第8話前編 囚われた『神の遣い』
第1章 海賊に囚われたら、どうする?
「みかっち、どうするのよ」
僕は、傍にいるテオドラから問い詰められたが、さすがに僕も、この事態にどう対処していいか、咄嗟には思い付かなかった。
僕は、リカリオという偽名を使った、アル=ハイレッディーンと名乗るイスラムの海賊に、騙されて痺れ薬を飲まされ、テオドラやイレーネと一緒に捕らえられ、海賊船でどこかへ連行されている。
僕たちは、船内の倉庫に閉じ込められ、手錠などは掛けられていないものの、武器や神具などは、眠らされている間に取り上げられてしまった。しかも、カエサリアで面会したときは、彼はビザンティン帝国の海軍将校としての服装をしており、カエサリアに寄港していた海賊船についても、怪しい船が来航したなどという報告は一切無かった。
それに、武器はともかく、見た目では単なる腕輪や杖に過ぎない神具に特別な効果があることを、そもそも神聖術のことなど知らないイスラムの海賊が理解できるものなのか。単なる海賊にしては、あまりにも手際が良すぎる。僕の好きな飲み物が林檎ジュースであることなど、それこそ僕の宮廷に仕えていた、一部の人間にしか分からないはずである。
誰か、ビザンティン帝国の宮廷内に裏切り者がいて、その者が手を引いているのではないだろうか。
「みかっち、黙ってないで、何とか言いなさいよ!」
「テオドラ、僕だってこんな事態に直面したのは初めてだ。考える時間が必要なんだよ」
「みかっちの失態で捕らえられたんだから、みかっちの責任できちんと対処しなさい!」
「・・・偉そうに言ってるけど、あいつが海賊だってことに気付かなかったのは、テオドラだって一緒のはずだよね? それに、僕はちょっと怪しいくらいに思っていたけど、むしろテオドラは全面的に信じ込んでいた感じだったし」
「他人に責任を押し付けるんじゃないわよ! それに、こういうときにこすっからい策略を考えるのは、みかっちの役目でしょう?」
「だから、その策略を今考えているところだから、テオドラはしばらく黙ってて!」
自分の不覚を棚上げにして、他人に責任をテオドラと相談しても意味がない。背後の黒幕について考えるよりも、今は海賊に捕らえられたとき、一般論としてどう対処すればよいかを考える方が先だ。
普通の日本人なら、地震や台風などの災害はよくあることなので、どのように対処すべきかを考えている人は結構いるだろうが、海賊に囚われることなど滅多にないので、そんなときどのように対処すべきかを考えている人は、ほとんどいないだろう。
僕自身、今までそんなことを考えたことは無かった。
でも、歴史上の有名な人物で、海賊に囚われた経験のある人物が1人いる。ローマ帝国の実質的開祖とされる、ガイウス・ユリウス・カエサルであ。彼は、海賊に囚われた時、どうしたか?
思い出せ。カエサルは、海賊に囚われた時、どのような行動を取ったのか? ・・・たしか、確実に自分の命を守るため、自ら身代金の額を上げたのではなかったか? そして、海賊に捕らえられた人とは思えないほど尊大に振る舞って、身代金を支払って無事釈放されると、自分でその海賊を退治し、支払った身代金もちゃっかり取り返したのではなかったか?
たしか、『ローマ人の物語』には、そんなエピソードが書いてあったような気がする。手許に無いのでそのくらいしか思い出せないが、試してみる価値はある。今度、あのアル=ハイレッディーンがやってきたときは、そのように対処しよう。
「どう? みかっち、何か思いついた?」
「まずは、海賊たちの目的を聞き出すことだ。身代金が目的なら、対処のしようはある。僕たちと引き換えに、多額の身代金が取れるとなれば、海賊も僕たちを殺しはすまい。そして、できる限り快活に彼らと交流して、少しでも情報を聞き出そう」
先程、アル=ハイレッディーンがやってきたときには、自分の名前を告げてきたくらいで、船の行く先も、僕たちを誘拐した理由も告げず、しばらくこの部屋で大人しくしてな、と言ってきただけだった。そもそも、身代金目的かどうかも分からない。
「快活にって、どういう風にすればいいのよ?」
「テオドラは、とりあえず女王様のように振る舞っていればいいよ」
「つまり、いつもどおり振る舞っていればいいのね? それで何とかなるのね?」
「うん。たぶんそれで大丈夫だ、心配ない。それにテオドラは僕と違って、何度も幽閉された経験があるでしょう? たしか、僕と出会う前に4回くらい、それとムザロンの婚約者にさせられたときにも幽閉されてたし」
「確かにあるけど、どのときも自分の力じゃ、どうにもならなかったのよ! 嫌なこと思い出させないでよ! ・・・トラウマになってるのよ!」
「何度も幽閉されていれば、慣れるっていうものでもないんだね・・・」
テオドラは、彼女にしては珍しく、涙まで流して本気で怖がっていた。
・・・いや、だいぶ前の話になるが、テオドラはいじけて、自分から牢屋に入っていたこともある。普段のテオドラが見せる傲慢さは、情緒不安定で弱い性格を隠すためのものなのかも知れない。
もっとも、その日は粗末な食事が送られてきただけで、アル=ハイレッディーンと交渉する機会は無かった。部屋の中が暗くなったところを見ると、どうやら夜になったらしい。
「そういえば、イレーネはずいぶん落ち着いているね」
「こういう時は、平常心を維持し、いつもどおりの生活をすることが必要」
テオドラと違い、イレーネには慌てたり、怖がったりする様子が微塵も感じられなかった。
「イレーネ、一体その自信はどこから来るの? それに、いつもどおりの生活って?」
「この時間帯になって、食事を摂ってからすることは1つ」
「・・・寝ること?」
「普段は、私と子作りをしながら、眠っているはず」
「イレーネは、こんな状況下でも、子作りをする気になれるの!?」
「こんな状況だからこそ。あなたの恐怖心を打ち消すには、子作りをするのが一番。それに、海賊たちを油断させる効果もある」
「確かに、理屈としてはそうだけど・・・」
「あたしには、とてもついて行けない発想だわ。勝手に2人でやりなさい」
呆れるテオドラをよそに、イレーネは僕たちが寝るために用意された毛布らしきものを、部屋の床に敷き始めた。どうやらその上で、僕との子作りを始めるつもりらしい。
さすがに僕も、こんな状況下で子作りをする気にはなれない・・・と思ったが、そうでもなかった。イレーネがいつもどおり眼鏡もどきを外して、僕を可愛く誘惑し始めると、僕はすっかりその気になってしまい、同じ部屋にテオドラがいることも忘れて、イレーネとの日課に励むことになってしまった。
「・・・みかっちとイレーネは、いつもそんなに激しい子作りを、そんなに何回もやってるの? 子作り状態のまま眠りに就いて、朝起きたらまた始めるなんて・・・。2人とも子作り好きなのは知ってたけど、実際に目の前で見せつけられたのは、今回が初めてよ」
翌朝、テオドラにそんなことを言われた。
「そう言われても、いつもこのくらいやらないと、イレーネが満足してくれないから・・・」
「不満があるなら、あなたも混ざればいい。そうすれば、あなたも落ち着くはず」
「冗談じゃないわよ! こんなところで、しかも3人でするなんて・・・」
しかし、テオドラも子作りを全くしたくないというわけではないらしく、結局は「他にすることもないから、仕方ないわね」と捨て台詞を吐いて、子作りに混ざることになった。
やがて、例のアル=ハイレッディーンがやってきた。
「ミカエル・パレオロゴス。捕囚の身で、女たちと戯れるとはいい度胸だな」
「貴様にどうこう言われる筋合いはない。ところで、貴様たちは何のために、余を拉致したのだ。身代金が目当てか?」
「そうではない。さる、やんごとないお方からご依頼があってな。ミカエル殿とその女たちは、俺たちのアジトで平穏な余生を全うして頂きたいというわけだ」
「その、やんごとないお方とは、いったい誰のことだ?」
「あいにくだが、それは言えない約束になっている」
アル=ハイレッディーンはそう言ってきたが、この時点で大体の察しはついていた。僕が、ビザンティン帝国の統治者として返り咲くことを快く思わない人物といえば、おそらくは国内のムザロン一派か、交易上のライバルであるヴェネツィア共和国だろう。
「アル=ハイレッディーン。余の名前を知っているくらいなら、余がビザンティン帝国でどのような地位にあるかは知っているだろう。余を解放すれば、結構な額の身代金が取れるぞ」
「身代金か。取れるとしても、せいぜい1万ディナール金貨くらいだろう」
・・・この世界における通貨単位について説明するのは難しいのだが、金貨の中で最も信頼性が高いのは、イスラム世界のディナール金貨と、最近になって発行されるようになったイタリアの諸金貨、すなわちジェノヴィーノと呼ばれるジェノヴァ金貨、フィレンツェのフロリン金貨、ヴェネツィアのドゥカート金貨で、これらは概ね同価値で取引されている。
以前、フランス王ルイ9世が捕虜になったとき、身代金として40万リーブルの支払いを求められたが、リーブルはフランスにおける通貨単位で、フランスはまだ自国金貨を発行していないのだが、概ね1リーブルと1ディナールは等価とされている。
若干余談になるが、ビザンティン帝国では、かつてノミスマという金貨を発行しており、ノミスマ金貨はバシレイオス2世の時代くらいまでは、地中海世界で最も信頼性の高い金貨とされていたのだが、その後は財政難のため貨幣改悪が続き、国際的な信頼性を失ってしまった。
その後、アレクシオス1世の時代から若干持ち直したものの、複数種類の金貨が併存する分かりにくい制度になってしまい、ノミスマ金貨ほどの国際的信頼性を取り戻すには至らず、イサキオス2世が即位してからは再び貨幣改悪が始まり、ビザンティン帝国が発行する金貨の信頼性は再び失墜してしまった。
僕が摂政をやっていた時代には、銀貨こそ発行していたものの、国際的に通用しない金貨を無理に発行しても仕方ないという僕の判断により、自国金貨の発行自体を止めてしまい、給料などの支払いには同盟国であるジェノヴァの金貨を使用していた。
その後、帝国の領土が広がって国力も回復し、そろそろ自国金貨の発行を再開しようかという話もあったのだが、そんな折に僕は摂政を解任されてしまった。後任の摂政であるゲオルギオス・ムザロンは、自国金貨の発行を再開したのだが、侮蔑的な意味で『ムザロン金貨』と呼ばれるその金貨は、薄っぺらで純度も低く、あまりにも信頼性が低いため、両替屋に持って行っても、信頼性の高いジェノヴァ金貨などとの交換自体を拒否されてしまう。
以前、テオドロスたちが給料の支払いでムザロンと揉めて、僕のところへ助けを求めにきたことがあるが、あのときはゲオルギオス・ムザロンが、給料の支払いを悪名高いムザロン金貨で、しかもムザロン金貨1枚をジェノヴァ金貨と同価値とみなして行おうとしたため、将校や兵士たちがムザロン金貨での給料受け取りを拒否し、従来どおりジェノヴァ金貨での給料支払いを求めたところ、それならば支払える金は無いと言われ、激昂して僕の許に駆け込んできたという経緯がある。
だいぶ話が脱線してしまったが、要するにフランス王ルイ9世の身代金が概ね40万ディナールとされたのに対し、僕の身代金はせいぜい1万ディナール相当だと思われていることになる。確かに、僕はビザンティンの皇帝でも摂政でもないが、今でもデスポテースという皇帝に次ぐ爵位を有し、しかもニュンフェイオンを中心とした広大な私領を持つ、帝国最大の貴族である。
プロモドロスの銀行に預けてある預金だけでも5万ディナールくらいあるし、僕の私領を管理しているアクロポリテスの協力を得れば、控えめに見積もっても、僕たちの身代金として10万ディナールくらいの支払い能力はある。
・・・1万ディナールという金額は、おそらく僕が、単なるカエサリアの領主だと思われていることから出て来た相場だろう。
「ずいぶん、余も軽く見られたものだな。余とテオドラ、イレーネの身代金であれば、10万ディナールくらいは取れるぞ」
「10万ディナールだと!?」
アル=ハイレッディーンが、僕の言葉に驚いている。どうやら、僕にそこまでの価値があるとは思っていなかったようだ。
「アル=ハイレッディーンよ。余は10万ディナールもの価値がある賓客であるぞ。もっと丁重に扱わぬか。10万ディナールもあれば、貴様のような海賊一党なら、おそらく一生遊んで暮らせるであろう」
こうしたやり取りがきっかけで、僕たちの船内における待遇は大幅に改善され、居室も船内で最も立派な部屋をあてがわれるようになったのだが、僕の思惑に反し、身代金を取って僕たちを解放しようという動きにはならなかった。
「アル=ハイレッディーン。ニュンフェイオンに使者を送らなければ、余の身代金を工面させることができぬ。10万ディナールが欲しくないのか?」
「ミカエル殿。貴殿に、俺たちが予想していた以上の価値があることは分かったが、貴殿を解放する気は無い。貴殿の価値は、俺たちにこの仕事を依頼した、やんごとないお方との報酬釣り上げ交渉に利用させてもらう」
「その、やんごとないお方というのは、10万ディナールを超える金を支払えるのか?」
「まあな。やんごとないお方にとって、貴殿を俺たちのアジトに閉じ込めておくことにどれだけの利益があるのか分からんが、どうしても貴殿を閉じ込めておく必要があるというのであれば、いくらでも搾り取れるだろう」
アル=ハイレッディーンとそんな話をした後、僕はテオドラに事情を聞かれた。
「みかっち、待遇はだいぶ良くなったけど、肝心のあたしたちを解放する話はどうなったの?」
「残念ながら、その話はうまく行っていない。海賊たちの背後には、何としても僕たちを閉じ込めておきたいスポンサーがいるらしく、そのスポンサーは、どうやらかなりの金持ちらしい。海賊たちは、僕とそのスポンサーを天秤にかけて、より多くの金をせびろうとしているようだ」
「そのスポンサーって、一体誰よ!?」
「アル=ハイレッディーンは、『やんごとないお方』としか言わないので正確には分からないけど、僕をどうしてもニュンフェイオンに帰したくない連中として思い当たるのは、ムザロン一派とヴェネツィアだ。そして、ムザロン一派にそこまでの資力があるとは考えにくいから、消去法で考えれば、『やんごとないお方』というのは、ほぼヴェネツィア共和国とみて間違いないだろう」
「ヴェネツィアって、うちの友好国じゃなかったの? なんで、そのヴェネツィアが、あたしたちを閉じ込めておこうとするのよ!?」
「・・・テオドラ、それ本気で言ってるの?」
「本気よ。あたしだって、さすがにこんなところで冗談は言わないわよ!」
「テオドラ、確かにローマ帝国とヴェネツィアとは、表向きは通商条約を締結し、友好関係を維持している。でもその関係は、僕がヴェネツィアの拠点であるロードス島を奪い、さらにテオドラがヴェネツィアの交易船団を殲滅したことを交渉材料にして、ヴェネツィア側にとってかなり不利な条件での講和を強要としたというのが実情だ。
ヴェネツィア側では、この講和を実質的な敗戦とみなしており、当時の元首が辞任に追い込まれたくらいだから、彼らは常に巻き返しの機会を窺っている。ヴェネツィアが、かつて僕たちの敵であったエピロスに裏で経済援助をしていたことは分かっているし、僕もヴェネツィアの商業における覇権を切り崩すべく、様々な策略を行ってきた。
カエサリア・マリティマを手に入れ、あの都市を東方交易の拠点として整備しようとしているのも、東方貿易におけるヴェネツィアの覇権を切り崩す戦略の一環だ。ローマ帝国とヴェネツィアとの関係は、表向きは手を結びながら、裏では互いに足の引っ張り合いをしているような関係なんだよ」
「・・・あたし、そんな話聞いたこともないわよ。ヴェネツィア人って、結構あたしに贈り物とか送って来たし、むしろ良い連中だと思ってたわ」
「それは、単にテオドラを買収しているだけだよ。将来ローマ帝国の皇后になろうというのであれば、せめてそのくらいのことは理解しておいて欲しいんだけど。これまでにも、幹部たちとそういう話をしてきたし、テオドラにも知る機会はあったはずなんだから」
「全然覚えがないわ」
・・・やっぱり、テオドラは所詮アホの子か。政治感覚というものが全く無い。こんなのに、ローマ帝国の皇后が務まるのか、心配になってきた。
「とにかく、僕がローマ帝国の皇帝になって勢力をさらに広げることは、ヴェネツィアにとっては悪夢のような事態だから、どれだけ金を出してでも食い止めようとするだろう。ひょっとしたら、ムザロンとヨハネス皇子を担ぎ出して、僕を帝国摂政の地位から引きずり下ろしたのも、裏ではヴェネツィアの策動がったのかも知れない」
「そんなことがあり得るの?」
「以前だって、ヴェネツィアは自分たちの交易を有利にするために、ラテン人の十字軍を操って、君の叔父のアレクシオス3世から、兄のアレクシオス4世に皇帝をすげ替えて、そのアレクシオス4世が殺されると、聖なる都を劫略して、ラテン人のボードワン1世を皇帝に据えたことがあるじゃない。いくらテオドラでも、そのくらいのことは知ってるでしょう?」
「・・・みかっち。それって、ラテン人じゃなくて、ヴェネツィア人がやったことだったの?」
駄目だ。テオドラと話していると、頭が痛くなる。皇后になりたいという野心だけはあるくせに、現実の政治については全く興味がないらしい。
「分からないならいいよ。とにかく、単に身代金が欲しいという海賊に囚われたのであれば、対処する方法はあるけど、今の僕たちは、何としても僕たちをニュンフェイオンに帰したくないという、ヴェネツィア人の手先となった海賊に囚われてしまったんだ。
海賊たちにとって、僕たちは大切な金づるだから、当面殺されることはないだろうけど、海上交易で繁栄し、無尽蔵と言って良いくらいに金を持っているヴェネツィア人に、資金力で勝つのは無理だ。身代金を払って解放してもらうという道が途絶えた以上、何とか自力で脱出する方法を探るしかない」
「そんな方法あるの?」
「今のところはないよ。でも、海賊たちのアジトに着いたら、状況次第では何か、上手い方法が見つかるかも知れない。それに賭けるしかない」
「みかっちも、結構役立たずねえ」
「僕だって、出来ないことくらいあるよ!」
もちろん、神聖術さえ使えれば、こんな状況を打破するのは極めて簡単だけど、奪われた神具がどこに隠されているかは分からない。イレーネは冷静だけど、この機会に僕との子作りを楽しむことしか考えていないらしく、この事態について相談しても「いずれどうにかなる」くらいの答えしかなく、いつも以上に僕との子作りをせがむだけ。
テオドラだけでなく、イレーネも役に立たないとは・・・。
僕たちは、結局打開策を見つけられないまま、数日にわたる航海の末、海賊たちのアジトらしき町へ到着し、その町の港で船から降ろされた。
第2章 海賊たちの拠点・ダーネ
「ミカエル殿。ここが俺たちの拠点だ。ミカエル殿の住まう邸宅は、既に用意してある。この町の中であれば、自由に外出しても構わないが、この町から出ることは認められない。せいぜい、この町の中で自分の女と戯れながら、快適な余生を送るがいいさ」
「アル=ハイレッディーン。この町は何という名前で、どこにあるのだ?」
「それは、俺たちにとって最大の秘密だからな。教えるわけには行かねえよ。どうせ、知ったところでどうすることも出来ないだろうがな」
「そういえば、例の『やんごとないお方』との交渉はどうなった?」
「おかげさまで大成功だ。ミカエル殿が、解放するなら10万ディナール出すと言っていると伝えたところ、やんごとないお方は、ミカエル殿を一生この町に閉じ込めておいてくれるなら、即金で20万ドゥカート支払う、必要ならさらに上積みするとまで言ってきた。ミカエル殿は、そんな『やんごとないお方』より、もっと金を出せるのか?」
「・・・さすがに、そこまでは無理だ」
「ならば決まりだな。この町は結構気候が良いから、快適に過ごせると思うぜ、じゃあな」
そして僕たちは、海賊の手下たちに案内されて、邸宅に案内された。
「みかっち、海賊たちのアジトにしては、結構良い建物ね」
「たぶん、ヴェネツィアから多額の金を渡されたから、気前よくなってるんだろうよ」
「やっぱり、黒幕はヴェネツィア人なの?」
「ほぼ確定と言って良い。僕たちの敵で、しかも即金で20万ドゥカートも出せる連中と言ったら、ヴェネツィア人以外に思い付かないし、海賊たちに支払われる通貨も、ヴェネツィアが発行しているドゥカート建てだ。その時点で、自分たちのスポンサーはヴェネツィアだと言っているようなものだ」
「それで、何か脱出できる方法はないの?」
「それを、これから探すところなんだよ。この町の中であれば、自由に行動していいらしいから、まずこの町が何と言う名前で、世界のどのあたりにあるのかを聞き出し、併せてこの町の警備状況はどうなっているかを探る必要がある。テオドラも、できれば協力して」
「・・・あたし、海賊やこの辺の人の言葉が、ほとんど分からないのよ。そういう仕事が出来るのは、あたしが『意思疎通』の術をかけてあげた、みかっちだけね」
「それじゃあ仕方ないね。僕1人でやる」
僕は、海賊やこの町の人々から少しでも情報を聞き出すため、海賊たちの軍事訓練に参加したり、海賊たちと談笑し、自分の武勇伝を話し聞かせたりした。
「・・・アイン・ジャールートでモンゴル軍と戦った折、総司令官であるスルタンのクトゥズは、壊滅状態にある左翼を救援しようとして、戦死してしまってな。もはやイスラム世界も滅亡かと思われたとき、バイバルスと余が必死で態勢を立て直し、モンゴル軍を壊滅させたのだ。余がいなければ、おそらくミスルもこの地も、モンゴル軍に征服されていたであろうな」
「へえ、大将はそんな凄い奴なのか。とてもそうは見えねえな。剣の腕もそれほどじゃねえし」
・・・確かに、僕は今まで神聖術にかなり頼ってきたから、剣術の腕自体は、せいぜい並みの兵士よりは強いという程度でしかなく、武闘大会の本選に出られるほどではない。
「確かに、剣術の心得はさほどでもないが、余はローマ帝国に伝わる神聖術の使い手でな。今は神具を取り上げられてしまっているから使えないが、神具さえあれば、こんな町など一撃で破壊するもできるぞ」
「へえ、そいつは傑作だ。こんな、奴隷にしても高値では売れないような大将が、一撃でこの町を破壊してみせるなんて言ってるぜ!」
話を聞いていた他の海賊たちも、一様に笑っていた。どうやら、僕の話を信じていないらしい。
「お前たち、余の話を信じていないようだが、余がひとたび神具を取り戻し、この町を脱出することに成功しようものなら、お前たちなど全員縛り首にしてやるぞ」
「大将は囚われの身のくせに、俺たちを縛り首にしてやるってのか! よくも、そんな大口叩けるもんだな!」
海賊たちは、更に笑い転げた。僕としては、冗談を言っている気は全く無いのだが、海賊たちには面白い冗談に聞こえるらしい。
ともあれ、場が打ち解けたところで、僕は海賊たちから情報を聞き出そうと試みた。
「そういえば、お前たちは普段、どんな船を襲って生計を立てているのだ?」
「俺たちは、表向きムスリムの海賊団を名乗っちゃいるが、ぶっちゃけると弱そうな相手なら、誰でも狙うな。相手が同じムスリムでも、狙うときには狙うぜ。もちろん、一番燃えるのは、不信仰の連中が乗っている船を襲う時だけどな」
・・・ムスリムの海賊といっても、こいつらは宗教よりも利益を優先するらしく、同じムスリムを襲うことに抵抗はないらしい。なお、彼らが「不信仰の連中」と言っているのは、要するにキリスト教徒のことである。
「不信仰の連中の中では、どの国の船が狙い目なのか?」
「そうだな。護衛の付いていないジェノヴァやピサの商船、あとは聞いたことのない国の商船が狙い目だな。ジェノヴァやピサはともかく、他の国の商船はあんまり海に慣れてねえから、弱いんだよ」
「それでは、ヴェネツィアやローマ帝国の船はどうだ?」
「西ローマの船は狙い目だが、ヴェネツィアと東ローマはやばい連中だな。ヴェネツィアは、商船を襲っても後で必ず報復してくるし、最近は数百隻単位でまとまって行動することが多くて、手を出せねえ。ヴェネツィア船はこの辺をよく通るが、ヴェネツィア船は襲うなって、お頭からも命令が出てるぜ」
・・・こいつら、ヴェネツィア船は襲わないのか。ますます、ヴェネツィアの手先である可能性が高くなってきたな。
「でも、東ローマの連中はもっとやばいぜ。あいつらも、大船団を組んで行動する上に、海賊らしき船を見つけると、向こうから攻撃してきやがる。俺も、前のアジトが東ローマの連中に壊滅させられたから、こっちに移ってきたクチだからな。ここなら、さすがに東ローマの連中が攻めてくることはねえだろうからな」
別の海賊が、そんなことを言い出した。こいつからは重要なヒントを聞き出せそうだ。
「前のアジトは、どのへんにあったんだ?」
「アンタルヤの近くだよ。あの辺は、不信仰の連中が船を出すことも多くて、いい稼ぎ場だったんだけどな、最近は船がめっきり減って、陸地も東ローマの領土になっちまって、あの辺は海賊も山賊も根こそぎ討伐されて、逃げ遅れた奴らは皆殺しにされちまった。こっちは、以前ほどは稼げる場所じゃねえが、東ローマとは海を挟んで反対側だから、さすがにあいつらが攻めてくることはねえよ」
・・・なるほど、ビザンティン帝国とは海を挟んで反対側にあるのか。だいぶ位置を特定できる情報がつかめて来たぞ。
「おい、大将にはこのアジトのことを教えるなってお頭に命令されてるだろ。それ以上のことは話すな」
「そうだった。そんなわけで大将、俺の口からこれ以上のことは言えねえな」
どうやら、海賊たちはアル=ハイレッディーンから口止めされており、これ以上の情報を聞き出すのは難しそうだった。
僕は、町内もぶらついてみたが、町の出入り口となる城門は兵士たちがしっかり警備しており、神聖術なしで外に脱出するのは、かなり難しそうだった。しかし、この町の情報については、一般の若い兵士に変装したところ、食材などを販売している町のおばちゃんから、かなり詳しい情報を聞き出すことが出来た。
「そこの若いお兄ちゃん、最近よく来るようになったねえ」
「最近、この町に引っ越してきて、兵士として町の太守に仕えることになったんですよ」
「そうなのかい。でも、なんだってこんな町に引っ越してきたんだい?」
「こんななりなんで、どこも兵士として雇ってくれなくて。ところでおばちゃん、この町ってどんなところなんです? 僕は来たばっかりで、よく分からないんですが」
「そうなのかい。この町はダーネと言ってね、小さいけど古くからある町なんだよ。リビアの地は大抵砂漠だらけだけど、この辺は森も多くて雨も多いから、割と暮らしやすい場所でね。ただ、カーヒラやアレクサンドリアからは西に大きく離れているから、スルタンの支配もこの辺には及ばなくてね。
他にこれといった産業もないから、町の太守も海賊たちが住むことを黙認しちゃってね、海賊のおかげで成り立っている、海賊天国みたいな町になってるのよ。うちの店に来るお客さんも、半分くらいは海賊さんだね。
今は海賊さんのおかげで成り立ってるけど、ミスルのスルタンが海賊討伐に乗り出したら、すっ飛んで逃げるしかないわね。お兄ちゃんも、いつまでもこの町に住んで兵士なんかやっていると、いつ戦争に巻き込まれるか分からないから、別の仕官先を探した方がいいわよ。最近は、バイバルスって人がミスルのスルタンになったらしいけど、あそこは兵士不足だって噂だから、今ならお兄ちゃんでも、兵士として雇ってもらえるんじゃない?」
「おばちゃん、色々教えてくれてありがとう。じゃあいつもの、これとこれお願いします」
「はい、まいどあり。いつも来てくれるから、少しおまけしておいたよ。また来てね」
こんな風に、僕の正体を知らないお店のおばちゃんなどが色々喋ってくれたおかげで、僕はこの町の概要を知ることが出来た。この町はダーネという名前で、エジプトの西にあるリビア地方の東側にある港町であること。
最近バイバルスに代わったばかりの、エジプトのスルタンによる支配はほとんど及んでおらず、リビアの中では気候温暖で暮らしやすいこともあって、海賊たちの根城になってしまっていること。町の太守はいるが、太守も税収への期待などから、海賊たちの出入りを黙認してしまっており、主に海賊業で潤っている町であること。そして、このダーネに限らず、リビア地方には海賊や盗賊が多く、リビアの沿岸部にある町は、事実上海賊たちの根城になっているところも珍しくないこと。
しかし、町の概要を知ることが出来たところで、この町を脱出する手段が思い付かなかった。いや、城壁の外に出るだけなら比較的簡単なのだが、神聖術も使えない、旅をするための路銀もないという状態では、治安の悪い砂漠の道を通って、遠いアレクサンドリアまで辿り着くことは不可能である。
そして、ここから陸路で一番近い、アレクサンドリアのプロモドロス邸宛てに手紙を書き、助けを求める方法も考えたが、肝心の手紙を託せる相手がいない。この辺は治安が悪く、またリビアでも主要な町ではないこともあって、陸路でこの町を通りアレクサンドリアへ向かう商人や旅人など、滅多にいないというのだった。この町に最新情報をもたらしてくれるのは、主にこの町を利用している海賊たちということであり、海賊たちに手紙を託すわけにも行かない。
いわゆる、陸の孤島に閉じ込められた僕の思考回路は、そこで行き詰まってしまった。
第3章 イレーネの秘密
僕は、テオドラが僕に責任をなすりつけるだけで役に立たないのは、いつもと大して変わらないという感じで慣れているが、いつもは頼りになる存在であるイレーネが、今回全く役に立たないことは、僕にとって非常に気になる問題だった。イレーネも、杖を取り上げられて神聖術を使えないという事情は分かるものの、毎日僕に子作りをせがむだけで、そもそもこの場を脱出しようという意欲が感じられない。
イレーネは、毎日僕と子作りさえできれば、他のことはどうでもいい、一生ダーネの町に閉じ込められたままでもいいと思っているのか。仮にそうであれば、一応にせよ逃げたいという意思のあるテオドラより、さらに性質が悪い。そう思い始めると、僕はだんだんイレーネに、腹を立てるようになっていた。
そしてある日。僕がいつものとおり町に出て、情報収集に行こうとするとき、イレーネがこんなことを言い出したことがきっかけで、僕の怒りはついに爆発した。
「これ以上、あなたが町に出ても無意味。もっと、私と子作りして欲しい」
「イレーネ! 君は、オナニーや子作りのやり過ぎで、おかしくなっちゃったの!? 僕たちがずっとこの町に閉じ込められたままで、ローマ帝国の再建が出来なくなってもいいの!?」
「・・・私は、子作りはともかく、あなたの言う自瀆行為をしているわけではない」
そんなイレーネの言葉に、僕は思わずキョトンとしてしまった。僕が知る限り、他の誰よりもエッチな女の子で、僕の前でオナニーを見せつけることも多いイレーネが、自分はオナニーをしていないなどと主張したところで、まるで説得力がない。
「何を今更。普通の女の子ならともかく、イレーネにそんなことを言われても・・・」
「あなたの言う自瀆行為は、1人で性的快楽に耽るための行為のこと。私がやっているのは、そのような行為ではない」
「・・・どう違うって言うつもり?」
「私がやっているのは、自分の身体を使った人体実験。快楽を貪るための行為ではない」
「どんな実験をやっているっていうの?」
「私は、神聖術の博士号を得るため、幼い頃にはイレニオスという男性名を名乗っていた。そして8歳頃から、自分の身体も男性に変えようと考え、そのための実験を行っている」
「どんな実験?」
「男性のプリアポスと女性の陰核は、もともとは同じ器官。そのため、自分の陰核を鍛え上げて大きくすれば、自分も男性らしく見えるようになるのではないかと考えた」
「どうやって、鍛え上げようとしたの?」
「毎日自分の陰核を直に触って、刺激を与えて大きくしようとした。これは、快楽を貪るための行為ではない。・・・特に最初の頃は、むしろものすごく痛かった」
「はあ・・・」
僕は、イレーネの話を聞いて、思わず頭を抱えた。
解説が必要なのは分かるが、イレーネの話は下ネタもいいところなので、18禁にならないように説明するのが難しい。とりあえず、必要以上にいやらしい話にならないよう、言葉を選びながら説明することにする。
女性の身体には、陰核、またはクリトリスと呼ばれる器官が存在する。陰核は、もともと男性の陰茎と同じ器官で、女性の体内で胎児が育つとき、男の子は男性ホルモンの影響でその器官が大きくなり、陰茎となる。女の子は、その器官がほとんど大きくならず、陰核となる。
陰茎は、男性の生殖行為に不可欠な器官であり、排尿もここから行われるが、陰核にそうした機能はなく、医学的には何のためにあるのかよく分からない、謎の器官とされている。
男性が女性に陰茎を触られれば気持ち良くなるのと同様、女性と子作りやエッチなことをする際、女性の陰核をやさしく刺激すると女性が気持ち良くなれるので、通常は子作りをする前にある程度陰核を触るのだが、陰核は非常に敏感な器官で、通常は包皮に包まれている。
包皮を剥いて陰核を直接刺激してしまうと、ほとんどの女性は気持ち良くなるどころかむしろ痛がるので、通常男性が女性の陰核を刺激する際には、包皮の上から優しく触るか舐めるだけである。僕もかつてオフェリアさんに、女性の包皮を剥いてはいけないと教えられたことがある。
ところがイレーネは、自分の陰核を刺激し続ければ、そのうち陰核が男性並みに大きくなるだろうと勘違いして、8歳の頃から自分の陰核を、包皮の上からではなく直に触り続けてきたのだという。
・・・類似の経験は、男の僕自身にもある。僕もちょうど8歳の頃、包皮を剥いて自分の亀頭部分を触ったところすごく痛かったのだが、お風呂場でそれを見た僕のお父さんから、男がそんなことでどうするとお説教され、以後必死になって、包皮を剥いて自分の亀頭部分を触る練習をした。
1年くらい練習を続けると、やがて触っても痛くなくなったのだが、その代わり触るのが癖になってしまった。そして、それに気づいたお父さんから、陰茎を触ってもいいが包皮を使ってしごくと包茎になってしまうからやめなさいと注意され、気持ち良くなるための道具をお父さんに買い与えられ、ほぼ毎日その道具を使うようになった。
その後、中学生くらいになって、自分のやっていることがいわゆるオナニーと呼ばれる行為であり、お父さんが買ってくれた道具が、18歳未満の人は購入禁止とされているエッチなおもちゃであり、また父親からそのような性教育を受けているのは、周囲の中ではおそらく自分だけだということに気付いたのだが、既に毎日の習慣と化してしまったその行為を止めることは出来なかった。
そして、自分のものが、他の男の子に比べてずいぶん大きくなってしまっているのも、おそらくそのせいだと思い、僕はなんでこんなことを教えたのかとお父さんに抗議したものの、当のお父さんは、僕に彼女が出来たとき困らないようにしてやっただけだ、大きいのは別に悪い事じゃないと答えただけだった。
そのときの僕は、お父さんの説明に納得できず、お父さんのことを変な人だと思うようになってしまったのだが、ビザンティン世界で子作りを覚えるようになって、最近では確かにあの練習をしておらず、高校生になっても痛いままだったら苦労するだろうし、同年代男子の多くが抱えているという包茎の悩みにも無縁なので、お父さんの性教育も間違ってはいなかったんだなと思えるようになった。
僕自身の話はそのくらいでいいとして、イレーネは動機こそ違えど、女の子の立場で僕と同じようなことを、奇しくも僕と同じくらいの年齢から、頑張って続けてしまったということになる。
その結果、今のイレーネがどうなっているかと言えば、確かに陰核は普通の女の子よりかなり大きくなっているが、男の子の陰茎に見えるほどではない。そして、中途半端に大きくなったせいで、陰核が包皮の中に収まらず、敏感な陰核が常に露出してしまっている。
そんなイレーネを相手にする時には、陰核への刺激も直に行わざるを得ず、イレーネは痛がりこそしないものの、その刺激は並大抵のものではないらしく、それは責められたときのイレーネの反応を見ればすぐに分かる。イレーネはテオドラなどと異なり、少し刺激しただけで感じまくってくれるので、非常に責めがいがある。
それはいいのだが、要するにイレーネのやっていたことは、幼い頃の僕と同じ、オナニーだという自覚のないオナニーである。それも、普通の女の子ならまずやらない、極めて刺激の強い方法のオナニーである。そして女の子は、オナニーをすればするほど性欲が強くなる傾向にあるので、幼い頃から自覚なしに強烈なオナニーを、しかも毎日やりまくったイレーネは、信じられないほどエッチな女の子になってしまったというわけか。
妙なところで僕が納得していると、イレーネの話はさらに続いた。
「・・・しかし、頑張って続けていると、次第に痛みが和らいでいき、今では触っても、痛みは特に感じなくなっている。そして、陰核もある程度大きくなった」
「でも、イレーネは女の子に戻ったんだから、もうそんな実験、続ける必要ないんじゃない?」
僕は、どうせ気持ち良くて止められなくなったんだろうと察しはついていたが、敢えてイレーネにそんな質問をしてみた。もちろん、単なる意地悪である。
「まだ、実験は終了していない。自分を男性らしく見せる必要はなくなったが、ある程度の成果は得られた。今後どのくらいまで大きくなるか、試している」
「単に、気持ち良くなってやめられなくなっただけなんじゃないの?」
「・・・そんなことはない」
イレーネは必死に否定するが、図星を指されて慌てているのは、その表情から丸分かりでだった。自分のやっていることがオナニーでは無いと強弁するイレーネはとても可愛くて、僕はもっとイレーネをいじめたくなってしまった。
「それに、最近はそれ以外のこともやっているんじゃない? 中に指を突っ込んだりしているのは、実験じゃ説明できないよ?」
「あれは、あなたを受け容れるための訓練」
そう来たか。確かに、イレーネは小さすぎて僕のものが入らないからって、一生懸命広げようとしていたことがあった。
「確かに、最初はそうだったかも知れないけど、今はもう十分に受け容れられるじゃない」
「子作りを繰り返すと、次第に緩くなってきて、あなたに十分な快感を与えられなくなってしまう。今はそれを防止するための訓練を重ね、その成果も現れている」
「・・・どんな訓練をして、どんな成果が現れたっていうの?」
「例えば、今はこんなことも出来る」
イレーネはそう言って、キュウリのような野菜を取り出して、自分の中に入れた。そして、イレーネがどう見てもオナニーにしか見えないことをして、イレーネの身体が激しく痙攣すると、何やらボキッという音がした。
その後で、イレーネは割れたキュウリの欠片を取り出した。イレーネは、なんと自分の身体の中で、キュウリを割ってしまったのである。
その光景に、僕は思わず戦慄した。普段イレーネとは、毎日何度となく子作りをしているが、こんな芸当のできるイレーネが本気を出したら、僕のものなんて簡単に折れてしまうのではないか? 僕は毎日、そんな危険な相手と子作りをしていたのか?
「・・・い、イレーネって、そんなことも出来るの? そんなに強い圧で締め付けられたら、僕のものが折れちゃうんじゃないかと思うんだけど」
「あなたは、私の身体で十分鍛えられているから、折れる心配はない。実際、私が全力で締め付けても、今まで折れたことは無い。しかし、鍛えられていない通常の男が今の私と子作りをしたら、おそらくその男のプリアポスは、簡単に折れてしまう」
「・・・何でそんな訓練を?」
「私の身体が緩くなって、あなたに快感を与えられなくなったら、あなたに飽きられてしまう。そうならないために、私は日々努力している」
「・・・僕を気持ち良くするために努力してくれるっていうのは、ある意味ではうれしいけど、ちょっとやり過ぎじゃないかと思うよ。その、イレーネの子作りにかけるもの凄い執念は、どこから来るの?」
「私は、もうあなたと子作りをしないと、満足できない身体になってしまった。あなたを失うのが怖い。あなたに飽きられて、子作りをしてもらえなくなったら、どうやって生きて行けばいいのか分からない」
そう語るイレーネの表情は、本気でそんな不安を抱えているようだった。
「僕がイレーネに飽きることは、まずないと思うけど、そんなに僕と子作りできなくなるのが、不安でたまらないの?」
「そう。私は、あなたの心を満足させることが出来ない。だから、せめて全力で、あなたの身体を満足させるしかない」
「僕の心?」
「あなたの心は、私ではない別の女性に向いている。私では、その女性の代わりになることが出来ない」
「・・・その女性って、ひょっとしてマリアのこと?」
僕が尋ねると、イレーネは黙って頷いた。
・・・確かに、僕がマリアと一緒だった頃は、多少不自由があってもいいから、マリアと一緒でいたいという強い想いがあった。でも、マリアに対するものと同じ感情をイレーネに抱けるかと聞かれたら、答えは否である。
イレーネは、かつてのマリア以上に、頑張って僕を気持ち良くさせてくれるけど、イレーネさえいれば他には何もいらないという気分にはなれない。実際、マリアと結ばれていた頃は、僕はその現状にすっかり満足し、日本へ戻ることはしばらくなかったが、マリアと引き離されてからの僕は、度々マリアのことを思い出してしまいてしまい、そして時々日本へ戻ってしまう。
でも、その理由を説明しろと言われると、自分でも上手く答えられない。マリアと一緒にいると、まるで亡くなったお母さんと一緒にいるかのような、ふわふわした幸福感が漂ってきて、それ以外は何もいらないという気分になれる。イレーネと一緒にいるときは、エッチな気分になってとても興奮するけど、マリアと一緒にいるときのような幸福感は得られない。
もちろん、イレーネには、マリアより良いところもたくさんある。イレーネは、不思議な力を持った術士として、色々な場面で頼りになる存在だし、子作りに関しては、おそらくかつてのマリア以上に、僕を気持ち良くさせてくれる女の子である。普段は黒いローブに眼鏡もどきという、色気の欠片もない格好をしているのに、僕と二人きりの時にはとても可愛らしい一面を見せてくれる、一途な女の子でもある。それでもマリアとは違って、イレーネと一緒なら他には何も要らない、という気にまではなれない。
でも、なぜそうなるのかと聞かれても、自分にも分からないとしか答えようがない。マリアとイレーネとの違いを文章的に表現すること自体、僕にはこのくらいが精一杯で、これ以上具体的に表現のしようがないのだ。
イレーネは、どうやらそのことが分かっていて、僕のことを身体で繋ぎとめようと、イレーネなりに必死になっているらしい。でも、イレーネとマリアのどこがどう違うのか、どうしてイレーネにはマリアほどの愛情を抱けないのか、僕自身にもよく分からない以上、そのことで悩んでいるイレーネを慰める言葉は、僕には思い付かなかった。
仕方がないので、僕はとりあえず話題を変えることにした。
「・・・男の僕にはいまいち理解できないけど、女の子にとっての子作りって、そんな子作りできないと生きていけないという気になっちゃうほど、気持ち良いものなの?」
僕にとっても、子作りは気持ち良いものではあるけど、それだけのために全身全霊を捧げる気にまでにはならないし、イレーネのように、可能であれば1日中続けていたいとまでは思わない。
「あなたも、試してみれば分かる」
「そんなことできるの?」
「可能」
そう断言するイレーネの目が、一瞬怪しく光ったような気がした。
その数時間後。僕は、イレーネの身体に入れ替わり、僕の姿をしたイレーネに犯されていた。
「イレーネ、せめて、ちょっと休ませて・・・。気持ち良いというより、もう、刺激があまりにも強すぎて、壊れちゃうよ・・・」
やっとのことで僕が発した声も、か細いイレーネの声色になってしまう。
以前、テオドラと身体を入れ替えて、テオドラの身体でオフェリアさんに責められたことがあるけど、そのときとは比較にならないほど強い感覚だった。最初、僕の姿に入れ替わったイレーネは、いきなり子作りを始めることはせず、イレーネの姿をした僕の身体を責めていたのだが、イレーネの身体はどこも敏感で感じやすく、何度も何度も登り詰めてしまう。確かにこんな感覚は、男の身体では決して味わいようのないものだった。
そして、身体を触られるたび、女の子の穴は、僕のものを欲して激しく疼いていた。こんな感覚を経験するのも、生まれて初めてだ。その辛さも、僕が禁欲しているときの辛さとは比較にならなかった。僕は思わず涙まで出して、腰を何度も浮かせてしまい、イレーネが僕にしているのと同じように、イレーネに恥ずかしいおねだりをしてしまった。
・・・僕の姿に入れ替わったイレーネは、僕に対していわゆる「焦らしプレイ」を行い、焦らされている状態が如何に辛いものかを、僕に思い知らせようとしているようである。そして、辛い焦らしプレイが終わって、やっと子作りが始まったかと思ったら、僕の身体は大きな異物が侵入してくる未知の感覚に襲われ、気持ち良いというよりは、むしろ連続で強い電流を浴びているような刺激を受け続けた。こんな刺激を受け続けたら、頭がおかしくなってしまう。
子作りで女の子が受けられる快感は、一説には男の10倍、100倍などと言われていて、普通の男がそんな快感を受けたら頭がおかしくなってしまうとか、どこかの本で読んだような気がするけど、まさしくそのとおりだった。このままでは本当に、僕自身が壊れてしまう。
「止めない。あなたは、私がいくら止めてといっても、私が気絶するまで続けようとする」
「僕が悪かったから・・・。もう、焦らしプレイは2度としないから・・・。許して・・・」
そんな僕の懇願もイレーネは聞き容れてくれず、イレーネは休みなしで僕を責め続けた。いつ終わるかも分からない、頭がおかしくなりそうな快感地獄は、僕が耐えられずに意識を失うことで、ようやく終わりを迎えた。
第4章 湯川さんの正体
次に目が覚めたとき、僕は現代日本に戻っていた。
「はいはいウラン、エサあげるから、降りて」
体重10キロ前後もある、巨大猫のウランが僕の胸に乗っかると、本当に重い。体重何キロかは知らないけど、確実にウランよりは重いはずのイレーネに乗っかられても、全然重く感じないのに、ウランに乗っかられると重く感じるのはなぜだろう。
そんな、どうでも良いことを考えつつ、昨日の現代日本で起こったことを日記で読み返していると、湯川さんとの関係が奇妙にこじれていたことを思い出した。あんなことがあった翌日の湯川さんと学校で会うのは、少々気まずい。
僕の頭は、何となくぼんやりしていて、いまいちやる気が出ない。イレーネの身体で激し過ぎる快感を得て、頭がおかしくなってしまったのかも知れないが、おそらく一番の原因は、ビザンティン世界における僕の境遇である。
当面殺されるおそれはないとしても、海賊たちにダーネの町で軟禁されて、身動きが取れず、助かる見込みがない状態であることに変わりはない。日本に戻った僕に出来たことは、パソコンのインターネットを使った検索で、ダーネという町が現在ではデルナまたはダルナと呼ばれており、現代リビアの北東部にあることを知ったことだけだった。
でも、そんな知識を得たところで、この日本に助けを呼べる相手はいない。そして明日からは、終わることの無い捕囚生活が待っている。やる気が出るはずも無かった。
「・・・雅史、どこか身体の調子でも悪いのか?」
朝食のとき、お父さんにそんな言葉をかけられた。
「お父さん。僕って、そんな調子悪そうに見える?」
「何となく、いつもと違って目が虚ろで、いかにも元気なさそうに見えるぞ。どこか、身体の具合が悪いなら、今日は学校を休んで、医者にかかった方がいいんじゃないか?」
「・・・身体の具合というより、何となく気分が悪くて、落ち着かなくて」
お父さんは心配してくれているけど、この問題はおそらく、お父さんにもお医者さんにも解決のしようがない。
「・・・心の問題か。昨日の湯川君と、何かあったのか? 心の病は、こじらせると厄介だ。お父さんは今日、物件の視察があって、夕方まで帰ってこないが、そんな状態で、無理して学校へ行っても仕方がない。とりあえず今日は欠席にして、家でゆっくりしたらどうだ?」
「・・・そうしようか」
僕が、お父さんに同意して、学校に電話して欠席の連絡を入れようとしたとき、僕の頭に、例の謎の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、今日は頑張って、学校に行こう! 学校に行けば、きっと良いことがあるよ!」
今まで、何度ともなく僕を励ましてくれた、僕のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ謎の声。その言うところに従って、外れたことはまだ一度もない。それに、絶望的な状況の中、他に頼れるものもない。僕は、謎の声に従うことにした。
「お父さん。・・・やっぱり、学校には行くことにする」
「大丈夫か、雅史? 無理はするんじゃないぞ?」
「このまま家に閉じこもっていても落ち着かないし、学校で何かあれば、少しは気が紛れるかも知れないから」
僕は制服に着替え、心配するお父さんに見送られながら、学校へ向かった。それでも、気分が優れないことに変わりは無いので、念のため自転車は使わなかった。
「まさくん、おはようございます、なのです!」
「・・・おはよう、美沙ちゃん」
結構元気そうな湯川さんとは対照的に、僕はやる気がいまいちだった。昨日の約束で、これからは名前で呼び合うことになっていたのに、先に湯川さんの方から「まさくん」と言われていなければ、思わずいつもどおり「湯川さん」と呼んでしまうところだった。
「まさくん、かなり具合が悪そうなのです。・・・大丈夫なのですか?」
「何でもない。今日はちょっと、気分が悪いだけ」
湯川さんにまで心配されてしまうほど、今日の僕は具合が悪く見えるようだった。
今までも、日本に居ながらビザンティン世界のことで悩むことはあったけど、今抱えているのは悩みというより、もはやどうしようもないという絶望感だ。裁判で無期懲役とかになると、こんな気分になるのかな。
僕は、先生たちにも心配されながら、午前中は頑張って授業を受け続けたが、こんな状態では授業にも身が入らない。そして昼休みになると、僕は湯川さんから声を掛けられた。
「まさくん、やっぱりいつものまさくんじゃないのです。保健室へ行って、ゆっくり休んだ方がいいのです。わたしが、連れて行ってあげるのです」
「・・・そうする。美沙ちゃん、心配させちゃってごめんね」
僕は、湯川さんに連れられて、保健室へ向かった。昼のお弁当は、湯川さんが2人分を持っている。僕と一緒に、保健室でお弁当を食べるつもりらしい。
「・・・誰もいないね」
「お昼時には、保健の先生は他の用事があって、保健室にいないことが多いのです」
「そうなんだ」
「保健室には、結構来ているから、詳しいのです」
そう言えば、湯川さんは昼休みになると、何か具合が悪くなったような感じになって、保健室へ行くことが多かったっけ。
「・・・これで、2人きりでお話ができるのです」
「そうだね」
他に誰もいない保健室で、あの湯川さんと2人きり。僕は、思わずいけない妄想をしてしまう。この場で、湯川さんと僕には、何かが起きてしまうのか。
しかし、実際に起きたことは、僕が予想もしていなかったことだった。
「ご主人様、一体何があったのですか?」
「え? 美沙ちゃん、僕のことをいま、ご主人様って・・・?」
「わたしはいつも、まさくんのことを、ご主人様って呼んでいたのです」
「・・・ということは、美沙ちゃんが、あのマリアなの・・・?」
「・・・ご主人様が、やっとわたしのことを、わたしだって気付いてくれたのです!」
湯川さんは、感極まって涙を流し、僕に抱き付いてきた。
「美沙ちゃん、事情がいまいち分からないんだけど、美沙ちゃんがあのマリアだったら、どうしてそう、はっきりと言ってくれなかったの?」
「・・・それは、ちょっと事情があって、わたしはあの夢の世界にいる人の名前を、口に出して言っちゃいけないことになっているのです。それに、わたしは最初から、あの夢の世界にいるまさくんのことを、まさくんだって分かっていたのです。
だから、まさくんもそのうち、わたしのことをわたしだって気付いてくれると思っていたのです。でも、まさくんはわたしがヒントをあげても、全然気づいてくれなかったのです」
湯川さんは、あのビザンティン世界のことを、夢の世界と呼んでいるらしい。確かに、夜に眠るとあの世界に転移することになるので、夢の世界だと思うのも無理からぬところではある。
「それで、わたしがどうしようって悩んでいたら、今朝なんか可愛らしい声がして、『お姉ちゃん、まさくんのことをご主人様って呼んだら、きっと気付いてくれるよ』って言われたのです。そうしたら、やっと上手く行ったのです!」
「そうなんだ。僕も、今朝似たような声に、『お兄ちゃん、学校に行けばきっと良いことがあるよ』って言われたから、ちょっと無理してでも、休まず登校してきたんだ。正体は分からないけど、何かの守り神みたいなものが、2人を結び付けてくれたのかも知れないね」
「まさくんも、わたしと似たような声を聞いたのですか? ・・・きっと、そうなのです! わたしとまさくんは、きっと運命の、赤い糸で結ばれているのです!」
湯川さんの正体がマリアだと分かって、思わず良い雰囲気になりかけたが、そこで湯川さんは急に話題を変えた。
「それで、ご主人様。あの夢の世界で、一体何があったのですか? 急にご主人様が行方不明になったって、みんな心配しているのです」
「ああ、それはね。・・・僕は、おかしな海賊に騙されて、誘拐されてしまったんだ」
「ご主人様は、海賊さんに誘拐されてしまったのですか!?」
「うん。今は、テオドラやイレーネと一緒に、リビアのダーネって町に閉じ込められて、連絡が取れない状態なんだ。ダーネの町に救援の艦隊を送ってくれれば、たぶん何とかなると思う」
「ダーネって、聞いたことの無い町なのです。どこにあるのですか?」
「エジプトから、ちょっと西に行ったところにあるんだけど」
「ご主人様。ごめんなさいなのです、わたし、地理は苦手なのです」
「だったら、後で地図を見せながら説明する。とりあえず、リビアのダーネっていう町の名前だけは、何とか覚えて。それで、あの世界でその町の名前を、ソフィアあたりに伝えてくれれば、後は何とかしてくれると思うから」
「わかりました、なのです。リビアのダーネ、なのですね。しっかり覚えたのです」
「美沙ちゃん、向こうの世界に行って、忘れちゃいましたなんてドジはしないでね」
「ご主人様、いくら何でも、ご主人様の命がかかっているときに、そんなドジはしないのです! 教室に戻ったら、ノートに『リビアのダーネ』ってメモして、寝る前に100回くらい読み上げますから、たぶん大丈夫なのです!」
「・・・まあ、そこまでしてくれるなら、大丈夫だよ。とりあえず、一緒にお弁当食べよう」
そして、僕は湯川さんと一緒に、保健室で湯川さんお手製のお弁当を食べた。やっぱり、湯川さんのお弁当は美味しい。ダーネにいると、食べ物は大体豆類ばかりで、そんなに美味しいものは食べられないのだ。
「やっぱり、美沙ちゃんのお弁当は、いつ食べても美味しいね。味付けの仕方もマリアと同じだ」
「でも、まさくんはどうして、今までわたしがわたしだって、気付かなかったのですか?」
「それは・・・。僕も何となく、似てるなあとは思っていたんだけど、向こうの世界で、僕とマリアはエッチな関係になっちゃったから、美沙ちゃんのことをマリアだと思ったら、どうしても美沙ちゃんにエッチなことを期待しちゃうんで、今まで必死に、別人だと思い込んでいたんだけど。それに・・・」
そこまで言い掛けたところで、僕はあることに気付いた。
「そういえば美沙ちゃん、あの世界で僕のこと、ちゃんと覚えているの?」
「はい、なのです。初めて、ご主人様にお花を渡したときのことから、よく覚えているのです」
「あの世界で、殺人の容疑を掛けられて、裁判に掛けられたんじゃなかったの?」
「・・・何のことなのですか?」
湯川さんは、キョトンとしている。どうやら、本当に身に覚えがないようだ。そうだとすると、あれは単なる僕の夢だったのか・・・?
「いや、無事だったのなら、とりあえず問題はないけど。僕は、マリアが裁判にかけられて処刑されたって、聞かされてたから」
「わたしは、裁判なんて掛けられたことないのです。一体誰に、そんなことを言われたのですか?」
「・・・確か、イレーネだったと思うけど」
「とんでもない、嘘つきさんなのです。わたしは、いつもご主人様のお帰りを、待ちわびていたのです」
「とりあえず、あの世界に戻ったら、その件についてはイレーネに問い詰めておく」
「そんなことより、ご主人様。わたしに、エッチなことを期待しても、大丈夫なのですよ? 今ここで、エッチしてもいいのです」
「み、美沙ちゃん! いくらなんでも、学校でそういうことは、ちょっと・・・」
「それなら、今日もお泊りの準備はしてきたのです。学校が終わったら、まさくんのお家で、いっぱいエッチなことをするのです」
「・・・美沙ちゃん、なんかずいぶん積極的だね」
「・・・ご主人様のせいなのです。わたしは、ご主人様から毎日のようにエッチなことをされて、エッチな女の子になってしまったのです。ご主人様は、遠い国でハーレムを作って、女の子に不自由しなかったと思いますけど、わたしにはご主人様しかいないのです。
学校で、ご主人様と一緒にお弁当を食べていると、どうしてもエッチな気分になってきて、下着が濡れてきて、トイレで下着を履き替えたり、・・・この保健室に来て、こっそり1人で、その・・・エッチなことをしちゃったり、していたのです。でも、そんな我慢も、ようやく今日でおしまいなのです」
「そ、そういうことだったんだ・・・。ごめんなさい、美沙ちゃん」
僕も、湯川さんも顔を真っ赤にしていた。・・・僕も、これまで湯川さんとエッチなことがしたいのを必死に我慢してきたけど、実は湯川さんも同じことを考えていたのか。
「昨日は断っちゃったけど、今日はコンドームを買って家に用意していあるから、大丈夫だよ」
「・・・ご主人様。それは必要ないのです」
「何で?」
「わたしは、わたしを呼んだ黒いローブの人に、ご主人様のお相手をして子供が出来たら困ると相談したのです。そうしたら、その人は、わたしに妊娠しない魔法をかけてくれたのです。その魔法は、わたしが自分で解除しなければ、ずっと効果が続くのです。だから、避妊はしなくても大丈夫なのです」
「・・・つまり、イレーネが避妊効果のある術をかけてくれたってこと?」
「そうなのです。だからこっちでも、避妊しないでいっぱいエッチなことをしても、大丈夫なのです」
「そうだったのか・・・」
「ひょっとして、前の日にエッチなことをしてくれなかったのは、それが気になってたのですか?」
「うん。その問題がなければ、僕も我慢できずに、美沙ちゃんを押し倒してたと思う」
「それだったら、はっきりそう言ってくれれば良かったのです!」
「ごめん、美沙ちゃん。この前は、美沙ちゃんがマリアだとは思っていなかったから、そういうことは言いづらくて・・・」
「ご主人様。・・・それなら、今から一緒に、学校を早退しましょう、なのです」
「早退? なんで?」
「もう、放課後になるまで待てないのです。ご主人様と早くエッチなことがしたくて、授業に集中できないのです」
「それって、嘘ついて学校を早退して、僕の家でエッチなことをするってこと? それって、悪い子のすることじゃないの?」
「・・・わたしは、ご主人様のせいで、エッチなことのために何度も授業をずる休みする、悪い子になってしまったのです。この前してくれなかったお詫びのしるしに、ご主人様もわたしと一緒に、悪い子になってください、なのです」
僕は、このお誘いを断ることが出来なかった。僕の好意を寄せていた湯川さんが、ビザンティン世界で深く結ばれていたマリアと同一人物で、しかも僕と久しぶりのエッチがしたくて我慢できないと言ってきたのだ。そんなお誘いを断るのは湯川さんに失礼だし、僕だってもう我慢できない。
完全に悪い子になってしまった僕と湯川さんは、今日は2人とも体調が悪いと嘘を付き、そのまま学校を早退して、僕の家で久しぶりの子作りをやってしまった。もっとも、制服姿の湯川さんとするのは初めてなので、初めての相手ではないのに、まるで初めてするときのように興奮してしまった。湯川さんの下着は、最初からかなり濡れていて、恥ずかしがる湯川さんの下着を脱がせるプレイは、僕を尚更興奮させた。
・・・18歳未満の男女がこういうことをするのは、本来いけないことだけど、僕も湯川さんも、ビザンティン世界で10年くらい生活していて、実質20歳を超えているわけだから、仕方ないよね。それにしても、僕や湯川さんの肉体年齢って、一体何歳って扱いになるんだろう?
しかし、ちょっと休憩となったところで冷静になると、僕はとてつもない罪悪感に襲われた。
どうしよう。この世界では、湯川さんと恋人になったら、いずれは結婚しようと思っていたけど、向こうの世界ではマリアが死んだと思って、テオドラやイレーネに手を出してしまった。僕が浮気していたと知ったら、湯川さんは確実に怒る。結婚どころか、すぐに別れを告げられることになりかねない。
・・・でも、黙っていたとしてもいずれはバレる。僕は、素直に謝ることにした。
「美沙ちゃん、ごめんなさい!」
「・・・いきなりどうしたのですか、ご主人様?」
「その、向こうの世界では、イレーネに騙されて、てっきり君が死んだと勘違いして、他の女の子と子作りしちゃいました! 本当にごめんなさい!」
「・・・ご主人様。そのことは大丈夫なのです。覚悟は出来ていたのです」
「え?」
「ご主人様のことが好きな女の子は、わたしの他に何人もいますから、ご主人様を独り占めしてはいけないと、何度も注意されてきたのです。それに、わたしはまだ、ご主人様の子供を産むことも出来ませんし、ご主人様を結婚して皇后様になることもできませんから、いずれご主人様が、他の女の子と子作りすることになるのは分かっていたのです」
「・・・そうなんだ。美沙ちゃんには、色々心労を掛けちゃって、本当にごめんね」
「それに、わたしも、ご主人様には申し訳ないことをしてしまったのです」
「何かあったの?」
「それが、その・・・えーと・・・」
その後続いた僕と湯川さんとの問答は、あまりにも長い上に分かりにくいため割愛するけど、要するに僕がいなくなった後のビザンティン世界で、湯川さんことマリアは、ソフィアとの間でこういうことがあったらしい。
「マリア。一体何をやっているのですか?」
「ソ、ソフィア様!? えーと、これは・・・」
「殿下がおられないからと言って、1人で毎晩そんなはしたない行為を繰り返しているとは、感心しませんね。この私が、慰めて差し上げましょう」
「ソ、ソフィア様・・・? そんな、女の子同士なんて・・・。きゃあああ!」
・・・こんな感じで、マリアは空閨に耐えられず、一人エッチをしていたところをソフィアに見つかって、以後ソフィアと百合百合な関係になってしまったというのである。ちなみに、ソフィアが一方的に責める側で、マリアが受ける側らしい。
「ご主人様に、貞節を守らなければならない立場なのに、こんなことをしてしまって、ご主人様には本当に申し訳ないのです・・・」
「・・・美沙ちゃん。そのくらいは別にいいよ」
「いいのですか!?」
「勘違いが原因とはいえ、美沙ちゃんを何年もほったらかしにした僕も悪いし、女の子同士で何をやったところで、子供が出来るわけじゃないし。女の子同士のことはノーカンでいいよ」
「そ、そうなのですか・・・」
「僕は、そのくらい気にしないよ。それにしても、ソフィアにそういう趣味があったとはね・・・」
以前から、変な一人芝居をやったりする癖はあったけど、レズ趣味まであるとなると、さすがに変態メイドと言われても、仕方ないような気がする。
「それで、ご主人様・・・。日本では、私とご主人様との関係は、どういうことになるのですか?」
「・・・どういうことって?」
「向こうの世界では、わたしはメイドとして、ご主人様にお仕えする立場なのです。でも、日本では、ご主人様とわたしは、ご主人様とメイドの関係ではないのです。どういう関係になるのか、話し合って決める必要があると思うのです」
「確かにそうだね。・・・それで美沙ちゃんは、日本では僕と結婚してくれるの?」
「け、結婚なのですか!?」
僕の言葉に、湯川さんが驚きの声を上げた。
「あ、いやね。僕は向こうの世界で、美沙ちゃんに結婚を断られて、そのことが結構ショックだったから、日本では僕と結婚してくれるのか、心配になっただけ。まあ、向こうの世界では結婚してもおかしくない関係だったけど、日本では昨日今日付き合い始めたばかりの関係だから、いきなり結婚っていうのはおかしいし、まだ結婚できる年齢でもなかったね。ごめん、美沙ちゃん。今のは撤回する」
「まさくん。まだ、わたしは答えていないのです。勝手に撤回しないでほしいのです」
「え?」
「向こうの世界では、結婚は断るしかなかったのですが、まさくんのことは大好きなのです。わたしは、まさくんのお嫁さんになりたいのです」
「そ、そうなんだ。・・・ありがとう」
「でも、まさくん。本当に、わたしなんかで、いいのですか?」
「わたしなんかって、どういう意味?」
「向こうの世界には、わたしよりずっと美人で、胸も大きくて、頭のいい女の人もたくさんいるのです。それなのに、まさくんはわたしを、一番お気に入りの女の子にしてくれたのです。・・・それはうれしかったのですが、不思議でもあったのです。
この日本でも、例えば麻衣ちゃんみたいに、わたしより明るくて魅力的な女の子とか、凜ちゃんみたいに、わたしより真面目で頭のいい女の子もいるのです。わたしは、対して可愛くも無いし、全然頭も良くなくって、お料理と家事くらいしか取り柄のない女の子なのです。まさくんは、そんなわたしを、お嫁さんに選んでしまって、後で後悔しないのですか?」
ちなみに、麻衣ちゃんというのは、席替えで湯川さんの前の席になり、僕や湯川さんにちょっかいを出してくる、佐々木麻衣さんのこと。凜ちゃんというのは、クラス委員長をやっている中崎凛香さんのこと。確かに2人とも、結構な美人ではある。
でも、僕の心は決まっていた。
「後悔なんかするものか。あの世界でずっと暮らしていて、美沙ちゃんと一緒だったときが、僕にとっては一番幸せだった。美沙ちゃんの笑顔には、僕を癒してくれる不思議な力があるんだよ。それに、美沙ちゃんは、僕にとっては世界一可愛い。美沙ちゃんは、もっと自信を持っていいよ」
そう言った後、ついいつもの癖で『偉大なる人』の曲を歌い出した僕の歌に、なぜか湯川さんは聞き入って、こんな感想を漏らした。
「・・・なんか、懐かしい気がするのです。前にも、まさくんにその歌で、君の笑顔には不思議な力があるよって、慰めてもらったような気がするのです」
「そうだっけ?」
具体的な記憶は無いけど、この歌は僕のお気に入りなので、ひょっとしたらあの世界でも、マリアの前で歌ったことがあったかも知れない。
「それで、まさくん。向こうの世界では仕方ないですけど、日本では、わたしと結婚したら、浮気はほどほどにお願いします、なのです」
「ほどほどにって、普通は浮気なんて絶対ダメって言うところじゃないの?」
「そんなことは言わないのです。まさくんは、わたしのことが大好きだけど、わたしが生理のときも我慢できないくらい、エッチも大好きな男の子なのです。わたしとエッチできないときには、代わりの女の子が必要になるのです。
わたしは、そんなまさくんのお嫁さんになるのですから、わたしとエッチできないときは我慢してくださいなんて、まさくんに無理なことを言うつもりはないですよ?」
「・・・そうなんだ。でも、日本ではできるだけ、浮気はしないように頑張るよ」
僕は、湯川さんの言葉に苦笑するしかなかった。浮気をしようとは思わないけど、向こうの世界で鍛えられてしまった僕は、性欲も普通の男の子より、おそらく何倍も強い。今後湯川さんと結婚して、湯川さんが妊娠して、1年くらいエッチできないという事態になったとき、正直言ってそんなに我慢できる自信は無い。
そして、実はあの世界で僕と結構長い付き合いだった湯川さんは、そのことも分かってくれているのだ。男の浮気に対する世間の目が厳しくなっている中、こんなに物分かりの良いお嫁さんは、湯川さん以外にいないだろう。・・・もっとも、実際に浮気なんかしたら、湯川さんに一生頭が上がらない関係になってしまうだろうけど。
「まあ、浮気するかどうかはともかく、これから僕と美沙ちゃんの関係は、将来の結婚を前提にした、恋人同士ってことだね。これからよろしくね、美沙ちゃん」
「わたしもよろしくなのです、まさくん」
「とりあえず、お腹も減って来たから、2人で夕飯でも食べようか」
「はい、なのです!」
もっとも、こうして感動的なラブシーンで終わる・・・というほど、現実は甘くなかった。
僕と湯川さんが、夕飯の準備をしようとリビングに向かったところ、お父さんが既に帰宅していた。そういえば、お父さんが夕方には帰ってくると言っていたことを、完全に忘れていた。しかも、僕も湯川さんも、まともに服を着ていない状態でリビングに顔を出してしまったものだから、2人で何をやっていたのかは、お父さんにも丸わかりだ。
「雅史、美沙君、夕飯はお父さんが注文してあるから、服を着て出てきなさい」
僕も湯川さんも、赤面しながらありあわせの服を着てリビングに行き、お父さんと一緒に出前の夕食を食べることになったが、その間僕は、やたらと嬉しそうな顔をしたお父さんに、散々からかわれることになった。
「雅史、今朝はなんか調子が悪そうに見えたが、実は恋の病だったのか。それで、今日めでたく美沙君と結ばれて、万事解決というわけか。学校に行って大正解だったな」
真相はだいぶ違うのだけど、客観的にはそう見られても仕方なかった。
「・・・お父さん、僕のことを怒らないの?」
「何を怒るものか。あの奥手な雅史が、高校でさっそく可愛い彼女を作って、しかも自分の部屋に引っ張り込むとは、むしろ『やるではないか』って言ってやりたいところだ。放っておいたら、雅史は一生童貞のまま終わるんじゃないかと心配していたのだが、これで榊原家も安泰だな。でも、雅史はまだ責任を取れる年齢ではないから、避妊だけはちゃんとしなさい」
「それはちゃんとやっているから、たぶん大丈夫」
・・・完全に、湯川さんとイレーネ任せだけど。
「美沙君も、これから雅史のことをよろしくな。うちにはいつでもいらっしゃい。歓迎するぞ」
「お、お父さん、よろしくお願いします・・・なのです」
「それで美沙君、今夜は帰るのか?それとも、うちに泊まっていくのか?」
「・・・お泊まりさせてもらうつもり、なのです」
「そうかそうか。まあ、若い2人だからな。後片付けはお父さんがしておくから、夕飯が済んだら風呂にでも入って、お父さんのことは気にせず、続きを楽しんで構わんぞ。でも、あんまり頑張り過ぎると、明日の学校に支障が出るから、ほどほどにしておけよ」
「・・・まさくん、お父さんはどうして、あんなに喜んでいるのですか?」
「うちのお父さんは、1人息子の僕が結婚して子供を作らなかったら、榊原の本家が叔父さんに移ってしまうのが嫌で、以前から僕に彼女を作れって、うるさく言ってきてたんだ。たぶん、早く孫の顔が見たいんじゃないかな」
「高校生同士が、エッチなことをしても、何も言わないのですか?」
「見てのとおり。むしろ、エッチを覚えるのが18歳からでは、ちょっと遅すぎるっていう持論の持ち主で、他にも色々変わったところのあるお父さんでね・・・」
「そうなのですか。でも、わたし、物凄く恥ずかしかったのです。・・・たぶん、声とか全部、聞こえちゃってるのです」
「ごめん、美沙ちゃん。・・・それじゃあ、この後は止めとく?」
「まさくん。心にもないことを、言わないでくださいなのです。まさくんは、まだまだしたいって言っているのです。放っておくわけには行かないのです」
「うう、それを言われると・・・」
・・・ここはお風呂の中なので、僕がどういう状態になっているのか、美沙ちゃんにも丸わかりである。今日はまだ5回くらいしかしていないので、僕が満足するには、確かにまだまだ足りない。それに、湯川さんも口に出しては言わないけど、何となくまだ満足していない様子である。
結局、僕たちはお父さんのお言葉に甘えて、寝るまで続きをすることになった。
「ご主人様、今夜はわたしで、お好きなだけ楽しんでください、なのです」
「美沙ちゃん。ここは日本なんだから、『ご主人様』じゃなくて『まさくん』でいいよ」
「・・・でも、2人きりのときは、何となくご主人様って呼びたくなるのです。ダメなのですか?」
「美沙ちゃんがそう呼びたいのであれば、別に構わないけど。あと、僕が閉じ込められているところ、ちゃんと覚えてる?」
「リビアのダーネなのです。さっき地図でも確認して、しっかり覚えたのです」
「それなら大丈夫そうだね。じゃあ続きをしようか」
その後、僕は湯川さんと幸せな夜の時間を過ごすつもりだったのだが、興奮して調子に乗り過ぎたのか、いつの間にか僕は、湯川さんを失神させてしまった。
「美沙ちゃん、大丈夫!?」
何度か声を掛けてみるも、湯川さんが目を覚ます気配はない。これはたぶん、翌朝まで目覚めないパターンだろう。イレーネが失神したときとほぼ同じ状態である。
結局、僕は湯川さんを自分のベッドに寝かせたまま、いつもの日記を書いて眠りに就くことになった。
今日の反省点。イレーネを相手にするときのような激しい子作りは、湯川さんには耐えられない。湯川さん、マリアを相手にする時には、あまり激しい行為はダメ。
・・・大事なことではあるけど、あまりにもしょうもない教訓だった。
第5章 語られる真実(?)
翌朝目が覚めると、案の定僕はビザンティン世界、正確に言えばリビアのダーネで囚われの身になっている世界に戻ってきた。そして、僕の側には裸のイレーネがいる。
僕は、いつもどおり僕と子作りしようとするイレーネを制し、昨日の日本で起こった出来事を話したところ、イレーネはなぜか、残念そうな顔をしていた。
「イレーネ、やっと助かる見込みが付いたって言うのに、どうして残念がるんだよ!? 大体、最近のイレーネは色々おかしいよ! それに、湯川さんのことを含め、君には聞きたいことが山ほどあるんだけど。 ちゃんと話してくれなきゃ、もう君とは子作りしてあげない!」
「・・・こうなっては致し方ない。私に話せることは、全部話す」
そう答えるイレーネの表情は、諦めて自白に転じた被疑者のようだった。イレーネも、悪いことをやっているという自覚はあるみたいだな。
「それじゃあ、時系列順に話してもらおうか。まず、どうして湯川さんが、マリアという名前でこの世界に召喚されているの?」
「彼女は、あなたと一緒に、わたしの召喚術によって召喚された。私の使用した召喚術は、被召喚者がこの世界で孤独になり、自殺してしまうといった事態を防止するため、召喚時点において被召喚者と最も相性の良い異性を選定し、被召喚者と一緒に召喚する仕組みになっていた。その際、あなたと最も相性の良い異性として選定されたのが、彼女」
「・・・つまり、僕をこの世界に召喚するにあたり、湯川さんを一緒に召喚し、僕の嫁としてあてがっておけば、僕がこの世界での生活に絶望し、自殺しようとすることはないだろうというだけの理由で、イレーネは湯川さんを、この世界に召喚したわけ?」
「端的に説明すれば、そういうことになる。しかし、あなたをこの世界に定着させることは、ローマ帝国を滅亡から救うにあたり、極めて重要なことだった。あなたと同様、彼女にも申し訳ないことをしたと思っている」
「それで、マリアという名前は?」
「特に深い意味は無い。彼女の名前は、この世界では馴染みがないものだったため、この世界でよく使われている名前を名乗ってもらっただけ」
「マリアの正体が湯川さんということは、彼女も意思疎通の呪法を掛けられているの?」
「そう。彼女に対する呪法は、私が掛けた。・・・仕事とはいえ、同じ女性に自分のファースト・キスを捧げるのは、正直嫌だった」
イレーネの愚痴はともかく、言われてみればマリアとの会話では、意思疎通の呪法は必要なかったし、マリアの言葉を日本語に変換するのに苦労することも無かった。
逆に言うと、例えばテオドラがよく使う「みかっち」「ぱーすけ」「コンちゃん」といった呼び方は、いずれも僕の意訳で、例えばテオドラは僕のことを、実際には「ミカ」としか発音していない。また、「ソーマちゃん」という愛称も、原語では「ソーマ・アルケータ」、すなわち「可愛らしいソーマ」と呼ばれているのを、僕が「ソーマちゃん」と意訳したものである。
しかし、語尾に「なのです」を付けるマリア独特の喋り方は、僕が意訳したのではなく、文字どおりそのまま喋っていた。
「・・・そうすると、僕とマリアはギリシア語ではなく、お互いに日本語で話していたのか。どうしてそんなことに、今まで気づかなかったんだろう」
「意思疎通の呪法は、使用言語の異なる相手に対しても、同国人と同様の感覚で会話できるという特徴がある。あなたが今まで、彼女が日本語を使っていることに気付かなかったとしても、さほど不思議なことではない」
「本当に? 実際は僕がマリアのことを日本人だと思わないよう、こっそり心理操作の術でも掛けていたんじゃないの?」
「・・・私の言葉を疑うのであれば、解釈はあなたに任せる」
イレーネにそう言われて、僕は少し考えたが、僕自身は、意思疎通の呪法について、あまり詳しいことを知らない。呪法自体にイレーネの言うような効力があったとしても、呪法とは別にイレーネが何らかの術を僕に掛けていたとしても、結局僕が何らかの術に操られていたことに変わりはない。冷静に考えれば、これ以上追及しても仕方のない事だった。
「じゃあ、その話はもういいや。それと、湯川さんは日本で、僕に対してこの世界の人物名を喋ってはいけないという制約を課せられているらしいんだけど、なんでそんなことをしたの?」
「彼女をこの世界に召喚したのは、あなたをこの世界に定着させるため。あなたと彼女が、あなたの国で結ばれてしまっては、その目的を達成できなくなる。そのため、彼女にはあなたに対し、あなたの国で自分のマリアという名前や、私を含む他の人物の名前を明かしてはならない、このルールを破ったら、彼女をあなたから引き離す。そして、彼女は一生子供を子供を産めない身体になるとも注意した」
「それじゃあ、湯川さんは一生、子供を産めない身体になっちゃうの!?」
「そうではない。一生子供が産めない身体になるというのは、単なる口先だけの脅し。それでも彼女は、最初からあなたに思慕の情を抱いていたため、この世界であなたと引き離されることを恐れ、律義にルールを守っていた」
「まあ、今までの説明で、湯川さんがどうしてこの世界に召喚されたかという事情は大体理解できた。それじゃあ、イレーネが僕に、どうしてマリアが死んだなんていう嘘を言ったのか、話してもらおうか」
「それは、あなたの貞操観念に対する、私の計算違いがそもそもの原因」
「計算違い?」
「ほとんどの男性は、誰でも女性を選び放題で何の制約もないという状況になれば、手当たり次第に女性と子作りしたがるもの。あなたも当然、そのような性行動を取るものと予測していた。しかし、あなたは当初、この世界で女性と子作りすること自体を頑なに拒んだ。
その後、ようやくのことでマリアと子作りをするようになったものの、今度はマリア以外の女性とは結婚しない、子作りもしないと言い出して聞かなかった。マリア1人では満足できないように、あなたの精力や性欲をかなり高めても、マリア1人に執着するあなたの態度は変わらなかった。これは、私にとっても重大な計算違いであり、ローマ帝国にとっても重大な問題だった」
「どうして、それがローマ帝国にとって、重大な問題なの?」
「あなたがマリアと結ばれたことで、あなたがこの世界に定着する気になったまでは良かったが、彼女は本人の申告により、あなたが完全に日本での生活を捨てるまでは、あなたの子を産むわけにはいかないというので、私が避妊の術を掛けていた。
また、マリアはローマ帝国の皇后になる意思はなく、また皇后として適任でも無かったので、あなたにはこの世界で、彼女以外の女性と結婚し、ローマ帝国の帝位に就いた上で、帝国の将来を安泰にするために後継者を作ってもらう必要があった。
そのような状況の許で、あなたがマリア以外の女性と結婚することや子作りをすることを頑なに拒み、またマリアとの結婚を望むあまり、ローマ帝国の帝位に就くこと自体を嫌がり、摂政の地位もあっさり投げ出すという態度を取ることは、帝国の存亡にかかわる深刻な事態だった。そのような問題意識は、私だけでなく、あなたに仕える主要な家臣たちの多くが共有しており、何としてもそのような事態を打開する必要があった」
「・・・それで、僕にマリアが死んだという嘘までついて、僕とマリアを引き離したわけ?」
「そう。あなたに嘘を付くのは心苦しかったが、あなたの性格をよく知るゲオルギオス・パキュメレスは、あなたは他の人が言う事なら疑ってかかるが、私の言う事ならよく確かめもせずに信じる傾向にあるので、あなたを騙す役目は私が最も適任だと、私に助言した。あなたと子作りをしたかった私は、結局彼の助言に従った」
「背後には、パキュメレスがいたのか・・・」
「彼だけではない。ゲオルギオス・アクロポリテス、ゲルマノス・アナプリオス、マヌエル・ラスカリスといったあなたの主要な家臣たちは、いずれもあなたの皇帝即位を望み、この計画に賛同した。その結果、あなたがマリアに貞節を貫くことを諦め、テオドラ・アンゲリナ・コムネナを自分の妃に迎えることを決意し、私とも子作りするようになるまでは良かったが、ここでまた、新たな問題が生じた」
「何の問題が生じたって言うの?」
「あなたは、マリアと結ばれたことで、この世界における生活に満足し、日本へ戻ることは無くなっていた。このまま、あなたのこの世界に対する適応が順調に進み、あなたが日本での生活に未練を抱かないようになれば、その時点であなたの存在を日本から切り離して、あなたを完全にこの世界の人間にして、不安定な二重生活状態を解消する予定だった」
「そんな予定があったの?」
「あなたが、日本での生活とこの世界での生活を行き来する状態は、あなたがこの世界での生活に慣れ、日本での生活に対する未練を無くすまでの、暫定的な経過措置。あなた自身にとっても、日本での生活とこの世界での生活を行き来し続けることには、精神的負担が大きい。
あなたが、日本での生活に未練を抱かなくなり、完全にこの世界の人間になれば、この世界で生活しているときに、日本での学校生活に備えた勉強などをする必要が無くなり、あなたはもっと楽に生きられるはず。
私の計画では、あなたがこの世界でマリアにこだわることをやめ、女性との子作りに不自由しない生活に慣れれば、もはやあなたは、子作りできる相手のいない日本での生活を嫌がるようになり、完全にこの世界の人間になることを望むと考えていた。・・・ところが、実際にはそうならなかった」
「確かに、僕はマリアと引き離されてから、時々日本での生活に戻るようになったけど、イレーネもそのことを把握していたの?」
「もちろん、あなたの身体状態や精神状態の管理は、私にとって最も重要な仕事。あなたの、日本における生活状況についても、詳細に至るまで把握している」
「・・・詳細に至るまでって、まさか僕のプライベートなことも、全部知っているの?」
「そう。とりわけ、あなたの日本における性生活の状況は、あなたの精神状態を知る上で重要な情報。自瀆行為の有無やその回数、方法などについても把握している」
「そんなことまで調べ上げないでよ! プライバシーの侵害だよ!」
「調べ上げた情報は、私があなたの性的満足度を高め、この世界における生活の満足度を高めるための参考情報として使用するのみ。それ以外の目的には使用しないし、口外もしない。よって、あなたのプライバシーが侵害されるおそれはない」
「十分侵害されているよ! 僕が、日本でオナニーしているかどうかイレーネに全部知られているというだけで、僕にとっては十分恥ずかしいよ!」
「・・・あなたと私は、既に何も隠すところはない関係のはず。私の性生活についても、既にあなたに話している。私はその上で、あなたをより満足させるため、日々情報を集め努力している。それでも、あなたは私に、性生活に関する情報を把握されるのが恥ずかしいの?」
そう言うイレーネの表情は、どうして私を信頼してくれないのと言いたい感じで、いかにも寂しそうだった。まあ、確かにイレーネとは、ほぼ毎日身体を重ね合っている仲だし、冷静に考えれば、そこまで恥ずかしがることでもないか。
「・・・まあ、その件はもういいよ。話が脱線しちゃったから、僕が時々日本での生活に戻るようになったことで、どんな不都合が生じることになったのかを話して」
「了解した。あなたは、性的に完全な満足を得られている状態、すなわち私と繋がっている状態のままで眠りに就いたときは、その翌日に日本での生活に戻ることはほぼ無いが、そうでないときは、時々日本での生活に戻ってしまうことが判明した。私は、極力あなたが日本での生活に戻ることが無いよう努力を続けたが、完全では無かった」
「・・・もしかして、イレーネが僕と繋がったまま眠りたいって言い出したのは、僕を日本へ帰らせないためだったの?」
「主たる目的は、私自身の性的欲求を満たすため。あなたが日本での生活に戻ることを防止するのは、従たる目的に過ぎない」
「・・・イレーネ、そこは嘘でもいいから、僕を日本へ帰らせないためだって言っておこうよ。その方が格好良いのに」
「私は、あなたに対し不必要な嘘はつかない。あなたに性欲があるのと同様、私にも性欲はある。私の性欲についてあなたに知ってもらうことは、2人の性生活において極めて重要なこと」
「何というか、イレーネは女の子にしては、ずいぶんと自分の欲望に正直だね。普通の女の子は、そういうことを喋るのって、恥ずかしがって正直に言わないんじゃないかと思うけど」
「私は、既にそのような状態ではない。あなたに私の性欲状況を誤解され、子作りしてもらえなくなることの方が怖い。・・・出来れば、あなたとの話も、子作りをしながら話したい」
そんなことを言うイレーネは、下半身をモジモジさせており、裸なのでお股を濡らしていることも分かる。僕も、昨日の湯川さんとのエッチで十分満足できなかったこともあり、イレーネと子作りしたいことはやまやまなのだが、ここで子作りに応じてしまっては、イレーネへの尋問がうやむやになってしまう。
僕は、敢えて心を鬼にして、イレーネに説明の続きを促した。
「子作りなら、全部話し終わった後でしてあげるから、今は説明を優先して」
「・・・あなたの、マリアに対する執着心は、私の想像以上だった。彼女に会えるのであれば、日本での不自由な性生活にも耐える方を選ぶとは、私も考えていなかった。そしてあなたは、彼女と日本でも結ばれてしまい、日本でも彼女と子作りを楽しめるようになった。これによって、あなたを完全にこの世界の人間にするという私の計画は、水泡に帰した」
「まあ、僕の日本に帰りたいという気持ちの強さによって、僕が日本に帰る頻度が替わるという仕組みになっているのであれば、湯川さんと結ばれたことで、おそらく僕が日本へ帰る頻度は、減るどころかむしろ増えるだろうけど。イレーネは、ひょっとしてそのことを、残念がっていたの?」
「・・・そう。結局私には、いくらあなたのために努力しても、あの娘の代わりは務まらない。あの娘を例えば殺しても、あなたは私を愛さない」
「イレーネ。それ、真剣に悩んでいるのか、ネタ会話なのか、いまいち反応に困るんだけど」
「両方。それに、あなたが日本の生活と、この世界の生活を行き来する状態は、もはや暫定的なものではなく、恒久的なものになってしまった。これによって、あなたと彼女は、日本とこの世界を行き来する不安定な状態を、かなりの長期間にわたって続けることを余儀なくされる。
また、あなたと彼女の肉体年齢は、この世界ではなく、日本世界の時間に従って進行するため、このような状態が長期間にわたって続けば、この世界におけるあなたの肉体年齢と実年齢は、著しく乖離することになる。これによってどのような弊害が生じるのか、私にも全く予測が付かない」
イレーネも、いろんなことで悩みを抱えているようだった。発想があまりにも子作りに偏っているのではないかという問題はあるけど、これはイレーネなりに悩んで頑張った結果なのだ。何となく、あんまりイレーネを責めるのも可哀そうに思えてきた。
「まあ、そうなっちゃったものは仕方ないよ。日本とこの世界の二重生活も、長くなっているのでそれなりに適応してきたし、それで何か弊害が生じたら、そのときに対策を考えるしかないよ。何が起きるか分からない段階で悩んでもしょうがない。とりあえず、あと1件説明してくれれば、いつもどおり子作りしてあげるから」
「了解した。はやく質問して欲しい」
落ち込んだ感じのイレーネが、僕の言葉を聞いて急に元気になった。傍目には、いつもの無表情モードに戻ったようにしか見えないだろうが、よく見るとイレーネは、しょんぼりとしていたさっきと違って、瞳を輝かせている。イレーネとの付き合いも長いので、僕は些細な表情の変化だけで、イレーネが「もう少しで子作り出来る」と考えているのが、手に取るように分かってしまうのだ。イレーネの思考回路って、実はかなり単純なのか。
「マリアが、もともと死んでいなかったとすると、あのミラージュ・ホテルで起こった出来事は、結局何の意味があったの?」
「あのホテルで起きた一連の出来事には、意味のある部分と、特に意味のない部分がある」
「じゃあ、マリアが死刑判決を受ける夢を見たところは、意味があるの?」
「それは、ティムがあなたに見せた夢に過ぎず、特に意味はない。ティムは、あなたがマリアを死なせたと思い悩んでいるのに気づき、その悩みを解消するため、あなたにそのような夢を見せた。実際には、あの転轍により、彼女の運命は特に変化していない」
「じゃあ、あの僕が見た2つの夢って、特に意味はなかったの!?」
「そう。ティムが気を利かせて、あなたの嗜好に合った夢を見せただけ」
「まさかの夢オチ!? あれだけ感動的なシーンを見せておいて、あれは夢だったんだねで済まされる問題なの? マリアを助けたつもりになって自己満足に浸っていた僕が、馬鹿みたいじゃない!? そんなんじゃ、あのシーンに何か意味があると思って、わざわざ感想まで送ってくれた読者さんにも申し訳が立たないよ!」
「あれは、あなたが『偉大なる人』と呼ぶの歌手が作った歌と、そのストーリーに合わせた夢を見せれば、あなたは満足するだろうと、ティムが判断しただけ。そもそも、私のやったことではない」
・・・確かに、あの夢は先の方で『情婦の証言』、後の方で『無限・軌道』が歌われる、夜会中の名シーンになぞらえたものだったけど、あの夢には特に意味など無く、単なる僕の自己満足に過ぎなかったとなるというのか。たぶん、ティムも善意でやったことだろうし、誰を責めるわけにも行かないけど、あのとき、泣く泣くマリアとの関係を断ち切るつもりでいた、僕の気持ちを返して欲しい。
「・・・いや、ちょっと待って。確か、僕もあのとき、ひょっとしたら単なる夢かも知れないと思って、念のためイレーネに確認したよね?」
「あなたが私に質問したのは、彼女が生きているかどうかということだけ。あのときは、私も彼女が生きていると正しく答えた。あのとき、あなたが私に発した質問は、単に彼女が生きているか否かのみ。死んでいた彼女が、あなたの行動によって生き返ったのかという趣旨のことは、あなたは私に一言も尋ねていない」
「僕の確認不足だって言いたいわけ!? 確かに、イレーネが聞かれたことしか答えないということは僕も知っていたけど、君は僕がどんな夢を見ていたのか承知の上で、あの夢が本当に起こった出来事だって信じ込ませるように企んだんじゃない!?」
「あなたがどのような夢を見たかは把握していたが、積極的にあなたを騙す意図はなかった。もっとも、あの時点で彼女がもともと死んでいなかったと、明らかにするわけには行かなかった。・・・あなたに嘘を付いたことについては、私も深く反省している」
「うわあああ!!!」
僕は、思わず頭を抱えた。そういえば、あのホテルで起きた一連の出来事のうち、あの2つだけがなぜ夢という扱いになっているのか、もっと深く考えておくべきだった。夜会の原作では、あの2つのシーンは、特に夢という扱いにはなっていなかった。よりによって、『最も狡猾なギリシア人』ともあろうものが、夢の内容を真に受けて、本当に起きたことだと信じ込んでしまうとは。
・・・もう、本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい。あいにく僕は、本日も未熟者だ。
「・・・それは仕方がない。騙された僕の方が悪かった。それじゃあ、意味がある部分について教えて」
「あなたの歌により辿り着いた場所は、死者の魂がその源へ戻る道」
「・・・それって、天国なんかへ行く途中の道ってこと?」
「特に天国とは決まっていない。死者の魂が戻っていく道を、誰も確かに見た者はいない。あの世界がどのようなものであるかは、人が噂する度に異なる。あなたは、あの世界をミラージュ・ホテルであると認識したが、別の人間が見れば、おそらくあなたが見たものとは、全く別のものと認識するはず。
だから、死後の世界については多くの見方があり、死後の世界について説く宗教も数多く存在する。明らかに荒唐無稽なものを除けば、そのいずれも特に間違っているとはいえない。逆に言えば、絶対に正しい宗教などは存在しない」
「宗教についてはよく分からないけど、そこで僕がやったことに、何の意味があったの?」
「ローマ帝国には、かつて多くの宗教が存在し、互いに共存していた。しかし、やがてローマ帝国では、そうした宗教の多様性を否定し、絶対に正しい宗教はただ1つであるという考え方が採られ、そのような宗教を信じることが、国家の政策により強制された」
「・・・それって、いわゆるキリスト教の国教化だよね?」
「そう。ローマ帝国におけるキリスト教の国教化は、皇帝ユスティニアヌスの時代に概ね完成を見た。しかし、キリスト教のみ、しかもそのうち特定の宗派のみが絶対に正しい宗教であるという発想にはかなりの無理があり、そのためにローマ帝国は民心を失い、多くの領土を失って滅亡の危機へと至ることになった。
それでも、キリスト教の精神的影響力はその後も長く残り、その影響を受けた多くの魂がこうした力に囚われ、自分は間違っているのではないかと不必要なことで思い悩み、その源へ帰ることが出来ずにいた。あなたが行ったことは、そうした多くの魂を救い、その源へ帰るのを助けたこと」
「・・・あの世界で見た人の中には、僕のお母さんもいたんだけど。お母さんを祀ったのは神道だし、少なくともキリスト教徒ではなかったよ?」
余談だけど、榊原家の祭祀は、仏教ではなく神道で行うことになっている。もっとも、特に神道を信仰しているというわけではなく、たしか僕の曽祖父くらいの世代から、仏教だとお金がかかるというだけの理由で神道に鞍替えしたという話を、以前お父さんから聞いたことがある。
「キリスト教徒ではなくても、その影響を受けた、世界には唯一絶対の正義がある、それに従わないものはすべて悪であるという考え方は、あなたの国にも大きな影響を与えている。あなた自身も、その影響に囚われている人間の1人」
「よく分からないけど、それって例えばどういうもの?」
「すべての人間には、生まれながらにして人権がある。すべての国家は、民主制によって統治されなければならない。国家の権力は、すべて立法・行政・司法の三権に分立されなければならない。すべての人間は、ただ1人の異性を愛して結婚し、その異性との間でなければ性的行為を行ってはならない。このような考え方が、そうした例に該当する」
「確かに、僕の生きてきた社会では、どれも当然の真理のように教えられていたことで、その割に現実は必ずしもそのとおりになっていないものではあるけれど・・・」
「それらは、いずれもキリスト教国において、キリスト教に代わる思想として生み出されたもの。表向きキリスト教の影響から脱却したように見えても、世界に正義はただ1つであり、それに反するものはすべて悪であるという考え方は、明らかにキリスト教の発想を引き継いでいる」
「僕がやったことは、確か水門を開くために時計の針を動かしただけのはずだけど、あれで多くの魂をそういう思想から解き放ったことになるの?」
「そう。あなたが、水の線路を塞ぐ水門や駅のように見えたものは、皇帝ユスティニアヌスによって作られた、宗教は1つでなければならないという硬直的な思想。本来、決まった形があるものではない。そして、あの世界にいた多くの魂は、そうした自分の転生を妨げる思想を仕方のないものとして受け容れていたが、あなたはそうした魂に、それ以外の道があることを指し示し、それによって多くの魂が救われることになった」
「・・・ごめん、イレーネ。なんか、よく分からなくなってきた」
「ここで今、無理に理解する必要は無い。あなたに理解してほしいのは、絶対に正しい思想や宗教などないというあなたの考え方は、決して間違っていないこと。そして、あなたが縛られている、男性がただ1人の女性を愛さななければならないという思想は、決して世界の普遍的真理ではない。だから、あなたが欲望の赴くままに私と子作りするのは、特に悪いことではない」
「そこで、また子作りの話に飛ぶの?」
「人間は、他の動物と本質的に異なるものではない。欲求の赴くままに他の生き物を殺して食べ、繁殖行為によって子孫を残そうとし、そして眠る。これらを特に悪いことと捉える必要は無い。だから私は、自分の欲求に従う。あなたも、自分の欲求に素直になるべき」
「分かった。イレーネは要するに、僕と早く子作りをしたくて仕方がないんだね。最低限必要なことは聞き終わったから、もうしていいよ」
結局のところ、僕はイレーネから誘われるがままに、自分の欲求に身を委ねるしかなかった。
確か、朝起きたときの僕は、イレーネに対し物凄く怒っていて、湯川さんに何をやったのかとことん問い詰めるつもりだったのに、実際にイレーネと話していると、だんだんイレーネが可哀そうになり強い態度に出られなくなって、最後にはイレーネにうまく誤魔化されたまま、いつもどおりの子作りに持ち込まれただけ、というような気もする。
イレーネの説明も、よく考えればまだ腑に落ちない点があるような気もする。僕のお母さんや、その他あの世界で会った何人もの人たちが、それぞれ何を思い悩んでいたのか聞いていないし。
・・・それでも、僕と湯川さんに関する必要最低限のことは聞き出せたし、今更イレーネとの関係を断ち切ることも出来ないし、世界の真理とか死後の世界とかに深い興味があるわけでもないし、これ以上悩んでも仕方ないか。
そして、ひととおり日課が落ち着いた後のこと。
「・・・イレーネ、僕たちへの助けは来ると思う?」
「その件については、何も心配する必要は無い。彼女はあなたから伝えられた役目を果たし、ネアルコス率いる帝国海軍が、私たちを救助するため、このダーネに向かっている。おそらく、あと1週間もすれば到着する」
「神具がないのに、どうしてそんなことが分かるの?」
「私の情報検索能力は、神聖術の範疇に属さず、私自身に備わっているもの。神具所持の有無に影響されることは無い。・・・私の心配は、別のところにある」
「イレーネは、何を心配しているの?」
イレーネの表情は、かなり真剣だった。何か、僕の知らない大きな問題が発生しているというのか。
「救助が来てあなたがニュンフェイオンに戻れば、あなたは彼女と、きっとよりを戻すはず」
「・・・それは、当然そうなるだろうね」
「そしてあなたは、私のやったことに相当立腹していた。そんなあなたが、彼女とよりを戻して私と子作りしてもらえなくなったら、私はもう生きる甲斐がない。・・・私には、息をするのと同じくらい、あなたが必要」
「イレーネの考えることは、本当に子作りのことばっかりだね。でも、そのことは心配しないで。僕も、今まで関係を続けてきたイレーネをあっさり切り捨てられるほど、薄情な人間じゃないよ。今までのように毎日とまでは行かないかも知れないけど、イレーネの相手もしてあげるから」
「・・・本当に?」
「本当だよ。というか、イレーネが連日何十回も激しい子作りをせがんできて、僕もそれに慣らされてきたせいで、僕の心はともかく、身体はイレーネでないと満足できなくなっちゃったんだから、君が僕の性奴隷を自称するのであれば、その責任はきちんと取ってね。君の心配するように、you
never need meなんてことはないから」
「・・・そう」
イレーネの返事は素っ気なかったが、僕の返事を聞いて、イレーネは心の底から安堵したようだ。あと、自分で反応しておいて言う事じゃないけど、イレーネの振ってきたネタは『偉大なる人』のファンでも、そう簡単には分からないんじゃないかと思う。イレーネも結構、僕に毒されて来たなあ。
あと、子作りが気持ち良いのは分かるけど、僕と子作り出来なければ生きていけないと思い詰めるくらい、イレーネにとっては僕との子作りが大事なものなのか。
僕は内心で、ため息をつくしかなかった。
第6章 救出を待つ日々
イレーネは、僕と一日中子作りを続けたかったようだが、さすがに毎日何十回も搾り取られたら僕の身体が保たないので、僕はテオドラにもあと1週間くらいで助けがくると伝える必要があるという口実で、一旦イレーネの許を離れた。
そして、邸宅内のテオドラに割り振られている部屋に行ってみたところ、なぜかテオドラはいなかった。僕たちの世話をする役目の召使に、テオドラはどこに行ったのかと尋ねたところ、海賊たちと剣術の勝負をしているとのことだったので、僕は町の中にある、海賊たちのアジトへと向かった。
すると、中では三日月刀を持ったテオドラが一人勝ち誇っており、アル=ハイレッディーンを含め、他の海賊たちが倒れていた。
「・・・テオドラ、一体何をやってるの?」
「あんまりにも暇だから、通訳を通して、あたしはこのへんの海賊たちに向かって、あたしは世界で最も強く、最も美しい皇女様よ、神聖術が使えなくたって、剣の腕ではあんたたちより、あたしの方が断然強いわよって言ってやったのよ。
そうしたら、怒った海賊たちがあたしに勝負を挑んで来たから、このとおりあたしが剣術でもこの中で一番強いって証明したわけ。術が使えなくなったら急に弱くなるみかっちやイレーネと違って、あたしは剣で戦っても結構強いのよ。このへんにいる海賊なんか相手にならないわ」
「・・・特に意味は無いけど、確かに凄いね」
海賊たちを倒せば脱出できるというシチュエーションなら意味はあるけど、このダーネからは、陸路で脱出することも不可能、船に乗って脱出しようにも、僕たちだけでは船を動かせないから自力では不可能なのだ。
「ところでみかっち、わざわざあたしのところに来たってことは、何か良い脱出の手段でも思い付いたの?」
「自力で脱出する手段を思い付いたわけではないけど、イレーネからの情報だと、ネアルコス率いる海軍が僕たちを救出するためにこのダーネに向かっていて、あと1週間もすれば到着するって。この幽閉生活も、あと少しの辛抱だよ」
「術も使えないのに、どうやって連絡を取れたのよ?」
「複雑な事情があってうまく説明できないけど、何とか僕たちがこのダーネに閉じ込められているってことは伝えられた。イレーネは、神具がなくても情報の検索とか、イレーネにしか使えない特殊な能力は使えるみたい」
「確かに、イレーネは小さい時から、変わった能力の持ち主だったわね。聖なる都が陥落するってイレーネが言ったら本当に陥落したし、イレーネがそんなことをしたら牢屋に閉じ込められるって言ったら、本当に牢屋に閉じ込められちゃったし」
「・・・聖なる都の陥落はともかく、テオドラがおかしなことをやったら捕まって牢屋に閉じ込められるっていうのは、ほとんど誰にでも予測できると思うけど」
テオドラがこれまでやってきたという、聖なる都の下町で喧嘩して火を放ったり、城壁に向かってエクスプロージョンを連発したり、メテオストライクの実験でヘプドモン修道院を破壊したりというのは、そんなことをやったらまずい悪事だということは、子供にでも分かるだろう。
「それはどうでもいいのよ。それでね、この海賊たち、このダーネ以外にも、近くにいくつか拠点を持ってるらしいのよ。ダーネであたしに勝てる相手がいないと知って、他の拠点から腕に自信がある連中を連れてくるって言ってたわ」
「そうなのか。じゃあ、残りの1週間は、海賊たちから残りの拠点を聞き出しながら、救出を待つことにしよう」
「聞き出してどうするのよ?」
「ネアルコスたちの助けがきたら、ダーネ以外の拠点も徹底的に叩き潰し、ローマ帝国を敵に回したらどういうことになるか、徹底的に思い知らせてやる。奴らの財宝も、きっちり巻き上げてやる」
「百倍返しってわけね。あたしもやる気になって来たわ」
こうして僕とテオドラは、海賊たちと雑談したり剣術の試合をやったりしながら、海賊たちの拠点に関する情報を聞き出すことに努めた。その結果、海賊たちにとって最大の拠点はダーネの東にあるトブルクで、西にあるマルジュ、ベンガジといった町も、拠点の1つになっていることが分かった。帝国海軍が助けにやってきたら、このダーネにいる海賊もろとも、まとめて始末してやろう。
「それにしても、あんたたち本当に弱いわね。1対1で、あたしに勝てる男はいないの?」
「皇女様は、本当にお強くいらっしゃいます。我らのうちに、これ以上腕の立つ者はおりません」
挑戦者をことごとく退けて勝ち誇るテオドラに対し、海賊たちの首領であるアル=ハイレッディーンは、諦めたようにそう答えた。まあ、一騎討ちでテオドラに勝てるには、少なくともジャラール並みの猛者だけだから、ビザンティン軍にもそんな猛者は数えるほどしかいないし、海賊たちの中にいなかったとしても不思議なことではない。
もっとも、海賊たちはテオドラとの勝負を単なる娯楽と考えているようで、自分たちの人生を示す砂時計の砂が間もなく尽きようとしているとは、微塵も考えていないようだった。
一方、イレーネは僕が情報収集に努めていることに、不満の様子だった。
「・・・どうして、私と子作りしてくれないの?」
「ちゃんとしてるじゃない。1日10回もすれば、普通の男女ならむしろ多すぎるくらいだよ。美沙ちゃんも、8回目くらいで気絶しちゃったし」
「・・・私は、もっとしたい」
「イレーネは、もうちょっと子作りを自制した方がいいよ。1日30回もしたがるなんて、むしろ何かの病気じゃないかと思うし、男の子作りには限界ってものがあるんだ。僕だって、1日10回くらいすれば、満足してこれ以上できなくなるし、それを術で無理やり回復させて続けるっていうのは、気持ち良いというより、むしろ疲れて辛いんだよ」
「それは、改善の必要がある」
「いや。普通の男の子だったら、むしろ1日10回も出来る方がおかしいから! これ以上強化する必要は無いから!」
もっとも、同じ10回といっても、相手がイレーネだと2時間くらいで絞りつくされてしまうけど、相手が湯川さんだと、8回目の段階でもう4時間を超えていた。イレーネは、何というか物凄い名器の持ち主らしく、僕もイレーネが相手だと、そんなに長く持ち堪えられないのだ。
それもイレーネが満足できない原因かも知れないけど、イレーネの場合焦らしプレイは嫌で、要するにずっと僕のものを下のお口で咥えていないと満足できない性質だから、イレーネを満足させるには、持久力を上げるか回数を増やすかで対処するしかない。そして、イレーネに合わせるようこれ以上鍛えてしまったら、本当に湯川さん相手では満足できなくなり、日本での生活に支障を来たしてしまう。
イレーネを満足させるのは諦めて、むしろイレーネとの子作りにはまり過ぎないよう、僕も自制する必要がありそうだ。
そして、イレーネとの子作りをやや自制気味にし、明日くらいにはネアルコスたちの救援が到着する、これでやっとこの世界でもマリアに会えるかと思って眠りに就いたところ、次の朝には再び日本へ戻ってきた。
もっとも、今日はウランに起こされたのではなく、僕と同じベッドで眠っていた湯川さんが起こしてくれた。ウランはまだ湯川さんに慣れておらず、湯川さんが来ると怖がって隠れてしまうのだ。
「ご主人様、おはようございます、なのです」
久しぶりに見た、湯川さんことマリアの、向日葵のような笑顔。僕はこの笑顔を見るために生きているんだ、そんな気分にさせてくれる。でも、その先が締まらなかった。
「おはよう、マリア・・・じゃなかった、湯川さん・・・でもない、美沙ちゃんか。なんか、ややこしくなっちゃったね」
「ご主人様、別にどれでもいいのです」
「いや、さすがに日本でマリアとか、ご主人様とか呼び合うのはまずいでしょ。きちんと切り替える癖を付けておかないと」
「それより、朝の日課は、しなくてもいいのですか?」
「・・・お願い」
僕の場合、精力絶倫になり過ぎたせいで、夜だけでなく朝も2~3回は子作りをする習慣が付いてしまっている。日本でも、美沙ちゃんと裸で同じベッドで寝ていたというシチュエーションでは、その習慣を我慢することはできなかった。
「ご主人様、前よりなんだか、激しくなったのです。この前は凄すぎて、気絶しちゃったのです」
「それはね、美沙ちゃんの代わりに僕の相手をするようになったイレーネが、物凄い子作り大好きで、それに合わせて鍛えられちゃって」
「えーと、黒いローブの人がですか?」
「美沙ちゃん、イレーネに確認したけど、別に君にはイレーネとかの名前を呼んでも、特に何も起こらないよ。一生子供の産めない身体にされるっていうのは、単なる口先だけの脅しだって」
「そうなのですか?」
僕は、イレーネから聞いた説明の一部と、マリアと引き離された後の性生活事情を、かいつまんで湯川さんに説明した。
「そうだったのですか。でも、わたしにはイレーネ様の気持ちも、分かるような気がするのです」
「そう?」
「ご主人様とのエッチは、気持ち良すぎるのです。ご主人様がしばらく帰ってこないと聞かされてから、わたしはご主人様と会いたい、早くご主人様のプリアポス様が欲しい、毎日そんな事ばかり考える、エッチな女の子になっちゃったのです。イレーネ様も、ご主人様と毎日子作りしていたら、そんな風になっちゃうと思うのです」
「・・・美沙ちゃんに言われると、妙に説得力があるね。そういうものなのかな」
「ところでご主人様、とても大事なことを忘れてしまったのです」
「ここでは、ご主人様じゃなくてまさくんだから。それで、忘れたことって何?」
「わたしとまさくんのお弁当を作らないといけないのに、作る準備をしていなかったのです。今からだと今日のお弁当を作るのが間に合わないのです!」
そう語る湯川さんの表情は、至って真剣そのものだった。イレーネが子作りに情熱を傾けているのと同様、湯川さんは得意の料理に情熱を傾けているらしい。
「まあ、今日は仕方ないよ。お昼は、一緒に購買で何か買えばいいよ」
「でも、それだと私のお弁当を、まさくんに食べてもらえないのです」
「いいよ。今はお弁当より、美沙ちゃんが欲しい。せっかくだから、もう少し楽しもうよ」
そんなことを言っているうち時間ギリギリになってしまい、結局僕と美沙ちゃんは、何とか制服に着替えて間に合わせの朝食を済ませ、何とか遅刻せずに学校へ登校するだけで精一杯だった。
そして、2人で登校する途中のこと。
「美沙ちゃん、学校での過ごし方に付いて、打ち合わせしておきたいことがあるんだけど」
「・・・何なのですか?」
「一緒に僕の家から登校するのを隠す余裕もなかった以上、佐々木さんたちから何か聞かれたら、僕たちが付き合ってることは認めるしかないけど、どこまで進んだか聞かれたら、キスまでってことにしておこう」
「キスまで、なのですか?」
「僕たちの関係は、本来高校生がやっていい範囲をはるかに超えちゃってるから、それを正直に喋っちゃったら大問題になって、最悪の場合退学処分とかもあり得るから。それと、昨日は流されてついやっちゃったけど、エッチのために学校の授業をズル休みするとか、学校でキスしたり、エッチなことをするのは絶対にやめよう」
「でも、時々学校でしている人もいるのです」
「他にやっている人がいるからって、僕たちもやっていいというわけじゃないから。退学までは行かなくても、内申点下げられたりしたら、僕の進学にも支障が出て、将来美沙ちゃんを養っていけなくなっちゃうから」
「わかりました、なのです」
湯川さんは、仕方なくといった感じで、僕の提案に同意した。どうやら本当は、学校でもするつもりだったらしい。自分でも言っていたとおり、僕とのエッチに慣れてしまうと、そういうエッチな女の子になってしまうのかなあ。
そして昼休み。僕の予想どおり、佐々木さんや他の噂好きな女子が、早速僕たちの関係を聞きにやってきた。
「ねえ榊原君、今日は美沙ちゃんのお弁当食べないの?」
「今朝は忙しくて、作る余裕がなかったんだ」
「ふうん。何に忙しかったの?」
「別に、朝ご飯食べたり、着替えたりするのに時間がかかっただけだよ」
もちろん嘘であるが、朝のエッチをするのに忙しかったなんて言えるわけがない。
「でも、美沙ちゃんと一緒に登校してきたってことは、もう2人は付き合ってるんだよね?」
「うん。付き合ってるよ」
「おお、榊原君がついに交際を認めた! それで、昨日2人は榊原君のお家で、どこまで進んだの?」
「どこまでって、お互い高校生同士だから、キスまでだけど」
「絶対嘘だー! 恋人同士が一つ屋根の下でお泊りまでしておいて、進んだのはキスまでなんて、今時小学生でもあり得ないよー!」
「何と言われても、実際キス以上のことはやってないから」
その後も、佐々木さんは僕にしつこく尋問してきたが、僕は何を聞かれても、キス以上のことはやっていないと言い張った。
「むう、榊原君は口が堅いなあ。いいよ、こうなったら美沙ちゃんに聞くから。ねえ美沙ちゃん、榊原君との甘い生活のお話、わたしたちにたっぷり聞かせてね♪」
こう言って、佐々木さんたちは湯川さんを連行し、僕には到底混ざる気になれない女の子同士の輪の中で、僕との関係について質問攻めを始めてしまった。湯川さん、大丈夫かなあ・・・。
そして放課後。さすがに、2日連続で湯川さんにお泊りをさせるわけには行かないので、湯川さんとはしばらくのお別れである。
「美沙ちゃん、またね」
「まさくん、帰るのちょっと待ってください、なのです」
「何か、僕に用事があるの?」
「あるのです」
湯川さんはそう言って、僕を人気のない、校舎の裏手まで連れて行った。
「・・・こんな所で、一体何をする気なの?」
「ここは、滅多に人が来ないから、エッチなことをしてもバレないのです。する場所がなくて困っているカップルのための、おすすめスポットなのです」
「美沙ちゃん、一体どこで、そんな情報仕入れて来たの?」
「女子の間には、エッチなお悩みを相談するための、秘密チャットみたいなものがあるのです。男子禁制のチャットなので、これ以上詳しいことはまさくんにも言えないのです」
「それなら敢えて聞かないけど、まさかここで、僕とエッチなことをするつもり?」
「そのくらい、言わなくても分かってください、なのです」
湯川さんは、頬を真っ赤に染めていた。いくら鈍い僕でも、この状況で湯川さんが何を求めているのかくらいのことは、これ以上言われなくても分かる。でも、さすがに応じるのはまずい。
「美沙ちゃん、さすがにそれは止めておこうよ。僕だって我慢しているんだし、美沙ちゃんのおかげで僕は向こうの世界でも、明日くらいには助けが来て、マリアのところへ戻れると思うから、今日は我慢しておこうよ」
「わたしだって、ずっと我慢してきたのです。でも、これ以上は我慢の限界なのです。学校でご主人様の隣に座っていると、ご主人様からエッチな匂いが漂ってきて、どんどんエッチしたい気分になってくるのです。それに今日は、お家に帰ってもエッチできないのです。・・・ご主人様、どうかわたしを助けてください、なのです!」
「それは、・・・一人でするとかして、何とか乗り切れないの?」
「無理なのです。もう、ご主人様でないと、満足できない身体になっちゃったのです」
湯川さんに、すがるような目線で迫られてしまった。僕も本音では湯川さんとしたいし、断ったら湯川さんのご機嫌を損ねるだろうし、そもそも湯川さんをこんな風にしちゃったのは僕の責任でもあるということで、これ以上湯川さんのお誘いを無下に断るわけにも行かなかった。
「・・・分かった。美沙ちゃん、少しだけね」
「はい、お願いします、なのです!」
こうして僕と湯川さんは、学校でまた1つ、悪いことをしてしまった。確かに、誰も人は来なかったけど、学校でこんなことをして、本当にバレないのだろうか。
その後は、特筆に値するような出来事は起こらず、僕は学校の宿題を済ませ、今日の日記を書いてから眠りに就いた。さあ、明日くらいにはネアルコスが助けにやって来る。僕も頑張らないと。
そして翌日。僕がイレーネに乗っかられて目を覚まし、朝の日課を済ませて朝食を取っていると、妙に屋敷の外が騒がしかった。テオドラがなぜか起きて来ないので、僕とイレーネだけで外に出てみると、町は帝国艦隊の噂でもちきりだった。
「ルームの大艦隊が、この町に向かっているぞ!」
「あんな大艦隊に攻めて来られたら、この町はおしまいよ! 逃げるしかないわよ!」
「なんでルームの艦隊が、こんな町まで攻め寄せて来るんだ!?」
ルームというのは、ローマ帝国のことに他ならない。イレーネが知らせてくれたとおり、ネアルコス率いる艦隊が、僕たちの救出に来てくれたようだ。
しかし、僕が安心したのも束の間、僕とテオドラ、そしてイレーネは海賊たちに拘束され、港の近くにあるアル=ハイレッディーンの屋敷へ連れて行かれた。
「アル=ハイレッディーン。余をどうするつもりだ?」
「とぼけるな、ミカエル・パレオロゴス。一体どうやって、この場所をルームの連中に伝えたんだ!?」
「それは余の知ったことではないが、余を拉致しておいて身代金の交渉もしなければ、余の部下たちが血眼になって余を探しに来るのは、当然の事であろう。貴様も、いよいよ年貢の納め時のようだな」
「そうは行くか! こうなったら、貴様らには俺たちの人質になってもらう。生きてルームの地に戻れると思うな!」
そういうことか。今日で無事ニュンフェイオンに戻れるかと思ったら、まだ最後の難関が待っていたようだ。
やがて、ネアルコス率いる帝国艦隊と、ベネデッド・ザッカリア率いるジェノヴァ艦隊の連合艦隊がダーネに到着し、兵士たちが上陸してきた。
「殿! ご無事でしたか!」
最初に僕を発見し声を掛けてきたのは、三浦雅村だった。他の武士隊やアサシン部隊の姿も見える。どうやら、彼らも帝国軍に合流し、僕の捜索に加わっていたらしい。
「五郎か。余はまだ無事だが、生憎このざまだ」
僕たちは、海賊たちに縄で縛られ、身動きが取れなかった。
「・・・僕やイレーネは抵抗できなかったけど、テオドラは抵抗しなかったの? テオドラが全力で暴れれば、海賊たちに拘束されずに済んだと思うんだけど」
「起きていれば抵抗出来たけど、昨晩はワインの飲み過ぎで、寝てる間に縛り上げられちゃったのよ」
「起きて来なかったのはそのせいか。肝心なところで活躍し損ねたね」
僕とテオドラがそんなひそひそ話をするも、僕たちは海賊によって厳重に拘束されている。事態が改善される見込みはなかった。
やがて、海軍提督のネアルコスが到着し、アル=ハイレッディーンや海賊たちに向かって叫んだ。
「卑しい海賊ども! ミカエル殿下とテオドラ様、イレーネ様を直ちに解放せよ! さもなくば、貴様たちの命はないぞ!」
アル=ハイレッディーンは、僕の喉元に剣を突き付け、こう切り返した。
「そうは行くか! ルームの連中の残虐ぶりは、この俺だって知っている。ミカエル・パレオロゴスを解放すれば、即座に俺たちを皆殺しにするつもりだろう。これ以上俺たちに近づくな! さもなくば、ここにいるミカエル・パレオロゴスの命はないぞ!」
「おのれ、卑怯な・・・」
ネアルコスも、それ以上打つ手が思い付かないようだった。
あともう少しで助かるところなのに、この事態をどうやって切り抜けようか。せめて、神聖術が使えれば何とでもなったのに・・・。
<あとがき>
「毎度、長いお話を読んで頂き、ありがとうございます。本編の主人公、榊原雅史こと、ミカエル・パレオロゴスです」
「あたしが、世界で最も強く美しい太陽の皇女、テオドラよ。もうみんな、あたしの名前覚えてくれたわよね?」
「そりゃあ、君は良くも悪くもインパクトが強いからね。もっとも、世界最強という割には、肝心なところで二日酔いして役に立たなかったけど」
「みかっちやイレーネの方が、よっぽど役に立ってないじゃないの! ところで、今回の投稿はずいぶん遅かったわね」
「そうなんだ。今回は、第1部のクライマックスにあたる部分なんだけど、作者としてはこんな話でいいのかって、悩みに悩んじゃったみたい」
「そうよね。ところでみかっち、構想段階ではあの馬鹿メイド、殺されたことにするんじゃなくて、ムザロンのお妾さんにされたってことにする予定だったらしいわよ。それが、第6話の途中で夜会のお話を組み込む案が出てきて、思い付きで話を変更しちゃったんだって」
「・・・そうだったのか。最初から、僕と読者さんを騙す予定だったんだね」
「それで、今回がネタ晴らし回になるんだけど、こんなオチで読者さんが納得してくれるのかどうか、心配になっちゃったらしいわよ」
「うちの作者って、もともと戦争とか内政の話とかはスラスラ書けるけど、ラブコメは苦手だからね。以前も、僕とテオドラが入れ替わったところを書くのに大苦戦したことがあるし。その上に、話を盛りすぎて後悔したもんだから、尚更書くのに時間が掛かっちゃったわけか」
「あと、本編の読者さんには、まだお詫びしなきゃいけないことがあるみたいよ」
「何?」
「この小説、一応作者としては、誤字脱字とかがないように細心の注意を払ってはいるんだけど、それでもこれだけの長編でノーミスってわけには行かないみたいなのよ。この本編が最初に投稿されて、これをライト版や作者のウェブサイトに転載する際に、ミスが発見されたときはその都度修正するんだけど、既に投稿した本編のチェックまでは手が回らないのよ。
それで、ライト版の方は、親切な読者さんが、作者も気づかなかったいくつかの誤字脱字を指摘してくれて、その部分は有難く修正させてもらったんだけど、それも本編の修正までは手が回らないらしいのよ。だから、本編とライト版、作者のウェブサイト版と3つあるうち、この本編は誤字脱字が一番多いままってわけね」
「そうなんだ。作者もプライベートで色々忙しくなったこともあって、今のところ小説は続きを考えたり書いたりするのが精一杯で、既に書いた部分のチェックまで手が回らない状況だから、これは素直にお詫びするしかないね」
「そういえば、この第8話前編が投稿される前に、こんぺきなんとかに関するコメントが投稿されてたわよね。あの、紹介しているようで実はケチをつけまくってるやつ」
「ああ、あれね。たぶんあのラジオドラマは、おそらく作者がヴェネツィア視点で物語を作っていて、ビザンツ側の事情はあまり詳しく調べていなかったんだと思うよ。それを聴いた作者が、つい感情的になっちゃったみたい」
「まあ、どうせあればおまけみたいなものだからね。それでみかっち、今後の予定は?」
「この投稿が済んだら、直ちに第8話後編の執筆に取り掛かります。この第8話後編が、第1部のラストという感じになるんで、物語としては一応区切りが付くんだけど、今までの投稿ペースを維持できるのは、たぶんこのあたりが限界かなあ、ということです」
「続きも、執筆が難航するような話なの?」
「いや、書くべきこと自体はほぼ決まっていて、そんなに悩むことはないんだけど、執筆に割ける時間自体がかなり減ったから。ライト版の方は、今でも1日1話投稿を続けられているけど、それを続けられるのは第8話くらいまでが限界みたい。第9話を書く前に、今までの登場人物に関するまとめを作る必要もあるし」
「やっぱり、第8話と第9話で、投稿に間が空いちゃうことは避けられないみたいね。それじゃあ、皆さん、次の第8話後編でまたお会いしましょうね。ファッセ、ドッサッナ!」