第8話後編 揺籃期の終わり
第7章 百倍返し
「ふん。いかに残虐なルームの連中でもお総大将を人質に取られれば、どうすることもできまい。ざまあみろ! ミカエル・パレオロゴスを殺されたくなければ、大人しく引き下がることだな。はっはっは」
アル=ハイレッディーンが、僕たちを前で勝ち誇ったかのような笑い声を上げた。神聖術が使えない上に腕も縛られ、喉元に剣を突き付けられている状況では、どうすることもできない。
「せめて、神聖術さえ使えれば、あんな海賊たちに負けはしないのに・・・」
僕が負け惜しみで呟いた言葉に、イレーネから返って来たのは、あまりにも意外な言葉だった。
「別に、使えないことはない」
「え?」
僕が素っ頓狂な声を上げると、間もなくアル=ハイレッディーンとその周囲にいた海賊たちは、身体の自由が利かなくなり、次々と倒れた。これは明らかに、『麻痺』の術による効果だ。
「今こそ好機だ! 殿下をお助けし、海賊たちを捕らえよ!」
ネアルコスの命令で、配下の兵士たちは動けなくなった海賊たちを縛り上げ、僕やテオドラも瞬く間に縄を解かれ、救出された。そしてイレーネは、術を使って自らの縄を切っていた。
「みかっち、あたしたちの神具、ここにあったわよ!」
続いてテオドラが、アル=ハイレッディーンの座っていた玉座の下から、僕たちの使っていた神具などを発見した。道理で、倉庫などをいくら探しても見つからなかったわけだ。僕たちを拘束するのに最も重要なものだから、一番探しにくい所に隠してあったのか。
これでテオドラの腕輪、イレーネの杖、僕の腕輪と草薙の剣、風魔も取り返すことができた。
「ネアルコス、この町の太守は海賊たちの共犯だ。海賊と一般市民の区別は付けにくいから、この町の住民は残さずひっ捕らえろ。抵抗する者は殺しても構わん。あと、海賊や太守たちの蓄えている財宝の類は、残らず接収するように」
「了解致しました、殿下」
僕の命令を受けたネアルコスや、その配下の兵士たちが、手際よくダーネの町を制圧していく。結果論としては、僕たちはイレーネのおかげで助かったのだが、その過程には納得が行かなかった。
「・・・イレーネ、どうして君は神具の杖を奪われていたのに、普通の神聖術まで使えるの?」
「あんちゃん、俺の存在を忘れてないかい?」
僕の問いに答えたのは、イレーネではなくその掛けている眼鏡もどき、通称ビブロスだった。
「ビブロス、確か君はイレーネ専用の、喋れる情報記憶装置のようなものなんじゃなかったっけ?」
「確かにそうだが、俺には神具としての機能もあるんだよ。だから、いつも使っている杖がなくても、この俺がいれば、この娘っ子はいつもどおり神聖術を使えるってわけだ。あの海賊も、この俺も神具だってことは、さすがに知らなかったみたいだな」
「ビブリオケーテーだけではない。私は神具を奪われた場合に備え、自分の体内にも小型の神具を埋め込んでいる。だから、杖を奪われた程度のことで、神聖術を使えなくなることは無い」
イレーネが、平然とした顔で補足するが、僕はますます納得が行かなかった。
「ちょっと待てーい!」
僕の全力突っ込みにも、イレーネは動じる様子は無い。
「何か、問題がある?」
「むしろ問題だらけだよ! イレーネが神聖術を使えるって分かってたら、イレーネの術で簡単に脱出できたんだから、こんな長い時間海賊に捕まっている必要なんてなかったのに! イレーネもビブロスも、どうして今まで黙ってたんだよ!?」
「そう言われてもなあ、あんちゃん。この娘っ子は、海賊があんちゃんたちを誘拐しようとしていると分かっていながら、あんちゃんと一杯子作り出来るいい機会だと思って、敢えて黙ってたんだぜ。そんな娘っ子の恋路を、邪魔するわけには行かねえじゃねえか」
「・・・イレーネ、ビブロスの言ってること、本当なの?」
「本当。私は、長年マリアがあなたを独占しているのを見て、とても羨ましかった。せめて、あと少しだけあなたを独占したかった」
「つまり、イレーネは僕とたくさん子作りしたかったというだけの理由で、わざと捕まってたの? だから、捕まっても一人だけ落ち着いていて、今まで脱出にも非協力的だったわけ!?」
「・・・この町にいた期間は、せいぜい1か月足らずに過ぎない。それでもあなたは怒る。もし、あなたと一緒にいたのが、私でなく彼女であったとすれば、あなたは逃げようともせず、この町で彼女と幸せな人生を過ごそうと考えるはず」
「イレーネ、その発想はさすがに極端だよ! マリアと一緒に、自由で裕福な地方貴族の1人として暮らすのと、こんな何もない辺境の町に閉じ込められるのとでは、全く次元が違う問題だし! 仮に、僕と一緒に捕らえられたのがマリアだったとしても、僕は何とか脱出しようと考えるよ! ただ、マリアに出来ることは料理や家事くらいしかないから、マリアに協力してもらおうとは考えないだろうってだけで」
「・・・そんなことはない。彼女は、かなり高い神聖術の素質を有している。あなたがその素質を活用していないだけ」
「そうなの?」
「そう。あなたは、彼女に神聖術の適性検査を受けさせていない。受けさせてみれば、その素質の高さを理解できるはず」
「マリアの素質の話は別にするとして、イレーネがさぼったせいで、僕はこの世界で、1か月近くもの貴重な時間を無駄にすることになったんだから!」
僕が、イレーネに怒りをぶちまけていたところ、思わぬところから横槍が入った。
「別にいいじゃない、みかっち。物語には効率だけじゃなくって、エンタメ要素も大事よ。みかっちとひと時でも長く過ごしたいからっていう一途な想いで、敢えて海賊に捕まって辺境の町で一緒に過ごしたがるなんて、ロマンチックじゃない」
「・・・テオドラは、そういうのを美談だと思うの?」
「美談だと思うかどうかは人それぞれだと思うけど、結果的にはイレーネのおかげで助かったんだし、そんなに目くじら立てるほどの問題じゃないと思うわ」
珍しくテオドラに諭されてしまい、僕は自分が正しいのか、自信がなくなってしまった。
「すみません、殿下。そろそろ宜しいでしょうか?」
僕に、恐る恐る声を掛けてきたのは、ネアルコスだった。
「どうした?」
「ダーネの町の制圧が完了致しました。捕虜たちの処遇について、ご命令をお願い致します」
「そうだった。イレーネやテオドラと、不毛な言い争いをしている場合ではなかったな」
僕は気を取り直すと、ネアルコスに指示を出した。
「海賊たちの首領アル=ハイレッディーン、その手下の海賊と思われる者、そしてこの町の太守とその配下については、すべて絞首刑とせよ。それ以外の者は、ニュンフェイオンへ連行して、奴隷として売り飛ばせ。ダーネの町は、金目のものを奪い終わったら焼き払え」
「随分苛烈なご処遇ですね」
「こんな町、特に征服する価値もないが、ローマ帝国に逆らったらどのような目に遭うか、リビアの連中には徹底的に思い知らせてやる必要がある。情は無用だ」
こうして、アル=ハイレッディーンとその配下の海賊たちは、僕の命令で全員絞首刑に処されることになった。
「貴様、本当に俺たち全員を縛り首にするつもりなのか!?」
「アル=ハイレッディーン。余は、ちゃんとお前たちの前で、脱出に成功したらお前たちなど縛り首にしてやると宣言したぞ。無事救出された以上、そのとおりに実行するまでのことだ。本来なら、縛り首よりもっと酷い、五刑に処してやってもよいところだが、今回は見せしめにする相手も特にいないので、縛り首だけで勘弁してやる。地獄で余に感謝するがよい」
「誰が感謝なんてするか・・・ぐはっ!!」
言葉を最後まで言い終える前に、アル=ハイレッディーンの絞首刑は執行された。他の海賊たちも次々と絞首刑に処され、海賊以外の住民で捕まった者は、旗艦の移動拠点を使って、ニュンフェイオンの奴隷市場へ連行する準備が整えられた。
捕虜たちの中には例のおばちゃんなど見知った顔もあったが、単に顔見知りというだけで情をかける気は無い。奴らは、海賊たちのおかげで潤っていた以上、所詮海賊たちの仲間に過ぎないのだ。
■◇■◇■◇
海賊たちの処刑が終わった後、僕は自分の救出にやって来た、主だった将たちと面会した。
僕の知っているメンバーは、海軍提督ネアルコス、ジェノヴァ艦隊を率いるベネデッド・ザッカリアの他、テオドロス・ラスカリス、その弟イサキオス・ラスカリス、術士のプルケリアとエウロギア、武士隊の三浦雅村と毛利雅秀、アサシン部隊のスィナーンといったところだ。
「皆の者、心配を掛けて済まなかったな」
「大将、カエサリアの見知らぬ連中から、いきなり大将が行方不明になったと聞かされたときは、俺もびっくりしたぜ。とりあえず無事で良かったが、今まで何があったんだよ?」
僕は、訪ねてくるテオドロスや他の面々に対し、亡命中に僕がやってきたことや、海賊に拉致された経緯などをかいつまんで話した。
「・・・てっきり、皇女様や他の女たちとイチャイチャしているだけかと思ったら、そんなすげえことを色々やってたんだな。なんか、伝説の魔人テオドラがタタールの軍を撃退したという噂を聞いたときは何事かと思ったが、あれは大将のやったことだったのか。新顔のサムライ部隊やアサシン部隊も、大将が新しく雇った連中なのか」
「まあね。モンゴル軍を撃退して格好良く凱旋するつもりが、海賊たちに騙されて、ちょっと情けないことになっちゃったけど」
「それでもすげえよ。でも、俺も大将には及ばねえが、なんとか偉業を成し遂げたぜ。俺の愛するプルケリアが、やっと俺の求婚に応じてくれたんだ!」
「・・・プルケリア、結局テオドロスと結婚することにしたの?」
「あれだけしつこく言い寄られては、もう仕方ありませんわ。殿下を無事ニュンフェイオンへ送り届けたら、その後正式に結婚式を挙げる予定ですわ」
「そうなんだ。二人とも、お幸せに」
「ところで、殿下のお話にあったリカリオという男、我が軍におりますぞ。もっとも、ヴェネツィア人を父に持ち、ローマ人を母に持つ若い男で、ヴェネツィアでは生粋のヴェネツィア人で泣ければ船長になれないという理由で、活躍の場を求めてヴェネツィアを離れ、わが国の海軍に最近仕官してきたばかりの男ですが」
そう言ってきたのは、海軍提督のネアルコスだった。
「リカリオという男自体は、我が軍に実在していたのか・・・」
「今回の艦隊派遣では、ヴェネツィア海軍での実績を見込んで船長に抜擢致しましたが、なかなか見どころのある男です。この機会に、是非謁見をお許し下さい」
「よかろう。謁見を許す」
そうしてやってきた本物のリカリオは、まだ20歳にもならないかくらいの、若い男だった。
「リカリオでございます。思わぬ機会で殿下へのお目通りが叶い、光栄の極みでございます」
「名前は同じだが、あの海賊とは似ても似つかぬ男だな。まだ若そうだが、年齢はいくつだ?」
「今年で18歳になります」
「そんな若さで、ヴェネツィア海軍でも経験を積んで来たのか?」
「はい。ヴェネツィアの男は、12歳くらいになれば、まず船の漕ぎ手として海に出るのは当たり前。実力のある男は、そこから次第に抜擢されて行くのですが、ヴェネツィアでは両親ともヴェネツィア人の男でなければ船長になれないのが掟。そのため、私は活躍の機会を求めて、先年ヴェネツィアを離れローマ帝国に仕官した次第です」
「そうか。わが国では能力さえあれば、生まれに関係なく抜擢するぞ。これからも励むがよい」
「はい。頑張って、ローマ帝国の海軍提督になってみせます!」
「大きく出たな。だが、そういう野心に溢れた男も、余は嫌いではないぞ」
リカリオとの謁見が済んだところで、僕はネアルコスとの話を再開した。
「ところで殿下、海賊たちがリカリオの名を使ったということは、海賊たちの背後には、おそらくヴェネツィア人が関与しているのではないでしょうか?」
「それは、余も感じていた。海賊たちの首領は、余をこの町に拘束しておけば、あるやんごとないお方が即金で20万ドゥカートを支払ってくれるとも言っていた。そんなことが出来るのは、おそらくヴェネツィア人くらいだろう」
「では、ヴェネツィアへの報復も行われますか?」
「それはまだ早い。海賊たちにしては拉致の手際が良すぎることもあり、わが国にヴェネツィアのスパイがいる可能性も高い。報復を考えるのは、調査の上で確実な証拠を掴んでからだ。それより、海賊たちのアジトはこのダーネのほか、西にもマルシュ、ベンガジといった町にあり、一番大きな拠点は東のトブルクにあるそうだ。
これらの地にある海賊たちを一掃し、ヴェネツィア人が海賊に支払った大金を巻き上げれば、ヴェネツィア人にとっては結構なダメージになるし、運が良ければヴェネツィアが関与していた証拠も見つけられるだろう」
「畏まりました。ですが、本国ではラスカリス将軍がクーデターに成功し、殿下のお帰りを待ちわびております。海賊たちの掃討は我々にお任せ頂き、殿下は一刻も早くニュンフェイオンにお帰り頂いた方がよろしいかと」
「ミカエル。そろそろ冬になるから、長期間の航海は危険だ。ここは艦隊を二手にわけ、俺たちジェノヴァ艦隊は西のマルシュやベンガジを、ネアルコスの艦隊は東のトブルクを叩いて撤収することにしてはどうだ?」
「ベネデッド。確かに冬の航海を長引かせるのは危険だ。その作戦で行こう」
この話に横槍を入れたのは、またしてもテオドラだった。
「ちょっと待ってよ、みかっち。それじゃあ、あたしの活躍する場面がないじゃない!」
「テオドラは、急いでニュンフェイオンに戻っても、特にやってもらうことは無いから、海賊掃討作戦に参加してもらってもいいよ。ベネデッド・ザッカリアの提案した作戦だと、ジェノヴァ艦隊所属の術士がいないから、テオドラはジェノヴァ艦隊の援軍として参戦してくれる?」
「わかったわ。あたしの術で、海賊たちを華麗に打ち倒して見せるわよ!」
「ただし、金目の物と、ヴェネツィアが関与した証拠になりそうなものは、壊さずに確保しておいてね」
「みかっちは、相変わらずケチねえ。そんなにお金にこだわるわけ? そんなんだから、ミダス王の生まれ変わりなんて呼ばれるのよ」
「テオドラ。そう言われるくらいでなければ、国の統治なんて務まらないんだよ」
「・・・私は、あなたに付いて行く」
「はいはい。イレーネは、僕と子作りする機会を減らしたくないんでしょ。分かってるよ」
ひととおり話が済んだところで、僕とイレーネは直ちにパッシブジャンプで、本拠地のニュンフェイオンに戻った。さあ、これからまた忙しくなるぞ。
第8章 政権奪還
「殿下、お待ちしておりました。突然行方不明になったという報せがあり、皆心配しておりましたが、ご無事で何よりでございます」
パッシブジャンプで、ニュンフェイオンの宮殿に戻った僕を出迎えてくれたのは、家令のアクロポリテスだった。
「アクロポリテス先生、心配を掛けて済みませんでした。ところで、現在この国の状況はどうなっていますか?」
「はい。摂政となっていたゲオルギオス・ムザロンは、聖なる都奪還作戦の失敗に加え、重税やボゴミール教徒の弾圧に対する民衆の反発もあって、その実効支配はニケーアを中心とするアナトリアの北西部にしか及んでいませんでした。ムザロン派の軍勢も寄せ集めに過ぎず、帝国全土に影響力を及ぼすには、明らかに力不足でした。
そこでムザロンは、殿下の旧部下の中でも、比較的自分に忠実とみられたマヌエル・ラスカリス将軍を総大将として、ニケーアに近接するソユトを攻撃させ、殿下の旧部下たちを相争わせて弱体化させようと試みたのですが、ラスカリス将軍はかつての戦友たちと戦うべきではないと判断し、ソユトに向かう途中で軍を反転させ、君側の奸であるゲオルギオス・ムザロン兄弟の追放と殿下の摂政復帰を求め、イサキオス帝に反旗を翻したのでございます。
私どもは、これをムザロン打倒の機会と捉え、全力でラスカリス将軍を支援することとし、オスマン率いる殿下の軍がラスカリス将軍に合流し、またブルガリア方面で独自の勢力を築いていたダフネ様、アドリアヌーポリのヴィルヘルミナ・ヴァタツィナ様、ボスニアのコンスタンティノス・パレオロゴス様、テッサロニケのヨハネス・カンタクゼノス様なども、ラスカリス将軍を支持してその軍に加わりました。
その他、自ら抵抗軍を組織し、ムザロン派に対するゲリラ戦を続けてきたコンスタンティノス・アスパイテスや、表向きムザロンに従ってきたアレス、アンドロニコス・ギドスといった殿下の旧部下たちは、皆ラスカリス将軍に味方致しました。
これに対し、ムザロンは自派の総力を挙げてラスカリス将軍率いる反乱軍を迎え撃ちましたが、寄せ集めで大した指揮官もいないムザロン派はラスカリス将軍の敵ではなく、ニケーア付近の戦いで、ムザロン派はほぼ全滅に近い打撃を受けました。
戦いに敗れたムザロン兄弟は、最後の手段としてニケーアに籠城致しましたが、ニケーア総督のバルダス・アスパイテスがラスカリス将軍に内応して内側から城門を開き、ラスカリス将軍はムザロン兄弟を捕らえることに成功致しました。これが約1か月前、殿下がアイン=ジャールートの戦いでモンゴル軍に勝利されたのと、ほぼ同じ時期に起きた出来事でございます」
「・・・だとすると、リカリオという偽名を使って僕の許にやってきた海賊の言っていたことは、ほぼ真実だったわけだな」
「そして私どもは、政権奪還のため一刻も早く殿下に御帰還頂こうと、ゲルマノスを使者としてカエサリアに遣わしたところ、カエサリアでは突然殿下がテオドラ様、イレーネ様ともども行方不明になったと、蜂の巣を突いたような騒ぎになっておりました。
そして、ゲルマノスがアル=マンスールやスィナーン、ミーロスといった殿下の部下たちから話を聞いたところ、どうやら私どもの先手を打って、殿下の政権復帰を快く思わない何者かが、ローマ帝国海軍の客船を装って殿下を拉致したらしいというところまでは分かったのですが、一体どこに拉致されたのか全く手掛かりがなく、手詰まり状態でございました」
「・・・アクロポリテス先生、アル=マンスールやスィナーンは分かりますが、ミーロスというのは一体誰のことですか?」
「殿下が、日本からお連れになったという、サムライ部隊の将でございます。彼らの将らしき者は2人おりまして、一応、本名らしきものも聞いたのですが、あまりにも長い上に馴染みのない名乗りなので、皆ミーロス、チーバスと呼んでおります」
「つまり、三浦雅村と千葉雅秀があまりに呼びにくいので、それぞれミーロス、チーバスと呼ばれるようになったっていうこと?」
「そのとおりでございます。殿下は、あの呼びにくい名前を、よく発音できますな」
「僕も同じ日本人だからね。ちなみに、僕の日本における本名は、『さかきばら まさひと』と言うんだけど、この名前もそんなに呼びにくい?」
「殿下のご本名は、そのようなものでございましたのですか。失礼ながら、この国の者にはかなり発音しにくいお名前でございます」
「そういうものなのか。僕の名前を呼びにくいというのは、テオドラだけじゃなかったんだね。それじゃあ、彼らの呼び方がミーロス、チーバスになってしまうのも仕方ないか」
「話が脱線してしまいましたので、そろそろ説明を続けさせてよろしいでしょうか?」
「そうでした。お願いします」
「では、説明に戻ります。殿下の居場所が分からず、手詰まり状態となっていた折、殿下にお仕えしていたメイドのマリアが、突然殿下はリビアのダーネという町にいると言い出したことから、とりあえず殿下の捜索にあたっていたネアルコスとベネデッド・ザッカリアの艦隊をダーネに向かわせる一方、私どもは殿下がお戻りになるまでの間、ラスカリス将軍と共に暫定政権を運営しておりました。
もっとも、我々だけではほとんど何も決めることが出来ず、殿下のお帰りを心よりお待ち申し上げておりました。どうやら、マリアの言っていたことは正しいようでございましたな」
「大体事情は分かりました。先生方にはご苦労をお掛けして、申し訳ありません。これからは僕が引き継ぎましょう」
「いえ、無事に殿下の留守を守って来られたのは、私の力ではございません。むしろ、内政面でもムザロンに対する謀略でも、活躍したのはソフィアでございました。ラスカリス将軍がイサキオス帝に反旗を翻したのも、その反乱が絵を描いたように上手く行ったのも、ソフィアの用意周到な根回しが効を奏した結果でございます。私はせいぜい、内政面で殿下の政策を継続していたに過ぎません」
「そうか。それほどの功績があったのなら、ソフィアには後で礼を言っておかねばなりませんね」
■◇■◇■◇
「殿下、ソフィアの件はさておき、まずはムザロン兄弟とそれに与した者の処遇、イサキオス帝の処遇、そして今後の統治体制について、早急にお決め頂きたいのですが」
「・・・国内勢力のうち、ムザロン兄弟に与した者はどのくらいいる?」
「正教の教会勢力は、比較的殿下と距離が近いスミルナやニュンフェイオンの主教区を除くほぼ全部、大規模な貴族勢力は、ヴァタツェス家とカンタクゼノス家、コンスタンティノス様のパレオロゴス家を除くほぼ全部といったところです」
「・・・かなり多いな。それらの全部を一気に取り潰すのは、さすがに難しいか。とりあえず、ゲオルギオス・ムザロンとその弟エルルイオス・ムザロンは、すべての所領と財産を没収した上、エーゲ海の適当な島に流刑とする。それ以外の加担者については、ムザロンが摂政となった以後にムザロンから譲渡されたすべての土地と財産を返還するなら、今回の件に関する罪は不問とする」
「返還に応じなかった者については、いかが致しましょう?」
「全ての土地と財産を没収した上、関係者は全員斬首、そのリーダー格と見られる者は五刑だ」
「畏まりました。次に、イサキオス帝とヨハネス皇子の処遇については、如何致しましょう?」
「無能な皇帝とその孫とはいえ、それだけの支持者がいるとなれば、いきなり廃位や処刑というのも危険だ。とりあえず、僕が摂政に復帰すること、今後は政治に一切口を出さないことを認めさせ、イサキオス帝がその条件を呑むなら、当面イサキオス帝の廃位はしない。ヨハネス皇子の地位も、当面は今までどおりとする」
「それでは、今後の政治体制については、如何致しましょう?」
「今は、当面の治安維持が大きな課題だ。ゆっくり考えている余裕はない。とりあえず、アクロポリテス先生は内宰相に、ラスカリス将軍は軍総司令官代理に、それ以外の人事もひとまず、僕が摂政を解任される前の状態に戻す。その方向で進めてくれ」
「畏まりました。そのように取り計らいます」
そして僕は、移動拠点を使ってニケーアに赴き、イサキオス帝に謁見した。
「皇帝陛下、お久しゅうございます。ミカエル・パレオロゴスでございます」
「・・・貴様、朕をどうするつもりか」
「皇帝陛下は、我が妃となるテオドラの父君であることも考慮し、お命まで頂くつもりはありませぬ。臣を改めて帝国摂政に任命して頂ければ、今後は煩わしい政務に惑わされることなく、皇帝としてこのニケーアで安らかな余生を送れるよう、取り計らいましょう」
「朕が、それを否としたら、どうするつもりだ」
「陛下がそう仰られるのであれば、是非もございません。陛下には、この内乱を起こした責任を取ってご退位頂き、陛下とヨハネス皇子には帝位に就けないよう去勢手術を行った上で修道院に幽閉し、私が自ら皇帝に即位するだけのことでございます」
「こ、この不忠者めが! 誰か、この者を成敗せよ!」
「陛下は盲目のためか、現在の状況をご理解されておられぬようですな。今、陛下の周囲におりますのはすべて私の家臣や協力者。もはや陛下の味方は、この宮廷のどこにもおりませぬ。そしてローマ帝国には、陛下御自身を含め、いまや私に逆らえる者は誰もおりませぬ」
「ぐぬぬぬぬ・・・」
「さあ、陛下。今すぐお決めくださいませ。大人しく私を帝国摂政に戻し、政治の実権を引き渡して安らかな余生を送られるか、それともこの場で退位されるか。速やかにご決断頂けなければ、後者ということになりますぞ」
「・・・是非もない。貴様を再び帝国摂政に任命する。だが、朕はこの恨み、生涯忘れぬぞ」
「ご随意になされませ」
こうして、僕は再び、帝国摂政の地位に返り咲いた。ただし、ビザンティン帝国の国法上、帝国摂政というのは正式な地位ではなく、僕が帝国の実質的支配者であることを明確にする必要があったことから、皇帝を示す称号のうち「ローマ人のバシレウス」はイサキオス帝に残すが、尊厳者ないし絶対支配者を意味する「アウトクラトール」の称号はイサキオス帝から剥奪し、僕自身がアウトクラトールを名乗ることにした。
「バルダス・アスパイテス。イサキオス帝の警護はそなたに任せる」
「畏まりました。警護の方針は、如何致しましょうか?」
「身の回りの世話をする必要最低限の者を除いて、イサキオス帝には誰にも面会させてはならぬ。強いて面会しようとする者がいるときは、その場で容赦なく殺せ。また、イサキオス帝の世話をする女官も、イサキオス帝がセクハラをしてきたら、容赦なくひっぱたいて良い。イサキオスは、もはや名前だけの皇帝だ。実質的な皇帝として処遇する必要は無い」
「イサキオス帝はそれで良いとして、孫のヨハネス皇子と、その母であるアレクセイア様は如何致しましょうか?」
「その2人は、特に罪を犯したというわけではない。一応ニケーアに軟禁しておくが、面会などは自由にさせて構わん。ただし、何か陰謀を企むことがないか、監視は付けておいてくれ」
「仰せのとおり取り計らいます。ところで、これまでイサキオス帝の侍従長をしていた、オフェリア殿はいかがなされますか?」
「オフェリアに、何か問題でもあるのか?」
「オフェリア殿は、表向き殿下のご帰還を歓迎するふりをされておりますが、他の者と異なり、心から殿下のご帰還を喜んではおられないように見えまする。また、オフェリア殿はムザロンの政権奪取に裏で手を貸したとの噂もあり、今までどおりイサキオス帝に仕えさせるのは、若干危険かと」
「そうか。確証はないが、怪しい存在だな・・・。とりあえず、オフェリアはイサキオス帝の担当から外して、ニュンフェイオンの宮廷で僕の侍従長として仕えさせることにする。イサキオス帝の担当は、適当な下位の女官で構わない。人数も減らせ」
「畏まりました」
これで、初動の態勢は概ね整った。
後日談になるが、ムザロン派の加担者については、当初領地や財産の返還に応じない者も若干いたが、僕が軍を率いてそうした教会を3つほど取り潰し、それらに所属する聖職者全員を処刑したところ、その他の者は慌てて返還に応じた。武器を持って戦うことが禁じられている聖職者はもとより、自前の兵を持っている貴族たちも、ニケーア付近の戦いでラスカリス将軍と戦って大打撃を受けたばかりであり、僕に抵抗する力のある者は、もはやいなかったのだ。
■◇■◇■◇
この日の仕事はこのくらいで済ませ、僕は晴れて、ニュンフェイオンで僕の帰りを待っているマリアとの再会を果たした。
「ご主人様、お帰りなさいなのです!」
マリアは、僕の姿を見るなり、僕に抱き付いてきた。
「ただいま、マリア。かなり時間がかかってしまったけど、僕は約束どおり帰って来たよ。それも、マリアのおかげだけどね」
こうして、僕はこの世界では久しぶりに、マリアと共に一夜を過ごすことになった。
僕が、聖なる都を奪還するための遠征軍に加わるため、マリアと別れたのが世界暦6760年の3月。そして今は、世界暦6764年の10月。世界暦は1年が9月から始まるので若干ややこしいが、実に約3年半ぶりの再会ということになる。
もちろん、マリアと同一人物である湯川さんとは昨日も日本で会っているが、それでもこの世界で無事にマリアと再開するのは、日本で会うのとはまた違った感慨があった。
それと、僕がこの世界に現れたのは、世界暦6753年9月のことだから、僕とマリアはこの世界で、既に11年もの歳月を過ごしたことになる。日本では、まだ3か月くらいしか経っていないのに。
ところで、ニュンフェイオンの宮殿では,以前からネズミ捕りのために猫を飼っている。マリアと一緒にいるうち、かつて僕がライアン、バーネットと名付けた猫や、その子供たちはどうしているのか、どうでもいいことが気になってしまった。
「ところでマリア、聞きたいことがあるんだけど」
「何ですか? ご主人様」
「以前、僕の部屋で飼われていた、ライアンやバーネットはどうなった?」
「それは、私にもよく分からないのです。ライアンちゃんは、もっと若くて強いオス猫に負けて、ボスの座を追われると、いつの間にかいなくなってしまったのです」
「いなくなっちゃったんだ・・・」
「はい、なのです。バーネットちゃんも、あるとき急にいなくなってしまったので、生きているかどうかもよく分からないのです。今この部屋にいる猫ちゃんたちは、たぶんバーネットちゃんの孫か、ひ孫くらいの世代だと思うのですが、実のところよく分からないのです。どんどん子猫が産まれて数が増えて、猫が足りない部屋や他の屋敷にもらわれて行ったりもしたので、私も名前を付けるのをあきらめてしまったのです。お役に立てなくてすみません、なのです」
「いいよ、マリア。別に、たくさんいる上に世代交代が激しいネズミ捕り用の猫たちに、いちいち名前を付けて覚えていても、特に意味はないから」
僕は、言葉ではそう言いつつも、日本と違ってこの世界で生きる猫は大変なんだなと、内心でため息をつかずにはいられなかった。猫の話をしていると暗い気分になりそうだったので、僕は話題を変えた。
「ところでマリア、神聖術士になってみるつもりはない?」
「神聖術士さん、なのですか?」
「そう。術で自分や他人の怪我を治したり、遠いところからでも一瞬で戻って来れたり、覚えると結構便利だよ。イレーネは、マリアには高い適性があると言っていたから、ひょっとしたらすごく強力な術も使えるようになるかもしれないよ」
「・・・それで、わたしがご主人様のお役に立てるのですか?」
「もちろん」
「それなら、わたしもやってみたいのです」
こうして、翌日マリアに、神聖術士としての適性検査を受けさせてみることになった。基礎講座の教師は、ティエリの妻で才女として知られる、マリア・ランバルディナにお願いした。なお、同じマリアで名前が被るので、教師の方はランバルディナと呼ぶことにしている。
「ランバルディナ、この数字は・・・?」
ギリシア数字は習っているが、水晶玉に表示された∞という文字は、少なくとも数を表すものではない。
「殿下、これは計測不能という意味でございます。おそらく、神聖術の適性が100を超えてしまっているということではないでしょうか。こんなことは、ローマ帝国の神聖術史上、前例がありません。マリア様は、とんでもない才能を秘めておられるのではないでしょうか。少なくとも、適性試験は問題なく合格でございます」
「分かった。でも、マリアの適性が100超えということが知られたら、色々騒ぎになってしまうから、当面このことは伏せておいて。とりあえず、僕やイレーネ以外の人に適性値を聞かれたら、90と答えておいて。僕は政務など他の仕事もあって忙しいから、マリアの神聖術教育は、ランバルディナにお願いする」
「畏まりました。マリア様の教育は、お任せくださいませ」
こうして、かつて僕も経験した所定の儀式を経て、マリアも神聖術の勉強を始めたのだが・・・。
「マリア、今日の授業はどうだった?」
「難しくて、全然分からないのです。コンスタなんとかという、とても長い正式名称が出てきて、その後神聖術と魔術、魔法はそれぞれ違うという話が出てきて、そのあたりでわたしの頭が迷子になってしまったのです」
「何となく言いたいことは分かるけど、『頭が迷子』って、それ日本語なの? それはともかく、その辺の話は現場では役に立たないから、適当に聞き流せばいいよ。でも、修了考査で〇×クイズが出てくるから、全く覚えないわけには行かないけど、それは修了考査の段階になって考えればいいよ。適性はものすごく高いんだから、諦めずに頑張って」
「はい、なのです・・・」
そう答えてくれたマリアだが、その表情はいかにも自信なさそうという感じだった。
後日談になるが、マリアは基礎講座の実技こそ何とかクリアしたものの、赤属性や白属性の実技では自分の出した術の威力に怖くなってしまったり、逆に『育成』の術を覚えると一時期大はしゃぎしてしまい、宮殿中の植物に育成の術を掛けまくって、宮殿の庭が大変なことになってしまった。
また、懸念された修了考査では、事前に僕が要点を教えていたにもかかわらず、マリアは本番で頭がパニックになってしまい、結局1問も答えられなかった。これには基礎講座担当のランバルディナや他の講師たちも頭を抱え、結局3回目の受験では、かつてのテオドラと同様、最初から答えを教える形にして何とか卒業させることになった。その後、マリアは僕と同じ緑学派を選んだけど、神聖術業界では「テオドラ以来の問題児」と呼ばれるようになってしまった。
適性は測定不能とされるほど高いけど、マリアが、強力な神聖術士として活躍してくれるのは、どうやら当分先のことになりそうだった。
第9章 政務再開
マリアのことなどで話が若干脱線してしまったが、マリアと久しぶりの夜を過ごした翌朝、僕は内宰相に復帰したアクロポリテス先生、ゲルマノス政務官、パキュメレスらと共に、帝国摂政として最初の政務を執り行った。やるべきことは数多いが、一度にすべてをやろうとすると、家臣たちの事務処理能力が限界を超えてしまうので、優先度の高いものから順にこなして行く必要がある。
「まずやるべきことは、ムザロンが定めた重税や、異教徒の弾圧といった不当な内容の勅令を撤廃することだな。この作業にはどのくらいかかる?」
「殿下、それなら1日で可能でございます」
「1日!?」
思わぬゲルマノスの答えに、僕は仰天した。
「殿下、私は表向きムザロンに忠実な臣下を装っておりましたが、これある時を見込んで、細工をしていたのです。ムザロンから命じられた不当な内容の勅令を起草するときは、冒頭に『皇帝イサキオスと、その摂政であるゲオルギオス・ムザロンの名において命ずる』との一文を付しておりました。一方、ムザロンが発した勅令であっても、内容的に問題のないものについては、『皇帝イサキオスの名において命ずる』との一文を付しておりました。
ラスカリス将軍が反乱を起こした際には、さすがに私も身の危険を感じ、ニュンフェイオンに逃れておりましたが、その後もニケーアに残った官僚たちは私のやり方を引き継いでおりますので、殿下のご命令を実行するには、
『ゲオルギオス・ムザロンの名前で出された勅令は、すべて無効とする』
という内容の勅令を、殿下の名前で出されるだけで十分でございます」
「そんな細工をしていたのか。ゲルマノスも、案外侮れぬ男だな」
「私も、長い間殿下にお仕えしておりますから、いざという時手間がかからぬように、そのくらいの悪知恵は働くようになったのでございます」
「そうか。では、ムザロンが出した勅令の撤廃については、ゲルマノスに任せる」
■◇■◇■◇
続いて人事関係の議題に移り、ムザロンが任命していたニコメディア、プルサ、キジコス、アビュドスなどの総督を解任し、かつて僕の任命した総督に復職させるといった件は、特に問題なく進んだのだが、僕の気になった人事案が2つあった。
「マヌエル・コーザスが、暗黒騎士隊の隊長を辞任したいと・・・?」
「はい、殿下。マヌエル・コーザスは、もともと生粋の軍人というよりは、政務も軍務もそれなりにやれる総督向きの人材でございます。成り行きで暗黒騎士隊の隊長を務めるようになりましたが、軍人としては後輩のユダと、その妹であるマルティナに追い抜かれてしまい、暗黒騎士隊の中では自分の居場所が無くなってしまったと感じているようです。
一方、フィリッポポリスの総督を務めている父のバシレイオス・コーザスは、高齢である上に業務多忙になっているので、暗黒騎士隊はユダとマルティナの兄妹に任せ、自分はフィリッポポリスで父を助けたいと願い出ております。お認めになりますか?」
「アクロポリテス先生。話の前提として、マヌエル・コーザスが設立に関わった暗黒騎士隊は、もう彼がいなくても大丈夫なのですか? それに、どうしてユダの妹であるマルティナが、いつの間に暗黒騎士隊の一員になっているのですか?」
「暗黒騎士隊については、ユダ殿がかなりの統率力を発揮しており、マヌエル・コーザスが隊を離れても特に支障はないということでございます。だからこそ、マヌエル・コーザスが辞任を申し出て来たのでございます。
また、ユダの妹であるマルティナ殿は、当初殿下のご命令により、名家に嫁いでも恥ずかしくないお嬢様にお育てするという方針でございましたが、本人は兄のユダを助けて一緒に戦いたいと強く希望しておりました。
彼女は、神聖術の適性も92と高く、身体能力もユダ殿に似て敏捷性がとても高いことから、私の判断で本人の希望を認めることに致しました。現在では青学派の博士号を取得し、ムザロン派との戦いでは剣も使える術士として大活躍されております」
「なるほど。そういうことであれば、本人の希望どおりにしよう。もともと、マヌエル・コーザスは、父のバシレイオス・コーザスが謀反人だったので、いざというときの人質も兼ねて直轄軍に加えていたのだが、あの父子については、忠誠心も能力も特に問題なさそうだ。人質はもう必要あるまい」
「畏まりました。ではもう1件、ニュンフェイオン医学校の校長を務めているニケフォロス・プレミュデス殿が、高齢を理由に引退を申し出ているのですが、いかが致しましょう?」
「プレミュデス先生って、そんなに高齢だったっけ?」
「プレミュデス殿は、もうすぐ60歳になられ、既にかなりの高齢でございます。医学校校長の後任としては、プレミュデス殿の息子で、サレルノ医学校に留学してラテン人の高度な医学も習得した、ヨハネス・プレミュデスが最も適任かと思われます。そしてプレミュデス殿は、引退して修道士になることを希望しております」
「そうか。マヌエル・コーザス共々、一度本人に会ってみることにしよう」
こうして、僕はマヌエル・コーザスと、引退を希望しているプレミュデス先生、その後任候補であるヨハネス・プレミュデスを呼び出し、謁見を行うことになった。
「マヌエル・コーザス。そなたは、暗黒騎士隊の隊長を辞任し、フィリッポポリスで総督を務めている父を助けたいと希望しているそうだな」
「はい。暗黒騎士隊では、軍人としてかなりの才能を発揮しているユダ殿が既に事実上の隊長、ユダ殿の妹であるマルティナ殿が事実上の副隊長として活躍されており、私はもう必要ないと判断致しました。それに、敵を陥れて相争わせる暗黒騎士団の戦い方は、もともと私の気性には合っておりませんでした。
父のバシレイオスも高齢であり、またブルガリア方面に領土が広がった関係で業務多忙になっていると聞き及んでおります。どうか、私に父を補佐するためフィリッポポリスに転任することを、お許しくださいませ」
「そういう事情であれば、仕方あるまい。そなたとは、長い間戦いを共にしてきたが、これからは有能な地方総督であった父の後継者として、僕のために尽くしてくれ」
「ありがたいお言葉でございます。このマヌエル・コーザス、総督として遠方に赴任しても、殿下と共に戦ってきた思い出は、生涯忘れませぬ」
・・・次は、プレミュデス父子か。
「殿下、お久しゅうございます」
「プレミュデス先生、確かに歳を取られたようですが、まだまだお元気そうではありませんか。どうして急に、引退なさろうと仰るのですか?」
「いやいや、こう見えても私は結構な年寄りで、医学校の校長を務めるのも、そろそろ体力的に辛くなってきたのでございます。幸い、息子のヨハネスがサレルノへ留学し、かなり有能な医師に育ちましたので、そろそろ息子に校長職を譲って引退し、修道士になろうと以前から考えておりました。そんなところへ、殿下がお戻りになりましたので、急ぎ引退を願い出た次第でございます」
「・・・どうして、先生は修道士になりたいと仰るのですか?」
「私は、生まれながらにして、敬虔な正教徒でございます。年老いたら修道士として余生を過ごすのは、かねてからの夢でございましたが、この度はもう1つ理由がございます」
「どんな理由ですか?」
「この国の正教会は、殿下憎しのあまり、揃ってムザロン兄弟を全力で支援したことによって民心を失い、イスラム教に改宗したネアルコス海軍提督をまじめ、少なからぬ数の家臣や民衆が正教を捨て、イスラム教やボゴミール教に改宗してしまう事態になり、正教に残った者の多くも、教会とは距離を置くようになってしまいました。
そして、ムザロンとそれに対抗する者との間で続いた内戦では、イスラム教徒やユダヤ教徒、ボゴミール教徒はもちろんのこと、正教徒までが教会や修道院の焼き討ちに参加するようになってしまい、もはやわが国の正教は存続の危機に陥っております。
私は、敬虔な正教徒として、この事態を見過ごすことはできませぬ。あくまで、一修道士としてではございますが、キリストの教えを説いた十二使徒たちの原点に立ち返り、本来のあるべき正教はどのようなものであったか、残りの人生を使って、しっかり問い直したいと思っておりまする」
「・・・そういうことですか。ではヨハネス・プレミュデス、そなたとは初対面であるが、父の跡を継いで、医学校の校長を務められる自信はあるか?」
「はい。私はサレルノから帰国して以来、ニュンフェイオンの医学校へ戻り、父を助け副校長を務めておりました。殿下のお許しがあれば自分が校長職を継ぐつもりで、今まで精進を重ねて参りましたので、抜かりはございません」
「分かった。特に問題はなさそうであるな。ニケフォロス・プレミュデスの引退と、ヨハネス・プレミュデスの医学校校長就任を許可する」
「「有難き幸せにございます」」
プレミュデス父子は、揃って僕に礼を述べた。
「ところでプレミュデス先生、引退後はどこの修道院に入られるおつもりですか? アトス山の修道院あたりですか?」
「いえいえ、そこまでするつもりはございませぬ。ニュンフェイオンの近くで最近再建された、小さな修道院に入るつもりでおりまする」
「なぜそこに?」
「聖職界にも、派閥というものがございましてな。長い間殿下にお仕えしていた私のような者は、ムザロンを支持していた修道院には入りづらいのでございます。正教の主だった教会や修道院で、一貫して殿下を支持していたところは、殿下の私領であったスミルナとニュンフェイオン、ミレトスくらいにしかございませぬ。もともと選択肢は少ないのでございますよ」
「・・・そうですか。ニュンフェイオンの近くにお住まいになられるのであれば、何かあったときはまたお会いすることもできそうですね。プレミュデス先生、いままでお疲れさまでした。僕の教師や医学校の設立をはじめ、先生の貢献には感謝しています」
「この老骨には、もったいないお言葉でございまする」
■◇■◇■◇
午前中の政務では、帝国内の宗教問題も議題にのぼった。
「プレミュデス様が憂いていたとおり、帝国内の正教徒は減少傾向にあります。単純に人口比でみると、現在ではイスラム教徒が人口の約45%を占め、次に多いのが正教徒で約20%、ボゴミール教徒が約19%、クマン人のシャーマニズムが約8%、ユダヤ教徒が約5%といった内訳になります」
パキュメレスがそう報告した。
「なぜ、そんなにイスラム教徒が増えたの?」
「イスラム教は、改宗の敷居が低く、ムザロンに味方する教会に幻滅した正教徒にとって、格好の受け皿になったというのが1つの理由です。また、殿下の政策によりイスラム諸国の進んだ文明を取り入れた結果、宗教的にもイスラム教に感化され、イスラム教に改宗する知識人層が増えたというのも、少なからぬ要因かと思われます」
「殿下、その点ちょっと補足させて頂いても、宜しゅうございますか?」
「チャンダルル・ハリルか。よろしく頼む」
ハリルは、かつてルーム=セルジューク朝に仕えていたイスラム教のウラマーであり、最近はイスラムの法だけでなく、宗教問題全般の専門家として活躍している人物である。
「イスラム教徒と言っても、その内実は様々でございます。領土拡大に伴い殿下の支配下に入ったトルコ人は、宗教的にはイスラム教徒でございますが、エジプトをはじめとする本家のイスラム教徒とは、風習にかなりの違いがございます。また、正教からイスラム教に鞍替えした者も、未だにイコンを崇拝するなど、正教の風習から脱していないものもおり、またイスラム教徒の中には、エジプトなどでは異端とされるニザール派なども含まれております。
また、地域別に見ますと、ルーム=セルジューク朝から切り取った地域ではイスラム教徒が過半数を占める一方、ムザロンの内乱で被害を受けなかったギリシア側では、イスラム教徒はまだ少数派でございます。また、ボゴミール教も地域によって教義が異なり、ユダヤ教徒の間でも、改革派と保守派との間で争いがあるようでございます。
この国の宗教は、殿下が宗教、宗派の別を問わず受け容れるという政策を取られた影響もあって、まさしく乱立といってよい状態にあり、特定の宗教に依拠して帝国を統治するのは難しいと思われまする」
「ハリル。その点はその通りだと思うが、それで何か問題があるのか?」
「ローマ帝国の国家祭儀は、皇帝の戴冠式が正教の総主教によって行われるのをはじめ、長らく正教に依拠して行われて参りました。しかし、もはや国内の正教徒が少数派に転落した以上、正教に依拠した国家の祭儀は改めなければなりません。しかし、最も多いイスラム教徒も過半数には届いておらず、その内実もバラバラであるため、イスラム教に依拠した祭儀を導入すればよいというわけにも参りませぬ」
「そうすると、特定の宗教に依拠しない、新たな国家祭儀を導入する必要があるのか・・・」
「その点ですが殿下、全く新たな国家祭儀を作るのではなく、古代のローマ帝国で行われていた祭儀を復活させてはいかがでございましょうか?」
そう発言したのは、アクロポリテス先生だった。
「先生、そのようなことが可能なのですか?」
「はい。わが国では長らく正教が国教とされてきましたが、学問的にはキリスト教が普及する前に書かれた古典が尊重され、様々な神々が信仰されていた古代の信仰に立ち返ろうとする動きも、以前から少なからず存在しました。
これまでは、そのような動きは異端の罪として処罰されてきたのですが、殿下の治世になってから異端や異教の取り締まりが行われなくなったほか、開発の進んでいるアフロディスアスで、近年になり古代の素晴らしい遺跡が発見されたこともあり、古代の信仰を復活させようという動きも活発化してます。
ただ、古代の信仰はその教義がまだあやふやでございますから、他の宗教を信じている者も広く受け容れられる形で教義を確立すれば、ローマ人に広く受け容れられる宗教として成り立つ余地も大いにあると考えられます」
「イメージがつかみにくいが、どのような教義にするつもりなのか?」
「名前は、ローマ人の伝統的な宗教を復活させるという名目ですから、ローマ人の宗教、略してローマ教と呼ぶことにいたします。そして、神は唯一の存在であり、我々はその存在を直接認識することはできませんが、神は聖霊を通じて、様々な奇蹟を人々に示されます。
ゼウスをはじめとする古代ギリシアの神々も、ユピテルをはじめとする古代ローマの神々も、その他の国々で信仰されている神々も、そしてノア、アブラハム、モーゼ、イエス、ムハンマドといった歴代の預言者も、すべて聖霊のもたらした奇蹟の存在であり、これらの奇蹟を信仰することは当然に許されます。そして、殿下は聖霊のもたらした最も新しい預言者であり、ローマ人の宗教は、殿下のお言葉により、これから具体的な教義が定まっていくことになります」
「僕が、預言者ムハンマドのような存在になってしまうのか!?」
「はい。もともと殿下は、神の遣いとしてわが国に降臨された存在であり、しかもその名に相応しい実績を残されています。殿下のお力なくして、新しい宗教は成り立ちません」
「・・・まあ、アクロポリテス先生がやりたいなら、やっても構わないけど、新しい宗教を強制はしないでね」
「承りました。自らの信仰を他人に強制することなかれ。これも、預言者様の大切なお言葉として、記録しておきます」
「・・・・・・」
僕は、それ以上言葉を発する気になれなかった。以前、「ソーマちゃんのことはちゃん付けで呼ぶように」などと口走ってしまったのが、そのまま国の法律となってしまったことがあるが、僕が下手なことを喋ったら、それがこの国の勅令のみならず、宗教として長年にわたり定着してしまうおそれがある。
特定の宗教に依拠しない生活なんて、現代の日本人にはそれほど抵抗感はないけど、この世界では宗教の影響から脱するのは大変なことなのだ。正教の衰退を受け、修道士になって何とか正教を立て直そうとするプレミュデス先生、もはや正教に見切りをつけ、僕の治世に合った新しい宗教を興そうとするアクロポリテス先生。
元からのイスラム教徒であるチャンダルル・ハリルや、オスマン、ジャラール、メンテシェといった武将たちもいれば、一夫多妻の教えに惹かれて正教からイスラム教に改宗してしまったネアルコス、クマン人の伝統であるシャーマニズムを守っているダフネなど、僕の主要な家臣でも宗教に対する考え方はバラバラなのだ。
もとより、宗教の違いなんて気にしないのが僕のやり方ではあるけど、その結果この国がどういう方向に向かって行くのか。ただの一高校生に過ぎない僕が、いつの間にか預言者ないし神様のような存在に祭り上げられてしまうのか。僕は、神様や預言者様なんぞになる気はないけど、人の内心に関する問題だけに、僕には将来を予想することも制御することもできない。何とも複雑な気分だった。
■◇■◇■◇
こんな感じで午前中の政務が終わり、午後にはソフィアから、内外の政情に関する報告を受けることにした。
「・・・この報告書を読む限り、ムザロンの実効支配下にあったニケーア、ニコメディア、プルサ、キジコス、アビュドスといった地方の税収は下がっているけど、それ以外の地域は順調に発展し、全体では税収も増えているみたいだね」
「はい。ムザロンの迫害を逃れて、内陸部にある殿下の私領へやってきたボゴミール教徒たちには、休耕地の耕作や黒海貿易などの仕事を与え、彼らは経済発展にかなり貢献してくれました。また、ムザロンに対するゲリラ戦を繰り広げていたコンスタンティノス・アスパイテスも、農地への略奪や焼き討ちは行わず、内戦による被害を最小限に抑えるよう尽力しておりました。
また、ムザロンによって総督職を解任されたニコメディアなどの前総督たちは、いずれもゲリラ活動に参加してアスパイテス殿に協力しており、内戦の勝利には彼らの功績もございました。
その他、ギリシア方面を統治していたアドリアヌーポリのヴィルヘルミーナ・ヴァタツィナ様、テッサロニケのヨハネス・カンタクゼノス様、アテネのサバス・アシデノス様、ミストラのアレクシオス・ラスカリス様、ボスニアのコンスタンティノス・パレオロゴス様、そしてキプロス島のヨハネス・コセス様はいずれも殿下にお味方し、ムザロンの派遣してきた総督を殺して、いずれも概ね従来どおりの統治を続けてこられました」
「そうか。ただ、今の話の中に、ヨハネス・ヴァタツェス将軍の名前が無かったが?」
「ヨハネス・ヴァタツェス様は、持病のてんかんが悪化して、先年お亡くなりになりました。跡取り息子のテオドロス様も、父君の後を追うように間もなくお亡くなりになられたため、現在ヴァタツェス家の当主で、アドリアヌーポリ地方の総督を務めておられるのは、テオドロスの妹にあたるヴィルヘルミーナ・ヴァタツィナ様でございます」
「そうか。ヴィルヘルミーナは、将としての器量に関しては特に問題ないようだが、できれば婿を取ってヴァタツェス家を存続させてくれればよいのに。自分の娘の代でヴァタツェス家が断絶するのは、亡きヨハネス・ヴァタツェス将軍の望むところでもなかろう」
「殿下の仰るとおりではございますが、生涯純潔の誓いをした女性には法的保護が与えられており、結婚を強制することはできませんから、今のところはどうにもなりません」
「そうか、では仕方ないな。あと、主だった総督のうち、フィリッポポリスの総督であるバシレイオス・コーザスの名前も出てこなかったが、何か問題があったのか?」
「はい。殿下が摂政の地位を投げ出されていた間、トラキア地方で事実上の独立勢力になっていたダフネ様とその一党は、ブルガリア国内で迫害されているボゴミール教徒の救済を名目に、度々ブルガリアへ侵攻し、勢力を広げておりました。バシレイオス・コーザス様も、こうした状況を座視してはいられないということで、遊牧民と定住民との間に争いが起きないよう、ダフネ様のブルガリア統治に協力されておりました。
ダフネ様の一党には、各地で散り散りになっていたクマン族の残党も合流しており、バシレイオス・コーザス様の協力も得たことで、以前より大きな勢力に成長しております」
「バシレイオス・コーザスが業務多忙になっていたのは、それが原因か。しかし、ダフネが勝手にブルガリアへ侵攻していたとなると、ブルガリアとの関係や、その背後にいるジョチ・ウルスとの関係も悪化しているのではないか?」
「確かに、ブルガリアとの関係は大幅に悪化しておりますが、わが国とジョチ・ウルスとの関係は、良好そのものであり、何ら問題はございません」
「なぜに? ブルガリアもジョチ・ウルスの属国であり、そのブルガリアに攻め込めば、宗主国であるジョチ・ウルスも黙ってはいないだろう」
「ダフネ様も、その点はご承知でございますから、ブルガリアがジョチ・ウルスへ使者を送ろうとするたびに、抜け目なくその使者を襲撃して殺しており、おかげでブルガリアはここ数年、ジョチ・ウルスへの貢納を全く行うことが出来ない状態にあります。
一方、ジョチ・ウルスでは、先年ハーンのバトゥ様が亡くなり、その息子たちも相次いで亡くなったため、バトゥ様の弟で長年代理を務めてこられたベルケ様がハーンに就任されたのですが、ベルケ様はわが国から送られたエウドキア・パレオロギナ様と、ゾエ皇女様を共に自分の妃として非常に寵愛され、エウドキア様との間には既に男児も生まれたとのことでございます。
そうした、エウドキア様やゾエ様のご尽力もあって、ベルケ様はわが国に対し非常に好意的で、貢納を送ってこないブルガリアに対しては、わが国が好きなように切り取って良いとの許可も得ております。ブルガリアは敵国となっておりますが、軍事力も経済力も弱体であり、もはやわが国によってさしたる脅威ではございません」
「何やら、すいぶんと手際が良いな。裏でソフィアが一役買っていたのか?」
「殿下が留守となったローマ帝国をお守りするのが、私どもの役目でございますから」
ソフィアは、そう答えながらにっこりと微笑んで見せた。・・・分かってはいたが、この女、恐ろしい程の切れ者だ。
「そんなにソフィアの手際が良いなら、僕がいなくても大丈夫なのではないか?」
「そんなことはございません。私は、内政や外交、陰謀については殿下をお助けできますが、神聖術については適性が低いので大したことは出来ませんし、自ら兵を率いて戦うことも出来ません。実際、ローマ帝国に従属していたトレビゾンドのアレクシオス・コムネノス、セルビア王のステファン・ウロシュ、そしてエピロスの女王ゼノビアがわが国から独立していくのを、食い止めることはできませんでした」
「でも、それだけ出来れば上出来だよ。ところで、エピロスの女王ゼノビアというのは、僕も初めて聞く名前だな。確か、エピロスの専制公は、僕と同じミカエルという名前の人物ではなかったか?」
「はい。ゼノビアは、エピロス専制公ミカエル2世の妃でありましたが、先年ミカエル2世が病死し、長男のニケフォロスがまだ幼少であるため、自ら女王を名乗りエピロスを統治しております。
ゼノビアは、元の名をテオドラ・ペトラリフィナと言い、エピロスの有力貴族であるヨハネス・ペトラリファスの娘なのですが、女王を名乗るにあたり、ゼノビア・ペトラリフィナと改名したそうでございます。ゼノビアは大変野心的な女性で、まだ若いミカエル2世が突然病没したのも、ゼノビアの陰謀ではないかと噂されております」
「そうか。ところでゼノビアという名前は、あの古代パルミラの女王ゼノビアから採ったのか?」
知らない人も多いとは思うけど、パルミラの女王ゼノビアは、3世紀後半にローマ帝国から独立してパルミラ王国を建国し、『戦士女王』などの異名で呼ばれた傑物である。一時はローマ帝国の東方をほぼ手中に収め、ローマ帝国を分裂の危機に追い込んだほどの人物だが、ローマ皇帝アウレリアヌスの軍勢に敗れ、パルミラ王国は滅亡した。
女王としての才能は、有名なエジプトのプトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ7世なんぞよりはるかに上であったが、ゼノビアはクレオパトラ7世を異なり、皇帝アウレリアヌスに敗れて捕縛された後、全責任を家臣たちになすりつけて助命され、その後はローマで贅沢な余生を送ったため、後世の人々から同情されることは無く、ゼノビアを主人公にしたオペラや戯曲、小説なども少ない。そのため、知名度はクレオパトラ7世よりはるかに低い。
敢えてそのゼノビアを名乗るということは、かなり歴史に関する教養が深く、かつ野心的な女性であることが窺われる。
「そのようでございます。ただし、わざわざ改名に踏み切ったのは、あの爆裂皇女様と一緒にされたくないという理由もあるようですが」
ソフィアの言葉に、僕は思わず苦笑した。
「まあ、それは確かに嫌だろうな。こちらとしても、味方もテオドラ、敵もテオドラではさすがにややこしいので、改名してくれて助かった。そう遠くないうちに、ゼノビアとも一線交える日が来るだろうし。ところで、ゼノビアの父はヨハネス・ペトラリファスという貴族ということであったが、うちにいる同姓同名のペトラリファスと、血縁関係はあるのか?」
「我が国のヨハネス・ペトラリファスが申すところでは、一応又従兄弟くらいの血縁関係はあるそうですが、ゼノビアとの交流は特になく、両家は全くの無関係とのことでございました」
「なんか、3年あまり帝国を留守にしていた間に、色々新しい名前が出てきてややこしいな。一度、関係者のまとめでも作っておかないと、とても把握できないぞ」
「それが宜しいかと。私も、お手伝いさせて頂きます」
こうして、僕は政務の傍ら、関係する人物のまとめを作ることにした。なお、僕の作った新しい登場人物のまとめは、作者が手を加えた上で、第8話の次に小説の一部として投稿する予定である。
■◇■◇■◇
「あと、他に外交関係で変わった動きはある?」
「ヴェネツィアとジェノヴァについては、今のところ特に変わった動きはございませんが、両国は各地で小競り合いを繰り返しており、ヴェネツィアではラニエリ・ダンドロがジェノヴァ艦隊との戦いで戦死したそうでございます。また、ジェノヴァではフルコーネ・ザッカリア様が引退し、わが国とジェノヴァ本国政府との交渉窓口は、息子のベネデッド・ザッカリアが引き継ぐことになったとのことでございます。
西ローマ帝国においては、フリードリヒ2世の後継者であったローマ王コンラド4世が先年亡くなり、アレマン人の国では次のローマ王に、イングランド王ヘンリー3世の弟であるコーンウォール伯リチャード、カスティーリャ王アルフォンソ10世などが擁立され、収拾のつかない混乱状態に陥ったようでございます。
一方、同じくフリードリヒ2世の領土であった南イタリアとシチリアでは、わが国に好意的なエンツォ皇子と、わが国のことを快く思っていないマンフレディ皇子が権力の座を争い、結局マンフレディ皇子がシチリアの王位に就き、敗れたエンツォ皇子はサルディーニャの王位に就くにとどまったため、わが国とシチリアとの関係は悪化しております」
「なぜ、マンフレディ皇子は、わが国のことを快く思っていないのだ?」
「亡きフリードリヒ2世陛下が、殿下のことをあまりにも信頼されていたため、殿下に対し感情的に反発していることに加え、対立していたエンツォ皇子が殿下との友好関係維持を強く訴えていたため、これに対する反発という要因もあったようでございます。
もっとも、マンフレディ王は、庶子の身でありながらシチリアの王位に就いたこともあり、勢いを盛り返してきた教皇派から目の敵にされており、教皇派から自国を守るのに精一杯という状況であるため、少なくとも当面は、わが国に攻め込んでくるようなことはないかと思われます」
「しかし、エンツォ皇子はどうして、マンフレディとの勢力争いに敗れてしまったのか? 彼は、フリードリヒ2世からも信頼されており、決して無能な人物ではなかったと思うが」
「エンツォ皇子は、あまり野心的な人物ではなかったために、自らシチリア王になろうとまでは考えておらず、王位に就くための根回しもしていなかったようでございます。
マンフレディ王は、コンラド4世に代わり長くシチリアの摂政を務めていたため、さしたる抵抗もなくシチリアの王位に就くことができましたが、彼のことをよく知るモンテネーロなどの話によると、マンフレディ王の器量はせいぜい可もなく不可もなく、といったところだそうでございます」
「可もなく、不可もなくか・・・。若干不安ではあるけど、マンフレディ王との関係は、今後徐々に修復していくしかなさそうだな」
ソフィアたちが色々頑張ってくれたとはいえ、この国の政治に関しては、まだまだ問題が山積みのようだった。
第10章 ブラナス家の再興
そして、政務に関する相談が一通り終わった後。
「そういえば、ソフィア。アクロポリテス先生も言っていたけど、僕がいない間にずいぶん活躍してくれたみたいだね。何か褒美が欲しければ、僕に出来ることなら何でも叶えてあげるよ」
「それでは、お言葉に甘えて、殿下に1つ、お願い申し上げたいことがございます」
「何?」
もしかして、また自分の処女をもらってくれとか言い出すのだろうか。
「私の実家である、ブラナス家の再興にご協力頂きたいのでございます」
「・・・ブラナス家を?」
「はい。ブラナス家は、私の異母兄にあたる、テオドロス・ブラナスの死によって直系の男子がいなくなり、断絶してしまいました。一応、傍系のアンドロニコス・ブラナス率いる一党が殿下にお仕えしておりますが、彼らは単なる直轄軍の一部に過ぎず、もはや有力な軍事家門であったブラナス家の面影はどこにもございません。
私も、ブラナスの家名を名乗るものとして、この惨状を黙って見ているのは忍びありません。どうか、殿下にはブラナス家の再興をお許しいただき、その再興に手を貸して頂きたいのでございます」
そういうことか。まあ、そのくらいであればお安い御用だ。
「分かった。ブラナス家の再興については、僕も出来る限り協力しよう」
「有難き幸せにございます、殿下」
「ちょっと待って、ソフィア! どうして今の話で、いきなり服を脱ごうとするの?」
「それはもちろん、ブラナス家の跡取りを作るためでございます」
「全然意味が分からないんだけど!?」
「もはや、ブラナス家に直系の跡取りはおらず、ブラナス家を新たな軍事家門として再興するには、帝室と血縁関係のある新たな後継者が必要でございます。私が殿下との間で男の子を産めば、ブラナス家の跡取りとして申し分のない後継者となります」
「・・・要するに、ソフィアは僕の愛人になるという希望を、まだ捨てていなかったわけね」
「いえ、単に愛人になるだけではございません。少なくとも、私が男の子を産むまでは、私との子作りにご協力頂きたく存じます。以前の殿下は、マリア一筋と仰っておられましたが、今はテオドラ様が妃となる予定で、他にイレーネ様とマリアという2人の愛人がおられるはずです。愛人が2人から3人に増えたところで、もう大した違いはないでございましょう?」
「・・・まあ、それがソフィアの望みなら、することはしてあげるけど、相変わらず子作りにしては何というか、ずいぶん色気のない誘い方だね」
「私には、ルミーナなどと違って、恋愛方面の才能はございません。もはやこうした形でしか、殿下の寵愛を受けることは出来ないのでございます。さあ、殿下。私が逃げられないように、私の腕を縛ってくださいませ。そして、抵抗できない私に、思う存分種付けをしてくださいませ」
「なぜ、ソフィアの腕を縛る必要がある?」
「私は、殿下のためにこの年齢まで処女を守って参りましたが、いざ殿下に処女を奪われるとなると、かつてのようにまた逃げて、時機を失してしまうかもしれません。そのようなことにならないため、私が逃げられないように縛り上げて、殿下は私が何を言っても叫んでも止めることなく、私の身体に子種を容赦なく注ぎ込んでくださいませ」
そう懇願してくるソフィアの眼は、何やら期待感で満ち溢れていた。ソフィアの態度は、僕との子作りの機会を失した過去の失敗を繰り返さないようにしているというよりは、むしろSMプレイを望んでいるという感じがする。
「ソフィア。僕との子作りは、かなり強烈だよ。慣れているマリアが相手でも、加減を間違えると気絶させちゃうくらいなんだよ。まだ処女のソフィアに、全力の子作りはかなりきついと思うよ。それでも、ソフィアは一切手加減無しで、止めてって言われても一切止めないで、僕に容赦なく子作りを続けてくれっていう事でいいんだね?」
「はい。一切手加減無しで、お願い致します」
「分かった。それが望みだというなら、ソフィアの望みを叶えてやる」
こうして、僕は服を脱いだソフィアの両手を縛り、抵抗できない状態にした上で、ソフィアとの子作りを始めた。もちろん前戯とかはしたけど、女の子にとって初めての子作りはかなり痛い。ソフィアは悲鳴を上げていたけど、何を言われても止めるなと要望されていた僕は、ソフィアが何を叫んでも無視して、休みなく子作りを続けた。
「・・・やっぱり、耐えられずに気絶しちゃったみたいだね。何を言われても止めるなという要望だったけど、さすがにこれ以上続けるのは、ソフィアの命にも関わるか。この辺で止めておこう」
僕は、気絶したソフィアの縄を解いてベッドに寝かしつけたが、ソフィアとはまだ6回くらいしかしていないので、僕としてはまだ足りない。僕は浴場で一旦身体を浄め、その後イレーネの許へ向かった。
昨晩僕に相手をしてもらえなかったイレーネは、僕の予想したとおり子作りに飢えており、僕はイレーネの部屋に入った途端押し倒され、激しい子作りが始まった。
「イレーネ、今日はいつも以上に激しいね」
「昨日は、あなたに相手をしてもらえなくて、とても辛かった。今晩は朝まで、あなたを放さない」
ソフィアは、愛人が2人から3人に増えても変わらないなんて言ってたけど、複数の女性を相手にするようになると、バランスを取るのが大変なんだよな。特にイレーネは、毎日したいって言うくらい子作りが大好きだし、だからってマリアや他の女の子も相手しなきゃいけないから、イレーネばかりというわけにも行かないし・・・。
■◇■◇■◇
「・・・ミカエル・パレオロゴスよ」
そう声を掛けられて目覚めた僕は、初めてテオドラと会った時と同様、プラネタリウムのような空間の中にいた。そして、僕の前には見覚えのある2人の男性が立っていた。
「あなた方は、テオドロス・ブラナスと、・・・その父君であるアレクシオス・ブラナス殿ですか?」
テオドロス・ブラナスは、僕が最期を看取ったので、当然面識はある。そして、その父である悲運の名将アレクシオス・ブラナスとは、直接の面識こそないものの、例のミラージュ・ホテルで、それらしき人物を見たことがある。
「いかにも、我がアレクシオス・ブラナスである。無念のあまり、源へ帰ることが出来ずにいた我と息子テオドロスの魂を助けてくれたこと、そして我が娘ソフィアを重用し、女としても受け容れてくれたそなたに、礼を申したいと思ってやってきた」
「・・・それはどうも、ご丁寧に」
「しかし、あの子作りの仕方は、さすがにどうかと思いますね。ソフィア自身の嗜好には合っているようですが、普通の女の子にあんなことをするのは、むしろ虐待ですよ」
そう突っ込んで来たのは、息子のテオドロス・ブラナスの方だった。
「・・・まあ、その点はちょっと反省しています」
「それはともかく、そなたの揺籃期はもう終わった。皇帝になるのは嫌だと言って、摂政の地位を返上したり、亡命生活を送るような贅沢は、もうそなたには許されない。
そなたはもう、皇帝として一生ローマ帝国を統治するか、それとも死ぬか、かつての我と同様、もはや引き返すことのできないルビコン川を渡ってしまったのだ。
ミカエル・パレオロゴスよ、死と隣り合わせの存在であるローマ帝国の帝位に就き、この国の再建に尽くす覚悟は出来ているか?」
「尊敬するアレクシオス・ブラナス殿、そしてテオドロス・ブラナス殿。僕はもはや、必死に帝位から逃げようとした、かつての僕ではありません。僕は、必ずしも皇帝に向いているとは思いませんが、他の誰かに皇帝をやらせて苦労するよりは、いっそのこと自分が皇帝になった方がマシであること、そして自分がこれ以上帝位から逃げ続ければ、多くの人間に無駄な苦労をさせ、多くの人間を無為に死なせてしまうことを、これ以上ないほど思い知らされました。
僕は、ソフィアをはじめ僕を支持してくれる家臣や領民たちのためにも、ローマ皇帝の地位に就く覚悟はもう出来ています。今更引き返すつもりはありません」
「良く言った、ミカエル・パレオロゴスよ。我も、ローマ帝国の将来を憂い、一度は反乱を起こし帝位に就こうとした身である。そなたの家臣である、アンドロニコス・ブラナスの息子として転生し、そなたの覇業に、微力ながら力を貸そうと思っている」
「私は、父上と違って、転生しても貴殿のお役に立てる自信はございませんので、普通に転生する道を選ぶつもりですが、あなたのために、あなたと我が妹ソフィアに、我が力のすべてを授けましょう」
「ソフィアに、一体どのような力を授けられるおつもりなのですか?」
「それは、ソフィアにもう一度適性検査を受けさせれば、すぐに分かりますよ」
話はそのあたりで途切れ、気が付くと僕は、子作り大好きなイレーネにまだ乗っかられていた。
「・・・ただの夢だったのか」
「あなたの見た夢は、ただの夢ではない。ブラナス父子により、あなたとソフィアには、特別な力を与えられた」
「イレーネは、僕が見た夢の内容も把握しているの?」
「把握している。必要に応じてあなたを導くのが、あなたを召喚した私の役目」
イレーネと朝の子作りが終わった後、僕はソフィアを呼んで、再度の適性検査を受けることにした。ソフィアも、夢の中でアレクシオス・ブラナスとテオドロス・ブラナスらしき人物と対面され、力を授けると言われたという。
「ランバルディナ、ソフィアの神聖術適性について、もう一度検査して欲しい」
「しかし殿下、神聖術適性は天性のものであり、生涯変わることはありません。過去にも、自分の適性値に納得できず再検査を求めた者はおりましたが、結果が変わることはありませんでした。再検査など、やっても無駄ではないでしょうか?」
「いや、ソフィアは父のアレクシオス・ブラナスと兄のテオドロス・ブラナスから、特別な力を与えられたらしい。再検査は、それが本当かどうか確かめるためのものだ」
「そういうことでしたら、一応再検査を執り行わせて頂きます」
そして、ランバルディナの用意した例の水晶玉に、ソフィアが両手をかざしたところ・・・
「ソフィア様の神聖術適性が、95!? 確か、最初に検査したときの適性値は、65だったはず。こんなことがあり得るのでしょうか・・・」
ランバルディナは、あまりの結果に思わず叫び声を上げた。
「父上、兄上、ありがとうございます。これであのルミーナに、神聖術適性が65で術士としては役に立たない、女としても役に立たない、首から下は不必要な女などと言われずに済みます」
当のソフィアは、自分に力を授けてくれた父と兄に、感謝の祈りを捧げていた。それにしても、ソフィアはルミーナから、そんなことを言われてきたのか。
「それにしても、かなりの大奮発だね。もしかしたらソフィアの適性が80台くらいに上がっているのではないかとは思っていたけど、まさかの95とは・・・。プルケリアを上回るレベルじゃないか」
「昨晩、私の夢の中に現れた父上と兄上の話によりますと、私だけではなく、殿下にも力が授けられているはずでございます。殿下も、再検査を受けてみてはいかがでございますか?」
「・・・そうしようか」
確か、アイン・ジャールートの戦いで、僕の適性値は98まで上がっていたたはずだ。これでいくつになったんだろう?
「殿下の適性は・・・計測不能です。先のマリア様をはじめ、計測不能の御方が2人も出るようでは、この適性を測る水晶玉も、さすがに作り直さなければなりません。しかし、適性が100を超える方の適性を計測できる新たな水晶玉を開発するのに、一体何年かかることか・・・」
嘆息するランバルディナに、それまで黙っていたイレーネが呟いた。
「それは、さほど困難なことではない。水晶玉の仕様を変更すればよいだけ」
イレーネは、何もない空間でプログラム画面のようなものを開き、いくつかのデータを修正した。待つこと3分ほどで、作業らしきものは完了した。
「水晶玉の仕様を変更した。適性値はギリシア数字ではなく、新ローマ数字で表示されるものとし、測定できる適性値の上限を、100から200に変更した」
「・・・イレーネ、水晶玉の仕様変更って、そんな簡単に出来るものなの?」
「私の力をもってすれば、さほど困難なことではない」
さいですか。・・・まあ、イレーネのチート能力をもってすれば、大抵のことは難なくやってのけるだろうってことは、だいぶ前から分かっていたけどね。
「では、まず私で実験させて頂きますね。私の適性は・・・新ローマ数字で67と表示されました。特に異常はないようです」
ランバルディナに続き、ソフィアも同様に実験してみたところ、やはり新ローマ数字で95と表示された。どうやら、適性値を測る性能に問題はないようだ。
「では殿下、どうぞ」
ランバルディナに促されて、僕が水晶玉に両手をかざしてみたところ、108と表示された。僕もかなり奮発されているな。まさか、10も上がるとは思っていなかった。
「108!? 確か、殿下の適性は79だったはず。過去最高ではありませんか!」
ランバルディナが、僕の適性値を見て、驚きの声を挙げた。
「いや、僕を最高と決めるのはまだ早いよ。少なくとも、同じく測定不能だったマリアと、イレーネの適性値を調べないと」
「・・・別に、私は調べなくても構わない」
「いや、イレーネ。かねてから思っていたけど、君の適性91というのは、どう考えても過小申告だ。今後の戦いに備えるためにも、イレーネが持っている本当の力を知りたい」
僕に促され、イレーネは渋々と言った感じで、水晶玉に両手をかざした。
「「「適性134!?」」」
その場にいた、イレーネ以外の全員が驚きの声を上げた。
「イレーネは、絶対適性100超えだと思っていたけど、まさか134とは・・・」と僕。
「さすが、預言者様と呼ばれていただけのことはありますね・・・」とランバルディナ。
「イレーネ様は、絶対敵に回してはいけないお方ですね」とソフィア。
「・・・私の適性値については、公にしないで欲しい」
「分かってるよ、イレーネ。自分が最強だと思い込んでるテオドラあたりが、こんな数字を見せられたらおそらく発狂するだろうし、イレーネも自分が目立つのは嫌いだからね。今日分かったことは、当面ここにいる4人だけの秘密にしておこう」
「分かりました、殿下」
ちなみに、同じく計測不能だったマリアの適性も後で測ったところ、110と表示された。現在の僕よりは、わずかに高いことになる。今後、戦争などで神聖結晶を取りまくれば、追い越せる可能性は十分にあるが。
僕は、新たな力を授けてくれたブラナス父子への感謝を込めて、ニュンフェイオンに神殿を築き、ブラナス父子を、軍神としてローマ教における神々の席に加えることにした。そして、ちょうとアンドロニコス・ブラナスの妻が身籠ったというので、もし男子が産まれたときはアレクシオスと名付けるよう命じることにした。
「・・・忘れてた。あのミラージュ・ホテルで聞いた話が本当なら、僕のために戦死したベッコスの幼い息子もいるはずだ。探し出して保護しないと」
僕は、聖なる都の攻略戦で僕を守って死んだ、ヴァリャーグ近衛隊の隊長であるバルダス、ベッコス兄弟、そしてジョフロワとギヨームも神々の席に加えることにし、また調査の結果、ベッコスには幼い息子がおり、息子とその母親はニケーアの貧民街で惨めな暮らしをしていることが判明したので、僕は急いで2人ともニュンフェイオンの宮殿へ引き取った。ヨハネスと名付けられた息子は、ベッコスへの感謝を込めて、僕が我が子同然に育てることにした。
■◇■◇■◇
僕は、後日イレーネと2人きりになったとき、適性値の問題についてイレーネに尋ねた。
「適性が100を超えた場合、また神聖結晶の判定が厳しくなったりはしないの?」
「特に、そのようなルールは無い。そもそも、普通の人間が、適性100を超えるような事態は想定されていなかった」
「このまま、戦争に勝って僕の適性がさらに上がり続けたら、どんな敵が相手でも楽勝ってことになっちゃいそうだけど」
「そうでもない。以前、あなたに指摘された事項について調査した結果、帝国の存亡に関わる、かなり重大な事態が発生していることが判明した」
「どんなことが判明したの?」
「あなたの知っている歴史の流れと、この世界における歴史の流れは、この国やその周辺のみならず、この国から遠く離れた東方の地でも、違いが見え始めている。これには様々な要因があるが、あなたの行動以外の要因としては、アンドレアス・ダラセノスという人物の存在が最も大きい」
「アンドレアス・ダラセノスって、初めて聞く名前だけど、どんな人?」
「今は亡き皇帝アンドロニコスと、その愛人エリス・ダラセナとの間に産まれた庶子。両親の死に伴いロシアに逃れ、その後モンゴル帝国に仕え、今では大ハーン・モンケの弟、フビライの側近となっている。ダラセノスは、まだ幼少の頃に帝国を離れたため、神聖術の知識は学士レベルでしかないが、自らの神聖術をフビライに売り込んで気に入られ、フビライに取り立てられた。また、フビライの兄モンケが、バトゥと同盟して速やかに大ハーンに即位できたのは、フビライの意向で両者の間を取り持ったダラセノスの暗躍によるところが大きい。
そしてフビライは、ダラセノスの影響を受けて神聖術に強い関心を抱き、自らの領地で神聖術に関する独自の研究を行わせ、またあなたと同様に、神聖術を戦争に活用することを考えている」
「モンゴル帝国のフビライって、モンケの弟でその死後に大ハーンとなり、世界征服を目指した人じゃないか! よりによって、一番渡してはいけない相手に、神聖術の技術が渡っちゃったの!?」
「そう。フビライは有能かつ、極めて野心的な人物。かの者がモンゴル帝国の大ハーンとなり、神聖術の力を駆使してモンゴル帝国の再統一に成功すれば、わが国にとって最も危険な相手になりかねない。最悪の事態に備え、私たちも可能な限り、実力を蓄えておかなければならない」
「・・・分かった。僕も心しておく」
ソフィアが望んでいたブラナス家再興の道筋は立ったが、この世界ではとんでもない脅威が、新たに生まれつつあるようだった。
第11章 君主のお仕事
話の時間軸が前後して申し訳ないが、帝国摂政に復帰したばかりの僕には、連日いろんな仕事が待ち構えていた。
ブラナス父子から力を授かった翌朝の政務では、軍の再編が議題にのぼった。軍総司令官代理の地位に戻ったラスカリス将軍が、状況を報告する。
「ムザロン派との内戦では、特にヴァリャーグ近衛隊の犠牲者が多かった一方、コンスタンティノス・アスパイテス殿が組織したゲリラ部隊が、かなりの戦果を挙げております。歩兵部隊を強化するため、ゲリラ部隊はそのまま、殿下の直轄軍に加えるのがよろしいかと思われます」
「分かった。その方向で進めてくれ」
「また、アンドロニコス・ギドス殿が導入したロングボウも、これまでの弓兵とは比較にならないくらい高い戦果を挙げておりました。これなら従来の補助戦力という位置づけではなく、主力部隊の1つとして使うことが出来ます」
「そんなに凄かったのか?」
「はい。これまでの弓兵部隊は、射程も短く、敵の主力が接近したら逃げるしかないため補助戦力としか使えず、そのため数もあまり多くありませんでしたが、ロングボウ部隊であれば、射程が長い上に、1分間に10発もの矢を放つことができ、突撃しようとする敵を足止めすることが十分に可能です。訓練に時間がかかるという難点はありますが、これからはロングボウ部隊を大幅に増強されてはいかがかと思われます」
「分かった。ロングボウ部隊については、とりあえず1万人規模への増強を目指すことにしよう。ところで、騎兵部隊の状況についてはどうなっている?」
「騎兵部隊については、目立った損害は出ておりませぬ。特に、ダフネ殿の率いるクマン族の弓騎兵部隊については、内戦前より数が増えており、もはや2万騎を超えております。ダフネ殿の副将についても、シルギアネス殿やマナスタル殿だけではなく、新たな将が複数台頭しており、特にプシュケ殿とテイア殿が、注目されております」
「プシュケとテイア? どちらも初めて聞く名前だけど、どんな人物なの?」
「どちらも、クマン族出身の少女であり、プシュケ殿はまだ14歳、テイア殿はまだ13歳なのですが、共に兵の指揮や武勇、神聖術に秀でており、ダフネ殿が妹分として可愛がっておられます。お名前も、ギリシア神話にあやかって名付けられたダフ、ネ殿と同様、ダフネ殿がギリシア神話にあやかって名付けたとか」
「そうか。とりあえず、会ってみようか」
こうして、僕は新顔のプシュケやテイアを含む、ダフネ一党の主だった将と謁見することにした。
「ダフネ、シルギアネス、マナスタル。久しぶりだな、元気にしていたか?」
「・・・やっと、殿下に会えたのだ! ずっと会いたかったのだ!」
ダフネは、僕の姿を見るなり、いきなり僕に抱き付いてきた。かつての天才少女ダフネは、美人ながら背がやや低め、胸も控えめで、僕好みの女性に成長していた。
「ダフネ、僕と会えなかったのが、そんなに寂しかったのか?」
「寂しかったのだ! 殿下、ダフネはもう大人になったぞ! これから、ダフネは頑張って、殿下の子を産むのだ! 男の子が産まれたら、父上と同じバチュマンと名付けるのだ!」
「もう、子供の名前まで決めているの!?」
「殿下、ダフネ様は殿下がおられぬ間、ずっとこんな調子でございまして。ダフネ様も、是非殿下の愛人に加えて下さいませ」とシルギアネス。
「ダフネ、僕の愛人になるんじゃなくて、他の男性と結婚することは考えていないの?」
「ダフネは、殿下に買われた時から、大きくなったら殿下の子を産むと決めていたのだ! 他の男に抱かれるなど、考えたこともないのだ!」
「殿下、今晩の相手はダフネ殿で決まりのようですな」とラスカリス将軍。
・・・まあ、ダフネはちょうど僕好みの女性に育ってくれたし、別に嫌というわけではないんだけど、なんか嫌な予感がしてきた。この調子では、僕の愛人が際限なく増えてしまうのではないだろうか。
「ダフネ。その話は後にするとして、新しい将としてプシュケとテイアという女の子が台頭していると聞いたが?」
「プシュケとテイアは、ダフネの妹分なのだ! 2人とも、殿下に御挨拶するのだ!」
「プシュケでございます。殿下には、よろしくお見知り置きくださいませ」
「テイアです! これから殿下のため、精一杯働かせて頂きます!」
プシュケは、軍人とは思えない程おしとやかで美しい女の子で、テイアは少し男っぽいが、とても活発そうな少女だった。
「2人ともまだ少女だけど、そんなに凄い軍人なの?」
「殿下。人を見た目だけで判断するのは良くありませんぞ。このマナスタル、少女の身でありながら軍隊の将が務まるのはダフネ様くらいかと思っておりましたが、クマン族は女であっても、武術の鍛錬はある程度致しますから、優秀な軍人になれる女性も、実は結構いるのでございます。特にプシュケ殿とテイア殿は、もはや私やシルギアネス殿でさえも敵わないほどの逸材でございます」
「そうなのか・・・」
まあ、族長が女のダフネであれば、その部下にも女性が多くなるのは、ある意味当然の成り行きか。
「クマン族の女はすげえな。トルコ人の間では、女が軍を率いて戦場で活躍するなんて、聞いたこともねえぞ」とジャラール。
「クマン族と違って、イスラム教では女は家庭を守るものとされておりますから。ですが、トルコ人の女にも、ひょっとするとダフネ殿のような逸材が埋もれているかも知れませんな」とオスマン。
「まあ、我が軍における女性の登用は今後の課題として、まずは軍の再編に向けた議論を進めようか。これから冬に入るので、しばらくは軍事行動は控えることになるが、春になったら帝国の威信を取り戻すため、僕が自ら軍を率いて軍事行動を再開する。各々そのつもりで、軍の再編に向けて意見を交わしてくれ」
それから、僕と軍の幹部たちは、直轄軍の再編について議論を交わしたが、一部決着の付かなかった問題があり、それらの問題に関する結論は先送りとなった。
そして、僕は多少の罪悪感を抱きつつも、その夜に初めてダフネを抱いた。いつもの活発なダフネと違って、初体験のダフネはとてもしおらしく、とても可愛かった。
・・・いや、初めての女の子相手に何度も続けるのはダメってもう分かってるから、今回はちゃんと加減しましたよ。
■◇■◇■◇
その翌日。この日の議題は、わが国の主要な財源である、交易事業に関するものとなった。
「エジプトやシリアで会った、ヨハネス・プロモドロスという商人の話によれば、ヴェネツィアでは銀行のほか、組合や保険といった仕組みが発達しており、この点でわが国は遅れを取っているということであった。最大のライバルであるヴェネツィアに勝つには、わが国にもこうした仕組みを導入し、才能はあるが資力の無い者にも、交易活動で活躍できる仕組みを整える必要があると思うが、どう考えるか?」
「殿下。それらのものは、いずれもわが国ではまだ知られていないものでございます。それらの問題について議論するには、まずそれらの仕組みに詳しいプロモドロス殿を、宮廷に招いてはいかがでございましょうか?」とアクロポリテス先生。
「確かに、その方がよさそうだな」
僕も、銀行という仕組み自体は知っているが、機械もないこの時代の銀行が、どのような方法で顧客の資金を管理しているのかまでは知らない。アクロポリテス先生にもよく分からないのであれば、プロモドロスを宮廷に招くのが、一番手っ取り早い解決策だろう。
「では、その件はプロモドロスを招いてから改めて議論することにして、僕が亡命中に手に入れたカエサリア・マリティマの整備について、検討することにしよう」
「はい。その件については、既に殿下のご命令により、カエサリアに大規模な民間用移動拠点が設置されており、ファマグスタに代わる東の玄関口として、次第に商人たちが集まりつつあります。カエサリアの拡張工事についても計画が出来つつあるのですが、バイバルス殿に無断で、カエサリアに新たな城壁を築いても大丈夫でございますか?」
そう尋ねて来たのは、建設事業を担当しているゲルマノス政務官である。
「まあ、この世界で城壁のない都市などあり得ない。バイバルスも、おそらくスルタンに就任したばかりで、わが国との交渉までは手が回らないだろうが、そのくらいのことは大目に見てくれるだろう」
「また、これまで東の交易拠点として繁栄していたキプロス島、特にファマグスタは、カエサリアにその地位を奪われ衰退することが予想されますが、キプロス島の経済対策はいかがなさいましょうか?」
「それ自体は仕方がない。キプロス島は気候温暖で土地も肥沃なので、今後は農業を中心とした経済政策を進めることにする。詳細はアクロポリテス内宰相にお願いしたい」
「畏まりました。キプロス島であれば、穀物のほかワインや綿花などの栽培にも適しておりますので、それらを中心に検討を進めましょう」
こうして、経済問題に関する議論も着々と進んだ。内戦で荒廃したニケーア周辺の復興についても議論され、計画や責任者の人選もまとまったが、ここでも1つ、パキュメレスから疑問が提起された。
「殿下。その点に関してですが、内戦で焼き討ちに遭った教会や修道院が、建物の再建に対する援助と、焼き討ちを行った関係者の処罰を求めております。いかが致しましょうか?」
「そんな図々しい要望が来ているのか。いいか、パキュメレス。正教徒に焼き討ちされるような教会や修道院は、統治不行き届きの罪で取り潰し、土地や財産はすべて没収だ。そんなふざけた要望をしてきた聖職者や修道士は、全員鞭で叩き殺せ」
「しかし、聖職者たちを敵に回すと、彼らが殿下の皇帝即位に反対し、後の支障になるのではありませんか?」
「今でも十分敵に回しているだろう。どうせ、僕が皇帝になったら、そのうち取り潰す予定の連中だ。今だけ優遇しても、特に意味は無い」
「畏まりました。しかし、そうなると殿下の正式な皇帝即位は、結構難しそうですね」
「その件については、焦らずじっくりと事を進めるさ。既に政治と軍事の実権は手に入れた。帝位に就くことを急ぐ必要は無い」
■◇■◇■◇
そして、その日の午後。
「殿下、以前お話し致しました女性向けの学校ですが、既に卒業生が出ております。かなり優秀で、殿下のお役に立つと思われますので、殿下のお側に置いて頂けませんでしょうか?」
「ソフィア。お側に置くというのは、どういう意味?」
「具体的には、殿下の愛人に加えて下さいませという意味でございます」
「いや、僕としてはこれ以上、愛人を増やしたくは無いんだけど・・・」
「しかし殿下、私の女学校に入学した者は、殿下の傍にお仕えできれば、そのうち殿下の寵愛を受けられることを期待している者ばかりでございます。せめて、首席の者だけでも、殿下の愛人に加えて頂けないでしょうか? 主席になれば殿下の愛人になれるということであれば、今後ますます、優秀な人材が入学してくると思われますので」
「確かに優秀な人材は欲しいけど、どうしてそんなに優秀な女の子が、僕の愛人になりたがるわけ?」
「それはもう、殿下は神様のようなものでございますから。この国の女たちは、殿下のお姿を拝見しただけで、思わずお股を濡らしてしまうのが、むしろ普通なのでございますわよ」
「だからと言って、その全員を愛人にするというのはさすがに・・・」
「ですから、せめて首席になった女の子だけでもと、申し上げているのです」
結局僕は、しつこく説得してくるソフィアに根負けして、首席卒業者に限り、僕の愛人に加えることを承諾してしまった。
そして、ソフィアに連れられて、首席卒業者の女の子がやってきた。
「・・・ベリンダ・カンタクゼネでございます。殿下、よろしくお願い致します」
僕に向かって丁寧にお辞儀をしてきたベリンダという少女は、まだ16歳くらい。気品のある、お淑やかな娘だった。
「ソフィア、この子が首席なの?」
「はい。ベリンダは、テッサロニケ総督ヨハネス・カンタクゼノスの末娘で、学問に秀でており、神聖術もかなりの使い手でございます」
「カンタクゼノスの奴、まだ自分の娘を僕の愛人にすることを、諦めていなかったのか・・・」
「それはともかく、殿下。ベリンダはお気に召しましたでしょうか?」
「まあ、可愛いから愛人にするのは構わないけど、さすがに新しい愛人は、これが最後だよね?」
「いえ、まずベリンダは第1期卒業生の首席でございます。既に、第2期の卒業生も出ており、首席はテオドシアという娘でございます」
「まさか、そのテオドシアも僕の愛人にしろと?」
「はい。首席卒業者のみを、殿下の愛人に加えて頂けるとのことですので、毎年最低でも1人、殿下の愛人が増えることになります」
「・・・僕は、1人だけなら良いってつもりで言ったんだけど!?」
「いえ、私はせめて『主席になった女の子だけでも』と申し上げただけで、1人とは申し上げておりません。殿下、学校では毎年卒業者を出す以上、毎年1人首席卒業者が出るのは、むしろ当然のことではございませんか」
「嵌められた・・・。僕はソフィアに、まんまと嵌められた・・・」
「殿下、はめるのは私ではなく、殿下の御役目でございます」
「そんな下ネタはいいから! もう、さすがにそれ以外はいないよね!?」
「いえいえ。殿下にお仕えしてきた女性のうち、エウロギア様、マルティナ、プシュケ、テイアも、殿下の愛人になることを強く希望しております。是非とも、彼女たちの願いを叶えて下さいませ。
それに、マリアと同様に古くから殿下にお仕えしてきたマーヤをはじめ、殿下にお仕えするメイドたちの中にも、殿下を心からお慕いし、殿下の愛人になりたいという者は沢山おります」
「いくら何でも多すぎるよ! それに、以前僕の嫁になるしかないとか言っていたエウロギアはまだ分かるとしても、マルティナとかプシュケとかテイアとか、僕とほとんど会ったこともない女の子たちが、どうして僕の愛人になりたがるわけ!?」
「ですから、先程申し上げましたとおり、殿下は神様のようなものでございますから」
「それは分かったけど、さすがにそんな沢山、愛人は必要ないよ! それに、特にイレーネなんか僕に相手をしてもらえなくて、かなり欲求不満になっているんだから、イレーネの相手をしていたら、他に愛人を作る余裕はほとんど無いし!」
「殿下、そのようなことを仰っていて、宜しいのでございますか?」
「・・・ソフィア、何が言いたい?」
「マリアとも相談したのですが、イレーネ様以外の女性が、1人で精力絶倫すぎる殿下のお相手を一晩中務めることは、とても無理でございます。それに私はともかく、普通の女性は、初体験のときにいきなり、しかもあんなに激しく、何回も子作りを続けられては参ってしまいます。比較的、殿下のお相手をするのに慣れているマリアでさえも、一晩中殿下のお相手をすると、翌朝にはくたびれてしまうそうでございます」
「・・・そうなの? あと、ソフィア自身はあのやり方でよかったの?」
「はい。手を縛られて動けなくなった私を、巨大なプリアポス様で容赦なく凌辱される鬼畜のような殿下のお姿は、とても魅力的でございました。これからは、もっと私をいじめて頂きとうございます」
「・・・・・・」
ソフィアって、やはりマゾ気質もあるのか。頭は切れるけど、性癖はかなりの変態だ。
「話が逸れましたが、イレーネ様も殿下のお相手を続けていれば、いずれ殿下の子を妊娠することになります。あまり、性欲のはけ口をイレーネ様にばかり頼っていては、将来イレーネ様がご懐妊されたとき、殿下ご自身が深刻な女性不足に陥ることになってしまいます。
それに、以前にも申し上げましたとおり、殿下にはご親族がおられませんから、パレオロゴス家による支配を固めるためには、跡継ぎ以外にもたくさんのお子をもうけて頂く必要がございますし、有能な女性家臣たちの忠誠を確実に繋ぎ止めておくには、殿下の愛人にしてしまうのが最善の方法でございます。
特に殿下は、女性を抱くテクニックも、精力もプリアポス様の大きさも、他の男たちの追随を許さないほどでございますから、一度殿下の味を覚えてしまった女性は、殿下に病みつきになってしまいます。これを活用しない策はございません」
「・・・ソフィア。僕は、雌馬に種付けをするのが仕事の、種馬みたいな存在なの?」
「そのように申し上げても、過言ではございません。殿下は、将来ローマ帝国の皇帝となられるお方でございますから。古来から、君主たる者のお仕事は、昼は政務や軍事に励み、夜は女たちと子作りに励むものでございますから」
「・・・・・・」
「ご理解頂けましたか? 殿下」
「ソフィア。分かった、それは分かったけど、僕の生まれた国では、基本的に18歳未満の女の子と、子作りをするのは基本的に駄目なんだ。ここで、あんまり年齢の低い女の子を抱く習慣が付いてしまうと、僕は性犯罪者になってしまうおそれがあるし、初潮を迎えたばかりの女の子を妊娠させると、健康にも良くないって言うし・・・」
「しかし、殿下。わが国では初潮を迎えた女子は、法的にはもう立派な大人の女性でございます。なお、イスラム圏では、基本的に9歳以上なら良いということでございますが」
「それって、預言者ムハンマドの妻アーイシャが、9歳で結婚したって話でしょ! 確かにそれは知ってるけど、あれってイスラム教徒の間でも、9歳というのはいくらなんでも早すぎだって意見が・・・」
「だからと申しましても、18歳未満はダメというのは、あまり現実的な線引きではないと思われます。やはり、初潮を迎えたときというのが、妥当な線引きではないかと」
「だから、それはいくら何でも早すぎるって! ・・・そういえばソフィア、君のやっている女学校は、基本的に何歳で卒業なの?」
「若干のブレはございますが、陛下にお仕えする女性を育てる英才教育課程では、基本的に8歳ないし10歳頃から入学させて15歳で卒業させ、それから実務を学ばせることにしております。ベリンダは今年で16歳、テオドシアは今年で15歳になります」
「その15歳っていうラインは、どういう考え方で決めたの?」
「頭の良い殿下の側近としてお仕えするには、高い知性が不可欠でございますが、あまり低年齢で子作りの味を覚えてしまいますと、教育に差し障りがございます。一方、殿下にお仕えさせる以上、殿下に処女を捧げることが前提になりますから、あまり年齢を高めにしますと、それまで処女を守れない可能性がございます。そうしたぎりぎりの判断で、15歳を卒業年齢に設定致しました」
「・・・分かった。じゃあ、その15歳を基準にしよう。15歳に満たない女の子は、いくら優秀でも子作りの相手をさせるにはまだ早いから、15歳になるまで待たせることにしよう」
「しかし殿下、本当に15歳で宜しいのでございますか?」
「どういう意味?」
「恐れながら、殿下の性的嗜好を観察致しますと、殿下はむしろ年齢の低い女の子が好みなのではないかという気が致しますが」
「僕がロリコンだって言いたいわけ!? 何を根拠に!?」
「殿下お気に入りの女性であるイレーネ様は、小柄で胸もほとんど膨らんでおらず、今でも見た目は年齢13~14歳と間違えられることがございます。そのような女性がお好みということは、やはりそのくらいの年齢の女性がお好きなのではないかと。別に、この国では12歳くらいの女性が結婚することも珍しくはございませんので、特に我慢される必要は・・・」
「余計なことは気にしなくていいから! それに、イレーネは見た目こそ子供っぽいけど、中身はちゃんとした大人の女性だから! 心も体も子供って言うのは、僕としてもさすがにどうかと思うから、15歳でいい。というか、15歳も本当はいけないラインなんだけど・・・」
「仕方ございませんわね。では、殿下のお相手をさせるのは、基本的に15歳以上の女性ということに致します」
「基本的にって言うのは?」
「まあ、15歳未満の女性であっても、殿下がお気に召されたということであれば、当然殿下のご意向を優先致しますから」
「優先しなくていいから! とにかく15歳未満はダメ!」
こうしたぎりぎりの交渉の末、一応15歳ルールというものが出来上がり、プシュケやテイアといった15歳未満の女の子については、15歳まで待たせることになった。それでも、エウロギアやマルティナについては、既に15歳に達していたので彼女たちの要望に応えるしかなかったけど、本当にこんなことしていいのかなあ・・・。
第12章 マリッジ・ブルー
僕が、ソフィアの言われるがままに愛人を増やしていく一方。
「ただまー、みかっち!」
海賊討伐戦に参加していたテオドラは、僕がニュンフェイオンに戻った1週間くらい後、パッシブジャンプでニュンフェイオンに戻ってきた。
それにしても、ただまーって何だ。どこかの駄女神様か。
「・・・おかえり、テオドラ。首尾はどうだった?」
「世界で最も強く、最も美しい皇女様であるあたしが、あんな海賊たちに負けるはずないじゃないの。皆殺しにして、みかっちの要望どおり、海賊たちのお宝もしっかり巻き上げてきたわよ。艦隊もそのうち戻って来るわ」
「そうか。世界で最も強い皇女様ね・・・」
テオドラの適性は、現在ちょうど100のはず。一方、僕の適性は108、マリアの適性は110、イレーネの適性は134。この事実は、さすがに言わぬが花だろう。
「何よみかっち、急に可哀そうなものを見るような眼をして?」
「気のせいだよ。今回は特にトラブルもなく、ちゃんと活躍してくれたみたいだね、と思って」
「まあね。これから、みかっちとの結婚式を盛大に挙げなきゃいけないし」
「結婚式?」
「何を、とぼけたような顔してるのよ、みかっち。あたしたち、法的には既に結婚が成立しているけど、まだ正式な結婚式を挙げてないじゃないの。将来皇帝夫婦になるあたしとみかっちの結婚式だから、盛大に執り行わないとね」
・・・何となく、嫌な予感がしてきた。
「僕、この国の結婚式に関する風習ってよく知らないけど、僕くらいの地位にある人の結婚式って、どのくらい費用かかるの?」
「お金のことはよく知らないけど、ローマ帝国の次期皇帝となれば、相当豪奢な結婚式を挙げるのが普通よ」
そして、テオドラが要求するとおりの結婚式を挙げる場合、掛かる費用の概算額をパキュメレスに試算させることにした。
「パキュメレス、どのくらいの予算が必要になりそう?」
「概算ではございますが、ジェノヴァ金貨30万枚相当になると考えられます」
「却下だ却下! 何だ、ジェノヴァ金貨30万枚って!? この国に、そんな額の余剰金は無いぞ!」
「殿下、皇帝やその跡を継ぐ者の結婚式を挙げる際には、特別税を徴収する習わしになっておりますから、一応出来ないことはありませんが・・・」
「特別税だと!? 冗談じゃない! これまでも、民衆に迷惑を掛けてはいけないと思い、僕の治世下では戦争中でも、何とか戦時特別税の徴収無しで切り抜けて来たのに、たかが結婚式のために特別税を取れと言うのか!? 重税に苦しめられた民衆が、結婚を祝福してくれるとでも思うのか!?」
「しかし殿下、ローマ帝国には伝統と威光というものがございますから、あまり簡素な結婚式で済ませるわけには・・・」
「何よみかっち、結婚式は女の子にとって一生の思い出なのよ! ジェノヴァ金貨30万枚くらい、太っ腹で出しなさいよ!」
「冗談じゃない! 結婚式のために国家を破産させるバカがどこにいる!?」
「お師匠様の話では、イサキオス帝とマルギト皇后さまの結婚式に、確かそのくらいの費用が掛かったと聞いております。もっとも、イサキオス帝はそのために特別税を課す一方、重要な国家行事である皇帝の結婚式を、聖なる都のブラケルネ宮殿で私的に執り行うと一方的に発表して民衆を怒らせ、さらにブルガリアの独立を招く結果になったとか・・・」
「それは、明らかに真似しちゃダメな例じゃないか! やるとしても、もっと予算を減らせ!」
「しかし、正式な国家行事として執り行うという前提であれば、次の皇帝たる殿下の威厳を示すためにも、テオドラ様との結婚式については、ある程度の費用は必要ではないかと」
そして、アクロポリテス先生やゲルマノス政務官も議論に加わり、可能な限り経費を削減するよう指示したが、それでも金貨10万枚程度の予算は、どうしても必要という結果になってしまった。
「アクロポリテス先生、たかが結婚式のために、金貨10万枚も使わなければならないんですか?」
「殿下。テオドラ様との結婚式は、重要な国家行事でございますから、これ以上費用を削減するのは難しいかと存じます。それに、ネアルコスの報告によれば、海賊たちから没収したヴェネツィア金貨は約20万ドゥカートにのぼるということですから、結婚式の費用はこの臨時収入で賄えるかと」
「・・・パキュメレスとゲルマノスの意見は?」
「お師匠様と同様でございます」とパキュメレス。
「内宰相様と、概ね同様でございますが。実質的な皇帝ともあろうお方の結婚式にしては、これでもむしろ地味な方かと存じます。臨時収入が入るのであれば、むしろもう少し豪勢にしても構わないかと存じますが」とゲルマノス政務官。
「ううう、これ以上ごねると、逆に金額が増えそうで怖い。アクロポリテス先生、仕方ないからとりあえず金貨10万枚の予算で計画を進めてください」
「畏まりました、殿下」
もっとも、僕を苦しめたのは結婚式の費用だけでは無かった。
「アクロポリテス先生、この国の結婚式って、1週間も続けてやるものなんですか? それに、訳の分からない儀式がやたらといっぱいあるようですが」
「殿下、これでも必要最低限に絞った結果でごさいます。殿下は一般私人ではなく、もはや実質的な皇帝でございますから」
「あああ、無駄なお金と時間がどんどん消えて行くと考えただけで、頭が痛くなる! これだけの時間とお金があれば、軍備の充実とか民生とか、もっと他にやれることは沢山あるのに!」
「殿下のお気持ちは、分からなくもありませんが、ケチも度が過ぎるのは良くございません。ローマ帝国の救世主である、殿下の結婚式を楽しみにしておられる民衆も、決して少なくはございません」
「でも、結婚式の打ち合わせに、あとどのくらいの時間がかかるの? あと、追加の費用がかかったりはしないよね?」
「殿下の結婚式は、国家の重大行事です。結婚式が無事終わるまでは、我々も他の政策に取り組む暇はございません。また、追加費用がかかるか否かも、結婚式の準備を滞ることなく進められるか否かによって変わって参りますので、現時点では何とも申し上げられません。何事にも、不測の事態は生じ得ますから」
アクロポリテス先生の言葉に、僕の我慢はとうとう限界に達した。
「・・・もう嫌だ! 結婚式だけで1週間も続いて、貴重な政務の時間を結婚式やその打ち合わせに費やして、おまけに多額のお金も無駄にして。もう、結婚式なんて止める!」
「しかし殿下、既に準備を進めてしまっておりますし、これから皇帝になろうというお方が、結婚式無しというわけにも参りません。ここは当初の予定どおり進めるしかありません」
「どう考えても、結婚式なんて時間と費用の無駄遣いだよ! 皇帝バシレイオス2世が生涯結婚しなかった理由って、ひょっとして結婚式の時間と費用が勿体ないと思ったからじゃないの!?」
「それは、亡き皇帝陛下の御霊にお聞きするしかございませんが、その死後約50年で帝国を滅亡寸前に追いやってしまわれたバシレイオス2世陛下の轍を踏みませんよう、最低限のことはして頂かないと、ローマ帝国の存亡に関わります。この結婚式は、国家のために必要な行事でございます」
何度か僕がごねる度、アクロポリテス先生にこんな感じで宥められたものの、僕にはどうしても、この結婚式は単なる時間と国家予算の無駄遣いにしか思えなかった。しかも、相手はあのテオドラ。別に結婚したい相手というわけではなく、勝手に駆け落ち結婚したことにさせられ、既成事実を作られてしまったに過ぎないのに。
結婚式を控えた男性が陥るという、マリッジ・ブルーとはこの事だろうか。
■◇■◇■◇
一方、結婚式自体はまだであるものの、僕とテオドラとの結婚は法的には既に成立しているため、夜の営みもある。もっとも、それにも色々な制約があるらしい。
「正式な夫婦間における子作りは、月曜日、水曜日、木曜日のみと決められております。また、教会の祝祭日等における子作りも禁止されておりますので、テオドラ様と子作りをして頂く日は、概ね月に4回くらいになります」
ソフィアが、淡々と僕に説明する。
「でも、それって正教会の風習じゃないの? 亡命中のテオドラは、そんなルール気にしてなかったと思うし、大体2日に1回くらいは子作りしてたけど、テオドラはそんなルール守る気あるの?」
「一応、ソーマちゃんを通じてテオドラ様にも確認致しましたが、守る意向だそうでございます。皇后たるもの、子作りは皇后のしきたりに従ってするものであり、正式な子作りだけでは満足できない殿下の欲求を鎮めるのは、皇后ではなく娼婦の役目であると仰られていたそうです」
「まあ、テオドラ本人が月4回程度で良いというなら、僕としては構わないけど、なんでテオドラとの話がソーマちゃん経由なの?」
「テオドラ様にお仕えする高位の女官で、まともに私と話が出来るのは、ソーマちゃんくらいしかおりませんから」
「まあ、ソフィアとルミーナじゃ、顔を合わせただけで喧嘩になっちゃうからね」
「恐れながら殿下、喧嘩ではございません。あの女が一方的に、私に向かって下品な悪口をまくし立ててくるだけでございます。私はあくまで、あの女の言い草を丁重に無視しているだけでございます」
「はいはい、ソフィアが悪くないのは分かってるから。あと、そういう細かいしきたりのことは良く知らないし面倒だから、そのへんのスケジュール管理はソフィアに任せる」
「畏まりました、殿下」
実際には、ソフィアとルミーナの会話なんて、誰が見ても喧嘩だってことは分かっているけど、ただでさえ忙しいのに、女同士の対立に巻き込まれるなんてまっぴら御免だ。
そして、この国のしきたりに従い、テオドラと一緒に過ごす夜のこと。
「テオドラ、正式な作法に則った子作りのやり方も一応教わったけど、今夜の子作りは、その作法どおりやればいいの?」
「みかっち、子作りは作法どおりにやればいいってものじゃないのよ。あたしと子作りする以上、ちゃんとあたしを満足させなさい」
「でも、この作法の考え方だと、そもそも子作りでは、なるべく快楽を得ないようにしなきゃいけないんじゃないの? せっかく日程を守っても、子作りのやり方が今までと同じだと、皇后としてのしきたりを守っていることにはならないんじゃないの?」
「冗談じゃないわ。あの作法どおりになったら、子作りで気持ち良くなるのはみかっちだけで、あたしの方は全然気持ち良くなれないじゃないの。そんなの不公平よ」
「まあ、僕にとっては作法なんかどうでもいい話だから、テオドラがそうしたいというならそれに従うけどね・・・」
相変わらず、考え方に一貫性というものがまるでない皇女様だった。
テオドラは、自分が満足すると勝手に寝てしまうので、僕は浴室で一旦身体を浄めた後、自分の部屋へ戻りマリアと続きをしようとしたのだが、途中でルミーナに止められた。
「でーんか! この先は通しませんよ♪」
「ルミーナ、どういうつもり?」
「今晩の殿下は、皇女様と一緒に過ごすしきたりです。途中で殿下を帰したとなれば、皇女様の面目が立ちませんから、殿下には朝まで、皇女様の区画に留まって頂きます」
「・・・そういうしきたりでもあるの?」
「はい。そういうしきたりです。では殿下、こちらのお部屋でゆっくりとお休みください」
しきたりと言われては、僕も一応ルミーナに従うしかなかった。
そして、僕がルミーナに連れられて別の寝室へ入ると、ルミーナはおもむろに自分の服を脱ぎ始めた。
「さあ殿下、ここからはお楽しみの時間ですよ♪」
「どういうこと?」
「殿下が、皇女様だけで満足されていないのは、ルミーナもよく分かっています。ルミーナも殿下のために、頑張ってこの日まで処女を守り続けて来たんですから、ルミーナの初めても、ちゃんともらってくださいね、殿下」
「まあ、別にルミーナがしたいっていうなら、今更断る理由はないけどね・・・」
僕が摂政を解任されていた時期、僕から距離を取っていたこともあり、ルミーナのことはあまり信用していないのだが、子作りする気になれないという程ではなかった。
ルミーナとも事を済ませ、まだちょっと足りないなあと思って部屋を出ると、そこにはソーマちゃんが待っていた。
「どうしたの? ソーマちゃん」
「・・・私は、ずっと陰ながら、殿下のことをお慕いしておりました。殿下がお嫌でなければ、私も殿下の女にして頂けないでしょうか」
「ま、まあ、もちろん、ソーマちゃんなら喜んで」
こうして、僕は朝までの時間を、ソーマちゃんと一緒に過ごした。自分勝手なテオドラや、何となく信用できないルミーナと違って、ソーマちゃんと一緒に過ごす時間は心が休まる。これからは、テオドラとの夜を過ごす日は、実質的にはソーマちゃん目当てになりそうだ。
■◇■◇■◇
そんなこんなを経て、ようやくテオドラと結婚式を挙げる日がやってきた。
「・・・パキュメレス、一体何なの、この儀式?」
「はい。この儀式は、殿下が皇女様を愛しておられる証として、多くの者が見守る中で、皇女様に黄金の林檎を手渡して頂くものになります」
「それは分かるけど、この儀式って、たしか大勢の候補者の中からお妃を決める、皇妃選定コンテストのときにやる儀式じゃない? 既に相手が決まっている場合、ましてや既に結婚している場合にやる儀式ではないと思うんだけど」
知らない人も多いと思うので一応説明すると、ビザンティン帝国では身分を問わず国中の美女を集め、その中から皇帝や皇太子の妃を決める、皇妃選定コンテスト、あるいは美人コンクールなどと呼ばれる儀式が、実際に何度か行われたことがある。
皇帝や皇太子が意中の相手に黄金の林檎を渡すというのは、そうした皇妃選定コンテストで行われる儀式なのだ。政略結婚など、最初から結婚相手が決まっている場合には、通常このような儀式はやらない。宮廷儀式に詳しいわけでは無いけど、さすがに僕だってそのくらいは分かる。
「確かに、殿下の仰るとおりなのですが、これは皇女様の強いご希望によるものでございまして」
「顔ぶれを見ると、イレーネとかマリアとかソフィアとか、僕の愛人たちも結構集められているみたいだけど、あの中でテオドラに黄金の林檎を差し出して、僕に一番愛しているのはテオドラだって意思表示をさせる気なの?」
「どうやら、そういう趣旨のようです」
「馬鹿馬鹿しい、出来レースにも程がある。見ろ、パキュメレス。テオドラだけは喜色満面の笑みを浮かべているけど、他の女の子はみんな、うんざりしたような顔をしているぞ」
「確かに、大半の女性たちはそんな感じですが、イレーネ様は別に普段と変わりないご様子ですね」
「いや、イレーネもうんざりした顔をしてる。パキュメレスには分からないだろうけど、イレーネと付き合いの長い僕には分かるんだよ。あれは、テオドラの茶番劇にうんざりしてるって顔だ」
「そういうものなのですか?」
「そうだよ。面倒だから、さっさと済ませてこよう」
僕は、パキュメレスから黄金の林檎を受け取って、テオドラを含む女性たちに近づいていった。
もっとも、最初はさっさと済ませてくるつもりだったが、途中でこれはせめてもの嫌がらせをしてやるチャンスだと思い、僕はわざと予定どおりテオドラに黄金の林檎を渡すのではなく、イレーネに渡そうか、それともマリアに渡そうかと、迷う振りをしてみせた。僕のそんな姿を見て、会場ではどよめきの声が挙がった。
もう、出来ることならここで大番狂わせを演じて、この場でマリアに黄金の林檎を渡してしまいたいのだが、マリアは諸事情により皇后にするわけには行かず、イレーネも皇后になる気はないし、既にテオドラとの結婚は法的に成立してしまっているので、実質的に選択の余地はほぼ無いのだが、僕としてはせめてもの抵抗である。
僕がそんなことをやっているうち、とうとうテオドラが痺れを切らした。
「何やってんのよ、みかっち! さっさと、あたしに林檎寄越しなさいよ!」
「テオドラ、これは皇妃選定コンテストの儀式だから、僕もちゃんと考えて決断をしないと」
テオドラの詰問に、僕はあからさまな棒読み口調でそう答える。
「決断するって、もうあたしと結婚してるんだから、迷う余地なんてないでしょ! ・・・まさか、この場を使って、あたしとの結婚を無効にする気なの?」
問題なく自分が選ばれるだろうと思っていたテオドラが、次第に焦り始めた。嫌がらせも、ここまでやればもう十分か。
「別に、そこまでする気は無いよ。はい、テオドラ。これからもよろしくね」
「もう、ちゃんとあたしの事を愛しているなら、さっさと渡せばいいのに。みかっちの意地悪」
僕から黄金の林檎を受け取ったテオドラは、ふてくされながらも、ちょっと照れたような感じだった。
まあ、イレーネやマリアをはじめ、既に愛人が何人もいる中での結婚式なので、テオドラも僕から本当に愛されているのか、内心不安に思っていたんだろう。そんなテオドラの気持ちを思えば、この程度のことは許容範囲内か。
その後の儀式は、特に滞りなく進み、僕は正式な妃となったテオドラと共に、結婚を祝福してくれる家臣や兵士、民衆たちに向かって手を振ったり、若い書生たちが披露する結婚の祝辞を受けたりした。
こんな経験を経て、僕は日本で即位式やパレードに臨まれる天皇陛下のお気持ちが、ちょっとだけ分かったような気がした。自分でやる前は、こんなもの単なる税金の無駄遣いに過ぎないと思っていたけど、国をまとめるためには、やっぱりこういう儀式も必要なのだ。いつもなら何かやらかすテオドラも、結婚式の舞台ではいつもの爆裂皇女ぶりを見せることはほとんどなく、ほぼ完璧なお妃様を演じて見せた。
・・・いつもこんなテオドラであれば非常に助かるんだけど、おそらく結婚式が終わったら、いつものテオドラに戻るんだろうな。
第13章 七夕の再会
ビザンティン世界で、こんなゴタゴタが続いている間にも、日本での僕は湯川さんと、概ね順調な交際を続けていた。いや、既に将来の結婚を誓った恋人同士なのだから、これからは湯川さんじゃなくて、美沙ちゃんと呼ぶことにしようか。
今年の七夕は日曜日だったので、僕は美沙ちゃんと一緒に地元の七夕祭りへ出掛けることにしたのだが、当日はあいにくの雨だった。
「今日は、初めて美沙ちゃんと一緒に来る七夕なのに、こんな雨とはついてないね」
「まさくん。一緒に七夕祭りへ来たのは、今日が2回目なのです。初めてじゃないのです」
僕の隣を歩いている美沙ちゃんが、突然不思議なことを言い出した。僕と違って、美沙ちゃんは雨でも気にしないらしく、むしろニコニコしている。
「え?」
「まさくん、覚えていないのですか?」
「覚えているも何も、僕と美沙ちゃんは、ビザンティン世界ではともかく、日本では高校に入学してから初めて会って、つい最近付き合い始めたばかりなんだから、過去にも一緒に七夕祭りに来たってことは、さすがにあり得ないと思うんだけど」
「わたしとまさくんは、ずっと前にも会ったことがあるのです。・・・覚えていないのですか?」
美沙ちゃんが、ちょっと悲しそうな顔になった。えっと、そうだっけ?
「ごめん、美沙ちゃん。思い出せない。というか、僕と美沙ちゃんって、そもそも高校に入る前にどこかで会ったことあるの?」
「まさくんが覚えていないのなら、仕方ないのです。わたしは小さい頃、ひとりでこの七夕祭りにやってきたとき、雨が降ってきて、ちょうどこのあたりで泣いていたのです。そうしたら、傘を持ったまさくんが、わたしに声を掛けてくれたのです」
「えっ!?」
「そのとき、まさくんは傘を失くしたと思って泣いているわたしを、一生懸命になって励まして、わたしの家まで送り届けてくれたのです」
「あの、実際には傘を持っていたのに、持っていないと勘違いして泣いていた女の子が、美沙ちゃんだったって言うの?」
「・・・まさくん、ちゃんと覚えているのです。まさくんは嘘つきなのです」
「いや、でもそこまでの奇妙な偶然なんて、そうそうあり得ることじゃないから。美沙ちゃんは、そのとき会った男の子が、どうして僕だって特定できるの?」
「あのとき、まさくんはわたしに、歌を歌ってくれたのです。君の笑顔には、不思議な力があるって。たしか、こんな感じの歌だったのです」
そう言って、美沙ちゃんは何やら、歌らしきものを歌い始めた。音程がずれまくったりして聞きにくいが、それは僕にとっても馴染みのある歌だった。
「美沙ちゃん、それはこんな感じで歌うんだよ」
どうやら歌が苦手らしい美沙ちゃんに、僕は思い付いた歌を歌って見せた。なお、曲名とか歌詞の続きとかについては、ちょっと載せるだけでJA〇RACの許諾料が年間3600円もかかるらしいから、残念ながら伏せざるを得ない。・・・音楽教室からも二重に金を取ろうとするあんな強欲団体、さっさと滅びればいいのに。お父さんもエレクトーンの先生も、JA〇RACの横暴には怒ってたぞ。
美沙ちゃんは、うっとりした感じで僕の歌を聞きながら、こんな感想を漏らした。
「・・・あのときと同じ歌なのです。あのときの男の子は、まさくんに間違いないのです」
「確かに、ちょうど同じ町に住んでいて、しかもこんなマイナーな歌を歌う変わった小学生は、僕くらいしかいないだろうね」
何しろ、元は夜会『問う女』のために作られたオリジナルソングで、一応アルバムには収録されているけど、映画やテレビで使われたことはないっていう歌だし。僕も、お父さんお気に入りの歌でなければ、知ることも無かっただろうし。
■◇■◇■◇
「あのときから、わたしはもう一度まさくんに会いたいと思って、毎年織姫様に、もう一度まさくんに会わせてくださいってお願いしていたのです。そのお願いが、やっと叶えられたのです」
「美沙ちゃん、そんなことしてくれていたんだ・・・」
「まさくんは、わたしに会いたいって、思っていなかったのですか?」
「そんなことないよ。僕だって、何とか美沙ちゃんともう一度会いたいと思って、何度も美沙ちゃんの家の周りを探して回って。そのとき偶然拾った猫が、今僕の家に住んでいるウランなんだ。あの猫を拾って飼っていれば、いつか美沙ちゃんに会えるんじゃないかって気がして」
「そうなのですか? そういえば、わたしもあの頃、家の近くで子猫を見つけて、なんとか家で飼いたいってお母さんにお願いして、でも家では無理だって言われたことがあるのです。そうしたら、いつの間にか、その子猫はいなくなっていたのです。・・・あの猫は、まさくんが拾ってくれたのですね」
「・・・僕と美沙ちゃんって、ひょっとしたら本当に、運命の赤い糸か何かで結ばれているのかも知れないね。僕もちょっと前までは、運命が一人ずつ小指同士を結んでいるというのなら、初めから目に見えればいいのに、なんて思っていたのに」
「ひょっとしたら、そのウランちゃんが、わたしたちを結び付けてくれたのかも知れないのです」
「いや、さすがにそれはないよ。あのすあまといい勝負ってくらいの巨大猫、初めて美沙ちゃんを見るなり、いきなり尻尾を太くして威嚇し始めたんだから」
「・・・まさくん、『すあま』って、何のことなのですか?」
「いや、何でもない。単なるネタだから気にしないで」
ちなみに、すあまというのは、夜会『橋の下のアルカディア』に出てくる巨大猫のことです。同じアルカディアでも、『紺碧のアルカディア』とは何の関係もありません。
「でも、何か不思議な力が、わたしとまさくんと結びつけてくれたことは、間違いないのです。何かある度、わたしのことをお姉ちゃんと呼び不思議な声が、わたしを導いてくれたのです」
「あ、それって僕にも覚えがある。僕も何かある度、僕のことを『お兄ちゃん』って呼ぶ謎の声が、僕を導いてくれたんだ。今にして思えば、あれは美夏(みなつ)だったのかなあって気がするけど」
「・・・まさくん。みなつって、誰のことなのですか?」
「美夏っていうのは、生まれるはずだった僕の妹の名前。死産だったから、実際には産まれていないんだけど、お母さんが亡くなった後、僕もお父さんも事ある度に、せめて美夏が産まれていればって残念がって、お母さんと一緒に供養していたから、そんな僕の行く末を心配した美夏が、僕と美沙ちゃんを結び付けてくれたのかなあって、一瞬思ったんだ。もちろん、大した根拠なんてないけどね」
「・・・あり得ると思うのです」
「え?」
「みなつちゃんは、わたしとまさくんが結婚すれば、わたしの妹になるのです。それだったら、まさくんのことをお兄ちゃんと呼んで、わたしのことをお姉ちゃんと呼ぶのも、納得なのです。きっと、みなつちゃんのおかげなのです」
「確かに辻褄は合うけど、いくら何でも、そんなオカルトみたいな話・・・」
「でも、わたしとまさくんがあの世界で出会ったことも、他人には話せない夢のようなお話なのです。もう1つくらい不思議なことがあったとしても、別に驚かないのです」
「確かに、そう言われてみればそうだね。僕と美沙ちゃんが出会った経緯なんて、とても他人様には話せない、おとぎ話みたいに不思議な偶然の連続なんだから」
「だから、わたしとまさくんを結び付けてくれたのは、織姫様かも知れないし、美夏ちゃんかも知れないのです。だから、念のため織姫様にも、美夏ちゃんにも、わたしたちを再会させてくれてありがとうってお祈りするのです」
「彦星様には、お祈りしなくていいの?」
「もちろん、彦星様にもお祈りするのです」
「でも、この雨だと、一体どこに向かってお祈りすればいいのかな?」
「あの、大きなお飾りに向かってお祈りすればいいのです。今までも、ずっとそうしてきたのです」
「ずいぶん適当なお祈りの仕方だけど、それで効果があったのなら、それでいいか」
僕と美沙ちゃんは、近くにあった七夕祭りのお飾りに向かって、手を合わせてお祈りを捧げた。
「さあ、後はまさくんのお家で美夏ちゃんにお祈りして、それからエッチなまさくんのお相手をしなきゃいけないのです」
「エッチなまさくんって、僕そんなに急かしてないよ?」
「まさくん、嘘は良くないのです。そんなにズボンを膨らませて、わたしのことをエッチな目で見ているのに、そんなことを言っても説得力はまるでないのです」
「・・・僕、美沙ちゃんのことをそんなにエッチな目で見てた?」
「見てたのです。まさくんは、七夕より早く帰ってエッチの続きがしたいって顔をしているのです。言わなくても分かるのです」
「いや待って、美沙ちゃん! 確かに、そういう気持ちが全く無いわけじゃないけど、いくら僕だって、そこまでエッチな事ばかり考えているわけじゃ・・・」
「いいのです。わたしは、そんなまさくんが、大好きなのです」
美沙ちゃんと過ごした、初めて・・・かと思ったら実は初めてじゃない七夕の日は、こんな感じで終わった。
これから、ビザンティン世界ではもっと大変な人生が待っているだろう。日本での生活も、決して平坦な道のりではないはず。それでも、僕は何とかやって行けるだろう。
なぜなら、僕はもう、独りではないのだから。
<あとがき>
「ふう、何とか期限に間に合いました。こんにちは、本編の主人公ミカエル・パレオロゴスこと、榊原雅史です」
「あたしが、太陽の皇女テオドラよ。ところでみかっち、今回は本当にぎりぎりだったわね。あとちょっとで、ライト版の連続投稿が途切れちゃうところだったわよ」
「作者もプライベートで色々あって、執筆に専念できる状態じゃなかったんだよ。あんまり詳しいことは言えないけど」
「そういえば、今回から時々『■◇■◇■◇』って感じの飾り文字が入るようになったけど、これは何?」
「ラノベなんかによくある、ちょっとした話の区切り線。この『小説家になろう』投稿サイトは、テキスト文書しか入力できないんだけど、その範囲内でもこの程度なら入れられるし、他の小説でもやっているということで、今回試験的に導入してみました」
「ふうん。でも、毎回こんな■とか◇とか、入力するの結構面倒じゃない?」
「それは問題なし。単に「くぎり」と入力しただけで、■◇■◇■◇と表示されるように単語登録してあるから」
■◇■◇■◇
「・・・作者も、なんかせこい手ばかり覚えて行くわね。ところでみかっち、前書きではこの第8話後編で、第1部が完結って書いてあるけど、これってどういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。この『ビザンティンの風』は、構想段階から第1部の『成長編』、第2部の『皇帝編』、第3部の『世界編』という3部構成にする予定だったんだけど、この第8話でこのうち第1部の『成長編』が終わり、次の第9話からは第2部の『皇帝編』が始まるということになり、一応この第8話で、物語としては一つの区切りが付いたってこと」
「そう言われれば、今回の本文って、何となく打ち切りフラグみたいな終わり方になってたわね」
「打ち切りじゃないから! まだまだ続きがあるから!」
「それじゃあ、第1部と第2部って、具体的にどう違うのよ?」
「第1部は、主に僕の成長を描いた物語だったけど、第2部ではいよいよ僕がビザンティン帝国の皇帝になり、複雑な国内情勢、国際情勢を舞台に色々と悪戦苦闘することになります。
そして第1部では、日本パートはほとんどおまけ要素みたいなものだったけど、第2部では美沙ちゃんも関わるようになって、ビザンティン世界と日本世界の関係性が深くなります。物語もこれまでと異なり、日本パートも話がややこしくなり、むしろ日本パートがメインという話が出てくる可能性もあるそうです」
「あの馬鹿メイドが、物語にどう関わってくるって言うのよ?」
「それは第2部に入ってからのお楽しみだけど、馬鹿メイドとか言うな! そろそろ気付いた読者さんもいると思うけど、物語全体を通じてのメインヒロインは、テオドラじゃなくって、むしろ美沙ちゃん=マリアの方だから!」
「なんで、あたしじゃなくて、あの馬鹿メイドがメインヒロインになるのよ!?」
「だってねえ、この物語は僕視点で書いているわけだし、僕以外で日本とビザンティン世界を行き来するのは美沙ちゃんだけなんだから、当然全体としては、美沙ちゃんの方が出番は多くなるよね」
「そうとは限らないわよ。その気になれば、あたしがイレーネと一緒に、日本世界に乱入することだって出来るのよ。実際、第2部ではそういう構想もあるみたいだし。ねえ、イレーネ?」
「ちょっと待って! そもそも、この場になんでイレーネがいるの? この後書きは、僕とテオドラのトーク形式じゃなかったの?」
「イレーネなら、第1話の後書きから毎回出てるわよ。何も喋らないだけで」
「イレーネ! せっかく出てるんなら、君も何か喋ろうよ! 文字だけの世界で何も喋らなかったら、いないのと一緒だから!」
「・・・特にコメントすることは無い。私は第2部でも、立場は基本的に変わらない」
「何、そのやる気ないコメント!?」
「みかっち、イレーネにメインヒロインなんか務まらないのは、最初から分かってるでしょ。イレーネに務まるのは、せいぜい背後の黒幕くらいなんだから。『ビザンティンの風』のメインヒロインはあくまで、このあたしよ!」
「・・・さっき言い忘れたけど、第2部ではアクの強い新ヒロインも次々と出てくるから。日本でも、誰々さんや誰々さんの出番が増えてきて、テオドラは次第に敵を増やして、段々落ち目になっていく予定らしいから」
「なんでそういう話になるのよ!?」
「いや、今回の本文を読んでくれた読者さんであれば、第2部からはこいつ落ち目になるなって、嫌でも気付くと思うんだけど。しかも『ただまー』とか言っちゃってるし」
「どうして『ただまー』って言うと落ち目になるのよ!?」
「分かる人には分かるでしょ? 元ネタの駄女神様が、魔法使いの女の子にメインヒロインの座を奪われて、だんだん凋落していく姿を知っている人であれば。しかも、第2部の最初から、若干あれと似た感じの女の子も登場するらしいし」
「みかっち! もう、これ以上不気味な予告やらないでよ! 誰が出てこようと、メインヒロインの座は譲らないわよ!」
■◇■◇■◇
「それでみかっち、第2部の執筆予定はどうなってるの?」
「第2部を書く前に、本文でも出てきた登場人物のまとめを書いて投稿します。これも、すぐに書けるわけではなくて、作者の試験勉強が終わってからになるので、投稿できるのは年末年始くらいではないかという予定らしいです」
「試験勉強って何? 作者って学生なの?」
「学生ではないけど、なんか新しい資格取るみたい。それで、資格試験の勉強終わってから、登場人物のまとめを書いて、第2部本編の執筆に取り掛かる予定らしいです」
「そのスケジュールだと、次の第9話が投稿されるのって、早くても来年あたり?」
「そんな感じみたい。少なくとも、ライト版でやってる1日1作ペースの投稿は、さすがにこれ以上は維持できなくて、しばらくお休みする形になるみたい」
「でも、登場人物のまとめって、どうせ第3話の後でやったのと似たような感じでしょう?」
「そうとも言い切れなくって。そもそもこの第8話って、全体で2か月くらいしか話が進んでいないんだけど、その主たる原因は、3年くらい僕がビザンティンを離れて亡命生活を送っている間に色々変化が起きて、その分の情報が一気に流れ込んできたことにあるんだ。
しかも、僕がニュンフェイオンに帰ってから起きた出来事の中には、時系列的には第8話で書いてもおかしくないけど、話の区切りを付けるために敢えて第9話に回したものもあったりして、本文で書ききれなかった各登場人物の動向なんかについては、登場人物紹介の中で補完する予定みたい」
「どんな人物の動向が出てくるのよ?」
「テオドラでも分かるあたりでは、第8話で全く話に出て来なかったテオファノとか、同じくほとんど出て来なかったオフェリアとか」
「そう言えば、2人とも今回、全然存在感無かったわね」
「そう。もっとも、当然ながら彼女たちも何もしていないじゃなくて、単に僕が忙しすぎて把握していないだけだから。あと、第8話終了時点ではほとんど名前しか出てこない人物であっても、第9話からメインキャラになることが決まっている人物については、登場人物紹介の中に出すそうです。
それを読んでいれば、次の第9話以降、誰が台頭してきて誰が落ち目になっていくか、ある程度予想が付くかも知れません」
「何よそれ、その第9話からメインキャラになる予定の人って?」
「現段階で詳しくは言えないけど、既にメインキャラの1人になっている誰かさんの妹とだけ言っておこうか」
「どうして、今の段階のみかっちが、その存在を知ってるのよ!?」
「だから、第8話と第9話では、時系列が一部被っているんだ。この第8話では、話の区切りをつけるために敢えて触れなかったけど、既にその子は登場していて、これは厄介なことになるぞって僕も頭を抱えている状態なんだ。
こうした話については、物語の構成上第9話の冒頭に回さざるを得なかったんで、僕も現段階で、彼女の存在自体については知っているというわけ」
「なんか、不気味な話ね」
「そんなわけで、第9話が投稿されるまでしばらくお時間を頂きますが、決して打ち切りではないので、第9話で誰がのし上がって来るか、暇のある方は今までの本文を読み返しながら予想してみてください。ファッセ・ドッサッナ!」
「ちょっと待ちなさいよ、みかっち! この小説って、本文だけでそろそろ100万字超える大長編よね!? そんなもの読み返す読者さんが、どこにいるのよ!? 一体誰が出てくるのか、せめてあたしくらいには教えなさいよ! こらみかっち、逃げるなー!」