「住民の大半は今でもギリシア人ですから、ラテン人の本拠であるミストラの城と、ラテン派の大司教区が置かれているパトラスを攻め落とし、殿下の圧倒的な武力を見せ付ければ、他の町や村の多くは、戦わずに殿下の支配を受け容れるのではないでしょうか」
「分かった。それで行こう」

 ペロポネソス半島に渡るには、コリントス地峡という狭い地峡を越える必要がある。この場所で防備を固められると厄介なので、僕は神速の術も駆使して、最速でコリントス地峡を越えた。

「殿下、あれがアクロコリントスの砦です」
 ラスカリス将軍が指さしたのは、険しい山の上にある小さな砦だった。地形が険しすぎて、攻め昇れる場所がない。
「住民の話によると、ニケフォロス・スグーロスの父、レオーン・スグーロスは、昨年まであの砦に篭り抵抗を続けていたそうですが、援軍の見込みがないことに絶望し、馬ごと自ら身を投げて、亡くなったそうです」
「なんと、あと1年頑張っていれば、助けてやれたのに」
「現在、砦はラテン人の守備兵500人ほどが立て籠もっておりますが、攻略するには兵糧攻めしかございません」
「そんなまどろっこしいこと、やってられるか。テオドラ、あの砦爆破してくれる?」
「みかっち。あの砦って、城壁とかじゃなくて、砦全部?」
「うん。テオドラのやりたい放題ぶっ壊しちゃって」

 こうして、アクロコリントスの砦は、わずか10秒で陥落し、城兵は全員討ち死にした。

「・・・殿下。あの砦は、要害としてそれなりの利用価値があると思うのですが」
「当面必要ないし、山自体はまだ残っているから、必要になったらまた建てればいい」


 さあ次行くぞ。次の攻略目標は、コリントスから距離的に近いパトラスだ。
「・・・パトラスは、籠城策を採るつもりか」
「テオドラ様の噂は振りまいたのですが、町の大司教は、神のご加護があれば大丈夫だと住民たちを励まし、籠城を決めたそうです。住民の大半は、既にラテン派に改宗しているとか」
「・・・神のご加護など存在しないと、見せつけてやるしかないのか」
 僕は不本意ながら、パトラスの強襲を命じた。
 パトラスは、テッサロニケのように強力なクリスタルで守られている町では無いので、テオドラのエクスプロージョンで、城壁はあっけなく破壊された。その後、僕の軍勢がパトラスになだれ込み、パトラスは1日、いや1時間も持たずに陥落した。

「・・・これだから、強襲はやりたくなかったんだよ」
 僕は、半ば廃墟と化してしまったパトラスの町を見て、そう呟いた。
 この世界の戦争ルールでは、強襲によって陥落した町の住民に対しては、罰として3日間にわたる略奪と暴行が許される。また、それは兵士たちにとっての権利でもあるので、僕もパトラスに対する兵士たちの略奪や暴行を、少なくとも3日間は黙認するしかなかった。
 しかも、僕の軍にはイスラム教徒が多いので、教会などはむしろ重点的、徹底的に略奪する。もう、パトラスの町は、当面使い道がない廃墟として放置するしかなさそうだ。

 もっとも、パトラスの運命を聞いて付近の住民たちは驚愕し、直ちに僕に降伏する旨の使者を送って来たので、それがせめてもの救いだった。


「次は、ミストラか。ミストラも籠城するとか言わないだろうな」
 しかし、マナスタルの率いる弓騎兵隊を先遣隊として派遣したところ、敵は上手く乗ってきた。
 突撃してくる敵軍は約6000。結晶1個は取れそうだ。
 戦闘開始直後、テオファノの雷撃を喰らった敵軍は、名前も知らない総大将らしき人間を僕が『風魔』で討ち取ると、それだけで降伏してきた。ミストラの城も、戦わずに城門を開いた。
 そんな戦いでも、一応結晶は1個送られてきた。

「地図によると、確かあのあたりに古代都市スパルタがあったはずなのですが・・・」
「一応、遺跡らしきものは若干残っているけど、ほとんど石の塊ばっかりだね」
 僕とパキュメレスが、眺めの良いミストラの城でそんな会話を交わしていた。

「この辺で、まだ僕に逆らってくるところはありそう?」
「もうなさそうです。ただ、総督候補として送れる適任の者がいないので、当面は降伏してきた者たちにそのまま統治を委ねるしかありませんが」
「まあ、移動拠点さえ作っておけば、後は何とかなるよ。あと、アクロポリテス先生からは、何か連絡来てる?」
「私に対する私信ですが、セルビアの王ステファン・ウロシュは、今だ3万の兵を温存しており、セルビア人も屈強であるため自信を持っており、交渉は難航しているということのようです」
「ふざけるな。今すぐセルビアをぶっ潰す。テッサロニケに全軍を移動させるぞ。あと、アクロポリテス先生には、交渉はもういいから戻って来いと伝えてくれ」
「・・・分かりました」


 僕は、移動拠点でテッサロニケに軍を返し、そのままセルビア王国の首都があるという、スコピエに向かって軍を進めた。
「コンスタンティノス、アルタはまだ落ちてないのか?」
「交渉の末、先日ミカエルが降伏してきました。ただいま、戦後処理をしているところです」
「遅い! これからセルビアに侵攻するぞ! 終わったらすぐに来い!」

 僕は、別働隊の到着を待たず、イサキオス帝時代にセルビアに奪われたという領土を、次々と奪い返して行った。
「みかっち、今回やたら行動が速くない?」
「その方が、テオドラも活躍の場が多くていいでしょ」
「まあ、それはそうだけど、なんかイライラしてるというか」
 ・・・実を言うと、マリアとの子作りを2日に1回くらいで我慢しているため、欲求不満でストレスが溜まっているのだ。

 僕の軍は、あっという間にスコピエの近郊にまで迫り、セルビアはやっと迎撃の軍を繰り出してきた。
「どちらも、軍勢はおよそ3万人か。互角の戦いができそうだね」

 スコピエの戦いでは、さすがにセルビア軍も戦う前からボロボロという状態ではなかったが、急な出撃であるため準備が整っていなかった。
「・・・この戦いで星3つを取れるかどうかで、僕と我が軍の実力が試されるな」
「みかっち、何か言った?」
「別に。テオドラ、いつも通り術の攻撃お願い」

 戦いは、ジャラール隊の囮作戦で敵軍をスコピエから引き離し、テオドラなどの術で痛めつけた後、包囲殲滅するというもの。エピロス軍よりは骨のある相手だったが、兵士たちもよく戦い、見事に敵軍を1人も逃がすことなく、殲滅ないし降伏させた。
 ・・・結晶は3個。やはり、判定が厳しくなっているな。一応、適性は91に上昇。

 降伏してきたステファン・ウロシュには、セルビアの専制公を名乗ることは認めたが、帝国に逆らった罰としてその領土を大幅に削り、高めの貢納金も課した。
 まだ季節は7月。もう1戦くらいは戦えるな。

「殿下、セルビアの先にあるボスニアでは、ボゴミール教徒が多い関係で、わが国による支配を望む者がかなりおります。セルビアとライバル関係にあったラグーザもわが国に協力的であり、ボスニアは容易に征服できるかと思われます」
 ちょうど、ペトラリファスがそんな報告をしてきた。
「よし、次の標的はボスニアにしよう」
 僕は、スコピエに移動拠点を築き、ヴァタツェス将軍率いる別働隊と合流し、ボスニアに進撃することにした。

「殿下、いくら何でも征服のやり過ぎでございます! 統治が追いつきませんし、次から次へと敵が現れて、きりがございませんぞ」
「分かりましたよ、アクロポリテス先生。今回は次で最後にします」


 港町ラグーザは、進んでわが国の衛星国となり、ボスニアの住民も僕たちに協力的で、ボスニア地方の首都であるサラエボは、あっけなく陥落した。ただし、ボスニアはマジャル王国の主権下にあり、マジャル軍がボスニアを奪回しようとして攻め込んできた。

「イレーネ、マジャル軍の規模はどのくらい?」
「総勢35,688人。クマン人の弓騎兵が多い」
「よし、十分勝てる相手だな」
「・・・殿下、この戦いには勝てるとしても、マジャル王国との全面対決は避けた方が宜しいですぞ。モンゴル軍の攻撃で荒れ果てているとはいえ、マジャルはかなりの大国です」
「分かっている。アクロポリテス先生、マジャル王国には、ニケフォロス・スグーロスを既に使者として送っています。マジャル王ベーラ4世には、わが国のボスニア領有権を認めさせること以外、何も要求しません。この戦いに惨敗した後であれば、マジャルも和平に同意するでしょう」


 マジャル軍は、兵力増強のために迎え入れられたクマン人が、国内で差別されているという不安要素を抱えていた。僕がそれを見逃すはずがなく、1万を超える数のクマン人弓騎兵は、戦いの途中で僕の側に寝返ってきた。これで戦いの趨勢は決まり、逃走を始めたマジャル軍は、クマン人とトルコ人の弓騎兵隊にとっていいように虐殺され、本国まで逃げられた者は誰もいなかった。
 この戦いで結晶3個ゲット。適性92。

 マジャル王国との和平も成立し、マジャル王はローマ皇帝を兄として仰ぐことになった。征服したボスニアの総督にはコンスタンティノスを任命し、僕が軍と共にニュンフェイオンに戻ってきた頃には、年が変わって、世界暦6759年の9月になっていた。
 僕が、このビザンティン世界に来て、これで7年目になる。

第17章 女たちの嫉妬

 こうした征服戦争の最中、僕は2日に1回くらいの割合で、夜だけはニュンフェイオンにいるマリアの許に戻り、マリアと一夜を過ごしたが、それ以外の夜はイレーネと一緒に過ごした。マリアが生理休暇中のときもイレーネと一緒だったので、イレーネと一緒だった日の方が多い。
 もっとも、マリアとは会うたびに子作りをしているけど、イレーネとは、最後の一線だけは越えていない。イレーネは、そんな立場に黙って満足してくれるような女の子では、全く無かった。

「・・・どうして、私とは子作りしてくれないの?」
「だから、何度も言っているとおり、僕の国では二股をかけるのは駄目だから」
「あなたの守っている規律は、全く意味がない。あなたの国の法律を詳しく調べてみたところ、妻がいる場合、妻以外の女性との間では、子作りでは無くても、このように裸で抱き合って愛し合う行為をしていれば、既に不貞行為とみなされる」

「そんなことは分かってるよ。ただ、日本では、奥さんと子作り出来ないときは1人で済ませることもできるけど、この国では1人でするのは絶対ダメっていうから、他の女の子に気持ちよくしてもらうのは仕方ないかって、妥協しているだけ」
「そうであれば、もう一歩妥協して、私とも子作りをすればいい。私もあなたも満足できるはず」
「それは駄目!」
「・・・どうして?」
 すがりつくような表情で訊いてくるイレーネは、とても可愛い。僕だって内心では、イレーネとも子作りして、彼女を喜ばせてあげたいという気持ちが強いし、身体もイレーネを欲しがっている。でも、その欲求に素直になることは、僕には出来なかった。

「実際にやってみて分かったけど、子作りは何と言うか、・・・あまりにも気持ち良すぎる。毎日、子作りの相手に不自由しない生活を覚えてしまったら、日本ではそんな生活絶対に出来ないんだから、もう日本では暮らせなくなる。
 僕は、この世界に一生定着するつもりまではないから、子作りを我慢することも覚えないと・・・」


 イレーネとは、毎晩のようにこんな押し問答が続いたが、イレーネは納得してくれなかった。

 そして、ある日の朝。
「ちょっと、イレーネ、一体何しているの!?」
「・・・上手く入らない」
 しびれを切らしたイレーネは、僕が眠っている間に、強引に子作りを始めてしまおうとしたらしい。

 イレーネは、年齢的には今年で20歳だから、立派な大人の女性である。しかし、身長はせいぜい中学生並みで、胸も相変わらずほとんど膨らんでいない。
 そんな女の子との子作りを覚えてしまったら、変な趣味に目覚めてしまい、ますます日本では暮らせなくなるというのも、イレーネとの子作りをためらっている一因なのだが、そういう小柄な体格のためか、イレーネは何と言うか、・・・子作りをするための穴も小さめだった。対する僕のものは、この国一番と噂されるほどの、ビッグサイズに成長してしまっている。

 試しに、僕の指をイレーネに入れてみたところ、一本入れるのが精一杯で、それでもイレーネは苦しそうだった。
「これじゃあ、僕との子作りは無理だよ。諦めるしかないね、イレーネ」
「子供を産むときは、この穴から赤子が出てくるはず。・・・だから、頑張ればもっと広がるはず」
「いや、無理して広げなくていいから!」
「・・・私は、あなたとの子作りをあきらめない」


 こうして、イレーネに子作りをせがまれることはしばらく無くなったが、その代わりイレーネは、時折自分の穴に指を入れ、本当に僕のものを受け容れられるよう頑張っている様子だった。
 僕は、女性の身体には詳しくないので、本当にそんなことが出来るのかどうか分からないが、仮に出来るとしたら、僕の意志にかかわらず、そのうちイレーネに逆レイプされてしまうことになる。


 僕が、約半年間にわたり、異様なほどの勢いで征服戦争を続けてきた最大の理由は、夢中になって戦争に取り組んでいれば、性欲が若干落ちることに気付いたからである。
 しかし、長きにわたる戦争で兵士たちも疲れており、これからの季節、特に冬は、あまり戦争に適さない。これに加えて、あまりに急激な勢いで領土を拡大したため、征服地の統治が追いつかないという問題もあった。

 戦争が一段落着いた後、アテネの総督には、ラスカリス将軍の三男アレクシオス・ラスカリスを抜擢し、ミストラの総督には、プルサの総督として統治実績のあるサバス・アシデノスを異動させ、この2人の活躍で、不安定だった旧アテネ公国領と旧アカイア公国領の統治は、ようやく落ち着いた。
 また、マジャル王国から寝返ってきた、約1万を超える弓騎兵隊は、マジャル王国との条約で、その妻子と共にわが国に仕えることになった。ただ、彼らの司令官にあまり有能な人物が見当たらなかったので、彼らはダフネの配下に組み入れることにしたのだが、いくらダフネでも、1万人以上の新兵を組み入れて再編成するには時間がかかり、ダフネの本拠地であるマイアンドロス河畔の土地では、手狭になってしまった。
 そのため、クマン族の弓騎兵部隊とその家族たちには、広さに余裕のあるトラキア地方に新領地を与えることになり、これにマナスタル率いる一派も合流させることにして、ダフネを総司令官、シルギアネスとマナスタルを副司令官として、軍組織の再編成を行わせることにした。
 クマン族の弓騎兵隊は、合計で約18,000騎もの大軍になったが、彼らを混乱なく戦争に動員できるようになるには、少なくとも半年くらいかかりそうである。


 また、僕がニュンフェイオンに戻って間もなく、ジャン・ド・ジョワンヴィルという人物が僕を訪ねて来た。
「ジョワンヴィルとやら、余に何用だ?」
「はい。私は、シャンパーニュ伯家の家臣であり、フランス王ルイの十字軍に従軍していた者にございます。今回は、ルイ王の使者として参りました」
「そう言えば、ルイ王の率いる十字軍は、結局どうなったのだ?」

「・・・一言で申し上げると、散々な結果に終わりました。
 ダミエッタを占領したまでは良かったものの、ルイ王は弟の1人アルトワ伯ロベールの主張を容れ、アレクサンドリアではなく、イスラム勢力の首都カイロに向かって兵を進められました。その途中、マンスーラという町で、アル=ブンドクダーリーと申す者が率いる、イスラム勢力の軍人奴隷軍団、すなわちマムルーク軍団の待ち伏せに遭い、壊滅的な打撃を受けてしまいました。
 そのため、ルイ王はダミエッタへの撤退を試みたものの、シリアから帰還してきたエジプトの王、トゥーラーン・シャー率いる軍勢に退路を断たれ、疫病や食料不足にも苦しめられ、結局私やルイ王を含む全員が降伏し、敵の捕虜となることを余儀なくされました」
 ・・・やっぱり、ほぼ史実どおりの結果に終わったか。

「それで、ルイ王はまだ、敵の捕虜となっているのか?」
「いえ、ルイ王には、40万リーブルもの身代金が課されましたが、マルグリット王妃様の尽力で何とかその一部を工面し、残りの身代金を工面するという名目で何とか解放され、現在アッコンに滞在しておられます。
 そして私は、サラセン人に対し、皇帝フリードリヒ2世の従兄弟だと嘘を言ってみたところ、運よく解放してもらえたため、ルイ王を補佐しております。
 今回、私が参りました用件は2つでございます。
 1つは、身代金の残額のうち10万リーブルを、殿下の国で立て替えて頂きたいということです。この金額については、ルイ王がフランスに戻られた後、必ず殿下にお返しすると申されております。
 もう1つは、仮に40万リーブルの全額を支払ったとしても、解放されるのはルイ王のご兄弟やその重臣たち程度で、1万人を超える捕虜たち全員の身代金を支払える見込みは、全くございません。このままでは、捕虜たちの多くは奴隷となるか、イスラム教に改宗してスルタンの兵士となることを余儀なくされます。
 ルイ王は、精鋭の兵士たちである十字軍の多くが、スルタンの奴隷とされてしまうのは不憫であり、また彼らの多くがスルタンに仕える兵士となってしまうのでは、かえって不信仰の徒を利することになってしまうと、お嘆きになっておられます。
 そこで、殿下には少しでも、彼ら捕虜たちの解放に御尽力頂けないかと、お願いに参りました次第でございます」

「要するに、2つ目の願いは、捕虜たちの身代金を、わが国で払ってくれという要請か?」
「一言で申せば、そういうお願いでございます。フリードリヒ2世にも仲介役をお願いしたのですが、エジプトでは我らとの交渉中に政変が相次ぎ、トゥーラーン・シャーはマムルークたちと仲違いして廃位され、その妃シャジャル・アッ=ドゥッルをスルタンとする新しい王朝が出来ました。
 しかし、女性がスルタンとなることには反発が強かったため、現在はアイバクという者がシャジャルの夫としてスルタンに即位したものの、政治の実権は相変わらず、シャジャルが掌握しているようでございます。いずれも、フリードリヒ2世とは面識がない者たちばかりであるため、捕虜を解放するには、結局彼らの要求する身代金を支払う以外、方法はないかと思われます」


「ふむ。・・・この件、アクロポリテス内宰相はどのように考えるか?」
「税収の増加のほか、殿下の遠征により大量の戦利品収入がありました関係で、現在はリーブルに換算すると、捕虜解放のため、国庫より20万リーブルを、直ちに用意することが出来ます。
 したがって、要請のうち第1については、フランシアとの外交関係に配慮し、受け容れてもよろしいかと考えられますが、第2については、わが国と何の関係も無い他国の捕虜を、わが国の資金で無条件に解放するのは、さすがにわが国の国益に反するかと考えられます」

「貴国のご事情はお察し申し上げますが、ここはどのような条件付きでも構いませんので、ご協力願えませんでしょうか・・・?」
「ジョワンヴィル。わが国も、単なる他国への慈善事業で大金を投じることはできぬ。10万リーブルの立て替えには、ルイ王を信用して応じることにしよう。だが、その他捕虜となった者たちのうち、解放されたらわが国に仕えると約束する者がいるのであれば、それらの者をわが国の資金で解放しても良いが、そうでない者の解放にわが国の資金を投じることまでは出来ぬ」
「それでも結構でございますから、何卒ご協力をお願い致します」

「・・・分かった。ならば、エジプトや捕虜たちと交渉するための使節団を、わが国から派遣しよう」
「ありがとうございます」


 こうして、ジョワンヴィルには、ルイ王の代理として10万リーブルの借用書に署名させ、10万リーブルを渡して下がらせた。
 その後、僕はアクロポリテス先生と、使節団の人選について協議した。
「実質的な交渉相手がシャジャルであれば、使節団の代表は、シャジャルと面識がある、プルケリア様が最も適任でございましょう。また、捕虜となっているラテン人を説得する役目は、ラテン人で既に我らの配下となっている、ティエリとその側近ティボー、その配下たちが最も適任と考えられます。
 ラテン人の騎士には、傭兵となっている者もおりますが、彼らを雇うと費用が高くつきますため、今回の件は、勇敢な騎士隊を安上がりな費用で増強できる良い機会かと考えられます」
「・・・プルケリアを代表にすることは考えていなかったが、確かにそれが妥当な人選だね。詳細は先生にお任せすることにします」


 ・・・こんなことがあったため、しばらくは軍を動員することもできず、新しい政策を始める費用も無い。
 僕は、しばらくニュンフェイオンに留まり、政策面では既に進めさせている、法典編纂や歴史書編纂に関する指示を出したり、紙や印刷機の普及に関する指示を出したりするにとどまった。
 個人的には、既に完成した日本の高校レベルの『地学の書』、初等教育から日本の高校レベルに至る数学の学び方、実用的な数学の用い方を記した『数学の書』に代えて、同じく日本の高校レベルの『生物の書』の作成に取り掛かったり、日本に戻った場合に備えて高校の授業の予習や復習をしたり、といったことに時間の大半を費やしたが、こういう平和な生活を送っていると、どうしても性欲が高まってしまう。


 更に、ルイ9世敗戦の報を聞いて、テオドラがこんなことを言い出した。
「みかっち、あたしとの約束は覚えてるわね?」
「・・・そういえば、テオドラと何か賭けをしたような」
「そうよ。みかっちはルイ9世が負ける方に賭けたから、みかっちの勝ちね。さあ、あたしの身体を自由に使いなさい!」
「・・・賭けに勝ったからって、その権利を行使するかどうかは、僕の自由だと思うんだけど」
「自由じゃないわよ! あたしは、賭けに勝ったら、みかっちをあたしの夫兼下僕にして、思う存分使うつもりだったけど、みかっちが勝った以上は、あたしの身体を自由に使いなさい!
 ・・・まあ、スケベなみかっちがあたしの身体を自由に使うとしたら、まず間違いなく子作りにつかうんでしょ? そのくらいは、あたしも分かってるわ」
 ・・・冗談じゃない。そんなことをしたら、僕はテオドラの夫になってしまうじゃないか。

「分かった。今日はテオドラの身体を、存分に使わせてもらうよ」


「あひゃひゃひゃ、やめてみかっち、くすぐったい、あひゃひゃひゃ・・・」
 僕はテオドラの身体に、怒涛のくすぐり攻撃を掛けた。
「・・・殿下、どうして皇女様に、このようなことをなさるのですか?」
 傍にいたルミーナの問いに、僕は素っ気なく答えた。
「前から、女の子のお腹とか、くすぐったい所をひたすら触りまくったら、一体どうなるか興味があったんだよ。マリアやイレーネだと、くすぐったい所を触られるの嫌がるから、今回は女の子に嫌がられるのを気にせず、思う存分実験できるいい機会だ」
 胸とかお股とか、エッチなところは敢えて触らなかったのだが、それでもテオドラは感じまくり、開始後4時間くらいになると、テオドラはついに気絶してしまった。

「・・・女の子って、こういうやり方でも気持ちよくなれるんだね」
「ルミーナには、気持ち良いというより、一種の拷問のように見えます。・・・殿下と子作りはしたいですが、殿下にこういうことをされるのは、ちょっと遠慮したいです」
 僕としては、単なる日頃の仕返しのつもりだったのだが、この件でテオドラの身体は変な風に開発されてしまったらしく、僕はその翌日、テオドラにエッチなマッサージを要求され、その後も結構頻繁に、テオドラのエッチなマッサージをさせられることになった。


 その一方、伝説の踊り子テオドラちゃんの舞台公演も行われた。
 今回の舞台は予告どおり、アナスタシアという偽名を使って舞台に登場したソーマちゃんが、ギリシア語にうまく翻訳した中島みゆき様の歌を歌い、テオドラが曲のイメージに合わせた踊りを披露するというものだった。

 ・・・素晴らしい!!!

 僕が、ソーマちゃんの歌とテオドラの踊りに感激していると、他の観客たちも、珍しい歌と踊りに感嘆している風であった。まさかこんな形で、この国でも中島みゆき様の布教が成功するとは。
 もっとも、最後の『二隻の舟』のときは、ラストで「それではミカエルさん、一緒にお願いしま~す」と壇上のテオドラちゃんに声を掛けられ、一緒に踊らされるという謎のサプライズもあったが。

「みかっち、今回の舞台どうだった?」

「文句無し! 素晴らしい出来だったよ!」

「じゃあみかっち、このあたしと、結婚する気になれた?」
「・・・それとこれとは、また別の話だけど」
「何よみかっち、それじゃ意味ないじゃない!」

 口ではこんな風に言って見せたものの、内心ではいっそのこと、テオドラと結婚してもいいんじゃないかなと考えるようになってしまった。
 ただし、お目当てはテオドラというよりは、中島みゆき様の歌を見事に歌ってくれたソーマちゃんで、テオドラと結婚してテオドラと子作りするようになれば、可愛いソーマちゃんとも子作りできる機会があるかも、というものだった。
 知らず知らずのうちに、僕が鬼畜極まりない発想に至っていることに気付いたとき、僕は深い自己嫌悪に陥った。

 一方、イレーネが欲求不満のあまり発狂しないよう、1日1時間か2時間くらいはイレーネの相手もしたが、結局僕自身の欲求は、マリアとの子作りで発散するしかない。遠征中ならともかく、マリアがいつも傍にいる状態では、必然的に子作りは毎日することになってしまった。
 そして、マリアが生理休暇で休みになると、ソフィアやマーヤをはじめとする他のメイドたちは、子作りを回避するためのご奉仕はもうしませんと言い出したので、欲求不満に苦しめられた僕は、つい生理休暇中のマリアがどこにいるか探してしまった。


 マリアは、宮殿内のあまり使われていない一室にいた。その部屋に入ってみると、マリアはベッドに横たわっており、何かモゾモゾとしていた。そして、マリアが何をやっているか理解したとき、僕の理性の糸は切れ、そのままマリアに襲い掛かってしまった。

「・・・ご主人様、ひどいのです・・・」
「・・・ごめん、マリア。痛かった?」
 事が済んだ後、泣き崩れるマリアに、僕は謝った。
「痛いわけではないですけど、・・・ご主人様に、血だらけでとても汚いところを見られてしまったのです。ご主人様に、嫌われてしまうのです」
「生理中は子作りできないって、それが理由だったの?」
「はい、なのです。だから、この宮殿では、生理中はご主人様のお相手をしてはいけないという、ルールがあるのです」
「・・・イレーネは、そんなこと全然気にしないけど」
「そうなのですか?」
 イレーネは、自分が生理中でも関係なく、僕とエッチなことをしたがる。初めて生理中のイレーネを見たとき、こういう血だらけの状態で子作りをすると、ダフネのように赤毛の子供が産まれるという迷信がなぜ出来たのか、何となく理解できた。

「うん。イレーネは、生理中でも関係なく、僕とエッチなことをしたがる」
「イレーネ様とは、もう子作りされているのですか?」
「いや、それはしていないけど。身体が小さくて、そもそもイレーネと子作りはできないし」
「・・・ご主人様は、私が血だらけでも、気になさらないんですか?」
「別に、見慣れてるから気にしない。でも、マリアが、生理中は子作りしたくないっていうなら話は別だけど、マリアを見たら、その、一人でしてるって分かっちゃったんで、それで我慢できなくなって」


 結局、その後マリアとは、生理中でも構わず、毎日子作りをするようになってしまった。

「殿下、生理中の女性との子作りは、宗教上固く禁じられているのですよ?」
 ソフィアにそう注意されたものの、僕は言い返した。
「それが何だ。そもそも、正式に結婚していないマリアとの関係自体、宗教的には非合法なんだから、今更宗教もへったくれもあるか」
「宗教上の問題もありますが、毎日休みなしに殿下のお相手をさせると、さすがにマリアも疲れてしまいます。せめて生理休暇中くらい、他の女の子に代わりをさせてはいかがですか?」
「僕は、マリアじゃなきゃ嫌なの! それに、マリアが子作りを嫌がっているならともかく、むしろしたがっているなら、僕だって我慢する理由は無いし」
「しかし、マリアも次第に疲れがたまってきますし、殿下はご存じないかも知れませんが、他の女性たちの恨みも買っているようですよ?」
「・・・そうなの?」

 ソフィアの指摘は、間もなく実証された。
「みかっち、あの馬鹿メイド、明らかにあたしのことを嘲ってるわ!」
「・・・馬鹿メイドって?」
「あんたが子作りの相手をさせてる女よ」
「・・・マリアは、間違ってもそんなことをする子じゃないと思うけど」
「表向きは丁寧に挨拶してくるけど、明らかに楽しそうにしていて、目があたしを嘲ってたわ! あたしはみかっちと子作り楽しんでます、あなたはまだしてもらえないんでしょ、って感じで!」
「それは、単なるテオドラの錯覚だよ」

 当のマリアからも、最近周囲の目が冷たい、時々嫌味を言われている気がするという話を聞き、ソフィアの指摘は間違っていないことを理解せざるを得なかった。

 そしてある日、マリアが体調不良を起こし、寝込んでしまった。
 僕が、診察に来た女医さんにマリアの病状を尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。
「病気ではございません。連日激しい子作りを繰り返したための過労です。1週間ほど子作りを控え、安静にしていれば元通りになると思われますが、あの子1人で殿下のお相手を続けさせるには、体力的に無理があります。女性は、子作りのやり過ぎで死に至る場合もございますから、過度な子作りは自重して、労わってあげてくださいませ」

 うう、一体僕は、どうすれはいいんだ・・・。

第18章 巨星墜つ

 結局、マリアの問題は、僕が術や薬などで精力や体力を強化されている一方、マリアは何ら体力強化を行っていないのが原因だと結論付けた。
 僕は、マリアの体力を強化するために、毎日『育成』の術を掛け、マリアに体力が付く薬や食べ物を食べさせ、体力回復後は、僕と一緒に適度な運動をさせることにした。

「・・・ご主人様、マリアはもう駄目なのです。体力の限界なのです」
「まだ、50メートルも走ってないよ? 術で回復させてあげるから、もう少し頑張って」

 最初のうちはマリアもこんな調子だったが、僕は辛抱強く付き合って毎日トレーニングを繰り返し、1か月くらいするとマリアにも体力が付き、ニュンフェイオンの市内を走って一周できるほどになった。

「ご主人様、最近は走るのが楽しくなってきたのです! 道も覚えられたのです!」
「良くなってきたね、マリア。僕が戦争なんかで留守の時も、運動は続けてね」


 僕がそんなことをしているうちに、ソフィアが西ローマからの急報を知らせてきた。

「何!? 皇帝フリードリヒ2世が亡くなった!?」

「はい。ナポリ駐在大使からの報告によれば、皇帝フリードリヒ2世は、鷹狩りの最中に体調を崩し、カステル・フィオレンティーノという小さな城に運び込まれ、そこで息を引き取られたとのことでございます。
 かの国は、皇帝やその一族、重臣たちのことごとくがローマ教皇によって破門されており、皇帝フリードリヒ2世のカリスマによって成り立っておりましたので、その死によって国内は動揺し、フリードリヒ2世によって抑えつけられていた、ローマ教皇派は一気に勢いづいているとのことでございます」
「・・・そうか。わずか3年ほど前は、あんなにお元気であったのに、惜しい人を亡くした」

「そして、西ローマでは、フリードリヒ2世の遺言により、嫡子コンラド皇子が後継者に指名されましたが、彼も破門の身でございますので、西ローマの皇帝として戴冠を受けるのは絶望的であり、今のところローマ王と名乗っているそうです。
 公表された遺言書によれば、筆頭相続人がコンラド皇子、コンラド皇子が世継ぎを残さず亡くなった場合の第2相続人が、イサキオス帝の娘イザベル皇妃の産んだエルサレム王のエンリコ皇子、第3相続人がマンフレディ皇子とのことでございます」

「・・・エンツォ皇子の名が無いが?」
「エンツォ皇子は、他の庶子と同様相続人には指名されず、ローマ王のコンラドを補佐するよう命じられたそうでございます。そして遺言の最後には、帝国に危機が迫った時には、同盟国である東ローマの摂政ミカエル・パレオロゴスを頼るように、と記されていたとのことでございます」
「・・・そうか」
「あと、私も業務多忙のためお渡しするのを忘れておりましたが、皇帝フリードリヒ2世からの書状が届けられております。ご覧になりますか?」
「・・・見せてくれ」

 フリードリヒ2世からの手紙には、要旨次のようなことが書かれていた。

「東ローマの摂政、ミカエル・パレオロゴス殿。我が息子エンツォを、身体を張って救出してくれたことには、感謝の言葉も無い。
 だが、エンツォを救出するため、ボローニャの町を灰燼に帰してしまったというのは、いかがなものであろうか。あの町は、多くの神学者や法学者たちが集う学問の府であり、あの惨事により、高名な学者や将来有望な学生が多く亡くなってしまった。そして、ローマ教皇インノケンティウス4世は、このような蛮行は朕の仕業に違いないとして、朕に対する非難をますます強めている。

 また、これはそなたの責任ではないが、救出を半ば諦めていたエンツォが突如戻ってきたことで、国内は嫡子コンラドを補佐する者として、エンツォを支持する者とマンフレディを支持する者に二分されてしまった。エンツォの派閥は、そなたとの友好関係強化を主張しているが、マンフレディの派閥はこれに反発している。
 そなたは、おそらく善意でエンツォを助けてくれたのであろうが、残念ながら朕の治める西ローマにとっては、むしろ悪い結果を生んでしまったようだ。もっとも、その多くはそなたの責任ではなく、朕の不徳の致すところである。

 朕は、国内をまとめるため、朕の身に何かあったときには、支持者の多いマンフレディを、ローマ王コンラドの摂政に任命せざるを得ないであろう。だが、これはそなたと、東ローマへの敵意を示すものでは全く無い。
 ミカエル・パレオロゴスよ。マンフレディには、東ローマとそなたとの関係を維持するよう、よく言い含めておくゆえ、どうか朕亡き後の西ローマとその民を、見捨てないでほしい。そして、ローマ教皇の手の者により、朕の帝国が滅ぼされてしまったときは、朕の遺志を継ぎ、そなたの力で西ローマの民を導いてほしい」

 フリードリヒ2世からの手紙は、このように苦渋に満ちた内容のものだった。おそらく、こうした心労も、皇帝陛下の死期を早めてしまったのだろう。


 僕は、ソフィアにも皇帝フリードリヒ2世からの手紙を読ませた後、彼女に意見を求めた。
「ソフィア、皇帝フリードリヒ2世亡き後の西ローマは、うまくやって行けると思うか?」
「・・・残念ながら、相当に難しいかと思われます。皇帝一族をまとめられる器量の持ち主が見当たらない上に、教皇派の巻き返しで、今後かの国は大きな逆境に立たされます。私には、フリードリヒ2世が自らの帝国滅亡を予期した上で、殿下に後事を託したようにしか読めません。
 自らの国が滅亡する事態に触れて、他国の者に後事を託すなど、通常の外交で行われることではございません。皇帝フリードリヒ2世も、自分が亡き後の西ローマについて、相当悲観的な見通しを立てておいでなのでしょう」
「・・・ソフィアも、やはりそう思うか」

 皇帝フリードリヒ2世の死を、正式に報告してきた大使モンテネーロも、帝国の将来を相当に悲観していた。
「当面、東西ローマの同盟関係は、今までどおりとする方針でございます。ただし、皇帝陛下の死で国内は相当に動揺しており、国自体がこの先どうなるか分かりません。わが国の軍事力は、この国ではアレマンなどと呼ばれる、北方の諸侯たちに大きく依存しており、ローマ王のコンラド様が、彼らの動揺を上手く鎮められなければ、西ローマは一気に瓦解する可能性もございます。
 私も、将来がどうなるか分かりませんので、家族をニュンフェイオンに呼び寄せ、当面は西ローマとの両属という形にはなりますが、殿下の家臣に加えて頂くことをお許し願えませんでしょうか」
「その件については、かねてからの約束であった故、許可することに異存は無いが、皇帝フリードリヒ2世が亡くなったというだけで、そこまで不安になるものなのか」


 こうして、モンテネーロは引き続き西ローマ帝国の大使を務めつつ、僕の家臣に加わった。神聖術の習得も認め、彼は適性66で、学派は緑学派を選択した。
 でも、僕にとっては有能な家臣が増えたことの喜びよりも、この世界における大事な師匠を失い、強力な同盟国が失われつつあることに対する不安の方が大きかった。

第19章 十字軍の敗者たち

 春が近づいた頃、エジプトに向かっていたプルケリア率いる使節団が戻ってきた。
「プルケリア、首尾の程はいかがであった?」
「はい。合計で約5千人のラテン人が、わが国に仕えることを承諾し、私と共にニュンフェイオンへやって参りました。ラテン人のうち、兵士は約3千人であり、残りの2千人は非戦闘員でございますが、彼らの多くは高度な知識や技術を持っており、帝国の発展に役立つものと存じます」
「・・・思ったより多いな。それで、残りの捕虜はどうなった?」
「残った捕虜は、既にイスラム教に改宗してスルタンの兵士になったか、あるいは本国での身分が高いため、わが国に仕えることを承知しなかった者たちでございます。これ以上、わが国に出来ることはございません」

「そうか。良くやってくれた、プルケリア。だが、それだけの数の捕虜を解放できたということは、10万リーブルでは足りなかったのではないか?」
「いえ、シャジャルとの交渉の結果、5千人の捕虜を合計5万リーブルで、わが国が一括して買い取ることで合意が成立しましたので、残りの金額は国庫にお返し致します。
 シャジャルは、わが国とは今後とも友好関係を維持したいと強く望んでおり、わが国が買い取るのであればということで、身代金の金額も低めにして頂けました。ただし、身代金が低額で済んだのは、買い取った捕虜のほとんどが、身分の低い者たちであり、彼らについてはそもそも高額の身代金を期待していなかった、という事情もございます」

「そうか。では、買い取った者たちは身分の低い兵士たちや非戦闘員ばかりで、特に名のある武将などはいなかったということでよいか?」
「いえ。わが国でも名の知れたラテン人の将が、1人おります。皇帝アンリの許で宰相を務めていた、ジョフロワ・ド・ヴィラルドワンです」
「ヴィラルドワンだと!?」
「はい。かの者も連れて参りましたので、詳しい事情はかの者にお聞き下さいませ」


 こうして、僕はヴィラルドワンに謁見した。
「久しぶりであるな、ヴィラルドワン。そなたほどの者が、どうして余に仕える気になった?」
「理由の1つは、アンリ陛下は既にこの世に亡く、もはや殿下に逆らっても、勝ち目がないことを悟ったからでございます。もう1つの理由は、私がエジプトで捕虜になっている間に、私の領国は既に殿下の手によって征服されてしまい、私は既にアカイア公などではなく、一介の素浪人になってしまったことです。
 身代金を払って、私を引き取ってくれる者は殿下の他になく、既に殿下にお仕えしているティエリ殿などの話も聞いた結果、このままサラセン人の奴隷になるよりは、殿下にお仕えした方がまだましと考え、こうして参上致しました次第でございます。粉骨砕身の覚悟で働きますので、何卒私を、家臣の末席に加えて頂きませ」
「分かった。そなたを余の家臣として召し抱えよう。当面の待遇や役職については、追って沙汰する」
「有難う存じます」


 こうして、ヴィラルドワンは僕に仕えることになったのだが、その場にいたラスカリス将軍が、彼に質問した。
「ヴィラルドワン殿。そなたが殿下にお仕えすること自体については、私も異存はございませんが、そなたは、私の知っているヴィラルドワンとは、明らかに別人のようですな。十字軍の幹部であったヴィラルドワンは、聖なる都で私と面会した頃、既に40歳前後の壮年でありました。
 しかし、貴殿は顔立ちこそ似ているものの、未だ20代の若者にしか見えませぬ。そなたは、あのヴィラルドワンのご子息か何かなのですかな?」

「・・・そのヴィラルドワンは、おそらく私の叔父でございます」
「叔父!?」
「はい。叔父のヴィラルドワンは、聖なる都を征服した後、故郷のシャンパーニュに凱旋致しました。そして私は、叔父が残した功績も考慮して、今は亡きテッサロニケ王ボニファッチョの封臣として、アカイア公に任じられました。
 私は、十字軍の中でも同名の叔父と区別するため、小ヴィラルドワンなどと呼ばれておりましたが、ローマ人の間では私と叔父を混同する者が多く、そのような若さで十字軍の幹部を務めたのかと驚かれることも、少なからずございました。貴殿とは初対面の為、お名前はまだ存じませんが、貴殿が私と叔父を混同されるのも、無理のないところでございます」

「そうでありましたか。私は、殿下の許で軍総司令官代理を務める、マヌエル・ラスカリスと申します。何卒お見知りおきくださいませ」
「俺はその息子で、ビザンティオンの聖戦士こと、テオドロス・ラスカリスだ。よく覚えておけ」
「左様でございましたか。こうしてお会いするのは初めてですが、お二人とも名前はよく存じております。お二人とも、殿下にお仕えする忠勇無双の猛将であると、お噂はかねがね耳にしておりました」


 ・・・こうして、ヴィラルドワンはさほどの抵抗も無く、わが国の将たちと打ち解けていった。ヴィラルドワンは、戦時にはティエリの副将として、大幅に人数の増えたラテン人部隊を指揮させる一方、平時にはラテン人相手の外交任務などを委ねることにした。彼は間もなく神聖術の習得も始め、適性は71で青学派を選択した。
 それは良いのだが、僕やアクロポリテス先生など帝国幹部の大部分も、ラスカリス将軍と同様に二人を同一人物だと思い込んでいたため、現在編纂させている帝国の歴史に関するヴィラルドワンの項目は、全面的な書き直しを余儀なくされた。

 そんなわけで、第3話終了時点の人物紹介に関するジョフロワ・ド・ヴィラルドワンに関する項目も、記述に誤りがあります。作者自身も気が付いておらず、2人を同一人物だと思い込んでいたので、ここでお詫びの上訂正させて頂きます。
 次の人物紹介は、第8話終了時点で作成する予定ですが、その時にはちゃんと正しく書き直しておくということです。


 そういうメタな話はこのくらいにして、その後ジェノヴァ人のフルコーネ・ザッカリアが謁見を求めてきた。
「・・・殿下、お久しぶりでございます」
「ザッカリア、ずいぶん元気がなさそうだね」
「そりゃあ、元気も出ませんよ! もうこれ以上はないというくらい、我々は散々な目に遭わされたのですから!」
 ザッカリアは、もはや使節であることも忘れて、怒りまくっていた。
「・・・まずは、そなたたちに何が起こったのか、事情を聞かせてもらおうか」

「では順を追って、お話させて頂きます。
 第1に、これは殿下もご存じかとは思いますが、我々はフランス王ルイ9世の十字軍に協力し、ダミエッタを占領致しました。そして、我々はこれに続いて、エジプトにおける最大の交易拠点である、アレクサンドリアを制圧し、エジプトから憎きヴェネツィア人の拠点を一掃しようと考えておりました。
 そして、十字軍に参加した諸侯の大半も、海に面し食料調達の容易なアレクサンドリアの制圧に賛同していたのですが、およそ戦略というものを知らぬルイ王は、一気にカイロを制圧すべきという弟たちの意見に乗り、私どもや諸侯たちの反対を押し切って、アレクサンドリアには向かわず、カイロ方面に軍を進撃させてしまわれました。

 その結果、ルイ王は自らを含め全員が敵の捕虜になるという惨敗を喫し、十字軍に対する我々の投資はすべて無駄になっただけでなく、フランス王に対するツケとなっていた輸送費も当面支払ってもらえる見込みがなくなり、そして我々ジェノヴァの商人は、十字軍に加担してエジプトを侵略しようとしたという咎で、イスラム勢力の支配するエジプトとシリアの全土から、出入り禁止になってしまいました!

 シリアに残っている十字軍国家の港については、出入り禁止にはなっておりませんが、ルイ王のおかげで十字軍国家も多くの兵を失い、衰退する一方です。我々は大損害を受けたばかりでなく、東方貿易におけるヴェネツィアの覇権を突き崩すどころか、むしろヴェネツィアを有利にしてしまいました!」

「・・・だから止めたのに。そなたたちの自業自得だよ」
「殿下の国の商人は、出入り禁止にはなっていないのですか?」
「もちろん。ルイ9世は、あの世間知らずぶりを見る限り、絶対負けるだろうと思っていたから、敢えて十字軍には参加せず、十字軍がダミエッタに向かっているから注意しろと、密かにスルタンに手紙を送っておいた。
 よって、今でもわが国とエジプトのスルタンとは友好関係にあり、わが国のエジプト船団は、今年もダミエッタやアレクサンドリアに寄港する予定になっている。また、エジプトの捕虜になっていた十字軍の生き残りは、わが国に仕えることを潔しとしない強情な連中や、すでにイスラム教に改宗した連中を除いて、わが国がエジプトから安値で買い取った。
 今では、トルコ人などのイスラム教徒もいるわが国の商人は、エジプトではヴェネツィア商人より歓迎されているくらいだよ」

 僕の説明に、フルコーネ・ザッカリアは色を失った。
「殿下が、『最も狡猾なギリシア人』と呼ばれていることは聞き及んでおりましたが、まさかここまでとは! これでは、東方貿易の覇権を争うのは、我々ジェノヴァ人とヴェネツィア人との勝負ではなく、ギリシア人とヴェネツィア人との勝負になってしまいます!」
「ザッカリア、正しくはギリシア人では無くてローマ人だから。そこだけはちゃんと訂正して」
「・・・失礼致しました。お詫びの上訂正させて頂きます。ですが、我々に降りかかった惨禍は、それだけではないのです」
「まだあるのか?」


「第2に、我々のジェノヴァ本国政府は、国内での勢力争いが激しくなっております。私の属するドーリア家・スピノラ家を中心とする一派は、皇帝フリードリヒ2世の側に付き、一方で憎きフィエスキ家とグリマルディ家を中心とする一派は、現在の教皇インノケンティウス4世がフィエスキ家の出身ということもあり、ローマ教皇の側に付いております。
 ここ数年、ジェノヴァの本国政府は、フィエスキ家らの一党により政権を奪われ、テオドラ様の尽力で我々が政権を奪還し、その後またフィエスキ家に政権を奪われ、殿下とおそらくテオドラ様の手で解放されたエンツォ皇子の尽力により、また我々が政権を奪還するといったことを繰り返して参りました。

 しかし、その後またしてもフィエスキ家に政権を奪われ、その後我々の味方であった、皇帝フリードリヒ2世陛下がお亡くなりになり、その後の西ローマは、もはや我々を支援するどころではなくなってしまいました。
 しかも、十字軍に協力し大損害を受けたのは、主に我々の側でございまして、もはや我々単独の力では、フィエスキ家を中心とする連中から、政権を奪還できる見込みがございません!
 泣きっ面に蜂とは、まさにこのことでございます・・・」


「ザッカリア。そうすると、本日そなたが余の許に来たのは、ジェノヴァ本国政府の使節としてでは無く、そなたらが属するドーリア家やスピノラ家を中心とする一派の代表として、わが国にジェノヴァの政権奪還を支援して欲しいと要請するためか?」
「お察しのとおりでございます。また、殿下と我々とが協力する証として、今年で15歳になる我が息子ベネデッド・ザッカリアを、殿下の許でお仕えさせて頂きたく存じます。ベネデッドは、幼い頃より海将及び商人としての修行をさせており、かなりの資質を持っておりますので、殿下のお役にも立つかと存じます」

「それは、わが国にとっても重大案件ゆえ、即答は致しかねる。そなたたちの宿泊先を提供するゆえ、返答は1週間ほど待ってくれ」
「心得ました。良いご返事をお待ちしております」


 僕は直ちに幹部たちを招集し、この問題について協議するための会議を開いた。
「・・・以上に述べたような事情により、フルコーネ・ザッカリアから、ジェノヴァの政権奪還に協力してほしいという要請が来たのだが、この要請に応じることの当否について、まず皆の意見を聞きたい」

「では、まず私から、発言させて頂いて宜しいですかな?」
「ラスカリス将軍、どうぞ」
「私ラスカリスは、要請に応じることには反対でございます。もはや、ロマーニャの地でわが国の支配に服していないのは、今だラテン人の支配下にある聖なる都のみ。わが国の威光を回復するためにも、今年の軍事行動は、聖なる都の奪回を第一目標とすべきでありましょう。ジェノヴァの内紛などに構っている暇はございませぬ」

「殿下、ラスカリス将軍のご意見も、ある意味ごもっともではございますが、お話の前提として、聖なる都の状況に関する最新情報をご報告させて頂いても宜しいでしょうか?」
「ソフィア、頼む」
「まず、ラテン人の国では、かつての皇帝ボードワンやアンリの娘婿にあたり、フランス王家の血筋に連なるピエール・ド・クルトネが、一旦は皇帝に選出されましたが、ピエールは陸路で聖なる都へ向かう途中、エピロスの軍勢に捕らえられ、アルタの獄中で亡くなりました。
 その後、ピエールの末弟であるボードワン・ド・クルトネが、次の皇帝に選出され、ヴェネツィアの船で聖なる都に入り、皇帝ボードワン2世と称しているそうでございます」
「その、皇帝ボードワン2世というのは、どのような人物か?」

「・・・どのようなと申されましても、かの者はまだ2歳の幼児でございます」

「はあ!? なぜ、そのような幼児が皇帝になったのだ?」

「聞くところによると、ピエールの弟や親族は他にもいるのですが、帝国に残されている領土が聖なる都の城内のみであり、しかも敵がラテン人の間でも、第六天魔王と広く恐れられている殿下であると聞かされて、クルトネ家の一族は誰もが皇帝就任を嫌がり、それでも誰かをピエールの後継者として送らないわけにも行かないので、まだ幼児で断る力がないボードワンに、帝位を押し付けたようでございます」
「・・・何という酷いことを」

「当然、まだ幼児のボードワンに、実際の政治が務まるはずはございませんので、摂政には総主教代理のヴェネツィア人、トマソ・モロシーニが就任し、聖なる都の統治は、事実上彼が行っているようでございます」
「トマソ・モロシーニは、確か総主教を解任されたのではなかったのか? ローマ教皇から派遣されてきたという特使はどうした?」

「総主教に就任したオットボノ・フィエスキは、就任当初こそ高圧的な姿勢を見せていたものの、皇帝アンリが暗殺された後、帝国の領土が次々と殿下によって奪われて行くのを見て怖くなり、また聖なる都の城内でも、自分が総主教として全く尊敬されておらず、城内に住むローマ人たちから道行く度に石や汚物を投げつけられたり、同じラテン派であるヴェネツィア人にまで邪魔者扱いされるに及んで、聖なる都での生活が嫌になってしまったようでございます。
 そのため、オットボノ・フィエスキは、総主教在任のまま、現在はフランシアの地にいるというローマ教皇の許に逃げ帰ってしまい、仕方なく前総主教であるトマソ・モロシーニが、総主教代理を名乗ってその職務を代行している模様です。
 ローマ教皇も、現在は目の前にいるフリードリヒ2世の息子たちとの政争に明け暮れており、遠い聖なる都の情勢に構っている余裕はないため、今のところ現状を黙認しているようです」

「まあ、経緯は大体分かった。それで、聖なる都を守る兵力は?」
「約5千人で、その大半はヴェネツィア人か、ヴェネツィアが雇った傭兵のようです。ただし、ヴェネツィアは黒海貿易の拠点として、聖なる都だけは何としても死守する構えらしく、わが国が聖なる都を攻略すると知れば、総力を挙げて援軍を送ってくることが予想されます」
「以前ならともかく、今ではヴェネツィア人も、わが国の移動拠点を使って黒海貿易を行っていると聞く。今の聖なる都に、そこまで重要な経済的価値があるのか?」

「確かに、聖なる都の交易拠点としての重要性は大幅に低下しておりますが、帝国各地の造船所を使える我が国や、その同盟国であるジェノヴァと異なり、ヴェネツィアにとって自国船の建造や修理を行える東方の拠点として、今だ聖なる都は重要な存在のようです。
 このような状況の許で、わが国がヴェネツィア人から聖なる都を取り戻すには、海からも聖なる都を封鎖し、ヴェネツィアからの援軍を阻止する必要があります。そのためには、今だ練度の低いわが国の艦隊だけでは不十分であり、ジェノヴァ艦隊の協力は不可欠であると考えられます」


「殿下、ソフィア殿。そういうご事情であれば、先程の私の発言は撤回させて頂きます。むしろ、聖なる都を攻略する前に、ジェノヴァ人を我々の確かな同盟国にすることは、必要不可欠でございますな」

 こうして、ラスカリス将軍が賛成に回り、他に反対する者はいなかったので、ひとまずザッカリアの要請に応じることで、話はまとまった。
 議題は、どうやって政権を奪還するかという問題に移ったため、僕は当事者であるザッカリア親子も会議に加えることにした。

第20章 対ジェノヴァ外交戦

「ミカエル・パレオロゴス殿下と、ローマ帝国の皆様方。この度は、我々の政権奪還にご協力頂けるということで、誠にかたじけない次第でございます。では、この私フルコーネ・ザッカリアから、現在のわが国をめぐる情勢について、ご説明させて頂きます」
「うむ」

「我々ジェノヴァ人は、地中海のほぼ全域で、海上交易活動を展開しております。ジェノヴァ人の家門で特に有力なのは、我々の味方であるドーリア家、スピノラ家と、敵であるフィエスキ家、グリマルディ家の4家であり、ジェノヴァ人は大きくこの2派に分かれ、長きにわたる争いを続けております。
 長きにわたる争いにより、両派とも本国政府が敵の手に奪われる事態には慣れておりますので、両派とも地中海沿岸の各地に商業拠点を築いており、両派の勢力は概ね伯仲しております。ただ、現在はフィエスキ家からローマ教皇を輩出したこと、我々の後援者であった皇帝フリードリヒ2世が亡くなられたことにより、現在は我らの側が若干押され気味になっております」

「そうなると、敵側を完全に根絶することは、事実上不可能ということか」

「そのとおりでございます。両派の抗争にあたり、敗れた側はジェノヴァにほど近い、ニースを拠点として抵抗するのが常でございましたが、現在はジェノヴァもニースも敵側に奪われておりますので、我々はコルシカ島やサルディニア島、及びフリードリヒ2世の領土でありましたナポリやパレルモなどを拠点として、抵抗活動を続けております。
 そこで、殿下に力をお貸し頂き、ジェノヴァとニースを我々の手に奪還すれば、再び我々が優位に立てるものと考えられます」

 フルコーネがそこまで話し終えた段階で、アクロポリテス先生が発言した。

「フルコーネ殿。我々の艦隊が、テオドラ様、イレーネ様、プルケリア様といった術士たちの力を借りて進撃し、ドーリア・スピノラ派のジェノヴァ人艦隊とも協力すれば、おそらくジェノヴァとニースを奪還することは可能でございましょう。
 しかし、今までの経緯に関するお話を聞く限り、単にジェノヴァとニースを武力で奪回するだけでは、すぐに奪い返されるだけで、きりがないように思われます。
 わが国と致しましては、ジェノヴァの政権奪還が成った後は、ジェノヴァ艦隊に聖なる都を奪還するための協力をお願いすることになりますので、少なくとも当面の間は、敵側に政権を奪還されることの無いよう、我々の側の決定的優位を確立する必要がございましょう」

「アクロポリテス内宰相。何か、良い策はあるか?」

「ジェノヴァと同じ海洋国家であり、ジェノヴァほどではないものの、それなりに強力な海軍を持っているピサを、味方につけてはいかがでしょうか。ピサは、わが国と友好関係にあり、教皇派と皇帝派の争いにあたっても断固たる皇帝派でありますので、味方に付けるのはさほど困難ではないと考えられます」

「いや、俺たちだってジェノヴァ人だ。ピサは、今のところ友好関係にあるとはいえ、俺たちのライバルだ。そのピサを、俺たちの内部抗争に引き込むというのはちょっと・・・」
 まだ若いベネデッドがそのように反論するも、僕がそれを制した。
「ピサを味方に引き込むのが駄目というなら、わが国を引き込むことも同様のはずだ。わが国の介入を求めるというのであれば、その程度の条件は呑んでもらう」
「・・・分かりました。致し方ございません、何とか我々の味方を説得して見せます」
 フルコーネ・ザッカリアがそのように答えたので、話は次の策に進んだ。


「当面、両派の争いを止めさせる策として、わが国のほか、ヨーロッパで高い影響力のあるフランシアの王ルイ9世と共同で、ジェノヴァ人に外交的圧力を掛けるのはいかがでございましょう?」
 そう発言したのは、ソフィアだった。
「フランシアの王ルイ9世は、以前にも十字軍を発動するにあたり、ヴェネツィアとジェノヴァとの争いを、自ら調停によって解決した実績がございます。そのルイ9世に、殿下をジェノヴァ政府の正式な調停者と認めて頂き、殿下のご裁断に従わないジェノヴァ人は、どちらの派閥に属する者であれ容赦なく捕らえて殺すとの布告を出して頂きましょう。
 それと併せて、わが国も同様の布告を出し、更に殿下のご裁断に従わないジェノヴァ人に対しては、わが国の移動拠点の利用も禁止するとの布告を出せば、少なくとも当面の争いを止めさせることは可能と考えられます」
「・・・しかし、ルイ9世がそう簡単に動いてくれるか?」
「ルイ9世には、わが国から10万ルーブルもの貸しがあり、またジェノヴァ人に対する船賃の多くも未払いです。また、彼の責任で十字軍遠征に協力したジェノヴァ人が苦境に立たされていると訴えれば、ルイ9世も嫌とは言えないでしょう」
「なるほど。では、ルイ9世に送る使者は誰が適任と考える?」
「ヴィラルドワンが適当でございましょう。彼はルイ9世とも面識がございますし、能力的にもその程度の任務はこなせるはずです。彼に、殿下の家臣としての初仕事をして頂きましょう」
「・・・では、その線で行くか」


 話がまとまりかけたとき、挙手して発言を求めたのは、テオドラだった。
「みかっち! あたしにも、とっておきの策があるわよ!」
「・・・何か嫌な予感がするけど、一応聞こう」
「要するに、今敵側が優勢なのは、フェースケからローマ教皇が出てるからなんでしょ? だったら、そのローマ教皇をぶっ倒しちゃえばいいじゃない!」
「・・・どうやって?」
「そんなもの、居場所さえ突き止めれば、イレーネのアクティブジャンプで移動して、あたしの華麗な術で町ごと焼き払って、さっと帰ってくればいいのよ。1日で終わるわよ」

 テオドラの強引過ぎる提案に、僕を含め、その場にいる全員が蒼ざめた。
「テオドラ様、現在ローマ教皇は、フランシアの国内にいると聞き及んでおります。フランシアの国内でそのような暴挙を行えば、フランシアとの外交問題に発展しかねません」とアクロポリテス先生。
「テオドラ皇女様の実力は、我々も承知しておりますが、我々もカトリック教徒でございます。確かに、現在のローマ教皇が亡くなれば、同じフィエスキ家から次の教皇が選出される可能性はほぼございませんので、敵側の優位を崩すことにはなりますが、さすがにそれはちょっと・・・」とフルコーネ・ザッカリア。

 しかし、僕を含めて周囲の誰が止めても、テオドラはやると言って聞かないので、ついに僕は説得を諦めた。
「仕方ない。できるだけ、ルイ9世に迷惑のかからない方法で実行しよう。フルコーネ・ザッカリアは自派の説得、アクロポリテス内宰相はピサの説得、ソフィアはルイ9世との共同布告の準備に取り掛かってくれ。
 ネアルコスは、帝国海軍の出動準備を頼む。僕の直轄軍からも、一応でも船に乗って戦える者は乗船させて軍に加える。ベネデッド・ザッカリアは、ネアルコスを補佐してくれ」


 こうして、ローマ教皇インノケンティウス4世の暗殺作戦が、実行に移されることになった。
「イレーネ、ローマ教皇の所在地は分かる?」
「・・・ローマ教皇インノケンティウス4世は、現在リヨンに滞在し、公会議を招集している」
「何のために?」
「表向きは、教会改革や対モンゴル対策が議題とされているが、真の目的は、ローマ王コンラドを異端と認定し、討伐のための十字軍を編成することにある」
「しかし、リヨンはフランス領だよね? リヨンに乗り込むのは、さすがに問題が・・・」

「殿下、リヨンは、フランス王の領土ではございませんわよ」
 そう指摘したのは、ソフィアだった。
「リヨンはフランシアの領土ではなく、フリードリヒ2世の傘下にあった、アルル王国の一部でございます。また、リヨンは大司教が領主として治める大司教区であり、王の支配権は及びません。したがって、リヨンを襲撃しても、少なくともフランシアとの外交問題にはなりません」
「教えてくれてありがとう、ソフィア。僕は、自分のいた世界の常識で、物を考えてしまっていたよ」
 現代のフランスと異なり、この時代のフランスは、まだ領土がそれほど大きくないのだ。現代でこそ、リヨンやマルセーユは、フランスの代表的な都市の1つであるが、この時代には、まだフランス領にはなっていないようだ。


「あれがリヨンの町か」
 僕は、テオドラとイレーネを連れて、アクティブジャンプでリヨンの郊外に移動した。
 あの町の中にいるという、ローマ教皇をどうやって暗殺しようかと僕が考えていると、

「喰らいなさい! メテオストライク!」

 僕が止める暇もなく、テオドラは最終手段を行使してしまった。

 リヨンの町は、大量の隕石によって一瞬で壊滅状態になり、その後、テオドラのペットであるサイクロプスのレオーネが、リヨンの町を破壊して回り、テオドラ自身も残った建物をエクスプロージョンで壊して回り、ものの1時間もしないうちに、リヨンの町は人の住まない廃墟と化してしまった。


「テオドラ、さすがにこれは、僕もやり過ぎじゃないかと思うんだけど・・・」
「何言ってんのよ、みかっち。あたしを魔女とか言ってる奴には、制裁が必要なのよ。それに、あの町は、要するにパトラスと一緒で、ラテン派教会の領土なんでしょ? だったら、好きなだけぶっ壊して構わないじゃない」
 ・・・テオドラが、何が何でもやると言って聞かなかったのは、そういう理由だったのか。

 テオドラだって、ラテン人による聖なる都の劫略に怒りまくっているローマ人の1人である。それに、自分を魔女呼ばわりされて怒る理由も理解できる。そのことに思い至ると、これ以上テオドラを責める気にはなれなかった。


 直ちにニュンフェイオンへ帰還した僕は、リヨンにいたローマ教皇インノケンティウス4世には、聖なる都の劫略を命じた瀆神行為に対する神罰が下ったと、印刷機をフル稼働させて紙製のビラを大量発行し、各国の君主などに送りつけると共に、ニュンフェイオンに来た商人たちにも配らせるなど、あらゆる手段を使って噂を広めさせた。
 ・・・もう、やってしまったからには仕方がない。この成果を、最大限に利用させてもらおう。

「艦隊の準備は出来たようだな。では、ジェノヴァへ向かって出陣する」

 僕は、自ら艦隊を率いて、スミルナからジェノヴァへ向かって進軍した。
 途中、ヴィラルドワンから、ジェノヴァに共同で圧力を掛けることに関し、ルイ9世の承諾は取れたとの連絡があった。ローマ教皇インノケンティウス4世が死亡したことに関しても、神罰であれば仕方がないと、特に文句を言ってくる様子は無いということであった。
 ちなみに、船による遠征中は、特別にやるべきことはあまりないので、昼間にイレーネと、時々テオドラの欲求を鎮めてあげて、夜は旗艦の移動拠点でニュンフェイオンに戻って、マリアと子作りする。そんな生活が続いた。
 留守居役には内宰相のアクロポリテス先生と、軍総司令官代理のラスカリス将軍を指名しているが、必要な指示は随時出すことができるので、政務にも支障はない。


 2か月程の航海を経て、僕の艦隊はピサに寄港し、そこでピサの艦隊と、僕に味方するジェノヴァ艦隊と合流した。
 そして、僕の艦隊がジェノヴァへ向かうと、特段の抵抗はなく、僕はジェノヴァへと入城した。

「みかっち! 何で、今回は戦いが無いのよ!」
「・・・脅しが効き過ぎて、フィエスキ家やグリマルディ家の連中も、戦わずに降伏しちゃったから。ある意味、これはテオドラの功績だよ」

 関係者の話を聞いて、ジェノヴァ共和国の内情をある程度把握した僕は、予めフランス王ルイ9世の承諾も得ていた事項に基づき、ジェノヴァ共和国の新体制を公表した。

「ジェノヴァ共和国は、新たに設置される十人委員会を最高機関として、統治されるものとする。
 十人委員会は、ドーリア、スピノラ、フィエスキ、グリマルディ家の各代表者から1名、ローマ帝国の代表者1名、フランス王国の代表者1名、そして4家以外のジェノヴァ人から、選挙によって選ばれた者4名、合計10名で構成される。
 十人委員会の構成員は、全員が議場における発言権、議題提案権と、1人1票の議決権を有し、そのうち6人以上の多数決によって意思決定を行う。ただし、ローマ帝国の代表者1名は、あらゆる議案に対する拒否権を有するものとする」

 直ちに代表者の選挙が行われ、第1回の十人委員会が開催された。ただし、フランス王国の代表者については、選任が間に合わなかったので、実際には委員9人での開催である。
 ローマ帝国の代表者兼議長は僕が務め、主な議題は、ジェノヴァ共和国の新たな執行機関を定め、主要な代表者を選任すること、ジェノヴァの町に移動拠点を設置すること、そしてビザンティン帝国との攻守同盟を再確認することとなった。
 ジェノヴァ共和国は、聖なる都を奪還するための戦いに協力すること、奪還の暁には、これまでヴェネツィア人に与えられていた居留地をジェノヴァ人に与えるが、帝国の統治権には服するものとされた。

 主な代表者の人選については、あらかじめ両派のバランスを考慮して、適当な人選を僕の方で進めていたので、特に異論は出なかった。その他の議題も、特に異論無く出席者の全員一致で可決された。
 なお、昨年の戦いで捕虜となり、目を潰されていたジェノヴァ人たちについては、僕やイレーネをはじめとする術士たちが、目を治療してやった。ジェノヴァ人たちは神の奇蹟だと言って僕たちに感謝し、当面彼らが、僕たちに反旗を翻す心配はなさそうだった。


 新体制の発足を見届けた後、僕はサラエボの総督を務める、義弟のコンスタンティノス・パレオロゴスを呼び出した。
「お呼びでございますか、殿下」
「コンスタンティノス、サラエボの総督職と兼任で申し訳ないが、これからはジェノヴァ共和国のローマ帝国代表も務め、ジェノヴァの新体制がうまく機能するかどうか、見届けてもらいたい」
「畏まりました」


 こうして、明日僕がジェノヴァから出航することになり、移動拠点でマリアの許へ帰ろうとしたところ、イレーネに呼び止められた。

「・・・どうしたの?」
「あなたに、神聖結晶が4個届けられている」
「今回は、別に戦争をしたわけじゃないのに?」
「ジェノヴァ共和国は、建国以来、ドーリア家、スピノラ家、フィエスキ家、グリマルディ家の4家が共同して統治を行ったことは、今まで一度も無かった。
 あなたが、ジェノヴァ人の血を流すことなく、4家が共同して統治する新体制の構築に成功したことは、充分奇跡に値すると判定された」
「・・・まあ、ジェノヴァ人以外の血は、かなり流しているけどね」
 それでも、くれるというものを断る理由は無い。
 これで、僕の神聖術適性は93。『三傑』の一人である、あのプルケリアに並んだことになる。


 その翌日、僕は艦隊と共に、予定どおり帰国の途に就いた。
「ねえみかっち、なんでコンちゃんを代理に指名したの?」
「・・・いつの間に、そんなあだ名を付けたんだ。
 それはともかく、コンスタンティノスは、結構政治的な調整力には長けているんだよ。支配下に組み入れたばかりの、ボスニア地方の統治も上手く進めているし、地方統治を任せられる若い貴族で、彼以上の適任者は今のところ見当たらない」
「ふうん。コンちゃんは結構有能で、みかっちも信頼してるんだ」
「まあね」
「・・・みかっちと、ぱーすけとコンちゃんの三角関係。これは行けるわね」
 テオドラが、何となく不穏なことを呟いていたが、僕は聞かなかった振りをした。

 ・・・ちなみに、最近話に出していないけど、パキュメレスは僕の首席秘書官として、しっかり艦隊にも同行している。ローマ教皇が神罰を受けて死んだというビラの原案も、パキュメレスが書いてくれたし、『生物の書』の執筆も、僕が高校生物の教科書を読み上げて、パキュメレスが筆記するという形で進めている。彼も期待どおり、かなり有能な政治家に成長しつつある。

 帰国途中、僕はナポリに寄港し、西ローマの摂政を務めるマンフレディ皇子と会談し、同盟関係の継続を再確認した。ローマ教皇インノケンティウス4世の衝撃的な死により、教皇派は急速にその勢いを落としており、僕との同盟継続にも異論はないようだった。


 8月。僕は艦隊と共にスミルナへ到着し、直ちにニュンフェイオンに戻った。
 海戦をする機会は特に無かったが、航海中は海戦を想定した模擬訓練なども行われ、帝国海軍も出航したときに比べれば、かなり練度も上がってきた。ベネデッド・ザッカリアも、海将として十分働いてくれそうだ。
 コンスタンティノスからも定期的に連絡が来ており、ジェノヴァの新体制は、特に問題なく機能しているということであった。

 これで、僕に残された仕事は、聖なる都を奪還することだけになった。
 聖なる都の奪還が済めば、このビザンティン帝国も安泰となり、間もなく僕の役目も終わる。
 僕の配下たち、特にマリアやイレーネのことは名残惜しいけど、そう遠くないうちに僕は、このビザンティン世界での役目を終え、日本での生活に戻ることになるだろう。

 頑張れ僕。『聖なる都』への道は、あと一歩だ。
 ・・・このときの僕は、そのように信じており、そうなることを何ら疑っていなかった。


 年が代わって、世界暦6760年の9月。
 僕が、ビザンティン世界に来て、これで8年目となった。
 僕は、毎年恒例の年賀行事として、ニケーアにいるイサキオス帝の許へ謁見に行った。単なる形式的な行事であり、今まで何事も無く終わっていたので敢えて言及しなかったが、今年の謁見はいつもと若干様子が異なり、何やら見慣れない連中がイサキオス帝の周囲を固めていた。
 それでも僕は慣例どおり、イサキオス帝に情勢報告をした。

「皇帝陛下。帝国摂政、ミカエル・パレオロゴスでございます。ロマーニアの地にいる敵は、ほぼ聖なる都に残るラテン人とヴェネツィア人のみとなり、ジェノヴァも再びわが国の味方となり、軍備も経済も充実して参りました。
 今年の春には、聖なる都を奪回するための軍を興し、これまでラテン人の手にあった聖なる都を、陛下の許に取り戻す所存でございます」

 僕がそう口上を述べると、イサキオス帝の側に控えていた、見慣れない中年の男が、僕にこう告げた。

「ミカエル・パレオロゴス殿、今までご苦労様でございました。皇帝陛下の命により、貴殿は、本日をもって、帝国摂政及び軍総司令官の職から解任されることになります。
 また、これも皇帝陛下の命により、このゲオルギオス・ムザロンが帝国摂政に就任し、今まで貴殿が行われていた職務は、基本的に私と、皇帝陛下から軍総司令官に任命された、我が弟エルルイオスが引き継ぐことになります」

 ・・・え?

(第6話に続く)

<あとがき>

「こんばんわ。帝国摂政を突然クビになった、本編の主人公、榊原雅史こと、ミカエル・パレオロゴスです」
「ちょっと、みかっち、しっかりしなさいよ! 喋り方がロボットみたいになっちゃってるわよ!」
「・・・そう言われても、テオドラ。なんでこんな展開になったのか、理解が全く追いついていないんだけど」
「それは、第6話で語られる話だから、大人しく待ってなさい」
「それはそうと、テオドラは今回、ずいぶんといろんなことをやらかしたね。ボローニャとリヨンの町を、完膚なきまでに破壊しちゃって」
「みかっちだって、調子に乗って、結構いろんなことをやらかしてるじゃない。パトラスを略奪したり、当初の予定にはなかったセルビアやボスニアまで征服しちゃったり」
「・・・色々やらかした、天罰が下っちゃったのかなあ」

「それでみかっち、今後の予定は?」
「作者は、ホームページ版とライト版への投稿を済ませた後、すぐに第6話の執筆に取り掛かるそうです。今のところ執筆は順調なので、9月末か10月の初めくらいには、第6話の前編は投稿できるんじゃないかと言っています。
 ただし、第6話の後編以降については、一部を除き構想がほとんど固まっておらず、どんな話になるのか、書いてみないと分からないそうです」
「書いてみないと分からないなんて、そんな話があり得るの?」
「結構あるよ。プロの作家さんでさえ、実際に書いてみたら当初の予定どおりに話が進まなかったということはあるみたいだし、小説家としてはまだ素人の作者からすれば、むしろ当然だよ。
 この第5話だって、プロット段階ではほとんどやらせることが無くて、前編と後編に分ける必要すらないと最初は思っていたくらいだから」
「それで、あたしたちに好き放題暴れ回らせた結果、無双するような話になっちゃったわけね。つまり、この第5話が話として成立したのは、あたしのおかげね!」
「まあ、作者もテオドラには感謝してるって言ってるから、否定はしないけど。
 ・・・あと、ライト版を含め、この作品を読んで頂いた皆さん、厳しいご意見でも一向に構いませんので、是非作者にご感想やご意見を送ってあげてください。
 誰からも感想をもらえないままだと、たぶん作者は1人で突っ走るだけになっちゃいますので」
「とりあえず、ラストまで完走することが当面の目的、手直しは後で考えるという作品だけど、どうなるか興味のある人は、付き合ってあげてくださいね! ファッセ、ドッサッナ!」


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